カップケーキとオネェ指導員との出会い
ドルックさんにスイーツを作る約束をしてから数日後。
必死にレシピブックとにらめっこをしながらドルックさんに差し入れるスイーツを吟味する。
下手な代物をあげるわけにはいかないが、変に凝りすぎたスイーツだと逆に口に合わないかもしれない。ここはシンプルな物が無難だと厳選に厳選を重ねた結果、私はカップケーキを選んだ。
軟質小麦粉、膨らまし粉、卵、砂糖、バター、牛乳を材料で作るカップケーキはスイーツを作る手順としては簡単な部類であった。
だって大体混ぜて型に流し込んで焼けばいいだけだから。
型はついこの間アッシュさんに作ってもらったマフィン型を使用。焼き上がりも綺麗なので見た目は完璧。
あとはお好みでフルーツを乗せたりとアレンジするのもいいとのことなのでレスペクトの生クリームにみかんを乗せたりしてみた。
いちごも捨てがたいけど、来月が旬なので今回はみかんを主役にする。
「うん。美味く出来てるはず!」
人様の口に入れるものなので味見も忘れてはいけない。あと魔法orスキル取得のため。
カップケーキの味は素朴であり、優しい味だった。膨らまし粉のおかげでふわふわしているし、レスペクトの生クリームがあるので美味しくないわけがない。
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レベルアップしました。ウィンドウォールを覚えました。
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ウォール系魔法だ。防御魔法はいくつあってもありがたい。
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・ウィンドウォール
風の壁を作り出すことが出来る。
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すでに火と水のウォール魔法を覚えているけど、確か風魔法は不可視の壁とのことだ。目に見えない壁もなかなかいいのではないだろうか? 見えない防御魔法とはなんだか格好いいし。
味見もしっかりしたところでカップケーキをぎっしりと箱に詰めた。そしてお馴染みの魔法であるアイテムバッグに収納してギルドに向かう準備を始める。
「それじゃあ、そろそろ行ってくるね」
今日はお休みの日として家で過ごすレイヤに行ってきますの言葉を伝える。彼はこくりと頷いてプニーと共に見送ってくれた。
『僕も行きたかったなー。なー』
「プニーはまた今度一緒に出かけようね」
『うん! 出かけるー! るー!』
「飯の準備はこっちでするからゆっくり過ごしてくれ」
「ありがとう、レイヤ。お言葉に甘えて任せるね」
軽く手を振ってから家を出る。外では木の下の影で伏せているレスペクトの姿があった。
私が見えているかはわからないけど試しに軽く手を振ると彼は尻尾だけで返事をしてくれた。見えてるんだなぁ……。
ギルドへ向かう途中、ふと考えた。ギルドにいるといことはやはり仕事中なので邪魔にならないようにサッと行ってサッと帰るのが懸命な気がすると。
(フロワさんがいたらドルックさんに渡してもらうようにお願いしようかな……)
もしかしたら気遣ってギルド長室に案内されるかもしれない。そうなると仕事を中断させるだろうから申し訳ないのでスイーツだけ渡して帰ろう━━と、考えながら目的地へと向かっていたそのときだった。
左右へ分けるように下ろして結んでいる髪留めの紐が突然ちぎれた。微かに毛先もハラリと落ちるのでまるで小さなかまいたちにあったように思える。
「あ、あれ?」
ふたつに結んでいた片方の髪が解けてしまい戸惑いつつも、ちぎれてしまった紐を拾おうとしたら先に誰かの手によって拾い上げられた。
「これ、君のかい?」
「あ、はい。すみません、ありがとうございます」
見知らぬ男性が私の手に返してくれた。髪紐をよく見ると刃物か何かで切れたような切り口だったので自然に落ちたものではないと気づく。
「でもこれじゃあもう結べないな? 俺が代わりの物をプレゼントするよ」
「えっ、いえ、それは申し訳ないです」
「いいっていいって。これも何かの縁ってわけだし、お近づきの印ってことで」
「いえ、本当に結構ですので……」
