終章- 刻のカケラを巡る-36 プロフェッサー・タットの援軍
――ついに、黒き機械神が姿を現す。
それは魔王アングマールの切り札にして、
封印されたメルコール神の肉体。
しかも、雷華を救うための希望が見えた、その瞬間――
敵は最悪の一手を切ってくる。
第6部、ラスボス機体起動。
雪原の彼方で、黒い“壁”が立ち上がった。
塔のように天を衝くそれは、ただの建造物ではない。
生きていた。
≪ドン!!≫
地響きと共に巨大な外殻が崩れ落ち、その内側から漆黒の球体が姿を現す。
いや。
球体などという表現では足りない。
それは閉じた瞼を持つ、巨大な“眼”そのものだった。
異形の機械神――《モルゴス》。
「クックックック……これぞ機械神モルゴス!」
その頭頂部に設けられたコックピットから、魔王アングマールの哄笑が響き渡る。
今、彼の依代となっているのは風牙麓の肉体だった。
「メルコール様が失われた万能神の力、その顕現! 《シルマリルリオン》の宝珠が完成した時、この全能の機械神は完全なる復活を遂げる!」
アングマールの瞳が冷たく細められる。
「その時こそ、メルコール様の悲願が果たされるのだ!」
そして、雪原に立つ雷音たちへ視線を落とした。
「もう……貴様らには止められない」
口元が歪む。
「風牙麓は、もう“手遅れ”だ」
その言葉と同時に、吹雪の奥から無数の気配が迫ってきた。
≪ヌル……≫
氷床を這う粘液。
≪ゾワゾワ……≫
雪の下から這い出す触手。
そして、それらを率いる者たちの歪んだ笑い声。
「ヒャッハー! 新しい獲物だァ!」
スラッグラー。
テンタクルルー。
ナルチーゾ。
外道悪魔たちが大量の強化兵を率い、雪原へなだれ込んできた。
せっかく生まれかけた希望を踏みにじるように、下卑た歓声が戦場へ響き渡る。
「チィ……!」
雷音が歯を食いしばる。
獅鳳も敵の数を見て、低く身構えた。
「多すぎる……!」
神羅が維持していた魔力障壁も、押し寄せる圧力に耐え切れず軋み始めている。
「……結界が持たない……!」
そして背後では、さらに凄まじい戦いが続いていた。
暴走した雷華とアイナクィン。
それを止めようとする聖羅とバルドル。
《封獣クトゥグァ》と《改獣アモン・サーガ》による機械神同士の激突が、雷と魔炎を撒き散らしながら世界を引き裂いている。
誰かを助けに向かう余裕など、どこにもなかった。
その状況を見て、オームが低い声で命令する。
「全軍、雷音たちを回収後、即時撤退する」
「ダメだ!」
聖羅が叫んだ。
「雷華を置いて撤退なんてできない!」
暴走する雷華へ向かおうとする聖羅を、バルドルが咄嗟に制止する。
「待って、姉様!」
「離して! アテの魔法なら――!」
「今、感情に任せて突っ込めば、雷華の魂ごと焼き切る!」
その言葉に、聖羅の動きが一瞬止まった。
そこへオームが続ける。
「聞いてくれ、聖羅ちゃん。雷華を助ける手段はある」
聖羅の瞳が大きく揺れた。
「……え?」
それまで絶望しかなかった戦場に、ほんの僅かな希望が差し込む。
オームはまっすぐ聖羅を見据えた。
「風牙麓さんの義弟筋にあたる男――雷牙尊先生だ」
「……雷牙尊……?」
「ああ。俺たちは普段、タット先生と呼んでる」
オームは戦場の彼方を見ながら言葉を続ける。
「雷華の精神制御術式、《始まりの力》、そしてアイナクィンとの契約干渉。あの人は今日まで、その全てを解析し続けてきた」
「なんで……そこまで……?」
「兄を救うためだ」
その答えに、聖羅の表情が変わる。
「……兄?」
「雷牙尊先生は、咎十二家の一角に連なる人物であり、風牙麓先生の弟筋にあたる」
