剥奪と追放〜偽勇者の末路と、極貧アイドルへの莫大なスパチャ〜
剥奪と追放〜偽勇者の末路と、極貧アイドルへの莫大なスパチャ〜
ポポロ村の広場に、ガチャガチャと重々しい金属音を鳴らしながら、ルナミス帝国騎士団の一個中隊が到着したのは、太陽がすっかり高く昇った昼下がりのことだった。
「――帝国騎士団、第三遊撃隊である! 魔族に占拠されたという通報を受け、急行した! 状況を報告せよ!」
白銀の甲冑に身を包んだ厳格そうな騎士隊長が、馬の上から鋭い声を上げる。
彼らは神界からの配信を見て急遽派遣されてきた部隊だ。さぞかし村は火の海になり、無数の死体が転がっている凄惨な光景を想像していたのだろう。
だが、彼らの目の前に広がっていたのは、予想とは全く異なる異様な光景だった。
「あ、あひぃ……」
「おうちかえる……おうちかえるぅ……」
広場に折り重なるように倒れているのは、五百人の重武装した傭兵たち。
彼らは誰一人として外傷はない。傷一つなく、むしろ肌ツヤすら良くなっているのに、全員が胎児のように丸まり、虚ろな目で宙を見つめてブツブツと呟いているのだ。
「な、なんだこれは……? 毒ガスか精神魔法でも食らったのか?」
騎士隊長が馬から降り、困惑したように周囲を見渡す。
そこへ、泥だらけのボロ雑巾のようになった男が、這いずるようにして騎士隊長の足元へとすがりついてきた。
「た、隊長殿ぉぉっ! 助けて、助けてくださいぃぃっ!」
「むっ? 貴様、よもや……勇者ゼロス殿か!?」
上げ底ブーツを失い、差し歯が全て抜け落ちたみすぼらしい男。それが帝国でも名を馳せていた『勇者』だと気づくまで、隊長は数秒の時間を要した。
「は、はい! 僕です! どうか僕を逮捕してください! 今すぐこの村から連れ出して、分厚い壁と鉄格子のある、ウサギが入ってこられない安全な地下牢に閉じ込めてくださいぃぃっ!!」
「は、はぁ?」
涙と鼻水に塗れ、自らの逮捕と収監を熱烈に懇願する勇者の姿に、屈強な騎士たちすらドン引きして後ずさった。
そんな混乱する騎士たちへ向けて、俺は【特異点】で録画しておいた『ゼロスの密約音声』と『子供への攻撃映像』をホログラムのように空中に投影して見せた。
「状況は見ての通りだ。魔王軍の残党なんてのはコイツのでっち上げで、本当は悪徳商人と結託して村の利権を奪おうとした強盗団さ。全部、神界の配信ネットワークを通じて全世界に証拠付きでバラ撒いておいた」
俺が淡々と説明すると、隊長は映像とゼロスを交互に見比べ、やがて深い溜息を吐き出した。
「……なるほど。帝国上層部も、先ほどの『配信ジャック』による暴露映像を確認し、大混乱に陥っている。勇者ゼロスの称号は即刻剥奪、全財産没収の上で国家反逆罪として裁かれることがすでに決定した」
その言葉を聞いた瞬間、普通の人間なら絶望して泣き叫ぶところだろう。
だが、今のゼロスは違った。
「よ、よかったぁぁぁ……っ! これであのヤンデレウサギから逃げられるぅぅ! さあ、早く僕に手錠を! 厳重に縛ってください!」
ゼロスは満面の笑みで両手を差し出し、騎士たちに自ら手錠をかけられにいった。
物理的な痛みよりも、精神を粉砕される恐怖の方が勝ったらしい。彼は騎士たちに引きずられながら、最後まで「助かったぁ……」と安堵の涙を流していた。
悪徳商人と傭兵たちも次々と馬車に詰め込まれ、連行されていく。
かくして、偽勇者ゼロス・ディバインの人生は、文字通り『全てを奪われる』という完全な破滅をもって幕を閉じたのだった。
* * *
「ひゃっはー! 見てや兄さん! 悪徳商会からの損害賠償と、帝国からの謝礼金で、ポポロ村の財政がウルトラ黒字でっせ!!」
村の集会所で、ニャングルが算盤を弾きながら狂喜乱舞していた。
「これでワイらの物流ルートは完全無欠! 帝国にも恩を売れたし、向こう十年間は遊んで暮らせるほどの莫大な資金が手に入りましたわ!」
「ご苦労だったな。お前の兵站潰しのおかげで、敵の足並みが乱れて助かった」
俺がコーヒーを飲みながら労うと、集会所のドアがバーン!と勢いよく開いた。
「クロト様ぁぁぁっ! やりましたわ! ついに、ついに私の時代が来ましたのーっ!!」
紫色の芋ジャージを着たリーザが、神界製のスマートフォンを掲げながら、目に涙を浮かべて飛び込んできた。
「どうした、リーザ。そんなに慌てて」
「見てくださいませこれ! さっきの配信ジャックで行った私の『ゲリラライブ』……全神界の神様たちに大ウケしたみたいで、天文学的な額の『スパチャ(投げ銭)』が振り込まれてますの!!」
リーザが見せてきた画面には、確かに見たこともないような桁数の『神界ゴールド』の着金通知が表示されていた。
