四十二話 ルミナラ聖国
「ここは国境付近の洞窟です。本当なら宿場町で令嬢を休ませたかったのですが、オルデリアの残党との接触を避けるためにやむなく森への潜伏に」
リュシアンは馬に果実を与えながら、そう説明した。
目が覚めたとき、アリステアは毛布にくるまり、焚火のそばに寝かされていた。
「痛むところはございませんか? 令嬢が気を失う前、とても苦しそうでした」
「今は、大丈夫です。ところで、国境付近ということは……どこへ向かっているのですか?」
「令嬢が意識を失う直前、ルミナラ聖国とおっしゃったのでそちらを目指しております。間違いございませんか?」
「はい、伝わってよかったです」
アリステアはほっと胸を撫でおろす。
「差し支えなければ、なぜルミナラ聖国へ向かうか教えていただいてもよろしいですか? ルミナラ聖国は現在、近隣諸国と結ばれた条約により、エレストの許可なく立ち入りが禁じられています」
「それは、咎めているのですか?」
「まさか。ルミナラは当時のまま、復興も進んでおりません。それでも行くということはなにかあるのですよね?」
リュシアンはセオドアが信頼を置く護衛騎士だ。
イズリアルがオルデリア王族の生き残りであること、ベルジック家の使用人はすでに掌握されていること、ラシェルとエルヴェルトの所在地など、アリステアは打ち明けた。
「支配する力……なるほど」
「思い当たる節があるのですか?」
「各地でオルデリアの残党が騒ぎを起こしたことにより、殿下はご自身も討伐へ赴かれました。その後すぐに、不在をいいことに皇太子殿下を非難する声が一部の貴族から上がりました。広がり続ける波紋に帝都の貴族たちは大混乱です」
それは皇女を支持する貴族からだったが、次第に数が増えていったという。
「リュシアンさんはどうしてベルジック邸に?」
「皇太子殿下より令嬢を守るよう命を受け、馳せ参じました。ベルジック家の庭をオルデリアの残党が闊歩している姿には目を疑いましたが」
アリステアとリュシアンはそれぞれが持っている情報を共有した。
「殿下に報告したいところですが、ルミナラへ向かうならばその暇はありませんね」
「近くの町まで送っていただけたら、あとは一人で向かいます。リュシアンさんは殿下のもとへ」
「令嬢お一人ではあまりに危険です。立ち寄った町で使いを出すので、我々はルミナラへ行きましょう」
洞窟で夜を明かし、二人は早朝に国境を越えた。いくつかの村や町を経由し、馬を休ませながら一直線にルミナラ聖国を目指す。
そうして何度目かの朝を迎えたとき、空気が変わった。
「ここが、ルミナラ聖国」
「昔は……緑豊かでとても美しい国でした」
焦土と化した土地には、瓦礫が積み重なっていた。吹きすさぶ風には粉塵が舞い、緑であふれた面影はどこにもない。
その傷跡は戦争の凄惨さを色濃く物語っている。
「神殿に向かってください。わかりますか?」
「ルミナラには多くの神殿がありました。ですが、王女がいるとなれば中央神殿でしょうか」
「どこかまでは……ですが、ラシェルさまが立ち入る主要な神殿があったなら、そこだと思います」
リュシアンは手綱を引いた。馬は立ちはだかる瓦礫に足を止めたが、それでも道を見つけて進んでくれた。
「走れ!」
ふいにリュシアンが叫び、馬の横腹を蹴る。驚いた馬は前脚を跳ね上げた。その鼻先を、なにかが掠める。
「令嬢、身を低くしてください!」
「今のは!?」
「何者かに投石されています」
がん、がらがらと四方八方から響いた。
「ヒヒーン!」
「くっ、落ち着け!」
怯えた馬がいななき、制御がままならなくなる。瓦礫を飛び越えていく馬は騎手のことなどお構いなしに、縦横無尽に走った。
「リュシアンさ――きゃあ!」
「――ッ」
リュシアンはアリステアに覆いかぶさるように身をかがめる。
「はっ!」
少しずつ制御を取り戻し、気づけば奇襲を振り切っていた。
「止まりましょう!」
「いえ、このまま神殿に……」
「さっき石が当たっていましたよね!?」
見えてはいない。だが、瓦礫と瓦礫の接触ではない衝撃音と、リュシアンが噛み殺した悲鳴はなによりも雄弁だった。
二人は崩れかける建物の影に入り、馬から下りた。
「私をかばって……」
「なんてことはありません。令嬢に怪我がなくてよかったです」
「頭を打ったのですよ!?」
リュシアンのハニーブロンドが一部、赤く染まっていた。
「精霊術を使ってみます」
「令嬢?」
戸惑うリュシアンを座らせ、アリステアは傷口に手を当てる。
「……温かいですね、精霊術というものは」
「くすぐったくないですか?」
「正直、変な感じはしますね。くすぐったいのかもしれません」
「けれどやっぱり、怪我は治せそうにありません」
髪をかきわけて確認しても、傷口はふさがっていなかった。血は止まっているようだが、頭の傷は心配だ。
「私のために心砕いてくださったことが身にあまるほどの光栄ですから」
リュシアンは荷物からあのローブを出した。
「念のためここからは歩いていきましょう」
「なぜここに、オルデン教の信徒がいたのでしょうか?」
ローブを受け取る手が震える。
ラシェルやエルヴェルトは無事なのだろうか。
「王女殿下を探しているのかもしれませんね。オルデン教のかなめがオルデリア王族の生き残りであるならば、こちらのかなめはルミナラ王族の生き残りでしょうから」
「そう、ですね。この子は置いていくのですか?」
寝そべる馬は口をもそもそとさせていた。残りの食料もわずかで、口寂しいのかもしれない。
「かなり無理をさせてしまいましたから、ここで休ませます。必要なものがあれば荷物から出してください。場合によっては、再び会えないかもしれませんので」
アリステアはローブの下、腰元の扇に触れる。
「大丈夫です。行きましょう」
「接敵したときは躊躇いたしません。私の指示に従ってください」
神殿に近づくにつれ、攻撃の激しさを目の当たりにする。かろうじて形を保っていた建物もなくなり、それがもとはなんだったのかすらわからないほどの瓦礫の山だった。
「止まってください」
リュシアンの視線の先にはオルデン教の信徒が二人いた。見張りをしているのか、石を片手に周囲を警戒している。
リュシアンは瓦礫を利用し、信徒の死角からすいすいと近づいていく。そして、気づかれる前に二人を気絶させ、おそらく、息の根を止めた。
「お待たせしました。こちらから迂回していきましょう」
アリステアはこくりとうなずき、リュシアンの背中を追う。現場をちらりと見ても、瓦礫の向こう側は見えなかった。
そんなことが何度か続いたとき、前方に神殿が現れた。
「あれが中央神殿です」
破壊のあとはありつつも、神殿は形を成していた。折れることなくそびえる柱は荘厳で素直に神々しいと感じた。
「早くラシェルさまたちのもとへ行きたいのに……」
神殿の入り口にぽつぽつといるオルデン教の信徒たちが邪魔だ。いくらローブを羽織っているとはいえ、もしばれたらただでは済まないだろう。
「では、私が道を開けましょう。令嬢はこちらでお待ちください。すぐに終わらせてきますので」
リュシアンは腰元の剣を抜き、正面から堂々と歩いていった。




