業務中に絡まれる者と助ける白獅子
休日はパティスリー・ザーネも大忙しである。テイクアウトもイートインもお客さんが沢山で働く私達もてんてこ舞いだ。
ザーネさんの作るスイーツも美味しいし、彼目当てに訪れる人も多いので当然なのだけど、最近はさらにお客さんが増えたようだ。
前にアッシュさんから聞いていた動物産生クリームがここパティスリー・ザーネでも取り扱いを始めたから。
今までは牛乳で生クリームを作ってもお世辞にも美味しいとはいえない代物で、なかなかスイーツなどに普及出来なかった。
加えてコストもかかるため改良することを諦める人が多くて、生クリームはカトブレパスから取れる魔物産が市場を独占している。
安くても美味しくない生クリームは見向きもされず、高いけど美味しい生クリームの方が需要がある。主に富裕層に、なんだけど。
一般民にとって生クリームの洋菓子は贅沢品なのでわざわざ美味しくない動物産生クリームに手を出す人もいない。そのため生クリームの味を知らない人も多いのだ。
しかし最近動物産生クリームは味の改良に成功したという。そのニュースは王都を中心にあちこち広まっていた。
それでもカトブレパスの生クリームの美味しさは不動の一位なんだけど、食べる分には問題なく美味しいため王都市民達の間では安価で手に入る動物産生クリームが流行っているとのこと。
洋菓子店は流行の波に乗るため次々と動物産生クリームを入手し、お手頃価格で食べられる生クリームスイーツを売り出していく。
パティスリー・ザーネも高くて口に出来ないという人のために動物産生クリームを仕入れケーキ作りを始めた。そのおかげで一般民のお客さんがさらに増えたわけである。
「お待たせいたしました。ザーネ特製ショートケーキです」
「……」
カフェの給仕には慣れてきたが、ザーネさんファンの女性からいただく妬みの視線はいまだに慣れない。
その常連さん達の顔を覚えてしまうくらいには睨まれているのでカフェ業務は精神的な疲労が蓄積してしまう。
先輩方は慣れているらしく何食わぬ顔で仕事に徹するから見習いたいものだ。
「ごゆっくりお過ごしください」
「……」
なのでせめて笑顔で頑張ろうと嫌な顔も戸惑いの表情も出さないように努めた。
「それでは失礼しま━━」
「アッサムティーを追加して」
言葉を遮られる。まさかの追加注文に「えっ?」と戸惑いの声を出てしまったけど、すぐに返事をした。
「か、かしこまりました」
すでに彼女のテーブルには紅茶ポットと共に飲みかけのアッサムティーがある。
まだ残っているだろうにもう追加するなんて……そんなに飲めるのか気になるけど、私が口に出すことではないのですぐに彼女のオーダーを通した。
「六番テーブル、アッサムティーの追加入ります」
「あ、イル。ちょっとこっち来て」
「? はい」
厨房の人に伝えると一緒に給仕を担当していた先輩に手招きをされ何用なのかと歩み寄れば、彼女はこそっと耳打ちをした。
「もうすぐVIP席のお客様が来られるの。店長がその方の担当をイルにお願いしたいって」
「えっ? 私ですか?」
カフェスペースの奥にある綺麗に装飾された扉の向こうは個室の広々としたVIP席がある。
主に貴族の人達が使用するんだけど、ほとんどのお客さんはザーネさん目当てなので個室に入ると彼の顔すらも拝めなくなるので実質そんなに使われることのない席。
そんなVIP席が久々に使用されるのは別に疑問ではないけど、問題はなぜ私が担当なのか、だ。
VIP席の担当というのは注文や給仕など一人で任されることになるだが、相手が相手なのでその対応もベテランの人達に任せるのが一番のはず。
「まだ半人前の私では務まらないのでは……?」
「店長はイルを指名してるから多分大した人じゃないと思うよ。だからあまり気張らずに普段通りで大丈夫大丈夫っ」
