三十一話 ようやく半分
――昨日は散々な目に遭った。
運営用の天幕でアリステアはため息ばかりこぼしていた。
あのあと、ぎゃあぎゃあと騒ぐメイナードを落ち着かせるのに時間を要し、結局は三人で天幕群へと戻ることとなった。
「イズリアルのことも心配なのに」
イズリアルは今日も体調が回復せず、本人はなんともない顔で働いていたが、動きは重そうであった。
――精霊術でなんとかできないかな?
アリステアにはそのような力はないが、エルヴェルトならできるかもしれない。念のため薬は飲ませているが、回復の兆しがなければ頼んでみてもいいだろう。
――メイナードがうるさいけど。
今朝も「エルヴェルトに近づくな」だとか「殿下に顔向けできないような真似をするな」だとか、口を酸っぱくして狩りへ赴いていった。
「獲物の譲渡とは、なかなか興味を引くようだな」
今も行列のできる壇上に目をやりながら、アルフレッドが隣のソファに腰を下ろした。
公爵が見守るなか行われる譲渡はたびたび拍手が上がり、待機中のものの娯楽となりつつある。
なかでも昨日は、まだ十歳にも満たないご令嬢が、兄とともに捕まえたうさぎを父親に譲渡し、一番の拍手をかっさらったという。
その光景を目に焼きつけたもの、話を聞いたもの、昨日よりも狩りへ出た狩人が多いようだ。
「お兄さまは狩りに参加しないのですか?」
「興味はない。それに父上が動けない時間が多い以上、私が補助しなくてはならないからな」
本来ならばメイナードも補助に回るべきだが、当の本人は狩りに夢中だ。アルフレッドも期待していなかったようで、特に咎めることもなく送り出している。
――私もなにもしていないけど。
アリステアはむしろ、トラブルに首を突っこまないよう言い聞かせられている。髪色のせいでただでさえ人目を引くアリステアだ。絡まれないよう、直接的な対応からは外されることとなった。
「メイナードから、エルヴェルトと二人きりでいたと聞いた」
「そう、ですか」
一瞬、言葉に詰まる。
「貴族たちは、いずれお前が皇太子妃になると噂している。今回の狩猟大会も、皇太子とベルジックの公女の逢瀬のために設けられたのだと言うものまでいるくらいだ」
「なんですか、それ!?」
そんな不純な動機で開催地に選ばれたわけではないだろう。
「婚約は内定だと勘繰るものも少なくない。公的な場では振る舞いには気をつけろ。どこに監視の目が潜んでいるかわからん」
「肝に銘じます……」
現にメイナードが大騒ぎしている。そんなまさかと一蹴するには説得力に欠けた。
「では、お兄さまはどうなのですか?」
「なんの話だ?」
「お兄さまも婚約者がいないではありませんか。そういった話もまったく聞きませんし」
「言っておくが、まったく話がないわけではない」
「そうなのですか? お兄さまからお声がけを? それとも、熱烈なご令嬢がいらっしゃったとか?」
つい質問を重ねてしまうと、アルフレッドは神妙な面持ちでアリステアを凝視した。
「私に関心があったとは、学びの幅を広げたようだな」
「お兄さまも冗談を言うのですね?」
「……他国のご令嬢だ。高位貴族の一人娘が故に、少々揉めている」
その一人娘はエレスト帝国に旅行中、偶然見かけたアルフレッドに一目惚れをしたらしい。帰国してからも忘れられず、身元を調べ上げて求婚状まで送ってきたそうだ。
問題は、家族に相談せず単独で進められたこと、一人娘が侯爵家の次期当主として教育を受けていたことである。
アルフレッドも次期当主であり、本人がエレスト帝国から離れることを考えていないため、婚姻を結ぶとなると嫁いでもらうことになる。
「ご令嬢に非があり、こちらが責を負うことはないが……どうもご令嬢の諦めが悪いらしい」
家族の目をかいくぐってか、時折、恋文が送られてくるという。
「お兄さまはその令嬢をどう思っているのですか?」
「どうもなにも、顔も知らないんだぞ。結婚に関しては、父上に任せている」
「お父さまに?」
