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神様は、ほっほっほっと、馬鹿にしたように笑った。千果は今すぐ山頂へ引き返し、北側の斜面から飛び降りたい衝動に駆られた。しかし自殺の動機があまりに馬鹿馬鹿しすぎて思いとどまった。こうして口に出されると、ますますもって幼稚な悩みだ。
千果はいつものようにダメな自分をかみしめた。しかし、いつものように深刻になれない。むしろ気が楽になったくらいである。神様が飄々としているせいかもしれない。
それでも千果は、平和な気持ちになるのがなんだか悔しくて、あえて深刻ぶってみた。
「そうですよね。世の中には衣食住に困っている人もいるのに、贅沢ですよね。私には、食べるものや寝る場所があるだけでもありがたい……」
――そんなこと、思っとらんじゃろ。
「私って、だめな人間なんです。だめな人間だから、見下されても仕方がないんです。世間の役に立っていないんだから、惨めな気持ちになるのが当たり前……」
――とかなんとか言いながら、馬鹿にされると腸が煮えくりかえるじゃろ。
「私には何の才能もないんです。だから作家になって有名になろうなんて、所詮無理な話なんです。いや、むしろ、実力もないのに大きな賞を受賞したら、かえって困ります。私のような人間でも、今働けて、お給料をもらっているだけありがたい……」
――と言いつつも、一発逆転、起死回生、一攫千金を狙っとるんじゃろ。
善良ぶった自分の建前をことごとく否定されて、千果は情けない気持ちになった。自分にも、ちょっとは良いところがあるんじゃないかなと思っていたのだ。その希望をことごとく打ち砕かれる。神様と話していると、自分の器の小ささをますます実感してしまうのだった。平和で豊かなこの国で、本当にいい歳をして何をくよくよしているのだろう。
――じゃあ聞くが、何歳なら悩んでも良いのじゃ。十歳なら大目に見てもらえるのか?二十歳なら勘弁してもらえるのか? どれくらい深刻なことなら、悩んでいることを許してもらえるのじゃ? 多重債務者なら、難病に苦しんでいたら、紛争地帯で耐え忍んでいたら、飢餓に苦しんでいたら悩んでも良いのか? 誰が許可するのじゃ?
神様は、千果の心を読んだように、そう問いかけた。そもそも心の中の声なので、読むも読まないもないのだが。
――言っておくが、わしに口紅をくれた娘は、くだらん男に振られたと言って物を食えなくなるくらい悩んでおったぞ。確かにあの娘は十九の小娘だったが……。ボールペンをくれた親父は五十代で、娘が口を聞いてくれんとめそめそしておった。メンコを十枚くれた小僧は、おもちゃが欲しいからという理由で、祖父母にいじめられていると嘘を言って金を巻き上げておった。今で言うオレオレなんとかじゃ。みんなくだらんことで悩んどるじゃろ。
神様は、「ドヤ口調」でそう言った。
――みんな馬鹿じゃ。そしてみんな最高じゃ。馬鹿で、最高で、天才じゃ。馬鹿な子ほどかわいいとはよく言ったもんじゃな。
千果は神様が、口紅をして、シュシュで髪を結び、耳にボールペンを差してメンコをする姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。笑った。そう、笑ってしまった。営業スマイル以外で笑ったのは、いつぶりだろう。
そうしてなんだか、心がほっこりした。気持ちが軽くなった気がした。そして平和な気持ちになることを、自分に許可できた。やっぱり幻聴の神様は、本当の神様なのかもしれない。ちょっと最先端の情報には対応していないけど。今はオレオレ詐欺とは言わないことは、千果は黙っておいてあげた。