背中をバンバンと叩かれ、本当に大丈夫なのか不安ではあるものの、ザーネさんが私に無茶ぶりするはずはないので頑張ろう。期待に応えなければ。
「VIP担当になったらお客様のお出迎えから案内までその人の業務になるの。だからそろそろ店の出入口に立ってお出迎えの準備してね」
「わかりました。さっきオーダーを通した品を運んだらすぐに行きます」
「うん。よろしくね」
そう言って先輩はウインクをして業務に戻っていった。
VIPの人を相手するのはやはり緊張するなぁ……。いつもこうやって仕事に慣れてきた頃に何かやらかすので心配で仕方ないのだけど。
失敗を恐れて不安になりながらも、ひとまず六番テーブルのお客さんが注文したアッサムティーを届けることにした。
「お待たせいたしました。アッサムティーです」
ちらりと彼女のテーブルを見ると最初に注文していたアッサムティーはまだ残っていた。
本当に飲めるのだろうかと気にしながら新しいティーカップをセットし、ティーポットも近くに置こうとした瞬間、女性客にその手を強く払われた。
「っ!」
まさかの行動に私の手からティーポットが離れ、そのまま床へ落ちる。
陶器の割れる音が店内に響き、カーペットには紅茶の染みが広がった。
ティーポットの割れる音を聞いて、歓談中の他のお客さんの視線が一気にこちらへと集中するが、私は一瞬何が起こったのかわからず戸惑った。
あぁ、いや、ダメだ。こういうときはとにかく謝らなきゃ。申し訳ございませんって口にしようとしたけど、相手の方が先に声を上げた。
「ちょっと、何やってんのよ! 服が汚れたじゃない!」
「も、申し訳ございませんでしたっ」
「謝って済む問題じゃないでしょ! もしかしてわざとなの!?」
「い、いいえ!」
「それじゃあうっかり手を滑らせたっていうわけ?」
「えっ、それはお客様が━━」
「私のせいだって言うの!? 一体どういう教育を受けてるわけ!?」
待って……これってまさか、私の手を払い除けたことをないものとして話を進めてるの……?
「お客様、どうかなさいましたか?」
そこへ、私を庇うように先輩が間に入って対応をしてくれた。先輩は相手の人がザーネさんファンの子だと知っているのでどこか厳しめの表情を彼女に向ける。
「どうしたもこうしたもないわ! そこの店員が紅茶を落として私の服を汚したのよ!」
「イル、本当なの?」
「は、はい。結果的に落としたのは私で間違いないですけど、その……お客様が私の手を払った際に落としてしまったので、なぜそのようなことをされたのかお伺いしたいです……」
正直言えば彼女が私の手を払わなければ落とさなかったし、このままでは全面的に非があるのは私という雰囲気になってしまう。
「はぁっ!? 自分の失態を客であるわたしのせいにするの!? もういいわ、あなたじゃ話にならないから店長を呼びなさいよ!」
バンッ! とテーブルを強く叩いて「上の奴を呼べ」と言い出した。そこでハッとする。もしかして彼女は最初から店長を呼び出すのが目的だったのでは?
おそらく先輩も同じことを思ったのか呆れ気味な態度を見せた。
「なぜ店長を呼ぶのか理由をお聞かせ願えますか?」
「この店員をどういう教育をしたのか問いただすために決まってるでしょ!」
「でしたらこの子の教育係は私ですので私が対応します」
「あなたじゃ話にならないのよ」
「なぜですか? どう話にならないと? 教育をしたのは私ですから話を聞くのは当然のことですけど。そもそもお客様が事の発端とのことですが?」
「あなたまで何よっ! ここの店員みんなどうかしてるわね! 早く店長を呼びなさいって言ってんのよ!」
ど、どうしよう。店内はざわついてるし、この様子だと厨房にいるザーネさんの耳にも入るだろう。遅かれ早かれ彼は出てくるはず。
私のせいで仕事の手を止めてしまうのは申し訳ないし、何より他のお客さんからのお店の印象が悪くなってしまう。だからといって全て私だけのせいにされるのは困るんだけど!
