第五章- 暗黒の騎士ナインライダーズ-8 記憶はなくとも父は家族を守る
冥界の祭りの中で、ダークフレイムは娘たちと再会した。
だがその瞬間――
メルコール直属機関《静謐局》が動き出す。
放たれたのは、記憶ごと存在を封じる術式。
それでも――
記憶がなくても、父は子どもを守る。
シグルドの“戦士としての勘”が、ようやく叫んだ。
(――来る)
抱きついてくるイサカ(の中のクリームヒルト)を、反射的に庇うように腕で包み込む。
ニカとシルフィスを、足元で背中側に隠す。
「レッド――」
「はい、気づいてます!」
既にレッドは、祭りの串焼き屋台の台車をさりげなく押し出していた。
その台車には、派手な飾りの裏に《炎界軍簡易防御術式》が仕込まれている。
「ミスティル!」
「了解。鏖、《祭り客》の安全だけ先に守っとけ」
「アイアイサー☆」
塵芥鏖が腕を広げた瞬間、見えない膜が周囲一帯を覆った。
一般客たちの意識に、ふわりとした“違和感フィルタ”がかかる。
これから起こることは――「ちょっとした事故」くらいにしか認識されない。
だが、それでも。
仕掛けは、もう放たれていた。
◇
黒い筒が、空へ打ち上がる。
一瞬、祭り客たちは「花火かな?」と勘違いした。
骨提灯の合間を縫って、黒い光が弧を描く。
――ぱん。
音もなく、黒い花が咲いた。
炎でも、光でもない。
ただ、色だけを吸い取る“陰”。
その花びらが、まっすぐに落ちてくる先――
ダークフレイムの頭上。
「――シグルドさん!」
イサカの身体を乗っ取ったクリームヒルトが、反射的にシグルドの首にしがみついた。
「ダメです、それ、記憶ごとシグルドさんを――!」
黒い花びらが、落ちる。
レッドが飛び込む。
ミリルが悲鳴を上げる。
ニカとシルフィスが泣きそうな顔で見上げる。
シグルドは、頭の片側で「避けろ」と叫びながら、もう片側で「このまま思い出せ」と叫んでいた。
(俺は――)
父親だった。
夫だった。
そして――
今もまだ
この子たちの父だ。
そこまで出かかって。
黒い花びらが、額に触れ――
――弾けた。
「……は?」
静謐局の隊員たちが、一斉に目を見開いた。
「術式が――」
「無効化、された……?」
黒い花を包むように、別の色が咲いていたからだ。
金色。
稲妻の色。
「――“HEROの変身”ってのはな」
シグルドの口から、別の声が漏れた気がした。
「治安だけじゃなく、“泣いてる子供”も守るんだよ」
彼の背中に、黒い炎と金の鱗が一瞬だけ浮かび上がる。
英雄としての本能が、世界改竄級の封印術式を、力ずくで弾き飛ばしたのだ。
完全な記憶の復活には至らない。
だが、“これ以上奪わせない”だけの本能は、まだ残っていた。
黒い花は、金色の稲妻に焼かれて霧散した。
祭り客たちの歓声が、一瞬だけ“本物の花火”と勘違いして沸き起こる。
「わー、きれーい!」
「やだー、雷花火? サービスすごーい!」
静謐局の隊員たちだけが、その異常に気付いていた。
「……回収対象、予想以上。
ランク、さらに繰り上げ。
――“危険因子”から、“即時削除対象”に」
隊員の一人が、袖口の内側を弾く。
そこから現れたのは、細い銀の針――神経を焼き切るための対巨人族用毒針。
「子どもごとでも構わん。後で調整すればいい」
その言葉を――
聞き逃す者は、ひとりもいなかった。
◇
「……誰が」
シグルドの声は、低かった。
黒い炎が、足元からじわじわと広がる。
ニカとシルフィスを庇うように片腕で抱き寄せ、もう片方の腕で、イサカ(クリームヒルト)を引き寄せる。
「誰が、誰の子どもを、“調整”だと?」
祭りの音楽が、遠のく。
鬼火が、炎ではなく影を照らし始める。
レッドが一歩前に出る。
ミスティルが笑いを消し、魔力を立ち上げる。
ロキが舌打ちしながら、祭り用の紙袋をそっと地面に置いた。
「おいおいおい……“お祭り回”ぐらいは平和にやらせろよ、神だったモノ」
静謐局の隊員たちが、骨灯りの陰から一斉に姿を現す。
灰色の法衣が、冥界の風に揺れる。
「通告する」
隊長格らしき男が、無表情に宣言した。
「対象“シグルド・スカーレット”、及びその血族、“フレア・スカーレット”、“ニカ・スカーレット”、“シルフィス・スカーレット”。
並びに“異常人格搭載機体イサカ・アルビナス”。
――すべて、《メルコール・ヴォータン》の名のもとに回収する」
騒動は、もう始まっていた。
冥界の祭りのど真ん中で、
父と名乗れない男と、
父と呼ぶことをやめない子どもたちと、
“死んだはずの妻”を宿すアンドロイドを巡って――。
静謐局の隊員たちが、一斉に殺気を放った。
銀の針が光る。
冥界ラムネの甘い匂いの中で、その輝きだけが異物だった。
「回収対象――」
隊長格が一歩踏み出す。
「――まとめて処理する」
ニカとシルフィスが、同時にビクッと震えた。
「やだ……やだやだやだ!!」
「ニャアアアア!! パパ取らないで!!」
イサカ(の中のクリームヒルト)が、シグルドにしがみつく腕に力を込める。
「シグルドさんっ……!!」
レッドが剣を抜きかけた、その瞬間だった。
静謐局の隊員たちが
一斉に武器を構える。
祭りの夜のど真ん中で
戦いが始まろうとしていた。




