終章- 刻のカケラを巡る-44 シルマリルリオンは空で瞬く
――最終局面。
すべての戦場が収束し、
ひとつの“決断”が、世界の運命を変える。
そして今――
神すら止める、たった一つの「歌」が響く。
第6部、最終決着
だが――その時だった。
銀河の果てで、存在の境界そのものが軋んだ。
音など存在しないはずの宇宙空間に、まるで巨大な硝子へ亀裂が走ったかのような異変が広がっていく。
その中心に存在するのは、白き大蜘蛛の姿を持つ機械神。
その胎内で、長きにわたって精製され続けていたものが、遂に完成を迎えようとしていた。
因果律そのものを物理的な結晶へと変換した至高の輝石――三つの《シルマリルリオン》。
≪キィィィィィィィン……≫
桜、紅、橙の三つの輝石が、宇宙の闇の中で不吉な光を放つ。
それを目にした瞬間、アングマールは歓喜に顔を歪ませた。
「ククク……ハハハハハハハハ!! 遂に手に入れたぞ!」
風牙麓の肉体を奪った魔王の咆哮が、機械神モルゴスの増幅機構を通じて全戦域へ響き渡る。
「アカシックレコードへ至る直通鍵! 世界の理そのものを書き換える――神の指先を!」
アングマールが、虚空に浮かぶ三つのシルマリルリオンへ手を伸ばす。
あと少しだった。
ほんの数メートル。
その指先が輝石へ触れた瞬間、世界は魔王の意志によって再構築される。
誰もが、そう思った。
だが。
「――届かないわよ、その汚れた手じゃ」
静かでありながら刃のように鋭い声が、絶望に染まった宇宙を切り裂いた。
アングマールの指が止まる。
「……何?」
その時、聖羅、紅茜、ブリュンヒルデ、迦楼羅すももの四人が紡ぎ出す《ブリューナク》の歌が、あたかも停止した時間そのものへ染み込むように共鳴していた。
歌は兵器ではない。
砲撃でもない。
だからこそ、届く場所があった。
≪ギ……ギギ……≫
白き大蜘蛛――ウンゴリアントの動きが止まる。
八本の巨大な脚が、宇宙空間で完全に静止した。
「な……?」
アングマールの笑みが消える。
「ウンゴリアント……?」
命令を送る。
だが反応はない。
「動け! 命令だ! 動け、ウンゴリアント!!」
それでも白き大蜘蛛は動かなかった。
その理由は、機体の最深部にあった。
ウンゴリアントの核に眠らされていた存在――エクス・ズーイ。
聖羅の前世における母であり、乂阿門の実母でもある女性だった。
その肉体に意識はない。
思考もなく、自ら動くことさえできない。
それでも、その魂だけは娘の声を覚えていた。
「――――――」
聖羅の歌が届く。
記憶よりも深い場所へ、理屈でも魔術でもなく、ただ母と娘を繋ぐものとして。
名を付けるなら――愛。
その周波数が、神話級の怪物と化したウンゴリアントの機能へ干渉し、強制的に停止させていた。
「何……!?」
アングマールの顔に、初めて明確な戦慄が浮かぶ。
「ウンゴリアントが……私の支配を拒絶しているというのか!?」
有り得ない。
支配術式は完全だった。
肉体も神経も魔力回路も掌握していた。
にもかかわらず、魂だけが魔王に従うことを拒んでいる。
「――ふざけるなッ!」
逆上したアングマールが振り返る。
その視線の先にいるのは聖羅。
原因があの少女ならば、消せばいい。
「モルゴス! 全砲門――聖羅へ向けろ!」
巨大な眼球が収縮し、無数の触手砲台が一斉に旋回して、その全てが聖羅へ照準を合わせた。
だが、その射線へ二つの光が割って入る。
銀と翠の光だった。
「……そこまでだ、外道」
静かな声と共に現れたのは、拳聖羅漢が駆る《ケルビムベロス》。
慈愛の拳を持つ男が、静かに構えを取る。
そして、その隣には銀河連邦HEROランキング第二位、最強の女英雄ルシル・エンジェルの《ラ・ピュセル》が光の翼を広げていた。
「貴様に、我が友を傷つけさせはしない」
拳聖羅漢が拳を引く。
「心にのみ届く一撃――」
ルシルもまた、聖剣を構えた。
「騎士の誇りに懸けて――」
二人の声が重なる。
「大武神流――《不殺破心拳》!」
「――《不殺破心剣》!」
≪ドォォォォォン!!≫
拳と剣、二つの衝撃が同時にアングマールへ叩き込まれた。
だが、風牙麓の肉体には傷一つ付かない。
穿たれたのは肉体ではなく、風牙麓という人間へ寄生していた魔王の邪念そのものだった。
「ぐ……ッ!?」
アングマールがよろめく。
「こ、この技……!」
魔王の顔に恐怖が走った。
「破壊神ウィーデル・ソウルの神殺しの奥義……! まずい! 同志たちよ、あの二機を潰せ!」
