終章- 刻のカケラを巡る-43 父娘の絆
――最終局面。
それぞれの戦場で、
それぞれの覚悟が試される。
だが、この戦いの行方を決めるのは――
最も弱かった一人の少女の“決断”。
第6部、最終決戦。
【再編配置が行われた】
《ドゥラグラグナ》には獅鳳と雷華。
《クトゥグァ》には、女体化の呪いが解け、男の姿を取り戻した雷音とミリル。
それぞれが新たな役割を背負い、二体の機械神が銀河の闇を切り裂いて再始動する。
「アングマール……お前が仕掛けたハイドレートのツケ、倍にして返してやるよ!」
雷音が操縦桿を握り締め、不敵に笑った。
「獅鳳、お前はベリアルハスターを援護してくれ! 俺はアングマールを叩く!」
「ああ、わかった! ……死ぬなよ!」
「そっちもな!」
互いに短く言葉を交わした直後、二機の機械神はそれぞれの役割を果たすべく進路を分けた。
そして――。
『……行くぞッ!!』
【戦闘再開】
虚無の宇宙を、絶望の色彩が塗り替えていく。
アルゴー号から出撃した四機の機械神は、もはや一つの銀河にも等しい圧倒的な威容を誇る機械神の懐へと突き進んでいた。
「ミリル! 出力最大だ! 焼き尽くすぞ!」
《クトゥグァ》を駆る雷音が叫ぶ。
女体化の呪いから解放され、本来の肉体を取り戻した彼の咆哮に応じるように、サブパイロットのミリルが凶悪な笑みを浮かべた。
「任せるのだ! 雷華に手を出そうとした不埒な連中、一人残らず消し炭にしてやるのだあ!」
「頼もしいねぇ!」
雷音は最強の魔剣クトゥグァを掲げ、高らかに詠唱する。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと ぐあ!」
その詠唱に呼応して、《クトゥグァ》の全身を紅蓮の炎が包み込んだ。
人型を構成していた装甲が次々と展開し、巨大な翼へと姿を変えていく。胴体、両腕、脚部が炎の中で再構成され、やがて一羽の巨大な鳳凰が宇宙空間へと姿を現した。
「行くぞ、魔王アングマール! 封獣クトゥグァの力を上乗せした俺たちの力、見せてやる!! うおおおおおおおおおおっ!!!!」
それに対し、魔王アングマールもまた怒声を上げる。
『小賢しいぞ、勇者どもおおおおおお!!』
「くらえ! クトゥグァ――バードチェェェェンジッ!!!」
≪ゴォォォォォォォ!!≫
鳳凰形態となったクトゥグァは紅蓮の炎を纏い、アングマールとモルゴスの周囲を猛烈な速度で飛び回る。
すれ違うたびに火炎砲撃が放たれ、そのたびにモルゴスの周囲へ展開されていた無数の触手砲台が次々と焼き払われていった。
紅蓮の炎が真空を走り、漆黒の砲台群を融解させていく。
だが、これはあくまで陽動だった。
本命は、その背後にいる。
《ベリアルハスター》のコックピットでは、静謐でありながら凄まじい密度を持つ魔力が練り上げられていた。
「……構成、展開。数式、固定。アングマールの術式干渉を……零にする」
シュリは小刻みに震える指先を動かし、空中へ浮かぶ幾千もの魔導数式を再構築していく。
彼女に与えられた役目は、敵を直接倒すことではない。
アングマールの支配を支える呪詛と契約、その根幹そのものを無効化することだった。
「シュリ、お前の演算能力だけが頼りだ。機体の制御は俺に任せろ!」
メインパイロットのオームが不敵な笑みを浮かべ、操縦桿を叩く。
《ベリアルハスター》はシュリを守る盾となり、襲い来る光線や触手の間を縫うように、神速の回避機動を繰り返した。
しかし、戦況は決して芳しくない。
突入班を護衛していた《ドゥラグラグナ》もまた、思うように力を発揮できずにいた。
「くっ……出力が安定しない! 雷華! 目を覚ませ!」
メインパイロットの獅鳳が、苦渋の表情を浮かべながら叫ぶ。
サブパイロットの雷華は、先ほど受けた精神的な衝撃のため、いまだ完全には意識を取り戻していなかった。
彼女からの強大な魔力供給が途絶えたことで、ドゥラグラグナは本来の性能の半分も発揮できない。
その隙を突くように、モルゴスから凄まじい重力波が放たれた。
直後――。
「あ、ああああああああああッ!!」
通信機から聖羅の悲鳴が響き渡る。
《バルドル》がモルゴスの巨大な眼球から放たれた凝縮レーザーに捉えられ、その左腕を根元から吹き飛ばされていたのだ。
≪ズガァァァァァァン!!≫
コックピットにも激震が走り、搭乗者たちの身体が座席へ叩きつけられる。
血が舞い、悲鳴が重なった。
「「ああああああああああッ!!」」
その絶叫が――。