炎上神ワイズの卑劣なヤラセに辟易していた上位の神々にとって、それを力業でぶち壊し、さらにその隙に図々しく自分の宣伝を差し込んだリーザの姿は、極上のエンターテインメントとして映ったらしい。
「す、すごいですわ! 金貨一千万枚以上の価値がありますわよこれ!」
キャルルも画面を覗き込んで驚きの声を上げる。
「えへへへへ……これで、これで毎日パンの耳と雑草サラダを食べる生活からおさらばですわ! ルナキンで毎日特上ステーキを食べて、シルクのドレスを買って、クロト様をヒモにして養ってあげますのーっ!」
リーザはよだれを垂らしながら、両手を広げてくるくると踊り回っている。
「……ん?」
だが、横から画面を見ていたニャングルが、スッと目を細めた。
彼は自分の算盤型端末を操作し、リーザのスマホとデータを照らし合わせる。
「おい、ちょっと待てリーザはん」
「なんですの? 私の圧倒的な財力に嫉妬しましたの?」
「ちゃうわ。このスパチャの『振込先口座』……お前の個人口座やのうて、村の『防衛基金口座(公共アカウント)』になっとるで?」
ピタッ、と。
リーザの踊りが停止した。
「……え?」
「お前、配信ジャックした時、自分の個人アカウント紐付けるの忘れて、ワイが用意した村の公共回線をそのまま使ったやろ。せやから、神様たちが投げた金は全部、ポポロ村の公費として処理されてもーたわ」
「な、ななな……」
「公費として振り込まれた以上、横領は重罪や。この金は全額、村のインフラ整備と自警団の活動費として、厳重に管理させてもらいまっせ!」
ニャングルは容赦なく言い放ち、ガチャン!と金庫の鍵を閉めるジェスチャーをした。
「あ……あああ……」
リーザの体から、色が抜け落ちていく。
せっかく手に入れた億万長者の夢が、設定ミス一つで文字通り『公のもの』となり、自分の手元には一円も残らないことが確定した瞬間だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!! わたしの、私のお肉がぁぁぁぁっ! 絹のドレスがぁぁぁぁっ!!」
リーザはその場に崩れ落ち、床をバンバンと叩きながら大号泣を始めた。
「よしよし、泣くな。今夜は特別に、タローソンの『特盛からあげ弁当』を買ってきてやるから」
「ほんとですの!? クロト様、一生ついていきますわーっ!!」
俺が頭を撫でてやると、極貧アイドルは秒で復活し、俺の腰にしがみついて鼻水を擦り付けてきた。
本当に、ブレない奴だ。
* * *
その頃。
地上から遥か彼方、天上界『GOD本部』の最上階。
星々を眼下に見下ろす優雅なラウンジで、一人の美しい女神が、香り高い紅茶を嗜んでいた。
波打つような銀糸の髪に、神秘的な金色の瞳。
彼女は、炎上神ワイズのような下っ端とは格が違う、上位の神格――女神ルチアナだ。
『いやぁ、痛快でしたね。あのワイズの奴、借金まみれになった挙句、監査部に連行されていきましたよ』
傍らに控える天使が、クスクスと笑いながら報告する。
ラウンジの巨大モニターには、腕を骨折し、「私のチャンネルがあぁぁっ!」と泣き叫びながら神界の借金取りに引きずられていくワイズの姿が映し出されていた。
「自業自得ね。数字に目が眩んで下等なヤラセに手を染めるから、あんなカウンターを食らうのよ」
ルチアナは優雅にカップを置き、モニターの端に映る『黒服の剣士』の姿に目を細めた。
「それにしても……あのアナスタシアという辺境の惑星に、あんな『イレギュラー』が存在していたなんてね」
『はい。神の業火を局所ブラックホールで飲み込み、通信波を重力でジャックする。人間の枠を完全に逸脱しています』
「ええ。とても……とても『面白そう』じゃない」
女神ルチアナの唇が、魅惑的な弧を描く。
「しばらく、あの『黒星剣士』とやらの動向を監視しなさい。退屈な神界に、極上のエンターテインメントを提供してくれそうだから」
神々の思惑が交錯する中、ポポロ村の事件は、やがて全宇宙を巻き込む騒動のほんの『序章』に過ぎないことを、今はまだ誰も知らない。
だが、そんな天上界のざわめきなど、知ったことではない。
地上のポポロ村には、ようやく平和な夜が訪れようとしていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「ゼロス、もはやただの被害者みたいになってて草」
「リーザのオチww さすが極貧アイドル、設定ミスは痛すぎる!」
「上位の女神ルチアナ登場! 今後の展開が気になる!」
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次回、第1章最終話! 平和を取り戻したポポロ村の朝と、新たな騒動の予感。お楽しみに!




