六話 婚約者候補
瞬く間に時間は過ぎ、皇女の誕生パーティーの日がやってきた。
数日前から帝都に滞在しており、今日のために着々と準備は進められていた。
――主人公は私じゃないんだから、こんなに気合いを入れなくてもいいのに。
だが、メイドたちにとっては誰がなんと言おうとアリステアが主役らしい。
朝から身支度に追われ、気合いを入れるメイドたちから解放されたのは高く昇った日が落ち始めたころである。
「まるで天使が降りてきたかのようです」
姿見の前に佇むアリステアにその場にいた全員が感嘆の声を漏らした。
青みがかった白銀色の髪は自然なウェーブがかけられ、ハーフアップにされている。
翡翠の目によく似たエメラルドグリーンのボールガウンドレスは華やかなクリスタルで彩られ、ウエストには金色の装飾が施されていた。
優雅で気品の溢れる姿にはもはや感動し、ヒロインに相応しい美貌であるとアリステアは改めて思った。
「お嬢さま、そろそろお時間です」
部屋の外から声をかけてきたのはイズリアルだった。メイドたちが扉を開け、二人を隔てるものがなくなる。
「――」
イズリアルはわずかに目を見開き、一瞬だけ動きを止めた。
「イズリアルから見て、今日の私はどうかしら?」
「とてもお美しいです。誰もがお嬢さまの魅力に惹かれることでしょう」
後ろでメイドたちが賛成しながら首を縦に振っていた。
主役は皇女なのだからあまり目立ちたくはないが、珍しい白銀色の髪を持つアリステアはいやでも視線を集めるだろう。
「公爵さまたちがお待ちです。玄関まで、僕にエスコートさせていただく栄誉をいただけませんか?」
差し出された手をアリステアは見下ろす。
――これくらい、問題ないわよね?
正直、慣れないヒールでうまく歩ける自信がなかった。それに突き放し続けるのも心が痛み、アリステアはその手に応じる。
玄関ホールには公爵と兄たちの姿があった。
――先に馬車に乗っていればいいのに。
だが、わざわざ待っていてくれたのだと思うと文句など言えるはずもなかった。
「お待たせしました」
階段の上から見下ろす形となる。
三人は一様に顔を上げ、こちらに注目した。しかし、階段を慎重に下りることに注力するアリステアにはその反応を楽しむ余裕はない。
やっとのことでホールへ下り、改めて三人の顔を見やる。
「行かないのですか?」
「あ……ああ。アリステア、とても綺麗だ。妻もきっと喜んでいる」
公爵の咳払いを皮切りに、三人は動き出す。
メイナードはなにか言いたげな顔をしていたが、真っ先に馬車へと歩みを進めたアルフレッドを追いかけていった。
「足元に気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」
エスコートは恭しく礼をしたイズリアルから継がれ、公爵とともに二人を追う。四人で同じ馬車に乗るようで、意外にもメイナードが扉の前で待機していた。
「慣れないだろ」
「メイナード……」
公爵の感動したような声音にメイナードの頬に淡い赤色がさす。
「ありがとうございます、メイナードお兄さま」
メイナードの手を借りて馬車に乗ると、奥にはアルフレッドが座っていた。その対面に座ったアリステアに、公爵、メイナードと続き、四人を乗せた馬車は緩やかに出発した。
「パーティーでは多くのものたちに声をかけられるだろうが、相手にしなくていいからな」
「せっかく声をかけていただいたのに、無碍にしてよろしいのですか?」
「髪色についてとやかく言われることもあるかもしれない」
横から口を挟んだのはアルフレッドだ。
――あの日のことを蒸し返すつもり?
