終章- 刻のカケラを巡る-41 機械神モルゴスの単眼
――最終章、開幕。
仲間は傷つき、
世界は終焉へと傾く。
それでも――
勇者は、立つ。
女神の歌が奇跡を呼び、
少女の魂が闇を打ち破る。
そして今、
すべての機械神が激突する。
\VS魔王アングマール・ラストバトル開始/
戦場と化した氷世界ニブルヘイム、その上空。
空はもはや本来の姿を失っていた。炎と雷、重力と魔力、竜の咆哮と機械神の駆動音。あらゆる破壊が白銀の世界を塗り潰し、天地の境界すら曖昧になりつつある。
その只中を、巨大な拳が貫いた。
≪ゴォォォォォォォォッ!!≫
氷巨人機――《パゴス・ギーガス》が振り下ろした拳は、もはや単なる打撃などという生易しいものではない。氷山そのものを天空から叩き落としたかのような衝撃が大気を圧縮し、爆発させる。
≪ドォォォォォォン!!≫
直撃を受けた黒衣の騎士――ナインライダーの一体が、融合した竜もろとも吹き飛んだ。
しかし、追撃の手は緩まない。
「――沈め」
白阿魔王乂阿門の機体が刀を振るえば、≪ズバァァァァァッ!!≫という轟音と共に重力斬撃が迸る。刃が届くよりも早く空間そのものが圧壊し、別のナインライダーが黒い甲冑をひしゃげさせながら墜落していった。
さらに、その横合いから紅蓮の軌跡が走る。
「そこだァッ!!」
≪ギィィィィィン!!≫
レッド機の炎斬撃が影の騎士を斜めに両断した。
一体、二体、三体――確実に仕留めている。少なくとも、誰の目にもそう見えていた。
――だが。
『効率最適化。契約共鳴――再接続』
感情というものを一切感じさせない、白い声が戦場に響く。
白い影――アイナクィンが腕を広げた瞬間、ナインライダーと融合した黒竜たちの契約術式が一斉に発光した。
≪キィィィィィン……≫
千切れた翼が繋がり、砕けた甲冑が再構成され、斬り裂かれた肉体までもが、まるで時間そのものを巻き戻すかのように復元されていく。
そして――
≪ゴォォォォォォ……!!≫
完全に再生したナインライダーの魔力反応が、再び跳ね上がった。
「……チッ、クソムカつく仕様だな。倒しても倒しても元通りかよ」
塵芥鏖が露骨に顔をしかめて吐き捨てる。
だが、その悪態に答える者はいなかった。いや――答えている余裕など、誰にもなかった。
その時だった。
雪原の中心で、≪ドン……≫と、何かが脈打った。
戦場にいた者たちが、ほとんど同時にそちらへ視線を向ける。
そこに浮かんでいたのは、巨大な黒い球体。
否――球体ではない。
それは、巨大な眼だった。
漆黒の瞼がゆっくりと持ち上がり、万能神メルコールの力の顕現たる機械神――《モルゴス》の巨眼が、世界を睥睨するように開かれていく。
そして、風牙麓の顔をした男――魔王アングマールが静かに告げた。
「運命の最終段階だ」
その声が響いた瞬間、世界そのものが震えた。
≪キィィィィィィィィン……≫
モルゴスを中心として漆黒の波動が拡散する。
それは爆発ではない。熱でもなければ、単なる衝撃波ですらない。ただそこに存在しているだけで、周囲の世界を押し潰していく異質な圧力だった。
魔力が沈み、神性が軋み、魂までもが自らの存在を忘れ始める。
「……ッ!?」
その瞬間、阿門の表情が初めて変わった。
「……マズいぞ」
シグルドも歯を食いしばる。歴戦の宇宙刑事として幾多の死線を潜り抜けてきた彼の本能が、警鐘どころではない悲鳴を上げていた。
ミスティルもまた、普段の余裕を消して低く呟く。
「存在圧が……桁違いだ……!」
次の瞬間、モルゴスの瞳孔が収縮した。
そこへ光が集まっていく。
いや――果たして、あれを光と呼んでいいのだろうか。
世界から奪い取った破滅そのものが一点へ収束し、終焉級の神性砲撃となって解き放たれようとしていた。
≪ギュォォォォォォォォン――!!≫
放たれれば、この戦場そのものが消える。
誰もがそう理解した――その瞬間だった。
歌が響いた。
「――――――――――」
それは空気を震わせる音ではない。耳で聞くものですらない。
神性。記憶。祈り。そして魂。
世界を構成する最も深い場所へ直接染み込んでいく、十二の旋律。
――十二色共鳴詠唱。
それ即ち、《女神の歌》。
≪キィィィィィン……≫
放たれようとしていた黒き終焉が、止まった。
