ブラウニーと魔族も加わったお茶会
「イルー! 余が来たぞ!!」
その日、ドンドンドンドンと勢いよく叩かれる家の扉にスイーツを作ってる最中の私はびくりと身体が跳ねてしまった。
外から聞こえる声の主は名乗らずともわかってしまうからある意味ありがたいというべきなのだろうか、苦笑いをしながらエプロンをした状態でドアを開ける。
「いらっしゃい、デジール。それにアドも」
見た目は愛らしい少女の姿をしている魔界の王デジールとその側近であるアドラシオンのいつもの二人がそこにあった。
……そんな彼女達の背後には警戒心を高めてジッと見つめてるであろうレスペクトの姿も見える。この間、不慮の事故とはいえ人間にされたことをまだ怒っているのかもしれない。
それにしても相変わらず突然の訪問なのでこちらとしてはいつも焦ってしまう。
少女とはいえ仮にも魔族の王。リリーフのおかげで最近は大人しいのだけど、何かのきっかけで怒りを買ってしまう恐れだってある。
そうなったらせっかくの和平条約が白紙になり、第二次戦争が始まってしまう。そして私は戦争を起こした首謀者になり、人からも魔族からも命を狙われる展開に……!
……いやいや! さすがにそこまで大事にはならないはず。うん、デジールも悪い子じゃないみたいだし。
「ところですでに良い香りがしているようだが、何を作ってるのだ?」
「あ、そうそう。ブラウニーを作ったの。今焼いてるところでもうすぐ出来るよ。ちょうどいいタイミングだったね」
二人を家に招き入れて、ちらりと外にいるレスペクトに目を向ける。
彼は不機嫌オーラを纏わせていて、さっさと追い出せと言わんばかりの態度を見せるのだけど、世界平和のためにもそのようなことは出来ない。
少なからず彼が心配してくれるということは理解しているので申し訳なく思いながらゆっくり扉を閉めると、耳奥から小さな金属の響くような音が聞こえた。
(何かあればすぐに呼べ。いいな?)
テレパシーを使って念を押すように語りかけられた。怒気を含んだ声なので冷や汗を流しながらすぐに返答する。
(わ、わかったよ……)
返事をすると納得したのかすぐに思念伝達は切れた。
それにしてもここまで嫌悪感剥き出しになるとは。よほどあの二人が嫌いなのだろうか。そこまで悪い人達ではなさそうなのに。……まぁ、怒らせたら怖いと思うけど、そこはレスペクトも同じようなものだし。
「ほう。チョコレートの匂いがするからチョコレートスイーツだな。さすがは余である! ナイスタイミングだな!」
香りでチョコレートスイーツだと察したデジールが目を輝かせながら石窯オーブンの前に立った。
ブラウニーの材料は軟質小麦粉、チョコレート、くるみ、卵、バター、砂糖、ココア。
湯煎にかけたチョコレートとバターに砂糖と卵を少しずつ加え、ふるいにかけた軟質小麦粉とココアを投入してさっくりと混ぜる。
最後にくるみも入れて混ぜたら耐熱ペーパーシートを敷いた天板の上に流し入れる。
表面を平らになるようにならしたら、予熱で温めた石窯オーブンで焼くだけ。
つまり今はその最後の工程である焼いてる最中である。
「あ、そろそろ時間だね」
ポケットから出した母の形見である銀の懐中時計を見て、焼き上がる時間だと判断した私はオーブンを開けて手を取り出す。
香ばしく甘いチョコレートの香りが漂い、デジールは匂いだけでうっとりと蕩けるような表情を見せた。
「これは絶対に美味いやつであろう! 余にはわかるぞ! 早く食べさせてくれんかっ?」
「もう少しだけ待ってて。冷まさなきゃだから」
「うう……こんな美味そうな物を前にしてまだ食えんとは……」
確かに今のこの状態も絶対美味しいのかもしれないけど、すぐに食べるわけにはいかない。なぜなら先約者がいるから。
「そういえばイルさん。そちらの時計は随分古そうですが……」
「これ? そうだね、お母さんの形見なの。何十年も使ってるみたいだけど一度も壊れたことがないんだって」
再びポケットから銀時計を手に取ってアドラシオンに見せる。
彼の言う通り形見の銀時計は少しくすんだ色をしていて傷も多少なりともあるけど、落としても壊れたことはないし、時間も正確で狂うこともない。とても丈夫で物持ちのいい品だと思う。
「イルさん、その時計は━━」
アドラシオンが何か言おうとしたそのとき。コンコン、と家の扉をノックする音が聞こえた。
「あ、リリーフだ」
「えぇっ!? リ、リリーフだと!?」
デジールが驚きの声を上げる。まだ彼女はリリーフに苦手意識を持っているのだろうか。
出来れば仲良くしてもらいたいんだけどなと思いつつ、私はリリーフを出迎える。元々今日はリリーフとお茶をする予定だったから。