「……!」
雷音も目を見開いた。
「風牙麓さんの……身内なのか!?」
「ああ。そして今、そのタット先生がアルゴー号に乗ってこちらへ向かっている」
救う手段がある。
雷華を、まだ取り戻せるかもしれない。
その事実だけで、砕けかけていた聖羅の心に僅かな光が戻った。
だが。
その希望を見逃すほど、魔王アングマールは甘くなかった。
研究室・深層監視領域。
複数のモニターを見つめていたアングマールの瞳が、不機嫌そうに細められる。
「……雷牙尊……だと?」
その名を聞いた瞬間、魔王の表情から余裕が消えた。
「楚項烈の懐刀――名軍師プロフェッサー・タットが、こちらへ来ているというのか……!」
それは、アングマールにとって明確な誤算だった。
戦況を覆しかねない、最悪の変数。
「ちい……魔王オームめ。面倒なカードを切ってきたな……」
アングマールはしばし考えた後、静かに手を振る。
「捕獲を優先しろ」
即座に命令がナインライダーと委員会尖兵へ送られた。
「あの連中を逃がすな。特に――聖羅」
一拍置く。
「そして……神羅だ」
命令を出したアングマールは、さらにモルゴスに内蔵された特殊兵装へ手を伸ばした。
希望が生まれた瞬間に、それを潰す。
それこそが、魔王アングマールの戦い方だった。
「――《メタモルフォーゼキャンセラー》、起動!」
≪ギィィィィィィン!!≫
それまで閉じられていたモルゴスの巨大な一つ目が、突如として見開かれる。
次の瞬間。
≪ズォォォォォォン!!≫
瞳から放たれた怪光線が、一直線に《アモン・サーガ》を貫いた。
「――っ!?」
聖羅が息を呑む。
怪光線が機体へ直撃した瞬間、聖羅とアモン・サーガを繋いでいた魂の回路が強制的に切断された。
《改獣アモン・サーガ》の巨体が大きく揺らぐ。
輪郭が乱れ、装甲が光の粒子へと変わっていく。
「そんな……!」
機械神としての存在そのものが、この世界から弾き出されようとしていた。
そして。
≪シュゥゥゥゥ……≫
白き機械神は実体を維持できず、その場から完全に消失した。
雪原へ投げ出されたのは、聖羅とバルドルだけだった。
「あ、あの機械神……!」
オームの顔が険しくなる。
「《メタモルフォーゼキャンセラー》まで内蔵しているのか!?」
その隙を、敵は見逃さなかった。
「今だァァァ!!」
スラッグラーが叫ぶ。
「ガキどもをふん捕まえろ〜〜!!」
強化兵が一斉に雪原を蹴り、無防備になった聖羅とバルドルへ殺到する。
数十。
数百。
黒い影が雪原を埋め尽くしていく。
聖羅が咄嗟に構えた。
だが。
その瞬間だった。
≪ドオオオオオォォォォォォォォンンンッッ!!!!≫
天地そのものが弾けた。
凄まじい魔力砲撃が戦場へ叩き込まれ、視界すべてを白い爆炎が覆い尽くす。
「なっ――!?」
スラッグラーが振り返る間もない。
巨大な衝撃波が雪原を駆け抜け、彼が率いていた兵士たちをまとめて呑み込んだ。
吹き飛ぶ。
消し飛ぶ。
雪も氷も兵士も、何もかもが爆炎の中へ巻き込まれていく。
爆発が収まった時。
そこに残っていた敵兵は――半数にも満たなかった。
「……は?」
スラッグラーが呆然とする。
今の一撃だけで。
彼が引き連れていた戦力の、およそ六割が消し飛んでいた。
雷音も。
聖羅も。
オームも。
誰もが、砲撃の飛んできた方向へ振り返る。
だが。
吹雪と煙の向こうにいる“何者か”の姿は、まだ見えなかった。
黒き機械神、起動。
雷華の洗脳を解除する、新たな希望。
そして。
戦場そのものを薙ぎ払った、正体不明の超爆発。
戦況は再び大きく動き始める。
――次回。
その砲撃を放った者が、遂に姿を現す。




