十話 会うため
パーティーから数日、机に積まれた手紙の山を見たとき、アリステアは無茶をしてでも欠席すればよかったと目を遠くした。
「こちらすべてお嬢さまへの招待状と求婚状です」
燕尾服に身を包んだイズリアルは粛々と手紙を振りわけていた。
「パーティーの招待状はまだしも、求婚状って……」
顔どころか名前すら知らない家門も多くある。
「便箋とペンを持ってきてちょうだい」
「返事をされるのですか?」
「無視するわけにもいかないでしょう? 断りの返事くらいしないと」
「それなら、お嬢さま自らが書かれる必要はないかと思いますが」
イズリアルがあまりにも訝しげな目をしていたため、アリステアは代筆を頼むことにした。
――まあ、これすべてに返事を書いていたら手が真っ黒になっちゃうかもね。
それに何日もの時間がかかるだろう。余計な労力をかけなくていいならそれでいい。
「では、すべてお断りしてよろしいですね?」
丁寧に振りわけた手紙を大胆に集めたイズリアルにぎょっとしてしまう。
「な、中身くらいは読んだほうがいいんじゃ……」
「いえ。断るのですから必要ありません」
まだ差出人すら確認していないものもあるというのに。瞬く間に机の上から消えていく手紙の山を、アリステアはぼうっと眺める。
「それでは僕はこれらを燃やしてきますので」
「あ……お父さまはいつ帰ってくるかしら?」
公爵はパーティーの日からずっと王城に泊まっていた。貴族たちとの付き合いもそうだが、仕事が長引いているらしい。
メイナードもまた出征に出ており、帝都の別邸に滞在しているのは実質アルフレッドとアリステアだけになっている。
できることなら早く領地へ帰りたい。
「私だけでも先に……」
「なにを小声でおっしゃられているのですか? 公爵さまなら先ほどお帰りになられていましたよ」
「え!?」
あっけらかんと言うイズリアルに手紙への未練は消え失せ、アリステアは急いで公爵のもとへ向かった。
こちらに戻ってきたということは、もうすぐ領地へ戻れるということだ。
「お父さま」
「ただいま、アリステア」
挨拶を返そうとしたアリステアだったが、それよりも早く、どこか浮かない顔をする公爵が言葉を続けた。
「少し、話があるのだが……座りなさい」
「わかりました」
腰を下ろして間もなく、公爵は話を切り出す。
「エルヴェルトを覚えているか?」
「はい、覚えています」
忘れるわけがない。あんなことがあった以上、できれば二度と関わりたくない相手だ。
しかし、運命力というべきかシナリオの強制力というべきか、この世界はどうしてもアリステアを放っておいてはくれないようだった。
「エルヴェルトからアリステア宛てに招待状を預かっている。先日、パーティーでのお詫びと挽回の機会がほしいそうだ」
「必要ありません」
「そ、そうか。では、私から断りを入れよう」
アリステアの即答に公爵は食い下がらず、それどころか安堵したようにうなずいた。
思惑は違えど二人の意見は一致し、これで何事もなく領地へ帰ることができる。そう胸を撫で下ろした翌日、アリステアは再び公爵に呼び出されていた。
「昨日のことだが……」
公爵は重たい口を開く。
「エルヴェルトの招待に応じなくてはならなくなった」
「ど、どうしてですか?」
目を丸くするアリステアに、今朝届いたであろう手紙をすっと出した。
「これは……私が読んでもよろしいのですか?」
公爵がこくりと首を振る。
物々しい雰囲気にアリステアは固唾を飲み、目を通している間は思わず息を止めてしまった。
「皇太子殿下が、私と話したいと?」
「ああ、そのようだ。殿下はエルヴェルトとも交流がある。しかし……」
なぜ皇太子がアリステアと会いたがっているのか。エルヴェルトを通すことは理解できるが、公爵はその点が不可思議のようだった。
――まさか、口封じされないよね?
