ポポロ村の朝は早い〜黒星剣士とヒロイン達の新たな日常〜
ポポロ村の朝は早い〜黒星剣士とヒロイン達の新たな日常〜
チュン、チュン、チュン。
のどかな小鳥のさえずりが、朝霧が晴れたポポロ村に響き渡る。
「……ふむ。今日の目玉焼きは、白身のカリカリ具合が絶妙だな」
半壊から無事に修繕された魔導ファミレス『ルナキン』のテラス席。
俺は、熱々のトーストと目玉焼き、そして淹れたてのコーヒーが並んだ『モーニングセット』を前に、深く息を吐き出した。
前世の社畜時代から夢見ていた、誰にも邪魔されない平穏な朝のひととき。
俺はフォークを使うことなく、指先を軽く持ち上げた。
――【微小重力コントロール】。
目玉焼きの端がフワリと浮き上がり、そのまま俺の口元へと運ばれてくる。重力を数グラム単位で精密に制御し、食事を自動化する至高のズボラ技だ。
口に広がる半熟の黄身とバターの香りを堪能し、俺は満足げにコーヒーを啜った。
「神様だろうが勇者だろうが、俺の朝飯を邪魔する奴は許さん。……それを証明できただけでも、今回は良しとするか」
ポポロ村を襲った未曾有の危機から、数日が経過していた。
偽勇者ゼロスは帝国騎士団に逮捕され、炎上神ワイズのヤラセ配信は完全に崩壊した。敵の悪徳商会からふんだくった莫大な賠償金のおかげで、ポポロ村の財政は潤い、破壊された建物も瞬く間に再建されたのだ。
「おはようございますわ、クロトさん!♡」
平和な余韻に浸っていた俺の背後から、ウサギの耳をピンと立てた可憐な美少女が、満面の笑みで飛びついてきた。
ポポロ村の新村長、キャルル・ムーンハートだ。
彼女は俺の隣の席に座ると、ドサッ、と巨大な風呂敷包みをテーブルの上に置いた。
「どうしたんだ、それ。随分とデカい荷物だな」
「うふふ、聞いて驚いてくださいな! 毎朝、ルナキンで朝定食を召し上がるクロトさんのために、私が『特製手作り愛情お弁当(人参たっぷり)』を作ってきましたの!」
キャルルが風呂敷を解くと、そこには五段重ねの巨大な重箱が現れた。
蓋を開ければ、エビフライ、ハンバーグ、卵焼き……そして、人参を『ハート型』に飾り切りした愛のメッセージが、これでもかと詰め込まれている。
「……あのな、キャルル。俺は今、朝のモーニングを食べてる最中なんだが」
「あら、こんな薄いトースト一枚で、クロトさんの立派な体が維持できるわけありませんわ! さあ、遠慮せずに私があーんして差し上げますから、口を開けてくださいな! はい、あーん♡」
キャルルは俺の膝にすり寄り、ハート型の人参を俺の口元に突き付けてくる。
相変わらずの、重すぎる愛と既成事実を作ろうとする猛アタック。
満月の夜に見せた、敵をマッハでヤキ入れしては回復させる『無限拷問モード』の姿からは想像もつかないほど、普段の彼女は尽くすタイプの家庭的な女の子なのだ。(※ただし愛が重い)
「――ちょっと待ったですわーッ!!」
俺が人参を押し返そうとしたその時。
ルナキンの入り口から、紫色の『芋ジャージ』を着た少女が、ドタドタと乱入してきた。
「抜け駆けは許しませんわよキャルルお姉様! クロト様の胃袋を掴むのは、この絶対無敵の地下アイドル、リーザの役目ですの!」
「あら、リーザちゃん。貴女、お料理なんてできたかしら?」
キャルルがニコリと笑いながら(しかし目は笑っていない)尋ねると、リーザはドヤ顔でビニール袋を掲げた。
「ふっふっふ、昨日の夜、クロト様から買ってもらった『タローソンの特盛からあげ弁当』の残りですわ! これをご飯の上に乗せて……ハイッ! 『昨日の残りの冷たいからあげ丼』の完成ですの!」
「……お前、それは料理とは言わねえよ」
「ええーっ!? でも、タローソンのからあげは神界のステーキより美味しいんですのよ! さあクロト様、私のからあげを食べて、その代わりにお小遣い(スパチャ)をくださいませ!」
結局、金目当てか。
神界の神々から金貨一千万枚分ものスパチャを投げられながら、設定ミスのせいで全額村の公費として没収されてしまった極貧アイドル。
彼女は相変わらず一文無しのままで、俺の財布に依存する生活を続けていた。
「コラ、リーザちゃん! クロトさんは私のお手製ハンバーグを食べるんですの!」
「いいえ! クロト様は私の冷たいからあげを愛していますわ!」
「ウサギの愛情を舐めないでくださいなッ!」
「アイドルの営業を舐めないでくださいませッ!」
二人のヒロインが、俺の口元を巡って小競り合いを始める。
キャルルの手作り弁当と、リーザのからあげが、重力場で静止したように俺の目の前で激しい交防を繰り広げていた。
(……やれやれ。静かなスローライフには、まだ少し遠いらしい)
