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終章- 刻のカケラを巡る-37  ブリューナクの結束

――「撤退」という選択は、敗北か、それとも覚悟か。


妹を救いたい姉。

止める仲間。


それぞれの“正しさ”がぶつかる。


感情が決壊する。

「ふふふ……どうですか、アキンド?」


戦場に立ち込める煙の向こうで、ヒースが得意げに胸を張った。


「ワタシが放った起死回生の自爆魔法、その威力! さあ、思う存分ワタシを褒め倒していいんですよ?」


先ほどスラッグラーの部下たちをまとめて吹き飛ばした大魔法。


それを放ったのは、紛れもなくヒースだった。


「さあ! さあ! 目一杯褒め称え――」


ところが。


「……うぐぐっ……ガフッ!」


「ヒース!?」


威勢の良い台詞を最後まで言い終える前に、ヒースの膝が崩れた。


あまりにも強力な大魔法だったため、全魔力をほとんど一撃で使い切ってしまったのである。


そのまま地面へ倒れ込むヒースを、アキンドが慌てて抱き止めた。


「わあああ! ヒース、自慢するか気絶するか、どっちかにしろ!」


威力だけを見れば申し分ない。


だが、一発撃つたびに術者まで戦闘不能になるのだから、自爆魔法と呼ばれても仕方がなかった。


「ああ、うん。凄い。凄いよヒース」


アキンドは気を失いかけているヒースを背負いながら、半ば呆れたように続ける。


「でもさ、一発撃つたび戦闘不能になるってどうなの? 毎回お前を担いで逃げる俺の負担が半端ないんだけど。もうちょいコスパのいい魔法とか覚えない?」


「……褒め方に……愛が足りません……」


「まだ喋れるのかよ!」


その時。


「くそう! テメーら、よくも俺様の手下を!」


怒号が響いた。


「ぶっ殺してやる!」


振り返れば、巨大なナメクジのような怪物――スラッグラーが怒り狂いながら迫ってくる。


「ぎゃああああ! ナメクジ男が来たぁぁぁ!!」


アキンドはヒースを背負ったまま全力で逃げ出した。


だが、その二人を庇うように、一人の女が前へ出る。


「問おう」


静かな声だった。


それだけで、戦場の空気が変わる。


「貴様らが――我が友の道を塞ぐ者たちか」


銀河連邦HEROランキング第二位。


ルシル・エンジェル。


最強クラスの英雄が、戦場へ降り立った。


腰の聖剣ラ・ピュセルを抜き放つ。


「ならば――退いてもらう」


一閃。


≪ズバァァァァァン!!≫


光の軌跡が戦場を横切り、襲いかかっていた数十の雑兵がまとめて吹き飛んだ。


「うぎゃあああああ!!」


さらに上空。


「そこ、まとめて消し飛びなさい!」


リリスが両手を掲げる。


「――《メテオストライク》!!」


夜空を突き破るように巨大な隕石が降下し、敵陣へ直撃した。


≪ドォォォォォォン!!≫


「ひええええええ!!」


爆炎が上がる中、別方向からナルチーゾが怒鳴る。


「テ、テメーら! 俺の淫紋で全員服従させてやる!」


禍々しい紋章が空中へ広がろうとした。


だが。


「――《黙りなさい(レクイエス)》」


鈴のような声が響く。


次の瞬間、ナルチーゾが展開した紋章術が、その場で霧散した。


「げえっ!?」


ナルチーゾが尻餅をつく。


「オ、オリンポスの愛の女神――セレスティア!?」


セレスティアは呆れたように彼を見下ろした。


「その程度の下品な魅了術で、誰かの心を縛れるとでも?」


そして。


≪キィィィィン!!≫


今度は空間そのものが歪む。


「聖羅ァァ! 今、助けに行きますわよ!」


迦楼羅すももが、ブリュンヒルデを連れて戦場へ転移してきた。


「ただし、その前に――この変態どもを駆逐してからですわ!」


「任せて」


ブリュンヒルデが胸元へ手を当てる。


そして、歌った。


光り輝くアイドルソング。


その歌声が戦場へ広がり、濁った魔力を洗い流していく。


アイナクィンたちによって維持されていた《契約共鳴》にも干渉が入り、その効果が少しずつ弱まり始めた。


「契約共鳴値、低下……?」


敵側から戸惑いの声が上がる。


援軍の猛攻によって、スラッグラーたちは明らかに押し返され始めていた。


それを見ていた雷音が、呆然と呟く。


「……お前ら……」


助けに来たクラスメイトたち。


無茶ばかりする連中。


普段なら、くだらないことで騒いでばかりいる仲間たち。


それでも。


肝心な時には、必ず来る。


オームが状況を確認し、静かに告げた。


「よし。退却するぞ。安全地帯はすでに確保してある」


だが。


「ダ、ダメだ!」


聖羅が叫んだ。


「雷華を置いて撤退なんてできない!」


遠方では、今も神雷が荒れ狂っている。


世界を裂く雷光。


その中心にいるのは――暴走した雷華。


「……離して」


聖羅の声は低く、震えていた。


その瞳が見ているものは、ただ一つ。


狂気の雷に呑まれた、自らの半身。


妹。


「行かなきゃ……」


拳を握り締める。


爪が掌へ食い込み、血が滲む。


「アテが……行かなきゃ……」


その声からは、いつもの軽薄さも冗談めいた調子も完全に消えていた。


残っているのは、七罪の魔女という肩書きよりも遥かに根深いもの。


――姉としての本能だった。


聖羅が一歩踏み出そうとした、その時。


≪ガシッ≫


背後から腕が回された。


「ダメ」


ブリュンヒルデだった。


「……ブリュンヒルデちゃん?」


その声は優しい。


