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神様の神社が見えてきた。神様はどこまでついてきてくれるのだろう。あそこの社殿がゴールだとしたら、結局願いは叶えてくれなかったことになる。まあ、いいか。神様との会話は、楽しかった。千果が必死になって隠してきた、取るに足らない黒歴史を、包み隠さず話せたのは初めてだったから。
千果は社殿の前に立ち、思いついて五百円玉を中央の隙間に落とした。今度はチャリンと音がした。千果以外の参拝者が居たのかもしれないし、二時間前に千果が入れた五円玉を弾いたのかもしれない。ボロボロのひもを引き、さびた鐘を鳴らす。
二礼二拍手して、目をつぶる。
(神様、楽しかったです。ありがとう)
饒舌だった神様は、何も言わなかった。やっぱりここはゴールなのかもしれない。軒下の缶を見る。使い古した口紅、ボールペン、千果のシュシュ。メンコは見当たらなかったが、昭和時代の話で、この缶は何代目かの物なのかもしれない。
登山口に向かう階段を降りる。数えたことはないが、多分五十段ほど。二十段ほど降りたところで、突然神様の声が聞こえてきた。
――お前が山に来ると、必ずゴミを拾って帰ることを知っておるよ。友達の赤ちゃんのために、わざわざ一時間かけてオーガニックのベビー服を買ったのも知っておる。弟にとっておきのプリンを譲ってあげたのも、実家に仕送りをしているのも、後輩のミスを黙ってフォローしたことも知っておる。徹夜で小説を仕上げたのも、抜き打ちの本部からの面接の時に、上司の良いところを話したのも、みんなが厄介払いにした富田林に餞別を贈ったのも知っておる。お前には良いところだらけだ。だけど覚えておきなさい。お前のずるいところ、怠け者なところ、嘘つきなところ、嫉妬深いところ、役立たずなところ、代謝の悪くなってきた体、白髪が目立ってきた髪、何もかもを愛しておる。お前は最高な存在だ。最高な存在以外、この地球には存在していない。それを覚えておきなさい。それを覚えておきなさい。
登山口の鳥居をくぐった。すぐ右手には共同墓地。すぐ左手には駐車場。手前に止まった黄色い車から降りたハイカーらしき男性が、千果を見てぎょっとする。墓場の前で号泣しているから、もしかしたら大事な人を亡くしたばかりかと思われたかもしれない。
今年は小説を応募するのはやめようと千果は思った。いつものような後ろ向きな理由からではない。今の仕事に身を入れてみたくなったのだ。勤続十九年。今頃本気を出して、どうするというのだ。
それでも千果はそう決めた。今まで営業成績が振るわなかったのは、目立ちたくないという願いが叶ったわけでも、腰掛け仕事の罰が当たったわけでも、本気でなかったから成果が出なかったわけでも、千果が無能だったわけでもない。千果がお客様のことを考えず、自分のことばかり考えていたせいだ。お客様の本当に欲しい物件を親身になって探し、それで喜んでもらえたら、どんな気分だろう。
リュックのサイドポケットで、スマートフォンが震えた。取り出してタップすると、本山からのメールだった。
――主人に千果さんとのことを話したら、とても喜んでいました。早く主人に知らせたくて、さっきは挨拶もそこそこに失礼してしまってごめんなさいね。お話になっていた物件、是非ご紹介ください。ご連絡お待ちしています。千果さんとお会いできた奇跡を、とても感謝しています。ありがとう。
了
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
きっとこの話を読んでいただいた間、少なくとも3つの良いことがあったと思います。
思い出せるでしょうか?
大きな事でも、小さなことでも、それはあなたのこれまでの「優しい」の対価です。
それはあなたの耐えしのんだ「苦しい」の対価です。
ちなみに、千果は完全に夢を吹っ切ったという結末でこの話を描いたのですが、読んでくださった方に「このあと夢が叶う気がする」と言われました。
皆様はどう思われるでしょうか?
あなたにこれからも、たくさんの良いことが起こりますように。