命令に応じ、八騎のナインライダーが一斉に襲いかかった。
黒衣と竜翼を纏った死の騎士たち。
だが、その前へ紅蓮の巨影が落ちる。
≪ドォォォォォン!!≫
「行かせると思ったか?」
炎の巨人。
その内部で、英雄シグルドが獰猛に笑っていた。
「相手なら俺がしてやるよ」
巨大な拳を引く。
炎が集まり、紅蓮の竜がその右腕へ巻き付いた。
「――ロートドラッヘ・ファウスト!!」
≪ゴォォォォォォォォォン!!!!≫
真紅の巨拳が炸裂する。
「「「キアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
ナインライダーたちの絶叫が響き、八騎の暗黒騎士がまとめて宇宙の彼方へ吹き飛ばされた。
その瞬間、別方向から雷光が走る。
「獅鳳!」
「分かってる!」
《ドゥラグラグナ》。
そして完全に覚醒した雷華。
彼女の瞳は、ただ一点――モルゴスの中心にいる風牙麓を見据えていた。
雷華には見覚えがあった。
かつて剣神フレイが放った一撃。
肉体を壊さず、その身に宿る魂だけを切り離す絶技。
一度見ただけだった。
それでも、雷華の眼はその技を覚えていた。
「シュリさんのお父様を――返せッ!!」
剣を構えた瞬間、ドゥラグラグナの全身へ雷光が走る。
一閃。
≪ズバァァァァァァァン!!≫
巨大な剣がモルゴスの装甲を貫き、そのまま風牙麓の胸元へと突き立てられた。
「大武神流超奥義――《魂抜き》!!」
刃は確かに身体を貫いていた。
だが、血は出ない。
傷もない。
そこには物理的な衝撃そのものが存在していなかった。
切ったのは肉体ではなく、魂と魂を繋いでいた境界そのものだった。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!」
アングマールが絶叫する。
「ば、馬鹿な!! この技は……《ソウルスティール》!? ヴァルハラでも主神オーディンと剣神フレイレイしか扱えぬ超奥義を、こんな小娘が――!」
「違う」
雷華が冷たく言い放つ。
「……何?」
「これはソウルスティールじゃない。我ら大武神流超奥義――《魂抜き》だ!!」
雷華が剣をさらに押し込んだ。
「ぐおおおおおおおおおおお!!」
次の瞬間。
≪ズォォォォォォォ――!!≫
風牙麓の身体から、黒い影が引きずり出される。
ナインライダーの頭目――魔王アングマールの霊体だった。
遂に風牙麓とアングマールが分離した。
だが、魔王はまだ死んでいない。
「まだだ……! まだ終わらん!」
黒い霊体が叫び、それに呼応するようにモルゴスの巨大な眼球が発光する。
「肉体を失おうが――機械神モルゴスは、まだ私の支配下だ!!」
剥き出しになったアングマールの怨念に呼応し、モルゴスが暴走を始めた。
さらに、吹き飛ばされていた八騎のナインライダーまでもが再び翼を広げる。
もはやそこに陣形も戦術もない。
残されているのは、ただ純粋な殺意だけだった。
狂乱する機械神たちが無差別に破壊を撒き散らし、その中の一本の刃がシュリへ向かう。
「……!」
シュリの身体が固まる。
逃げられない。
間に合わない。
刃が振り下ろされる。
その瞬間。
「……私の娘に、手を出すな」
≪ギィィィィン!!≫
刃と刃が激突した。
シュリの目が見開かれる。
その前に立っていたのは、アングマールの支配を脱し、自らの意志を取り戻した風牙麓だった。
父親はその手に聖剣を握り締めていた。
「き、貴様……!」
アングマールが愕然とする。
「風牙ァァァ!!」
「お父様……!」
シュリの声が震えた。
風牙は振り返る。
傷だらけの顔だった。
それでも、いつものように穏やかに笑っていた。
「シュリ。怖かっただろう」
その一言だけで、シュリの瞳から涙が溢れる。
「怖いのに……よく頑張ったな」
風牙が剣を構えた。
「もう大丈夫だ。あとは――父さんに任せなさい」
閃光。
≪ズバァァァァァァァン!!≫
モルゴス内部で、風牙麓の聖剣が走る。
実体化したアングマールの霊体を、肩から脇腹へ一息に袈裟斬りに切り裂いた。
「ぎああああああああああああああああああああああ!!!!」
魔王の絶叫が宇宙へ響く。
そして、その戦いの傍ら。
ウンゴリアントの巨大な脚部へ、一人の男が手を触れていた。
乂阿門。
いつもなら覇王のように険しい男の顔が、その時だけほんの少し緩んでいた。
「……おふくろ。すまねぇ、待たせたな」
返事はない。
それでも阿門は、白い装甲へ手を添えたまま語りかける。