モルゴスの巨大な眼が僅かに揺れ、それを操っていたアングマールの顔からも初めて笑みが消える。
「……なに……?」
その遥か彼方から、戦場を越え、空間を越え、魂の境界さえ越えて神羅の歌声が届いてくる。
「雷華……帰ってきて……!」
その声は震えていた。泣いていた。
それでも、神羅は歌うことだけは止めなかった。
そして、その想いは確かに届いていた。
暴走する雷炎の巨神――機械神。
≪ゴォォォォォォォォ!!≫
荒れ狂う神雷炎の内部で、雷華の瞳が微かに揺れた。
彼女の意識は、黒く沈んだ精神領域の底にあった。
何も見えない。暗い。熱い。苦しい。
自分が誰だったのかさえ、もう思い出せなくなりつつある。焼け焦げた精神世界のすべてが黒い術式に覆われ、雷華という少女の存在そのものを呑み込もうとしていた。
そこへ――歌が降ってきた。
白く、柔らかく、そしてどこか懐かしい光。
かつて自分が確かに触れたことのある温もりに導かれるように、少女はゆっくりと顔を上げた。
「……っ……誰……?」
闇の向こうに、小さな影が立っている。
「……雷華ちゃん」
優しい声だった。
その身体は震えている。きっと怖いのだろう。涙さえ流している。
それでも、その少女は一歩、また一歩と雷華へ向かって歩いてくる。
――聖羅だった。
「迎えに来たよ……」
涙を拭おうともせず、聖羅は手を伸ばした。
「……お父さんも……みんなも……待ってる……!」
その言葉を聞いた瞬間、雷華の瞳が大きく見開かれた。
忘れていた名前。
忘れてはいけなかった顔。
失いかけていた大切な記憶が、次々と胸の奥から蘇ってくる。
「……聖……羅……?」
≪ズズ……≫
その瞬間、精神世界を覆っていた闇の術式が軋んだ。
『感情ノイズ検知。契約拘束――維持』
アイナクィンの無機質な声と共に、無数の黒い鎖が雷華の身体へ巻き付いていく。
帰すまいと。
思い出させまいと。
彼女の魂を再び闇の底へ引きずり込もうとする。
だが――歌は止まらない。
十二色の神性が黒い術式へ染み込み、少しずつ契約そのものを書き換えていく。
それは攻撃ではなかった。
だからこそ、防ぐことができない。
「……嫌……」
雷華の唇が、微かに動いた。
『契約拘束――』
「嫌だ……!」
少女が初めて、自分自身の意思で叫ぶ。
「……帰る……! 私……帰りたい……!」
その叫びと共に、黒い鎖へ一斉に亀裂が走った。
≪バチィィィィィン!!!!≫
鎖が弾け飛ぶ。
同時に現実世界では、≪ドォォォォォォォン!!≫という凄まじい轟音と共に神雷炎が爆発した。
しかし、それは破壊の炎ではない。
暴走を続けていた機械神クトゥグァの巨体が――止まったのだ。
「……なに……!?」
アングマールの瞳が見開かれる。
アイナクィンの声にも、初めて僅かな乱れが混じった。
『精神拘束……崩壊……』
「馬鹿な……!」
その時だった。
雲を切り裂き、翠の光が戦場へ舞い降りた。
≪キィィィィィィン!!≫
「問おう――」
静かな女の声が響く。
その声と共に現れたのは光の剣と、戦場そのものを押さえつけるほどの絶対的な威圧感。
銀河連邦HEROランキング第二位――聖剣の乙女、ルシル・エンジェル。
彼女が駆る改獣が翠の翼を大きく広げ、アングマールの前へ降り立った。
ルシルは、怒りを押し殺した瞳で魔王を睨みつける。
「――我が友に、何をした?」
返答など待たなかった。
≪ズバァァァァァァァァッ!!!!≫
聖剣ラピュセルが一閃する。
ただ、それだけだった。
アングマールを守ろうと前へ割って入ったドラゴン融合ナインライダーが、騎士も竜もまとめて真っ二つに両断される。
≪ギャァァァァァァァ!!≫
黒い血が天空へ散った。
だが――それでも終わらない。
『契約共鳴――再生開始』
アイナクィンの声と共に白い影が蠢き、両断された断面から無数の白い糸が伸び始める。
肉体が繋がる。
竜翼が再生する。
そして、死んだはずの騎士が再び起き上がった。
「……!」
ルシルが目を細める。
一体、二体、三体――。
やがて八体の黒外套のドラゴンライダーが、再び天空を埋め尽くした。
黒衣を纏い、竜翼を広げ、死すら拒絶して立ち上がる騎士たち。
まさしく、災厄そのものだった。
「……ハッ!」
だが、その光景を前にしてシグルドは怯えるどころか、獰猛な笑みを浮かべた。
「いいぜ……! だったら死ぬまで殺してやる!」