先輩もどう対応するか悩んでいる様子だし、私もおろおろするばかりでどうすればいいのかわからない。
中には彼女の言葉を信じて、私が紅茶をこぼしたのに客のせいにしてる嫌な店員という視線を向けられたりもする。
「失礼、お嬢さん。申し訳ないけど少しだけおじさんが口を挟むよ」
そこへ聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。まさかと思って振り返るとそのまさかだった。
店内の誰よりも体格が良く、身長も高い大柄な男性。
「ド、ドルックさん……!」
現冒険者ギルド長であり元ランクAの冒険者として数多く活躍したドルックさん。
なぜ彼がここに? と思うもドルックさんはこちらににっこりと笑いながらすぐに視線をお客さんに向けて話を続けた。
「君が彼女の手をはたいてティーポットを落としたのを僕は最初から見ていたんだけど、それで自分には非がないだなんて無理があるんじゃないかな?」
「何よっ。そんなことなんとでも言えるわ。私を嵌めようとしてるわけ? そもそもあなたはなんなのよ! 私が誰なのかを知っててそう言ってるのっ?」
「もちろん。アマリリス家のご令嬢だよね? 君のご両親とは顔見知りでね。あ、僕はドルック。肩書きは冒険者ギルドの長を務めてるって言えばわかるかな?」
ドルックさんがそう名乗ると店内はどよめく声が上がった。ギルド長が有名人ということがよくわかる。
「ギルド長……なのね。そんなお偉い方が私に罪をなすりつけようとするの? そもそも見た、だけでは証拠にもならないわ」
あくまでもシラを切るその度胸が素直に凄いと思う。しかもギルド長相手に。元とはいえランクAの実力がある冒険者で彼女よりも倍以上の体格をしているのに怯む様子もない。
でも彼女の言う通り証拠はないと思う。目撃者はいたのかもしれないが平民では貴族に楯突くと報復が怖いだろうし……リリーフは噛みつくだろうけど、みんながみんなそうじゃない。
それに彼女と同じくザーネさんファンなら私を敵視してる人もいるかもしれないので彼女の肩を持つかもしれない。……うう、分が悪い。
「なるほどなるほど。じゃあ、魔道具で判定してもらおうか」
「……魔道具ですって?」
「ご令嬢は知らないのかい? 嘘を見破る魔道具があるんだよ。ギルドでは常識なんだがね、虚偽の申告をしないために使っているからさ。そういうわけでジャッジメントといこうじゃないか」
にっこりと怖いくらいな笑みを浮かべて魔道具を勧めるドルックさんはすでに判決を下しているような物言いだった。
「……っ、結構よ! もう帰るわ!」
ようやく強気だった彼女も焦りの表情を見せた。そして勢いよく席を立つと、お金をテーブルに叩きつけて逃げるように店から出て行った。
何から何まで急展開だったため一瞬ぽかんとしてしまったが、すぐにハッとしてドルックさんに頭を下げる。
「あの、ありがとうございます、ドルックさん! おかげで助かりました」
「事実を言っただけだから気にしないでよ」
「イルさんっ、ご無事ですか?」
そこへ、ザーネ店長が慌てた様子で駆けつけてくれた。どうやらドルックさんがご令嬢と話をしている隙に先輩が彼を呼んだようだ。
「イル、大丈夫だった?」
「あ、はい。私は大丈夫です。それよりすみませんでした。先輩方にも迷惑をかけてしまって……」
「悪いのはあの客なんだから謝ることないよ」
そう言ってフォローしてくれる先輩の言葉がとてもありがたい。
ザーネさんは私の様子を見て少し安心したのち、ドルックさんの元へ近づいた。
「ドルック様、うちの従業員を守っていただきありがとうございます」
「いいよいいよ、これくらい。しかしモテる男も大変だよねぇ。ザーネくん、君もっと自覚した方がいいんじゃない?」
「……はい」
どこか皮肉めいた言葉を向けるドルックさんだったが、ザーネさんはその言葉を真摯に受け止めていた。
そして私は先程からずっと気になっていたことを口にする。