バルコニーで見た光景がありありと浮かぶ。あの日のことをアリステアは誰にも口外していない。これからも誰かに話すことはなく、墓場まで持っていくつもりだ。
――なにより、皇太子は攻略対象のなかでもっとも皇女に近い人物。
ただでさえエルヴェルトとは関わりたくないのに、そこに皇太子まで加わるなどもってのほかである。
「アルフレッドを連れていきなさい」
「はい?」
「仮に問題が起きてもアルフレッドならうまく収めてくれるだろう」
「断ることはできないのですか?」
公爵は重く息をつく。
「……無理だ」
わかりきった質問であった。
憂鬱な三日を過ごしたあと、アリステアはアルフレッドとともに侯爵邸に訪れていた。馬車のなかで何度も「余計なことをしないように」とアルフレッドに釘を刺され、そのたびにアリステアは不満を飲みこんだ。
「ようこそいらっしゃいました」
侯爵邸は緑に溢れていた。よく手入れされた庭は美しく、色とりどりの花々はしばらく眺めていても飽きないだろう。
「ご案内いたします」
二人を出迎えた年老いた男性が深く腰を折る。
玄関はくぐらず、庭を通る男性に連れられた場所は屋敷の裏手にある温室であった。ガラスに太陽の光が反射し、周辺がきらきらと輝いているような錯覚に陥る。
「こっちだ」
男性はなかに入らないようで、先頭がアルフレッドに変わった。迷うことなく突き進む足取りからして何度も来たことがあるのだろう。
「皇太子の前では特に、言葉に気をつけるように」
耳を塞ぎたくなるほど聞いた忠告だ。適当に返事をして花々から視線を上げれば、少し開けた場所のテーブルに二つの影が見えた。
「アルフレッドさま、公女さま。本日は足を運んでくださりありがとうございます」
「エルヴェルトも変わりなく。今日は招待を感謝する」
白銀の髪に紫紺の目。先日の装いとは異なり、今日はローブを羽織っていた。紺色の生地に蔓のような銀の刺繍が施されている。
まるで魔法使いのような格好だ。
――精霊術師だけど。
先日の別れからどこか気まずさがあり、アリステアは礼をするだけに留める。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
体の向きを変えたアルフレッドに倣い、さらに頭を深く下げる。
「面を上げろ。そう堅苦しい集会でもないだろうに」
凛とした声にアリステアは顔を上げる。
群青色の目はこちらをじっと見据えていて、震えが全身を駆け巡った。
「俺のことは気にせず、楽に話せ。それこそ、空気とさえ思ってくれて構わない」
そう言ってセオドアは紅茶の注がれたカップを口元に運んだ。
シンプルな白いシャツというラフな格好のセオドアだが、所作の一つ一つから優雅さが滲み出て、気品が感じられた。
――楽にだなんて、無理に決まってるじゃない!
選択肢を間違えれば簡単に刃を向けてくる三人に囲まれ、アリステアは袋のネズミ状態なのだ。息が詰まるどころの話ではない。
「メイナードさまも招待できたらよかったのですが」
「遠くへ出征に出ているため、どちらにせよ難しかっただろう」
二人の会話に耳を傾けながら、アリステアはちらりとセオドアを見やる。
――どうして皇太子は出征に行かずにここにいるんだろう?
パーティーでメイナードは皇太子の指揮下で帝国に散らばったオルデリアの残党を始末していると言っていた。
上司ともいえる彼がなぜ、エルヴェルトのささやかなお茶会で茶を嗜んでいるのだろうか。
「言いたいことがあるならはっきりと口に出せ。いくら俺でも、そう見つめられても心は読めない」
声をかけられ、アリステアははっとする。アルフレッドとエルヴェルトは会話を続けているが、心配そうな視線が同時に向けられた。
「で、殿下は……出征に赴かれていないのですね」
「ああ。取るに足らんものどもなど、俺がいなくとも制圧できる。公女と会うために今回はそういうやつらを集め、行かせたからな」
セオドアが不敵に口角を上げる。
「――」
それぞれの隣で耳をそばだたせていた二人の会話も、今度ばかりはさすがに止まっていた。




