第五章- 暗黒の騎士ナインライダーズ-5 指輪
※ヘルヘイム編:作戦会議
死の女神ヘルから明かされる
メルコールとナイトライダーの秘密。
不死身の黒騎士を解放する鍵は
“三つの銀の指輪”。
その一つを持つのは
ヘルヘイム地下闘技場の王――
クレイジーナックル。
その瞬間――
館の温度が、一度だけ下がった。
骨の燭台の火が、すべて同時に揺れる。
「……遅かったね」
玉座の少女が、静かに微笑んだ。
「――でも、ちょうどいいタイミング。
さあ、座って。
お茶、用意してあるよ」
テーブルの上には、
骨のティーカップと、
血のような紅茶。
リーンはいちばん前に座り、にこっと笑う。
「久しぶりだなヘル。
――古の約束を守りに来たぞ」
ヘルは、ゆっくりと立ち上がる。
チョーカーが、かすかに光る。
「ええ。
――待ってた。
メルコールを終わらせるために」
彼女は、みんなを見回す。
「さあ、始めましょうか。
――“神だったもの”を、戻す方法を教えてあげる」
骨の燭台が、赤く灯る。
冥界の夜が、始まった。
ヘルは微笑んだ。
どこか寂しげに、どこか優しく。
「――ようこそ、ヘルヘイムへ。
私の、本当の名前は“ヘル”。
北欧神話の、死の国の女王」
全員が硬直する。
ミスティルが、珍しく真顔で呟く。
「……マジかよ。
あの伝説の“半分死体”の女王が、こんな可愛い子だったとは」
ヘルは小さく首を振る。
「昔はね、もっと怖かった。
下半身は腐って、腰から下は骨だったって言われてた。
でも、メルコールに“調整”されて、こんな姿にされた」
彼女はチョーカーを指でなぞる。
「この呪符は、彼の“首輪”。
でも、もうすぐ外れる。
――あなたたちのおかげで」
フレアが目を丸目にする。
「え……?」
ヘルは、ゆっくりと歩み寄る。
骨の地面が、彼女の足音に合わせて花を咲かせる。
黒い彼岸花。
「さっきの戦い、全部見てたよ。
ナインライダーが逃げた瞬間、
メルコールの“支配”に、初めて亀裂が入った。貴方達勇者と魔法少女の力は確実にナインライダー達にダメージを与えていた」
彼女は、シュリの前に跪く。
そっと、震えるシュリの頬に手を当てる。
「泣いていいよ」
ヘルは、静かに言った。
「ここは死者の国。
涙を流しても、誰も笑わない」
シュリが落ち着くのを待って、ヘルは話を続けた。
「貴方のお父様は、まだ生きてる。
――風牙麓は、ナインライダーの“九つの指輪”に魂を縛られてるだけ。
あの人、風牙麓は本当はあなたを傷つけたくなんてなかった」
シュリの涙が、またポロポロと落ちる。
「……ほんとに……?」
「うん。
最後に、確かに言ったでしょ?
『シュ……リ……逃げ……』って」
ヘルは立ち上がり、全員を見回す。
「メルコールを倒す方法、教えてあげる。
――“一なる金の指輪”を壊せばいい」
ロキが目を細める。
「……例の、ヨグソトースの“偽物のカケラ”で作った指輪か」
「そう。
あれは、メルコールが“全能だった頃の力”を封印したもの。
同時に、ナインライダーたちを操る“鎖”でもある。
指輪が壊れれば、亀裂が入った今、ナインライダーたちは解放されて、
メルコールは“神だったもの”から、ただの“老いた人間”に戻る」
雷音が、女の子の姿で拳を握る。
「どこにあるんだ、その指輪!?」
ヘルは、静かに微笑む。
「その指輪はメルコールが肌身離さず持っている。"一なる指輪"は"三つの銀の指輪"を通し、世界樹の力を吸い上げメルコールに莫大な力を与えている。だけど世界樹からの力の供給が止まれば"一なる指輪"は世界樹の力をメルコールに送る事が出来なくなる…」
「つまり、まずは三つの銀の指輪をこわしていけばいいのね?」
鵺の問いかけにヘルは静かに頷く。
「で、その"三つの銀の指輪"はどこにあるんだ?