昏睡していた少女の逆鱗へ触れた。
「……お前ら……」
ドゥラグラグナのサブシートで、雷華の指が僅かに動く。
「聖羅……お姉ちゃんに……」
ゆっくりと瞼が開いた。
「何……したの……?」
その瞬間。
≪ギュィィィィィン!!≫
ドゥラグラグナの出力ゲージが一気に跳ね上がった。
五十。
七十。
百。
そして――限界値を突破する。
真紅の警告灯がコックピット中を染め上げる。その光は、もはや危険を知らせる警告ではなく、機械神そのものが歓喜の咆哮を上げているかのようだった。
「雷華!?」
獅鳳が振り返る。
雷華はモニターの向こうを睨みつけ、低く呟いた。
「……殺す」
その一言で、すべては足りた。
獅鳳もまた、不敵に笑う。
「行くぞ、雷華! 聖羅たちを助ける!」
「うん!」
≪ドォォォォォォォン!!≫
ドゥラグラグナが雷光を纏う。
次の瞬間、その巨体は一発の弾丸となって宇宙空間を突き抜けた。
バルドルへ止めを刺そうとしていたナインライダーが振り返った時には、すでに遅い。
「キアアアアアアアッ!!」
雷華の咆哮と共に、ドゥラグラグナが真正面から巨影へ激突する。
≪ズガァァァァァァン!!≫
ドラゴンと融合したナインライダーの巨体が粉砕され、黒い残骸となって宇宙へ散っていった。
だが、死闘を続けているのは彼らだけではない。
別方向では、《アーレスタロス》と《ロート・ジークフリード》がナインライダーの群れへ食らいついていた。
「ハッ! ナインライダーか何だか知らねぇが!」
漢児が吼える。
「俺たちのドリルパンチに貫けねぇもんなんてねぇんだよ!」
二機の拳が唸りを上げ、ドラゴンと融合したナインライダーへ叩き込まれる。
「おっ、落ち着いてアホ兄貴! あいつらの攻撃をまともに食らったら呪いが――呪いがあああ!」
後方では、絵里洲が半泣きになりながら解呪の光を振り撒き続けていた。
そのさらに奥では、魔王ミスティルが詠唱を終える。
「……堕ちろ。星の重みを知るがいい」
虚空に巨大な氷塊が出現し、隕石となってナインライダーの集団へ降り注ぐ。
同時に。
「鬱陶しいんだよ、テメェら」
塵芥鏖が片手を掲げる。
《支配》。
不可視の力が敵軍を横殴りにし、それまで完璧だったナインライダーの陣形を強引に崩していった。
氷と支配。
二つの力が組み合わさり、敵の進路そのものを封殺する。
「ふん、この程度の三下なんざぁ、一分で片付けてやるぜ!」
ミスティルと塵芥鏖は、氷と支配操作を組み合わせた凶悪な防衛線を構築し、ナインライダーの猛攻を正面から受け止めていた。
そして、その戦いをアルゴー号の艦橋から見つめながら。
「……そろそろ、頃合いか」
雷牙尊が時計へ目を落とした。
待っていた。
兄――風牙麓を救い出すために必要となる、ただ一度きりの瞬間を。
アングマールの術式が完成へ近づけば近づくほど、その支配構造は強固になる。
だが同時に、完成の瞬間だけは世界を固定する理が最も薄くなり、外部から干渉できる僅かな隙が生まれる。
そこが唯一の突破口だった。
雷牙尊は顔を上げ、通信を開く。
「シュリ……今だ。全術式を解放せよ!」
その声を聞いた瞬間、ベリアルハスターのコックピットでシュリの肩が跳ねた。
怖い。
手も震えている。
逃げたい。
それでも――ここで逃げれば、父は戻ってこない。
「……っ。はい、タット先生……!」
シュリは唇を噛み、顔を上げた。
「私、やります……!」
気弱だった少女の瞳に、初めて一人の魔術師としての鋭い光が宿る。
この戦場の勝敗を決めるのは、最強の勇者でも、巨大な機械神でもない。
たった一人。
誰よりも臆病だった少女だった。
次の一手が、父と娘の運命を決める。
「お父様……! お願い、目を覚まして!」
ベリアルハスターのコックピットで、シュリは絶叫した。
しかし、眼前に浮かぶ風牙麓の瞳には、かつての慈愛の欠片すら残っていない。
そこにあるのは、アングマールの冷酷な殺意だけだった。
「無駄だよ、小さな娘」
風牙の顔で、アングマールが嗤う。
「この肉体の主は、絶望の深淵で眠りについた。今、この腕を振るうのは――『魔王』の意志だ」
アングマールに操られた風牙が、優雅に指先を振る。
刹那。
宇宙空間に、一つ、十、百、千――やがて数万にも及ぶ魔法陣が同時に展開された。
「――《万魔の葬列》」
それは回避不能の飽和攻撃。
全方位から放たれた光の矢が、シュリを貫こうと殺到する。
だが。
「……計算、完了」
シュリは逃げなかった。
「干渉――開始!」