「今度は、きちんとセイも家族も守り抜く。だから今は……安らかに眠ってくれ」
ウンゴリアントの内部にいるものは、少なくとも阿門にとっては怪物ではない。
ずっと母親だった。
「いつか必ず、その忌々しい呪いから引き剥がしてやる。そん時は……最高の葬式を上げてやるよ」
最後に、ほんの僅かに言葉を詰まらせる。
「だから……もう少しだけ、待っててくれ」
その言葉へ応えるように、ウンゴリアントの瞳にも見える頭部灯がゆっくりと消えていった。
完全なる沈黙が訪れる。
「……終わりだ、アングマール」
雷音が告げる。
満身創痍ではあったが、その眼には確かな勝利の光が宿っていた。
オームも続き、聖羅たちをはじめとする傷ついた仲間たちもまた、魔王を見据える。
「お前の負けだ」
アングマールの顔が、屈辱と憎悪、そして殺意によって大きく歪んだ。
まだ戦う力は残っている。
モルゴスも完全には沈黙しておらず、ナインライダーも残存している。
ここからなお戦い続けることは不可能ではなかった。
だが、その時。
アングマールの精神へ、冷たく感情というものを一切感じさせない声が響いた。
――メルコール。
『……退け』
「……!」
『アングマール。今回は《シルマリルリオン》の精製に成功した。それで十分だ』
アングマールが歯を食いしばる。
『三聖の塔の門を開く鍵は三つ。そしてアクセスキーたる《時空大鍵》も現世へ現れた』
その声は、まるでこの敗北すら予定された過程の一つに過ぎないかのように淡々としていた。
『因果の芽は、着実に育っている。次なるラグナロクが始まる前に、お前を失うわけにはいかない』
そして最後に、絶対の命令が下される。
『退け――アングマール』
主の命とあらば、従うしかなかった。
「……ク……ッ。命拾いしたな……勇者ども……!」
負け惜しみだけで終えることは、魔王自身の矜持が許さなかった。
「……いや。業腹だが……今回は貴様らの勝ちだ」
アングマールは勇者たちを睨みつけ、憎悪を込めて笑う。
「認めよう。――俺の負けだ」
直後、その背後に次元の亀裂が開いた。
≪バリバリバリバリ――≫
アングマールの霊体が吸い込まれ、残存するナインライダーたちも次々とその裂け目へ撤退を開始する。
そして、その様子を見ながらサンジェルマンが相変わらず歪な笑みを浮かべた。
「いやぁ~……今回も素敵なライブでしたぁ~、神羅様ぁ❤」
「……は?」
神羅の顔が引きつる。
「叶うことなら直にライブを! ローアングルから写真撮影しつつ聴きたかった! リビドーの赴くまま推し活をし! 踊り! 叫び! 応援したかった!!」
「最低です!!」
「ですが今宵はこれにて! 次回ライブも全裸待機でお待ちしておりますからねぇぇぇ! フヒィ!!」
「二度と来るなぁぁぁぁ!!」
一方、レコキスタも悔しそうに拳を震わせていた。
「魔法少女ごときが……! 我々の実験を邪魔するなど! くそ! くそぉぉ! 使い捨ての道具風情が、生意気にぃぃぃ!!」
その二人を追いかけ、スラッグラーたちも慌てて次元の裂け目へ駆け込んでいく。
「ボス待ってくださぁぁぁい! 置いていかないでくださいよぉぉぉ!!」
そして、亀裂が閉じた。
今度こそ、戦場に本当の静寂が戻る。
アルゴー号艦橋。
雷牙尊は長い間何も言わず、ただモニターの向こうに映る兄の姿を見つめていた。
やがて大きく息を吐き、その顔に小さな笑みを浮かべる。
「……麓兄上。お帰りなさい」
その一言を合図にしたかのように、艦橋からも、戦場からも、各機械神からも歓声が上がった。
勝った。
風牙麓を取り戻した。
ウンゴリアントを止めた。
アングマールを退けた。
長かった戦いが、ようやく終わったのだ。
――だが。
誰もまだ知らない。
この勝利が、すべての終わりではないことを。
停止したウンゴリアントの頭上には、静かな宇宙の闇を背景に、三つの《シルマリルリオン》が浮かんでいた。
桜、紅、橙の三つの光は、アングマールたちが撤退した後も消えることなく、遠い未来に待ち受ける何かを告げるように、不吉な輝きを放ち続けている。
――《三聖の塔》。
その名を巡る、さらに巨大な戦いは。
すでに始まりつつあった。
――戦いは終わった。
だが、物語はここから紡がれる。
「三聖の塔」
「シルマリルリオン」
そして――次のラグナロク。
すべてが動き出す。
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