「あの……どうしてドルックさんがパティスリー・ザーネに? ケーキを買いに来たんですか?」
「イルさん、彼がVIP席のお客様です」
「え……ええっ!?」
まさか私が担当するVIP席のお客様がドルックさんとは思わなくて声を上げてしまった。
その後、ザーネさんが他のテーブルに座るお客さんに謝罪して回り、私は当初の予定通りドルックさんをVIP席へと案内した。
ドルックさんの話によると、以前働かせていただいたデナーロ様と彼は知り合いらしく、何日か前にデナーロ様の屋敷に足を運んだ際に私の話が出たのだと。
そこでデナーロ様の元専属パティシエであるザーネさんのお店で私が働いていることを知ったドルックさんが「それはぜひとも見てみたいね」と言って今回お客さんとしてVIP席を予約したとのこと。
「それなら最初から教えてほしかったです……」
はぁ、とドルックさんと二人きりになった個室なのをいいことに溜め息が出てしまう。
予め知っていたら緊張せずに……いや、緊張はするかな。ドルックさんだし。それでもそれ相応の心構えは出来たはずだ。
「あっはっは! いやぁ、イルくんの驚く顔が見たくてね。訪問するまで内緒にしてもらったし、僕の相手をするのもイルくんでってお願いしたんだよ」
ティーカップを持ちながら笑うドルックさんはまるでドッキリに成功したと喜ぶ少年のようだった。
それにしても彼が持つとティーカップも小さく見える。
「それにしても災難だったね。本当に大丈夫かい?」
「あぁ、はい。平気です。なんていうか、運が悪いのに慣れているというか……」
あはは、と自虐的に笑ってみるもののドルックさんは笑い飛ばすことなく顎髭を触りながらどこか思い詰めた表情をしていた。
そんな真面目な顔をせずに、出来れば笑ってくれるとありがたかったのだけど……。私も反応に困ってしまう。
「えっと……あ、そういえばあの方、アマリリス家のご令嬢さんでしたっけ? 彼女、肝が据わってましたね。きっと何食わぬ顔でまたお客さんとして来るんだろうなぁ」
「あぁ、彼女なら何かしら処置を施すつもりだよ」
「えっ」
「だって非を認めないまま逃亡したんだよ? 貴族としての品格も問われるだろうし、彼女のご両親にも告げ口してこってり絞ってもらわなきゃ。きっとザーネくんも彼女を出禁にするんじゃないかなぁ?」
「そ、そこまでするんですか!?」
ちょっと話題を変えただけだったのに凄いことを聞いてしまった。
さすがにちょっとやりすぎなのでは……と言いたげな私に察したのか、ドルックさんはさも当然のように語った。
「そりゃあそうだよ。今回は僕がいたから何とかなったものの、もしかしたら君は糾弾を受けるだろうし、他の人も困る展開になっていたんだ。むしろ甘いくらいの処置だよ」
「そう、なんですか」
確かに彼の言う通りあのままドルックさんがいなかったらもっと大変なことになっていたのかもしれないし、ザーネさんや先輩達にも沢山迷惑をかけたのかもしれない。そう思うと少しだけゾッとしてしまう。
「あの、本当にありがとうございました。何かお礼出来ればさせてください」
「お礼? そうだなぁ。ここで紳士だったらお礼はいらないよって言うんだけど、生憎僕はそこまで出来た人間じゃないし、せっかくだからお礼を受けようかな。ところでイルくん。君、スイーツを作るんだよね?」
「え? えっと、はい。趣味程度に……」
「じゃあさ、何か作ってくれないかな? お礼はそれがいいな」
「え、ええ? そんなのでいいんですか……?」
「そんなの、じゃなくそれがいいんだよ。イルくん、料理大会にも出てたんでしょ? 噂で聞いてから気になっててねぇ」
どこから聞いた情報なのか……。変な噂じゃないといいんだけど。
「わ、わかりました。今度ご用意しますね」
ひとまずドルックさんが望むならとスイーツを作ることを了承する。すると彼は嬉しそうに「楽しみだなぁ。さぞかし美味しいんだろうね」とハードルを上げてきたので慌てて首を横に振って期待しないでくださいっ、と告げたのだった。




