第五章- 暗黒の騎士ナインライダーズ-6 父に抱きつく子供たち
戦場の後に待っていたのは、冥界のお祭りだった。
だが――
ダークフレイム・シグルドの前に現れたのは
思いもよらない「再会」。
「パパぁぁぁぁ!!」
記憶を失った騎士に、
二人の小さな娘が抱きつく。
失われた家族の記憶が、今――動き出す。
ヘルヘイム前庭の「黄昏の門」から少し離れた場所には、冥界らしからぬ光景が広がっていた。
――臨時開催、
《ユグドシラル・キャノンボール第5区間・慰労フェスティバル》。
骨だらけの丘の谷間に、色とりどりの屋台がずらりと並ぶ。
提灯代わりの鬼火がふわふわ浮かび、死者の国とは思えないほど賑やかな笑い声が飛び交っていた。
焼き肉ならぬ「焼き魂」の串焼き、飲むと一瞬だけ過去の記憶がフラッシュバックする「追憶ソーダ」、幽霊ドワーフが叩く鍋太鼓に合わせて、子どもたち(生者も死者も)が走り回る。
さっきまでナイトライダーと殺し合いをしていたレーサー達は、今は肩の力を抜いて、思い思いの店を冷やかしていた。
◇
「……祭り、ってやつか」
ダークフレイム――シグルド・スカーレットは、紙コップに入った「冥界ラムネ」を眺めながら、ぼんやりと呟いた。
黒いコートは簡易版に着替えている。
“黙示録戦争騎士”の威圧感は薄れ、ぱっと見は、どこにでもいるちょっと怖そうなお兄さんだ。
「シグさん、どうです? ここの焼き骨せんべい、意外とイケますよ?」
隣で勧めてくるのはチームメイトにして会社の同僚カルノフハート。
飢餓の騎士の称号を持つオークの巨漢だ。
黙示録飢餓騎士としての鎧は脱ぎ、ラフな私服に身を包んでいる。
「……骨を食う文化は、あんまり馴染みが無くてな」
「安心しろシグさん、生き物の骨じゃなくて『罪悪感』を固めたやつらしいぞ。罪食いせんべいだ!」
ミスティルが、どこからか仕入れてきた情報を得意げに披露する。
隣で塵芥鏖がそのせんべいをバリボリとかじっていた。
「こっちの世界の“罪”ってしょっぺー味なんすね」
「お前もうちょい遠慮しろよ、罪悪感ゼロか」
軽口が飛ぶ。
シグルドは、そんなやりとりを聞きながら、どこか遠い場所を見るような目で屋台の灯を眺めていた。
――こういう光景を、俺は……。
どこかで見た気がする。
火ではなく、提灯。骨ではなく、木の屋台。死者ではなく、笑う人間たち。
胸の奥の、空洞のような場所が、きゅうっと痛んだ。
(……俺は何者だった)
ダークフレイム。巨人族の英雄。戦争騎士。
――シグルド・スカーレット。
名前だけが、輪郭を持っている。
けれど、その中身――「どんな男だったか」が、霧の向こう側だ。
ラムネの弾ける音が、やけに遠くで聞こえた。
◇
「わあああああっ! すごいひとー!!」
「シルフィス、はぐれちゃダメよ? ニカの手、ちゃんと握って」
「だいじょーぶ! ニカ、こっち!」
祭りの人混みの向こうから、小さな声が聞こえてくる。
シグルドが「お?」とそちらを振り向いた。
――その瞬間。
シグルドの背筋に、ぞくりと“何か”が走った。
視線を向けるより先に、胸が疼く。
心臓の奥の奥で、見知らぬ誰かが「そっちだ」と指をさしているような感覚。
(……なんだ、この)
振り向いた。
骨灯りの列の向こうから、ちいさな影が駆けてくる。
「――パパぁぁぁぁぁ!!」
「ニャアアアアア!!」
「お と う さ ん!!」
「ニャニャ!!」
ぎゅうううううっ!!
次の瞬間、シグルドの腰に、二つの柔らかい衝撃が同時に飛びついてきた。
「うおッ!?」
黒いコートごと引っ張られ、よろめきながらも受け止める。
見下ろすと、そこには――
ふわふわの黄緑色の髪の2歳くらいの女の子が一人。
その隣には、銀色がかった長髪の6歳くらいの女の子が一人。
ちいさな手で、必死に彼の服を掴んでいる。
大きな瞳。
頬の丸み。
微妙に違う二人の顔立ち。
だが、
(――似ている)
フレアに。
そして――
鏡に映る自分の顔に。
(……まさか)
(俺の……娘?)
「……っ」
シグルドは、思わず言葉を失った。
小さい方――ニカが、きらきらの目で見上げる。
「ニャニャ ニャニャ ニャアアアアア!」
その子はニャアとしか発音していない。
だが、シグルドにはわかった。
はっきりと言っている言葉がわかった。
「パパ、生きてたのー! ニカね、ちゃんといいこにしてたの! パパ、えらい?」
そう言っている。
「パパ! シルフィスね、ちゃんとフレアお姉ちゃん守ってたよ! お母さまにも褒められたの! だから――」
二人同時に叫ぶ。
「「もう死んじゃやだああああああ!!」」
ぎゅうううううっ!!
腰から上に登ろうとする勢いで抱きつかれ、シグルドの身体がぐらりと揺れた。
「ちょ、待て……!」
カルノフハートが目を見開き、思わず噴き出す。
「お、おいおいおい……ダークフレイム。お前、モテるとは思ってたが……」
「モテるとかいう話じゃない」
シグルドは、動揺を押し殺しながら、子どもたちをそっと支えた。
小さな背中はあたたかく、震えている。
胸の奥に、何かが突き刺さるような痛み。
(この小さいのは……俺を“パパ”と呼んだ)
息が浅くなる。
耳鳴りがする。
頭の中で、煙のような「記憶の影」が渦を巻きはじめた。
――砂の上で、誰かを高い高いして笑う自分。
――腕の中で眠る赤ん坊を、くしゃくしゃに笑いながら見つめる女の人。
――「シグルド、ちゃんと抱き方合ってる? 首ね、首!」
声。
笑い声。
誰かの白い指が、自分の頬を突っつく感触。
思い出せそうで、思い出せない。
「……が、っ――」
シグルドは、思わず頭を押さえた。
こめかみの奥で、何かが“砕ける音”がした気がした。
――記憶の奥で、何かが砕けた。
それは
失われた父の記憶か。
それとも
封じられていた真実か。
家族の物語が、動き出す。