どう返せばいいのか悩んでいる隙に、メイナードがさらに割りこんできた。
「血筋を遡れば、お前みたいな白銀色の髪をした公爵夫人がいたから、隔世遺伝っていうやつだろ。だから、不思議でもなんでもない」
アリステアは目を丸くする。
「な、なんだよ……その顔は」
メイナードは心外だとでも言いたげに口をもごもごとさせた。
「いえ……調べてくださったのかと、少し驚いただけです」
「使用人たちがうるさいから仕方なくだ! いつまでも騒がれてたら示しがつかないし……ベルジックの歴史を教えてやっただけだ」
公爵の横顔を窺いみると、満足げにうなずいていた。
アリステアの容姿や境遇について苦言を呈した使用人がいることを把握していなかったのは、当事者だけだったらしい。
「メイナードの言う通りだ。少しでも不快な思いをしたなら、すぐに私に言いなさい」
「わかりました、お父さま」
「それはそれとして、今日はお前に紹介したい人がいる。彼も皇室からの招集に応じているはずだ」
アリステアは間をおいてから尋ねた。
「……婚約者候補ですか?」
「はあ!?」
「大きな声を出さないでください、メイナードお兄さま」
「お、お前が変なこと言うからだろ!」
わざわざ『彼』と含みを持たせ、公的な場で紹介したい人などと言われたら、婚約者だと想像するのが普通ではないのか。
しかし、そう思っているのはアリステアだけだったらしい。三人は驚きに満ちた顔をしていた。
「違うのですか?」
デビュタントは来年だが、アリステアも今年で二十歳になる。つまりは成人だ。政略結婚が主流の貴族社会では、同年代の令嬢たちにはすでに相手がいるかもしれない。
――皇女が邪魔をしなければ、アリステアの婚約者は攻略対象のなかにいたのかな?
兄たちを除けば、あるとしたらまだ出会っていない二人だ。イズリアルは身分の差から結ばれることはないが、設定によってはどんでん返しもなくはない。
――ああ。私は誰とも結ばれることなく、演出のためにあっけなく殺される駒にすぎないんだった。
裏設定はあれど、ストーリーも用意されていたかわからない演出の一部。それが『アリステア』なのだ。
「結婚なんてまだ早い」
ごほん、と公爵の咳が響いた。
「では、紹介したい人とはどなたですか?」
「私の友人の……息子だ」
詳細は教えてくれないようだ。
――ますます結婚相手みたいに聞こえるけど。
向かいに座る兄たちの視線がしつこく、アリステアは早々に会話を切り上げて黙ることにした。
「誰がどんな態度をとろうと、堂々としていなさい」
それから会話もほどほどに四人を乗せた馬車は皇宮に到着し、アリステアは公爵にエスコートしてもらうことになった。
「ロベルト・ベルジック公爵、アルフレッド公子、メイナード公子、アリステア公女の入場です」
会場である大広間の扉が衛兵によって開けられ、官職の口上が響いた。
すでに会場へ入っていた貴族たちの視線が一斉にこちらへ向く。大勢の視線にさらされ、アリステアは思わず息を止めた。
煌びやかに飾りつけられた会場にはクラシックな音楽が流れており、人の波の向こうに演奏家たちが見切れている。
「まあ、アルフレッドさまよ。なんて凛々しいの」
「メイナード公子も格好いいわ。先の遠征では戦果も上げられたのだとか」
「まだどちらも婚約者がいないなんて」
「ベルジック公爵家のご子息ですもの。伴侶は慎重に選びませんと」
人々の会話が入り混じる騒がしい会場でも、兄たちを称える令嬢たちの黄色い声は耳に届いた。
――攻略対象なだけあって、令嬢たちにもモテるのね。
だが、それ以上に自分が注目されていることに気づかないほどアリステアは鈍感ではない。
「ベルジックのご息女は領地で療養中だと聞いていたが……」
「あのように可憐で麗しい見目をしていれば、公爵が隠したがるのも納得だ」
「しかし、あの髪色は……」
令嬢たちの陰に隠れ、奇異の目で見られている。公爵もそれに気づいているようで、あからさまなものたちには睨みを利かせて牽制していた。
「ベルジック公爵、ご挨拶させてください」
会場入りしただけで話題をかっさらったベルジックに大勢が詰め寄った。我先にと挨拶を述べ、けれど公爵は涼しい顔をして軽くあしらい、全員をさばいていた。
公爵と兄たちの真ん中に立たされていたアリステアは、少しでも繋がりを持とうとする貴族たちから隔離され、しばらくは絡まれることなく微笑んでいるだけで済んだ。
「ドゥーカス侯爵」
人だかりも消えた頃合い、公爵から一人の男性に声をかけた。いつの間にか双子も離れていて、姿が消えていた。
「ご無沙汰しております、公爵さま」
背筋を伸ばし、こちらへ歩みを進めるのはアリステアと同じ白銀色の髪をしている人物であった。




