二十四話 狩場の選定
「考えれば考えるほど、空白の小切手ってやりすぎじゃない……?」
柔らかな日が差しこむ正午、ベッドで仰向けになるアリステアはぼんやりと天蓋を見上げる。
ありがたいことに一週間ほど前、公爵の計らいによりアリステアはロッサ工房へ多大な支援を送ることができた。ただ、工房ごと買い上げるつもりかと問いただしたくなるほどだったが。
「私に経営の才能があったなら、億万長者になれたかな?」
数あるロマンスファンタジーのなかには、前世の知識を生かして巨万の富を手に入れる敏腕主人公がいる。
しかし残念ながら、あいにく『皇女さまの野望』にはそういった要素はなく、アリステア自身にもその才能はない。
「令嬢や夫人への紹介料で一儲けできないかな?」
うまくいけば、いざというときの逃走資金にするのも悪くない。狩猟大会で目星をつけてもいいだろう。
「そろそろ準備したほうがいいかしら」
本日はハイネックのフリルブラウスに、淡い浅葱色のフレアスカートを合わせた装いだ。
ブラウスの首元と胸元にはフリルとレースがあしらわれ、袖はふんわりとした長袖。袖口にもレースのフリルがついている。
着替えを終えてからメイドを呼び、髪型を整えてもらう。
「両サイドの髪を緩く編みこみ、後ろでまとめてみました。いかがでしょうか?」
いわゆるハーフアップである。
髪をまとめるリボンはスカートと同じ色だ。残した髪は大きく緩やかなウェーブで背中に流された。
「とても素敵よ。このブローチもつけてくれる?」
襟元にも浅葱色のリボンを結んでもらい、中央にはロッサ工房のブローチを飾る。
全身を映す鏡で確認していると、イズリアルが迎えにやってきた。てっきり公爵の執務室か図書室などで行われると思っていたが、イズリアルは庭園へと進んでいく。
「こっちだ、アリステア」
庭園の奥にあるガゼボに、公爵と双子がすでに待機していた。
見目麗しい男性たちが花々に囲まれ、ティーセットを前にする姿は大変絵になる。ぜひともこういうところをスチルとして切り取ってもらいたかった。
「お待たせしました。もしかして、遅刻してしまいましたか?」
「そんなことはない。皇室から命じられた重要な案件だからな、万全を期するために早めに会議の準備をしただけだ」
会議というには、テーブルの上にその面影はない。クッキーにパイ、ケーキと豊富なスイーツたちは、どう見ても豪華なお茶会である。
「メイナードお兄さまもお帰りなられていたのですね。無事にご帰還されたようでなによりです」
メイナードは帝都に滞在中、皇太子の指揮によってオルデリアの残党の討伐に配置されていた。そのため、一人遅れて領地へ戻ることとなった。
「ふん」
こちらを一瞥し、鼻を鳴らすメイナード。その態度にアルフレッドと公爵が眉をひそめた。
「貴重な時間ですから、狩猟大会について話を始めませんか?」
「なんでお前が仕切るんだよ」
「やめろ、メイナード。父上、アリステアの言う通り会議を始めましょう。話さなくてはならないことが非常に多いですから」
「な、なんだよ、アルフレッドまで……」
メイナードは居心地が悪そうに顔を歪めた。
「そ、その前に! アリステアは説明しなくちゃならないことがあるだろ!?」
「説明ですか?」
心当たりが多すぎていっそのこと白を切る。
「殿下との婚約についてだよ!」
「していません!」
家ではようやくその話はされなくなったというのに、まさか蒸し返されるとは。
「嘘言うな! 騎士団じゃずっとその話題で持ちきりなんだ。毎度聞かれる俺の身にもなれよ」
「嘘ではありません。私のことが信じられないのなら、殿下に聞いてはいかがですか?」
「だ、誰も信じられないなんて、言ってないだろ」
メイナードが目をそらしたところで、公爵が仕切り直す。
「今年の狩猟大会の会場は我がベルジック領が選ばれた。大会に関するすべてが一任されるが、主催はあくまで皇室だ。問題が起きれば家門だけでなく皇室にも泥を塗ることになる」
とにかく皇室の顔を立てなければならないようだ。
とはいえ、恐れるばかりではない。無事に成功を収めることができれば家門の名誉にもなり、皇室からの心象もよくなるだろう。
もっとも、ベルジックはそのようなことを考える必要もなさそうだが。
「まずは場所だが、前回候補に挙げた地点も含めて地図に印をつけている。ここからさらに絞り、実際に現地へ赴いて判断しようと思う」
「異論ありません」
ここ数年で街道が整備され、宿場町も増えたことで狩場にできるポイントが増えたようだ。地形や立地から展開される三人の議論を聞きながら、アリステアは地図を見る。
「アリステアはどう思う?」
「私は狩りには詳しくないので意見できませんが、どうして別邸の近くに印がないのか不思議です。狩場には適さないのですか?」
「ああ……そうか」
アルフレッドが顎をさすり、ぽつりとつぶやいた。
「前回は、お前がいたからだ」
「静かな場所を望むアリステアの周りを騒がしくするわけにはいかないだろう? 別邸付近を開催地に選べば、そこに泊めろという横柄なものも出てくるかもしれない。だから、前回は距離を置いたんだ」
アリステアが息を呑んでいるうちに、公爵が印を追加していく。別邸の近くには三つの印が増えた。
「私はこの地点がいいかと」
「俺はここだ」
アルフレッドとメイナードが意見を出し、全員の視線がこちらへ向く。
――私も? まったく見当がつかないんだけど……。
今一度地図を見直し、アリステアは指をさす。
「私もアルフレッドお兄さまが選んだ地点がいいと思います」
「なんでそこなんだよ?」
「別邸と宿場町のちょうど間にあるからです。皇族の方を別邸に案内する予定だと説明すれば、貴族たちは別邸に泊まろうとは思わず、大人しく宿場町を選ぶでしょう」
「なるほど。いい視点だ」
公爵は満足げにうなずき、アリステアはほっと息をつく。
それからまた、三人を中心に話は続いていった。ある程度の話がまとまったとき、公爵が紅茶のおかわりを頼んだ。
スイーツはちまちまとアリステアのおなかに収まり、しかし皿が空くたびに新しいものが追加されたせいで少しおなか周りが苦しい。
「当日の警備はエルヴェルトの手を借りたいと考えていますが、父上はどう思いますか?」
「エルヴェルトか。しかし、彼は今や侯爵家当主だ。そう気軽に要請はできない」
「必要なら皇太子殿下にも願います」
アルフレッドと公爵はケーキを食みながら、中断したはずの会議を延長している。そこにメイナードも加わった。
「どうしてそこまでエルヴェルトを呼ぼうとするんだ?」
「先日、街にオルデリアの残党が出て、アリステアが襲撃を受けた」
「なんだと!?」
メイナードは舐めていたキャンディーをがりっと噛み砕いた。
「アリステアが狙われている可能性は高い。精霊術師の力を借りられるのなら、それほど心強いことはない」
「いや……なんでアリステアがあいつらに狙われるんだよ!?」
当事者が死亡している以上、真実は追及できない。
――死人に口なしなんて笑えない。
アルフレッドも返答に困っているようだ。とはいえ、アリステアは自分が精霊術師だからと名乗り出るわけにもいかず、沈黙を貫いた。