その指先が、目にも止まらぬ速度で宙を切る。
【無詠唱・多重干渉術式】
詠唱を捨て、マナそのものを構築している数式へ直接干渉する。
彼女が行っているのは、魔法を別の魔法で打ち消すことではない。
敵の術式が成立するよりも前に、その計算式へ割り込み、結果そのものを書き換える。
すなわち――。
最初から、その魔法は存在していなかった。
≪シュゥゥゥゥ……≫
数万の光が、シュリへ届く直前に次々と霧へ変わって消えていく。
爆炎すら起こらない。
宇宙に残ったのは、静かな魔力の残滓だけだった。
「――ッ!?」
アングマールの顔から笑みが消える。
「無詠唱での多重相殺……。まさか、あの臆病だった小娘が、これほどの算術を使いこなすとはね」
不愉快そうに口角を歪める。
だが、驚くべきことはそれだけではなかった。
互いの術式が接触した、その瞬間。
魔力の奔流を通じて、シュリの意識がアングマールの術式を逆流していく。
その先にあるのは――風牙麓の精神深層。
精神世界。
真っ白な空間。
そこには、ボロボロになりながらも、一脚の椅子へ深く腰掛けた風牙麓がいた。
「お父様!」
シュリが駆け寄る。
「……シュリ、か?」
風牙が、ゆっくりと顔を上げた。
「来てはいけない。ここは……あまりにも寒い」
その声は掠れ、今にも消えてしまいそうだった。
だが、眼鏡の奥の瞳がほんの一瞬だけ、かつての温かさを取り戻す。
「嫌です!」
シュリは叫んだ。
「私、怖いのを我慢してここまで来たんです! お父様に、また……また、あのマズい手料理を作ってもらうまで、絶対に帰りません!」
一瞬。
風牙が呆気に取られる。
そして、小さく笑った。
「……ハハ。マズいとは失礼な。修行の一環だよ」
力なく笑いながら、震える手を持ち上げる。
シュリの頬へ触れようとして――しかし、その手は届かなかった。
「シュリ……」
風牙が静かに言う。
「私の術式の《核》を叩きなさい。君なら、もうその《解》が見えているはずだ」
「え……?」
「私という盾を恐れず――私を、撃ち抜きなさい」
シュリの顔が青ざめる。
「でも……そんなことをしたら、お父様の身体が……!」
「信じなさい」
風牙は微笑んだ。
「君の技術を」
そして。
「私の――『生きたい』という足掻きを」
シュリは何も言えなかった。
ただ。
涙を流しながら、強く頷いた。
そして――現実世界へ意識が戻る。
「どうした! 手が止まっているぞ!」
アングマールの怒声が響く。
再び、破滅の魔力が集束していく。
「恐怖に呑まれたか、小娘!」
だが。
もう、シュリの瞳に涙はなかった。
「……違います」
ベリアルハスターの全演算能力が起動する。
膨大な魔導式が、ただ一点――風牙麓へ向かって収束していく。
「私……怖いです」
シュリは正直に言った。
「今だって、逃げたいです」
それでも。
指先を止めない。
「でも――」
彼女が描くのは、破壊の魔法ではない。
父の魂。
父の肉体。
そして、風牙麓という存在そのものを、もう一度正しく結び直すための術式。
――《再定義》。
「お父様は……負けません!」
シュリが叫ぶ。
「世界で一番、優しくて……!」
純白の光が生まれる。
「世界で一番、強い人なんだから!!」
光弾が放たれた。
アングマールの防御結界が展開される。
しかし。
≪スゥ――≫
純白の光は、その結界を何事もなかったかのようにすり抜けた。
「な……!?」
アングマールの顔が凍りつく。
「術式が……透過しただと!? 馬鹿な! 私の防御理論に欠陥など――!」
光はそのまま風牙麓の胸へ吸い込まれていく。
それは攻撃ではない。
だからこそ、通常の防御では止めることができない。
外側から扉を破壊するのではなく。
内側から閉ざされた扉を開くための鍵。
それは父へ送られた――娘からの**「招待状」**だった。
そして。
その瞬間。
風牙麓の右手が動いた。
「――ッ!?」
ほんの僅か。
指先だけが。
アングマールの意志を無視して、ピクリと動く。
それだけだった。
だが。
それだけで十分だった。
魔王の絶対支配に、初めて小さな亀裂が走る。
シュリは息を呑んだ。
「……お父様」
返事はない。
それでも。
少女には分かった。
まだ、生きている。
まだ、戦っている。
まだ――戻ってこられる。
世界を救う鍵は。
最強の勇者の手ではなく。
誰よりも臆病だった少女の手に委ねられた。
そして今。
その小さな手が、魔王の絶対支配を――確かにこじ開けようとしていた。