炎の巨神が拳を握り、その巨体を紅蓮の炎で包み込む。
≪ゴォォォォォォォ!!≫
そのままナインライダーの群れへ突撃し、炎を纏った空間斬撃が天空を真紅に染め上げた。
≪ズバァァァァッ!!≫
「まとめて来いよォォォォォォ!!!!」
シグルドの咆哮が戦場を震わせる。
――その時だった。
戦場を覆っていた空間が、微かに歪んだ。
「……やるね」
アングマールが呟く。
そして風牙麓の顔で、心底楽しそうに笑った。
「さぁて……いい塩梅にポイントへ集まってくれたね」
その視線が戦場全体を見渡していく。
阿門、シグルド、ルシル、塵芥、ミスティル。そして――この戦場へ集った勇者たち。
「……ポイント?」
シグルドが眉をひそめる。
それを見たアングマールは、指を鳴らした。
≪カチン≫
「では――第二楽章だ」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
≪ドォォォォォォォォン!!!!≫
「トラップ発動!」
雪原を覆っていた巨大術式が、一斉に起動する。
そこで初めて彼らは理解した。
この戦場そのものが、最初から巨大な魔法陣だったのだ。
「覚えておくといい。絶望というものはね――最高の舞台装置なんだよ」
≪ギィィィィィィィィン……≫
その言葉に応じるように、黒き大怪球――機械神モルゴスの巨大な眼球が完全に開いた。
世界が沈む。
存在圧、神性圧、そして終末圧。
三つの圧力が重なり合い、ニブルヘイムそのものが悲鳴を上げる。
空が黒く染まり、降り続けていた雪が空中で静止し、遥か彼方の氷山が触れてもいないのに次々と崩壊していく。
「さぁ、勇者諸君――終焉の幕開けだ」
アングマールが笑う。
それは王の笑みでも、戦士の笑みでもない。
世界の終わりすら娯楽として演出する、狂気の司会者の笑みだった。
だが、その絶望へ抗うように――三つの光が立ち上がった。
≪ドゥラグラグナー――起動≫
「――絶対に終わらせる……!」
雷音の瞳が燃える。
怖くないわけではない。勝てる保証など、どこにもない。
それでも守るべきものがある。帰る場所がある。
ならば前へ進む。
それが勇者の役目なのだから。
「行くぞ、獅鳳!!」
「応ッ!!」
翠の巨神が雷の神槍を掲げ、モルゴスへ向かって天空を駆け上がっていく。
≪ゴォォォォォォォォ!!≫
続いて、二つ目の光が戦場へ広がった。
≪ベリアルハスター――展開≫
「……お父さん……」
イ・シュリの声は震えていた。
目の前にいる敵は父の顔をしている。その声で笑い、その身体で仲間たちを傷つけている。
怖い。
苦しい。
それでも、シュリは逃げなかった。
拳を強く握り、溢れそうになる涙を堪えながら、父の顔をした魔王を真っ直ぐ見据える。
「……助ける。絶対に……お父さんを助ける……!」
そして、三つ目の光。
≪機械神バルドル――顕現≫
白金の神性光が雪原を照らす。
聖羅は顔を上げ、停止したクトゥグァを見つめた。
その中には雷華がいる。
先ほど確かに声が届いた。
ならば、もう迷う必要などない。
「……雷華。今度こそ……!」
もう二度と、その手を離さない。
雷。
翠。
白金。
三柱の機械神が、ニブルヘイムの空に並び立つ。
《ドゥラグラグナー》。
《ベリアルハスター》。
《バルドル》。
そして、その正面には天を覆い尽くすほど巨大な漆黒の眼――《モルゴス》。
三対一。
だが、そんな数の差に意味などない。
相手は万能神メルコールの力を宿した終末の機械神であり、その中心には風牙麓の肉体を奪った魔王アングマールがいる。
モルゴスの巨大な瞳孔が、三体の機械神を捉えた。
そして――笑った。
いや。
モルゴスが笑ったのではない。
その向こう側で機械神と繋がっているアングマールが、笑ったのだ。
「さぁ……始めようか」
魔王は両腕を広げる。
まるで世界を滅ぼす舞台の上で、最後の演目を告げる指揮者のように。
「――最終章を……!」
≪ギィィィィィィィィィィィン――!!≫
黒き神性と三色の光が激突し、ニブルヘイムの空を真っ二つに分ける。
そして――
勇者たちは、終焉そのものへと突撃した。
――終焉か、逆転か。
すべては、次の一撃に懸かっている。
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