めちゃくちゃグイグイくる。それだけじゃなくまるで逃げられないように腕まで掴まれた。初対面なのになぜこうも距離が近いのか。少し怖くなってくる。
「気を遣わなくていいよ。あ、もしかして奢られ慣れてないとか? 俺、冒険者ランクAだし、そこそこ稼いでるから大丈夫だって。な?」
な? と言われましても……。ランクAの冒険者というのは確かに凄いけど、そこを強調されるとちょっと……。
それに少し強引が過ぎるので正直に用事があることを伝えなきゃ解放してもらえなさそうだ。
「あの、私用事があって……」
「俺と一緒にいる方が楽しいからそんな用事蹴っていいって」
「それは困るんですっ」
もう今日行くって伝えてあるから約束をすっぽかすわけにはいかない。それでも手も放してくれる様子はないし、むしろグイグイ引っ張ってくる。
こうなったらフィジカルアップで腕力を増強させて手を払い除けた隙に逃げるか、フラッシュで目眩しさせて逃げるか、をするべきかもしれない。
「君の困る顔、なかなか可愛いからもっと困らせたくなっちゃう━━いだだだだっ!! な、なんだテメェ!?」
目の前の男の人からどう逃げるべきか考えていたら、私と彼の間に人が割って入ってきた。その人は男の手を強く掴んで捻り上げ、私の手を解放させてくれた。
「ダメじゃないの、プランダーちゃん。女の子が嫌がってるのに無理やり誘うなんてダサいわよ?」
「なっ!? ラート!?」
青みのある薄い紫に内側には紅の色に染まった髪を束ねたその男性はどうやら知り合い同士のようだった。
「邪魔すんじゃねーよ! せっかくいい雰囲気だったのによ!」
「あれのどこがいい雰囲気なのよ。空気を読む能力を鍛えなさい。それにアタシ見てたわよ。アンタがちゃちな風魔法で髪留めを切った所を」
「えっ?」
まさかこの髪紐が切れたのは声をかけてきたこの人のせいだったなんて……。
「バッ! んなわけねーだ、いででででっ!! 放せっ、この変態野郎!!」
「さっさとこの子から離れるって約束するなら放してあげるわ」
「わーったから! 放せっ!!」
ラートと呼ばれる人の条件を飲んだ男はすぐに彼から解放されると腕を押えながら舌打ちをする。
「チッ! この化け物が!」
そう言って彼は言い逃げ出した。
「ちょっと! 何度も言わせないでちょうだい! アタシは美魔女だって言ってんでしょ!」
化け物と言われても気にすることなく、彼は訂正を求める声を上げるものの男の姿はすでに見えなくなっていた。
唐突のことでポカンとしてしまったが、私は目の前のこの女性的な男性に助けてもらった事実にハッと気づいて慌てて頭を下げる。
「あ、あのっ、助けていただきありがとうございます!」
「いいのよお礼なんて~。たまたま見かけただけで当然のことをしたまでよ。ほら、顔を上げなさいな」
「は、はい」
「ん? あら?」
言われた通りに顔を上げると、彼は何か気になったのか顔を近づけさせて私の顔をじっと見つめる。
女性のように美しく飾るその顔はまるで美術品だ。そして大女優のような貫禄もある。なんだか綺麗すぎてドギマギしてしまうくらいだ。
「あの……何か……?」
「……あなた、もしかしてカトブレパスを従魔にして新聞に載った子?」
「あー……はい、そうです」
嘘をつくのは躊躇われるのでさすがに違いますとは言えず、目を逸らしながら頷いた。
「やっぱり! どーりで見たことあると思ったわ! モノクロ写真だからはっきりと断言出来なかったけど当たってたわね。……ふんふん、なるほど。こんな素朴そうな子がカトブレパスをねぇ……」
「えっと……」
まるで品定めをするかのように頭のてっぺんから足の先までグルグルと周りながら視線を向けられる。
どう反応したらいいのかわからず当惑すると、彼はハッとした表情をして申し訳なさそうに笑った。
「あ、ごめんなさいね? ついジロジロと見ちゃったわ。怪しい者じゃないのよ?」
「え、はい……」
「あのバカな男と違って取って食ったりなんてしないから本当よ。あ、名乗っとくべきかしら? アタシはラート。戦闘訓練施設の指導員をやってるわ」
ほら、と言うように彼は指導員免許カードを見せてくれた。
そこまで疑っているわけではないけど免許証を見ると本当に指導員と記載されている。
そういえばラートって名前はどこかで聞き覚えがあるような……。それに戦闘訓練施設の指導員ってことは……ハッ!