「家のためになるのなら、誰でも構わない。あちらが内々で揉めていなければ、妻に迎えていただろう」
ドライに聞こえるが、ロマンスファンタジーの世界とはこういうものなのだろう。さすがに顔合わせなどはしたほうがいいように思えるが。
「アリステア」
長く吐かれた息のあと、改まって呼ばれる。
「すまなかった」
「え?」
「この流れで謝罪するのもどうかと思ったが、今を逃すと機会が遠ざかるかもしれない」
「な、なにに対しての謝罪ですか?」
「昔、メイナードとともに突き放したことに対する謝罪だ。母を知らず、家族に縋るお前を冷たくあしらったことを、謝罪したい」
「――」
胸の奥がじんと震え、息をすることも忘れてしまった。
「あのときはなぜかそうしなくてはならないと思いこんで――いや、言い訳するべきではないな。すべて、私の未熟さが招いたことだ。本当にすまなかった」
兄たちもまだ、母親を必要とする子どもだった。
「以前にも言ったように、お兄さまたちの心情も理解できます。きっと、苦しかったことでしょう」
だから、とアリステアは胸のうちで言葉を継ぐ。
――許してもいいよね? 『アリステア』。
前世の記憶を思い出したことで、いなくなってしまった『アリステア・ベルジック』へ問いかける。
逃げ出して、兄たちとの確執を埋める機会を奪ってしまった。それを今、ようやく半分、返せただろうか。
「許します。私も、お兄さまにひどいことをしました」
「許そう。取り返しがつかなくなる前に立ち止まり、振り返れてよかった」
アルフレッドはほっとしたように、目尻を下げる。その表情はとても苦しそうで、けれど、なにかから解放されたようでもあった。
「私が、愚かだった」
気づけば、アルフレッドの手には飾り紐が握られていた。
祈りが届いたのだと、そう思った。
「アリステア!」
顔を上げると、メイナードが大きく手を振っていた。
もう片方の手には、鳥かごがある。
「アルフレッドもいたのか。え、なんだ? なにかあったのか?」
「なんでもない……いや、あるか。おい、メイナード」
「なんでもないんだろ? それよりアリステア、これをやるよ」
ずい、と鳥かごが差し出される。
なかの止まり木には眩い金の羽毛を持つ鳥が羽を休めていた。大きく揺れ、少し迷惑そうだ。
「この鳥……狩猟大会のために特別に用意された一種ではありませんか?」
「ああ、だから捕まえてきてやったんだ」
運営が捕まえてどうするのか。
「精霊術師の方々にご協力していただいて実現したというのに、参加者の楽しみを減らしてどうするのですか」
感傷に浸っていたのに、メイナードのせいで台無しだ。
「メイナード……今すぐ放してやれ。ここで放しても、風の流れに乗って区域に戻るだろう」
今回、精霊術を森に巡らせ、風や土を利用して動物たちを区分している。明確な初心者エリアを用意できたのもこのためだ。
「なんだよ、アルフレッドまで。動物が好きだって言うから、せっかく捕まえてやったのに……」
「受け取ってもらいたいのなら、先に謝罪をするべきだ。まだ謝っていないんだろう?」
「あ、謝る? こいつをとってきたこと、そんなに大事にすることか?」
「そのことではない。昔、アリステアを無視し、心ない言葉をかけたことに対する謝罪だ」
アルフレッドの言葉に、メイナードは口を噤む。
「は、はあ? そんな昔のこと……だいたい、あれは! ……あれ、は……?」
頭を押さえたかと思えば、メイナードの顔が青ざめる。
「俺はなにも、知らない……俺は悪くないからな!」
「メイナードお兄さま!」
わっと叫んだメイナードは鳥かごをアルフレッドに押しつけ、走り去ってしまった。
「まったく、あいつは……」
アルフレッドはメイナードが駄々をこねていると思ったようで、遠ざかっていく背中を睨んだ。
――やっぱり、なにかおかしい。
ただ拒否しているだけではないメイナードの異様な反応に、胸の奥、ざらりとした感覚が拭えなかった。