だが、絶対に逃がさないという意思を込めて、聖羅の身体を強く抱き締めている。


「行かせない」


「……っ!」


「絶対に」


ステージの上で見せる華やかな歌姫の表情ではなかった。


そこにあったのは、家族を死なせないためなら嫌われることさえ恐れない者の目だった。


さらに反対側から、聖羅の腕を掴む者がいる。


「聖羅様」


迦楼羅すもも。


「今ここで突っ込むのは――明確な悪手ですの」


「放して……!」


聖羅が腕を振り払おうとする。


だが、迦楼羅は離さなかった。


「嫌ですの」


即答だった。


迷いなど一切ない。


「雷華様を助けたいのは、私たちだって同じですの」


その言葉に、聖羅の動きが僅かに止まる。


ブリュンヒルデも続けた。


「ねぇ、聖羅。忘れたの?」


「……何を?」


「私たち、同じ《ジュエルウィッチ》として生まれた仲間だったでしょ」


聖羅の瞳が揺れた。


ジュエルウィッチ。


十権者によって《十二の銀の鍵》を一人一本ずつ埋め込まれ、人為的に生み出された魔法少女たち。


彼女たちは最初から英雄でも、アイドルでもなかった。


ただの実験体だった。


「十権者たちに一緒に改造されて、一緒に捨てられて」


ブリュンヒルデの声が、少しだけ震える。


「それでも阿門社長に拾ってもらった」


迦楼羅が引き継ぐ。


「それから一緒に生き延びて、一緒に仕事をして、同じアイドルユニットを組みましたの」


その積み重ねは、もう単なる仲間という言葉だけでは足りないほど長かった。


「だからこそ、言いますの」


迦楼羅の声が鋭くなる。


「今の聖羅様が雷華様へ向かえば、反エクリプス存在となった彼女に攻撃されます。今の状態では――ほぼ確実に死にますの」


聖羅は何も言えなかった。


ブリュンヒルデが、その横顔を覗き込む。


「ねぇ、聖羅」


少しだけ声を柔らかくする。


「私たちさ……もう、同じアイドルユニットの仲間ってだけじゃないよね」


「……!」


「私も、迦楼羅も、阿門社長に保護者になってもらった。同じ家で暮らして、同じ仕事して、毎日一緒にご飯食べて、喧嘩して、相談して……」


ブリュンヒルデは、聖羅を抱く腕へさらに力を込めた。


「もう、ほとんど家族じゃん」


聖羅の唇が震える。


「家族を守るために命を懸けることを、私は否定しない」


ブリュンヒルデの声が僅かに掠れた。


「でも……家族を救う前に死ぬのは、美談じゃないよ」


聖羅が息を呑む。


「ただの不幸だよ」


「でも……!」


堪えていたものが、一気に溢れた。


「雷華が……!」


声が裏返る。


「アテの半身が……あそこにいるんだよ!!」


その瞬間。


≪バシン!!≫


額同士がぶつかった。


「痛っ……!」


ブリュンヒルデの頭突きだった。


「目ぇ覚ませッ!!!!」


アイドルとは思えない怒号が戦場へ響いた。


聖羅が呆然と目を見開く。


そして目の前では、ブリュンヒルデ自身も涙を流していた。


「アンタが死んだら――!」


声を震わせながら、それでも真正面から聖羅を睨みつける。


「雷華ちゃんを誰が元に戻すのよ!!」


聖羅の表情が固まった。


迦楼羅も、静かに続ける。


「聖羅様。撤退は敗北ではありませんの」


「……」


「再起するための戦略ですの」


そして、一人ずつ名前を挙げる。


「阿門様がいる。雷音様がいる。雷牙尊様だっている」


迦楼羅は聖羅の腕を握ったまま言う。


「雷華様を助ける手段が存在する今、感情だけで突撃する理由はありませんの」


その言葉が。


ようやく。


聖羅の胸へ届いた。


これは理屈だけではない。


自分一人で何とかしろと言われているのでもない。


信じろと。


家族を。


仲間を。


そう言われている。


「……ずるい……」


ぽろり、と。


聖羅の口から声が零れた。


「二人とも……ずるいよ……」


涙が頬を伝う。


「正論しか言わないの……ずるい……」


ブリュンヒルデが、泣きながら小さく笑った。


「だって、家族だもん」


迦楼羅も頷く。


「当然ですの」


その時。


≪ドォォォォン!!≫


遠方で雷華の神雷が炸裂した。


雷光に照らされた妹の姿を、聖羅はただ見つめていた。


「……雷華……」


声は震えている。


今すぐ走り出したい。


抱き締めたい。


連れ戻したい。


それでも。


聖羅の足は、もう前へ出なかった。


「……お願い」


かすれた声で、遠くにいる妹へ語りかける。


「ちょっとだけ……待っててね」


涙を拭う。


「絶対に……助けるから」


ブリュンヒルデが、もう一度強く聖羅を抱き締めた。


「うん。絶対に助けよう」


迦楼羅は静かに周囲を確認すると、転移術式を展開する。


「転移魔法を発動しますの。全員、撤退します」


挿絵(By みてみん)


足元へ幾何学模様の光が広がった。


≪転移光展開≫


遥か先にある魔法戦艦アルゴー号の甲板にも、対応する転移魔法陣が出現する。


光が強くなる。


聖羅の視界の中で、暴走する雷華の姿が少しずつ遠ざかっていった。


それでも。


最後の最後まで。


聖羅の瞳だけは――妹の姿から離れなかった。


必ず戻る。


必ず助ける。


そう誓うように。


だが。


その願いが本当に雷華へ届くのかどうかは。


まだ――誰にも分からなかった。

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