「もしかして、レイヤとプニーを指導していただいてるあのラートさんですかっ!?」
戦闘訓練施設の内容を話すときには必ず出てくる人物であるラート。レイヤやプニーの口から何度も聞いているので聞き覚えがあって当然だ。
話でしか聞いたことのない彼が目の前にいることに驚きつつも食い気味に尋ねてみればラートさんは目をパチパチさせてから小さく笑い声を漏らした。
「ふふっ、そうよ。レイヤちゃんとプニーちゃんをビシバシと鍛えさせてるわ。その二人を知ってるってことはあなたが噂のイルちゃんかしら?」
「はい、そうです。いつも二人がお世話になってます……って、噂、ですか?」
噂と聞いて冷や汗が流れる。こういう場合って大体いい噂じゃない気がするし。
一体どういう噂を聞いたのかな……もしかしてレイヤとプニーが変なことを言ってたのかなっ?
「だーいじょうぶよ。プニーちゃんがよく名前を出すから知ってただけで、別に恥ずかしいような話はしてないわ」
「そ、それなら良かったです」
「でもまさかプニーちゃんの契約者がカトブレパスを従魔にした子と同じとは思わなかったわ。それと━━」
不敵に笑いながら、彼は私の耳に唇を寄せて小さく囁いた。
「クイーンキラービーも一人で倒しちゃったんでしょ?」
それを聞いて目を丸くさせた。そのことを知ってる人はドルックさんとか一部の憲兵の人だから他の人が知る機会はないはずなのに。
目立ちたくないからドルックさんにも念の為にとお願いして口止めしたのにどこで漏れてしまったのか……。
「あら? もしかして秘密だったかしら?」
「な、なぜラートさんがそれを……?」
「勘違いしないでね。アタシ、あのときドルックちゃんと一緒にいたから憲兵からの討伐報告を一緒に聞いてたのよ」
なるほど、と胸を撫で下ろした。それなら知っていてもおかしくはない。
それにしてもドルックさんと一緒だったということは共にキラービー退治をしていたのかな? レイヤの話だと冒険者ランクはEだけど、故意にランクアップをしていないだけで実力はかなりあるって言ってた。
指導員になるくらいだからおそらく強い人なんだろうなぁ。
「そうなんですね。てっきり情報が流出してるのかなって思いました……って、ラートさんはギルド長とお知り合いなんですか?」
「そうねぇ。お友達というか仕事仲間というか、お互いに利用させてもらってる間柄よ」
(いい意味にも取れるし、悪い意味にも取れるような……)
「それにしてもあのバカプランダーちゃんのせいでヘアスタイルが乱れちゃったわね。どうするの? ひとつに結び直す? それとも髪を下ろしちゃう?」
確かに、と思いながら解かれた髪を触る。
こんなアンバランスなヘアスタイルでドルックさんの元へ向かうわけにはいかない。
「あー……そうですね。もう下ろしちゃおうかなと思います。友人宅で鏡を借りて整えようかと……」
そんなに遠くはないリリーフの職場兼自宅にお邪魔させてもらい、鏡を借りよう。
あと、リリーフに少し話も聞いてもらおうかな。変な人に絡まれて髪紐もダメになり、今日はちょっとツイていないなぁって。けど最終的には助けてもらえたしあまり悲観的にならないようにしないと。
「ねぇ、それならアタシに任せてみない?」
「えっ?」
突然のことにきょとんとしてしまう。
任せるとは何を? そう問いかけると、顎に指を添えた彼は口角を上げて笑った。
「色々よ。時間はあるかしら?」
「えと、はい。大丈夫ですけど……でも、人と会わなきゃいけないので長時間は……」
「オーケー。急ピッチで仕上げちゃうから大丈夫よ。さぁ、こっちにいらっしゃい」
「えっ? あ、あのっ!」
ウインクをひとつ受けるとすぐに手を引かれた。先程の男の人とは違って優しく、ではあるがどこに向かっているのかわからない。
さすがに悪いようにはしないとは思うけど、行先も告げられないまま私はラートさんについて歩くしかなかった。




