第五章- 暗黒の騎士ナインライダーズ-7 静謐局
冥界の祭りの中で、
ダークフレイムは娘たちと再会する。
そして――
眠っていた妻の魂が目覚めた。
だがその再会を
神の監視機関が見逃すはずがなかった。
メルコール直属
《静謐局》
彼らの任務は
危険な存在の「回収」。
「……ニカ、シルフィス。急いで離れなさい」
やわらかな、しかしよく通る声が、二人の頭上から降りてくる。
シグルドが顔を上げると、祭りの喧騒の中に、ひときわ目を引く女性が立っていた。
白雪のような髪を後ろで束ね、冥界仕様のシックなメイド風ドレスを纏った女性。
肌は褐色、瞳は淡い藤色。
イサカ・アルビナス――フレアの傍らで、幼い妹たちの世話をしている、アンドロイドの保育士だ。
「君は……?」
問いかけが、自然に舌からこぼれ落ちた。
イサカは一瞬だけ目を見開く。
そして、静かに微笑んだ。
「はじめまして――ダークフレイム様」
その声は慎重で、礼儀正しく、少し震えていた。
ニカとシルフィスは、慌てて一歩だけ退く。
だが、すぐにまたじりじりと近づいてきて、服の裾を掴んだまま離れない。
「イサカママ、パパだよね!? 本物だよね!?」
「ねえ! ねえってば!」
イサカは答えなかった。
ただ、シグルドをまっすぐに見つめる。
紫水晶のような瞳の奥で――別の色が、蠢いた。
◇
(――近い。これは……)
イサカの人工脳の奥、冷たい金属の箱の中。
そこには、本来あってはならない“異物”が眠っていた。
黄緑の髪。金色の瞳。満面の笑顔。
クリームヒルト・スカーレット。
かつてシグルドの妻だった女性の「魂の断片」。
彼女はずっと、夢のような場所で眠っていた。
子どもたちの笑い声を子守唄に、フレアの歌を子守唄に、静かに、静かに。
――そのはずだった。
だが、今。
シグルドの姿を、視た。
声を、聞いた。
匂いを、感じた。
全ての情報が、一瞬で閾値を超えた。
目覚めてしまった。
『…………あ』
眠っていた“それ”が、ゆっくりと、しかし確実に浮上してくる。
イサカの内部回路が、一瞬だけエラーを吐いた。
【WARNING:人格ブロックの一部が解錠されました】
【WARNING:封印領域“CH”にアクセスが――】
「…………っ」
イサカの身体が、びくりと震えた。
「イサカ?」
イサカに同行していたレッドが眉をひそめる。
その直後――
彼女は、ふっと笑った。
さっきまでの静かな微笑とは、明らかに違う。
もっと、弾けた。もっと、やかましい。
「――シグルドさんッ!!」
叫び声と同時に、イサカの身体が飛んだ。
考えるより早く、シグルドの胸元に飛び込んでくる。
「ぬあっ!?」
ダークフレイムの巨体が、本気でよろけた。
がっちりと抱きついてきた腕は、アンドロイドとは思えないほど柔らかく、そして、必死だった。
「シグルドさーんっ! やっと、やっと会えましたぁぁぁぁ!!! わぁぁぁぁん!!」
機械的な抑制は、すべて吹っ飛んでいた。
声は、号泣の一歩手前。
でも言葉のテンションは、ハイすぎる。
「お、おい、き、きみ? い、いや、これは……」
シグルドの脳内で、別の名前が点滅する。
(クリーム……ヒルト……?)
彼女の匂い。腕の感触。
脳が、知っている。
『やっほー☆ 愛に飢えた奥さんの怨念、もとい純愛、ただいま復活です!』
耳元に、誰のものともつかない声が響いた。
いや、本当は知っている声だ。
いつも、自分を振り回していた、あの騒がしい声。
『シグルドさーん! 生きてたなら早く言ってくださいよー! もう死ぬかと思った、ていうか一回死んでるけど! あ、思い出してます? ねぇ思い出してます? はい今“思い出しかけてるランキング1位”の顔してますよ!』
「――っぐ!」
シグルドは再び頭を押さえた。
今度は、さっきよりもはっきりとした“映像”が襲ってくる。
――笑いながら、鍋をふるう女性。
――フライパンで焦がしながら「料理は愛があればなんとかなるのです!」と胸を張る女性。
――ナイトウェア姿で「シグルドさーん、寝かせませんよー? あ、いや健全な意味で!」と意味不明なことを叫ぶ女性。
その全てに共通する金色の瞳。
クリームヒルト。
名前を掴みかけた。
(俺は……お前と――)
そこまで来て。
ぷつり、と。
何かが、意図的に線を切った。
――その瞬間。
シグルドの脳内で
何かが強制的に閉じられた。
LOCK
記憶アクセス遮断。
見えない誰かが
彼の記憶に鍵をかけた。
メルコール・ヴォータン。
神だったものが仕掛けた
封印術式だ。
【LOCK:記憶アクセス遮断】
【警告:対象“シグルド・スカーレット”の記憶階層に異常アクセス】
【抑止処置起動】
「――ッ!!」
頭が、爆発したかと思った。
視界が真っ白になる。
骨灯りも、屋台も、イサカ――いや、クリームヒルトも、全部が遠ざかる。
ニカとシルフィスの泣き声が、やけに遠い。
「パパ……?」
「おとうさん……?」
シグルドは歯を食いしばりながら、なんとかその場に踏みとどまった。
ぐらぐら揺れる視界の中――
見えてはいけないものが、見えた。
◇
祭りの喧騒。
笑い声。音楽。屋台の掛け声。
その中に――“音がしない一角”があった。
喧騒が不自然に薄まる空白。
そこに、数人の男たちが立っている。
冥界の屋台に紛れ込むには、少しだけ色彩が違う。
白すぎる顔。灰色の法衣。胸元に刻まれた、小さな銅の指輪の紋章。
メルコール・ヴォータン直属、
《静謐局》。
神話的存在の調整と“標本回収”を任務とする、極秘の実働部隊。
彼らは、既に配置についていた。
ダークフレイムが子どもたちと再会する、その瞬間を待って。
「目標個体――確認」
一人が、囁くように呟く。
その声は、風に紛れて誰にも届かない。
「状態――記憶回復傾向あり。
推定危険度ランク、ひとつ繰り上げ。
――“即時回収”に切り替える」
別の一人が、懐から黒い筒を取り出す。
見た目はただの花火のようだ。
だが、その内部に封じられているのは――
“記憶封鎖用・対巨人族拘束術式”。
「フェスティバル騒乱を事故として処理。
民意操作はヴァルハラ広報局が担当。
我々は――終わった後に、何も残さない」
◇