俺が内心で苦笑していると、そこへ見慣れた猫耳の商人が、朝刊の束を抱えてやってきた。
「おはようさんでっせ、兄さん方。朝から元気よろしいな」
「ニャングルか。どうした、わざわざ新聞配達か?」
「へえ。帝国から発行されたルナミス新聞の朝刊ですわ。兄さんらも一面にデカデカと載ってまっせ」
ニャングルがテーブルに広げた新聞のトップには、『偽勇者ゼロス、国家反逆罪で逮捕! 神界のヤラセ配信の実態を暴いた謎の黒服剣士とは!?』という見出しが躍っていた。
「……謎の剣士、か。顔写真が載ってないのはお前の根回しのおかげか?」
「当たり前でっしゃろ。兄さんの平穏を守るのがワイの仕事ですからな。帝国側には『正体は伏せる』っちゅー条件で情報を売って、莫大な情報提供料を頂いときましたわ」
ニャングルは算盤を弾きながら、えげつない悪徳商人の笑みを浮かべた。
「さすがだな。裏で糸を引くのはお前に限る」
「へへっ、ワイは兄さんの武力にベットしただけですわ。それにしても……」
ニャングルは煙管をくわえ、新聞の『裏面』を指差した。
「最近、どうもこの辺りのきな臭い噂が絶えまへんな」
「噂?」
俺が視線を落とすと、そこには小さな囲み記事があった。
『ルナミス帝国暗部・犯罪結社ナンバーズ、非武装緩衝地帯周辺で不審な動き。近隣住民は警戒を』
「ナンバーズ、か。聞いたことがあるな。物理法則を無視した特異能力者の暗殺集団だとか」
「ええ。ポポロ村が莫大な賠償金で潤ったっちゅー情報は、すでに裏社会にも回っとるはずですわ。あいつら、ワイらの財産や特産品を狙って、良からぬことを企んどるかもしれまへん」
ニャングルが真剣な顔で警告する。
俺はコーヒーの最後の一滴を飲み干し、軽く首を鳴らした。
「来るなら来ればいい。どんな相手だろうと、俺の日常を脅かす奴らは『重力』で地の底まで沈めるだけだ」
「頼もしいですわ! 私も安全靴を磨いてお待ちしてますのよ!」
「私も歌で敵の財布をすっからかんにしてやりますわ!」
キャルルとリーザも、俺の言葉に力強く頷いた。
この頼もしくも(色々と)クセの強い仲間たちがいれば、どんな敵が来ようと負ける気はしなかった。
――コンコンッ。
その時。
俺たちの和やかな朝の空気を遮るように、ルナキンの入り口のドアが、控えめにノックされた。
「ん? 朝からお客さんでっか?」
ニャングルが首を傾げる。
ドアが開いた。
そこに立っていたのは、朝の光を浴びてキラキラと輝くような、ふわふわのお嬢様ドレスに身を包んだ『エルフの少女』だった。
透き通るような翠色の髪に、長く尖った耳。
彼女の周囲には、なぜか不思議な植物のツタが意思を持っているかのようにフワフワと漂っている。
「あの……ごめんくださいませ。ここが、ポポロ村で一番美味しいファミレスだと伺ったのですが」
エルフの少女は、おっとりとした天然な声で首を傾げた。
「私はルナ・シンフォニア。世界樹の森から参りましたの。……あの、私、致命的な方向音痴で迷子になってしまいまして。よろしければ、ここの『シェアハウス』に空き部屋はありませんでしょうか?」
「シェアハウス? いや、ここはファミレスだが……」
俺がツッコミを入れようとした瞬間。
エルフの少女――ルナは、可愛らしい笑顔のまま、信じられないことを言い放った。
「お礼に、私の得意な自然魔法で『純金』を100キロほど生成してお支払いしますわね。あ、それとも、皆様の『腎臓』を高く売るための錬金術の方がよろしいでしょうか? すぐに魔法で再生させますから、無限に稼げますのよ? うふふ」
「「「…………は?」」」
俺、キャルル、リーザ、そしてニャングルは、完全に思考が停止した。
純金100キロ? 腎臓の錬金術?
この清楚な見た目をしたエルフは、息を吐くように『市場経済の崩壊』と『倫理観ゼロのサイコパス発言』を口にしたのだ。
「……兄さん。ワイの算盤が、今すぐこいつを追い出さな世界が終わると警告してまっせ」
ニャングルが顔面を蒼白にして震える。
「ああ。どうやら、俺の平穏な日常ってのは、まだまだ先の話になりそうだ」
俺は、天を仰いで深々とため息をついた。
神のヤラセ配信をぶち壊し、偽勇者を公開処刑した黒星剣士の物語。
だが、異常者だらけのポポロ村に、今度は『善意のテロリスト』という新たな嵐が吹き込もうとしていた。
黒鉄翔の、重力による果てしないツッコミと無双の防衛生活は、まだ始まったばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
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