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十三話 勉強会

「これもよさそうね」


 アリステアは図書室の一角に差しこまれた真新しい本を手に取った。


 帝都の別邸に戻ってすぐ、アリステアは図書室へと足を運んだ。エルヴェルトとセオドアの一件で休みたい気もあったが、それよりも自分はこの世界のことを知らなすぎることを痛感した。


「まずはこの国……いや、オルデリアについてにしよう」


 テーブルに積み上げた本の一番上、最後に選んだ一冊を開く。


 オルデリア王国の建国から我が国の皇太子によって討たれるまでの、最新の情報まで綴られていた。


「オルデリア王国は神さまと人間によって建国された……いかにもファンタジーって感じ」

「なぜオルデリアについて調べている?」

「ひっ」


 肩を跳ねさせた拍子に、手元でくしゃりといやな音がした。少ししわになったが、破れてはなさそうでほっとする。


「お兄さまは、なぜここに?」


 ひとりごとを聞かれていないかとどきどきしながら顔を上げると、テーブルを挟んだところにアルフレッドが立っていた。


「お前が部屋にいないからだ」

「なにか約束でもしましたか?」

「……」


 アルフレッドは眉間にしわを寄せ、小さく気を吐いた。


「帰りの馬車で眠るほど疲れているのだから、まずは休むべきだろう。それで、なぜオルデリアを?」


 アルフレッドの目には軽蔑が滲んでいる。それは自分に向けられたものではなく、オルデリアに向けられたものだった。


「皇女殿下の誕生パーティーに、いたではありませんか」


 人々の目にさらされたときにはもう、セオドアの手によってこと切れていたが。


「そのときに、メイナードお兄さまにオルデン教を知らないことを驚かれましたので。お兄さまが命を賭して戦う相手のことを、私も知っておくべきだと思ったのです」


 細められたアルフレッドの目はメイナードとそっくり、「オルデン教を知らない?」と信じられないものを見るようでなんともいたたまれない。


 ――愛してくれる伴侶を皇女が見つけるまで隠れているつもりだったんだから、仕方ないでしょ!


 公爵令嬢として素養は身につけたが、余計なフラグを立てないために外の情報にはほとんど耳を塞いでいたのだ。


「……お兄さま?」


 アルフレッドは正面の椅子を引き、静かに腰を下ろした。


「なにを知りたい」

「え……もしかしてお兄さまが教えてくださるのですか?」

「ああ」


 こくりとうなずいたアルフレッドは積まれた本にちらりと目を滑らせた。


「で、では……オルデン教について知りたいです。オルデリア王国で信仰されていたのですよね? それだけで一国を落としてしまうなど……考えられません」

「オルデリアは、他国と遜色ない普通の国だった。しかし近年、オルデン教が突如としてオルデリア王族を神格化し始めたのだ」

「なにかきっかけがあったのですか?」

「そこまでは。だが、もともとオルデン教が崇拝する対象はオルデンと、その子孫だ。九割オルデン、一割子孫ほどの傾倒具合だったと聞いているが」

「子孫? オルデンに子孫がいるのですか?」


 もとの世界の神話でも、神さまには伴侶がいたり子どもがいたりする。かなりの大家族だったと記憶しているが、この世界にもそういった概念があるかと思うとどこか感慨深い。


「オルデリア王国の成り立ちとして……オルデンが人間との間に子をなし、国を興した。地上に降り、人間とともに歩むために」

「えっと……それは、つまり……?」

「オルデンと人間の間になされた子どもがオルデリアの初代国王だ。すなわち、オルデリアの王族は神の血を引いているとされている」


 いかにもファンタジー、と同じことを心のなかで繰り返す。


「他国からすれば神話だが、彼らからすれば史実として息づいている」


 そこで会話を区切ったアルフレッドは、わずかに眉を下げて続けた。


「オルデリアの民たちは王侯貴族含め、あのような暴挙に出るようなものたちではなかった」

「お兄さまはオルデリア王国の方と交流が?」

「私ではない」


 それなら誰がと聞く前に、アルフレッドと目が合った。その翡翠の目にはどこか寂しさが浮かび、アリステアは息を呑んだ。


「お母さまだ。親交のあった友人が嫁ぎ、しばらくは文通をしていた」

「しばらくはということは、途絶えてしまったのですか?」

「オルデン教が王族を神格化したといったな。それを王族は拒まず、受け入れた」


 オルデン同等の崇拝を受けた王族は気をよくし、最終的にはオルデン教の傀儡にさえ成り果てていたという。


「オルデン教の活動が活発になるとあっという間に国内は混乱し、手紙を出せるような状況ではなくなったのだ。国外への亡命も極めて困難だったそうだ」

「それは……お母さまも心労が絶えなかったことでしょう」


 母のことを口にするのは、少し勇気がいった。


 ――『アリステア』は公爵夫人の死をきっかけに、兄たちと軋轢が生まれてしまったから。


 しかし、そんな不安とは裏腹に、アルフレッドはなんてことない表情をして話していた。もちろん寂しさや悲しさを残しているが、アリステアへ憎悪を向けてくるようなことはない。


 ――あれ?


 別邸から戻ってきたとき、メイナードは会いにこないことを寂しがり、怒っていた。アルフレッドはアリステアが髪色を理由に指をさされることを懸念し、守ろうとしてくれた。


 ――私が……いや、だって……仕方ない……そう、仕方なかったの。


 壁を作っていたのは双子ではなく、アリステア自身だったのではないか。


 けれど、いつ殺意を向けられるかもわからない状況で、どう接すればよかったというのだろう。本物の、『アリステア』なら。


「――アリステア」

「あ、はい。なんでしょうか?」


 アルフレッドの声に、アリステアは弾かれるように顔を上げた。


「今、私が尋ねたことについて、お前はどう思う?」

「え……えっと」


 言い淀んでいると、アルフレッドは積まれていた本をすべて手に取り、ため息をついてから席を立った。


「私は今、お前に質問などしていない。それほど疲れているのだろう」

「あ……」

「部屋に戻り、休め。この本は私が戻しておく」

「ですが」

「今日はここまでだ。また知りたいことがあれば、いつでも聞いてくれて構わない」


 そうして、思ってもみなかった勉強会は終わりを告げ、アリステアは大人しく部屋に戻ることにした。


「……イズリアル?」

「お嬢さま。おかえりなさいませ」


 アリステアが帰宅したときには、イズリアルは買い出しに出かけていて不在であった。勉強会をしている間に戻ってきていたのだろう。


「私になにか用があったの?」


 イズリアルは今しがた、アリステアの部屋から出てきた。


「それが……」


 扉を振り返ったイズリアルにただならぬ空気を感じ、ついごくりと喉を鳴らしてしまう。


「お嬢さまの部屋から妙な気配がしたので、確認しておりました」

「妙な気配?」

「胸騒ぎがしたのですが、勘違いだったようです。窓の外にも不審な人影はありませんでしたので、ご安心ください」

「そうだったの。イズリアルが言うのなら安心ね」


 イズリアルはいつもの微笑みよりも、少しだけ頬を緩ませた。


「念のため外も確認してまいります。お嬢さまはゆっくりお休みください。あとで紅茶をお持ちします」

「ありがとう。気をつけてね」


 扉が閉まりきるまで、遠ざかる足音になんとなく耳を傾けていた。

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