「一つは超竜ニーズベックが持っている。ああ、サンジェルマン伯爵が操っていた骨ドラゴンの事じゃないわよ。100年前ラグナロク大戦が終わった後、ニーズベックの心臓が人間の姿を取り、人間の社会に紛れ込んだの。彼は今このヘルヘイムの何処かにいる。人間姿の時はクレイジーナックルと名乗ってるわ」
灰色の霧が、ゆっくりと渦を巻いた。エリューズニルのホールは、まるで生き物の内臓のように脈動し、骨の壁が微かに息づいている。血のような紅茶の香りが、甘く腐った死の匂いと混じり、誰もが息を潜めた。
ヘルは玉座から降り、膝の上に置いていた小さな箱をそっと開けた。中から取り出したのは、古びた銀の指輪。表面に、ヨグソトースの偽物のカケラを思わせる、渦巻く闇の模様が刻まれている。だが、それは本物ではない。ただの複製。メルコールの“全能の残滓”を象徴する、偽りの鎖。
「ちなみに私も三つの銀の指輪の一つを持っているわ」
そう言ってヘルは棚から小箱を取り出し蓋をあけた。
「これが、“一なる指輪”の複製品、"三つの銀の指輪"の一つよ。次の一つはニーズベックが持ってるわ。まず"三つの銀の指輪"をすべて、壊せば、九つの銅の指輪がナインライダー達の指に浮かび上がってくる。その指輪を取り上げればナインライダー達はメルコールの奴隷の立場から解放されることになる。つまりそれが風牙さんを自由にするほうほうというわけよ。あとは一なる指輪を破壊すればメルコールは……ただの、力の抜けた老人になる」
シュリが震える手で指輪に触れようとした。ヘルは優しくその手を止める。
「触らないで。まだ、危険よ。この複製だけでも、魂を蝕む。――ニーズベックは、ヘルヘイムの深部、“忘却の渓谷”に潜んでる。人間の姿で、クレイジーナックルと名乗って、地下闘技場の王として君臨してるわ。ラグナロクの後、ドラゴンの心臓が人間化した彼は、戦いを求めてここに留まった。銀の指輪を“宝”として守ってる」
ロキが片目を細め、紫のマントを翻した。
「クレイジーナックルか……聞いたことあるぜ。ヘルヘイムの闇闘技で、100連勝無敗の狂人。相手の拳を喰らって笑う、変態野郎だろ? ニーズベックの本体は超竜、骨ドラゴンじゃなくて、心臓が人間化したってわけか。面白い」
リーン・アシュレイが、静かな笑みを浮かべたまま、指をパチリと鳴らす。
「なら、話は簡単だ。闘技場に潜入して、指輪をぶん奪る。――だが、ニーズベックはメルコールの忠犬だ。簡単には渡さない。そういう事だね?」
リーンの問いかけにヘルは頷き、チョーカーを指でなぞった。かすかな光が走り、彼女の赤い瞳に翳りが差す。
「ええ。だから、鍵は“挑戦”よ。クレイジーナックルは、強い相手を求めている。勝てば、指輪を賭けの景品としてくれるわ。でも一つだけ忠告しておく」
ヘルは微笑んだ。
「負けたら魂は食べられる。
本当に、文字通りね」
フレアが剣の柄を握りしめ、立ち上がった。目に決意の炎が灯る。
「……やるよ。父さんを、風牙さんを、みんなを解放するために。――私、行くる」
クレオラが妹の手を握る。
「フレア、一人じゃないわ。私も」
雷音は、まだ女の子の姿でため息をつき、長い髪を掻き上げる。
「はぁ……この姿で闘技場とか、マジで最悪。でも、龍の力はまだ残ってる。――いくぜ、クソドラゴン」
ミリルが目をキラキラさせて飛びつく。
「お兄ちゃん、一緒にいくのだ! ミリル、がんばるのだ!」
ミレニアが扇をパチンと閉じ、悪魔の角を微かに生やした。
「んっふっふ……妾様の出番じゃな。ドラゴンなど、焼き払ってくれるわ」
レッドが新たな炎を纏う。
「……俺は、フレアの護衛だ。行くぞ」
シグルド(ダークフレイム)は無言で頷き、黒い炎を拳に集中させる。記憶のない瞳に、守るべきものの影が映る。
ミスティルが笑った。底抜けに明るい、魔王の笑顔。
「さぁて、ドラゴンハントだ。――鏖、準備はいいか?」
塵芥鏖が白髪を逆立て、赤い瞳を輝かせる。
「社長、いつでもぶっ潰せますよ」
ロキが肩をすくめ、鹿角のイホウンデーに視線を投げる。
「イホウンデーちゃん、邪神の妹として、死の国で暴れられるチャンスだぜ」
イホウンデーは顔を渋いオッサンに変形させ、ドスドスと歩き出す。
「……フン。ドラゴンなど、俺の拳で粉砕だ……あ、でも本番はみんなの背中に隠れるからシクヨロ〜♪」
ヘルは全員を見回し、静かに微笑んだ。
「ありがとう。――みんなのおかげで、私も自由になれる。行ってらっしゃい。忘却の渓谷は、ヘルヘイムの心臓部。道中、亡者たちが襲ってくるけど……あなたたちなら、大丈夫」
骨の門が再び開く。灰色の風が、皆を包む。
――ヘルヘイム・深部、「忘却の渓谷」へ。