「いらっしゃい、リリーフ!」
「どうも、イル。お邪魔するわよ。……あら? あんた達もいたのね」
「こんにちは、リリーフさん。先にお邪魔させていただいてます」
にっこりと笑みを浮かべて挨拶するアドラシオン。その隣ではデジールが目を泳がせながら「あー……」とか「うー……」とか呟いている。
「リ、リリーフ……その、体調はどうだ? 毒の後遺症とかそのようなものは……」
手をもぞもぞさせてどこか落ち着かない様子のデジールがリリーフの身体を気遣う。そういえばリリーフとデジール達が会うのはクイーンキラービーの件以来だっけ。
体調と聞いて一瞬きょとんとしたリリーフだが、毒という単語に反応して「あぁ」と呟いたあとクスッと小さく笑う。
「とっくに大丈夫よ。心配してくれてるの?」
「そ、そうではない! 余が持ってきた毒消し草に効果がないと言われたら我が城の薬草管理体制を見直さねばならぬからな!」
照れ隠しなのか、頬を少し赤らめながら否定するデジール。リリーフもそう理解してるのか、ニヤけるようなからかい気味の笑みを浮かべた。
前までは仲がそんなに良くなかった二人の距離が近くなったようでなんだか微笑ましい。
そんなリリーフが持ってきてくれた紅茶と冷ましたブラウニーを用意する。
しっかり味見もしておきたいので準備してる間にひとついただいたんだけど、凄く濃厚なチョコレートケーキだった。くるみの食感がとてもいい。
ブラウニーで得た魔法はウォーターバブル。
魔法詳細によると『水中を自由に動けるための膜を張ることが出来る』と書かれていた。
そういえば海のある町では魔法で海中散策が体験出来ると聞いたことがある。
泡の中に入ってるだけなのに水中でも息が出来るということだから、おそらくこの魔法なのだろう。でも海の中に潜れるのはちょっと楽しそうかも。
機会があったら試してみようと画策しながらリリーフと二人だけの予定だったお茶会は、デジールとアドラシオンも急遽加わり少し賑やかになる……と思ったのだが。
「……」
デジールがあまりにも大人しい。というよりカチコチに緊張して姿勢正しい状態で固まっているようだ。
そんな彼女の後ろにはいつものように人の良さそうな笑みを向けるアドラシオンが立っている。一応、座るように促したけど「こちらの方がすぐに動けますので」とやんわり断られてしまった。
「デジール、どうしたの? もう食べてもいいよ?」
すでにブラウニーも紅茶も配膳しているし、アドラシオンによる毒味は終わっている。それなのにいつもなら我先にと手を出しているはずのデジールが大好きなチョコレートを使ったスイーツを前にしても手をつけていない。
なので声をかけてあげるとようやく「いただきます……」と借りてきた猫のように大人しく、おずおずと手を伸ばしてやっとひとつ取った。
やはりリリーフがいる手前、勝手なことをして叱られたくはないのだろう。
しかし、一口食べるとデジールの目はすぐに輝きを見せて声を上げた。
「! 美味い! 美味いぞ、イル! このブラウニー、余は気に入った!」
「良かった。ずっしりしてるから沢山は食べられないかもしれないけど、おかわりも出来るよ」
「誠か!? 余はまだまだ食べられるぞ! 是非っ……あ」
嬉々とした表情でおかわりを要求する言葉の途中、デジールはリリーフと目が合うと、すぐに顔を下に向けて萎縮するように身体を縮こませた。
「うっ……いや、余はこれで大丈夫だ……。……その、すまぬ。そろそろお暇させてもらおう」
「え、えぇっ? もう!?」
まだ来たばかりな上に彼女は全然食べていない。おかわりだってしようとしてたはずなのに。
まさか、リリーフがいるから? ちょっとは仲良くなったのかなと思ったのにデジールにとってはそうでもなかったとか?
私があわあわしながら席を立つデジールをどう引き留めようか考えていたら、先に彼女の方がぽつりと呟いた。
「……先客がいたのだから余は邪魔であろう」
「えっ?」
「余は友がいないのでわからぬが、友とは時に家族にも匹敵する関係だとアドから聞いた。だから……共に過ごす時間に水を差すわけにはいかん。すまぬ、イル、リリーフ」
「デジール……」
やはり彼女はリリーフと関わってから少しずつ人に気遣えるようになったのだろう。……口を出したり手を出したりと友人のお叱りは多少やりすぎなところはあった気がするけど、いい成長である。
しかし、これではなんだかデジールが可哀想なのも事実。それに私もリリーフも彼女達を追い出したいわけじゃない。
すると静かに紅茶を啜っていたリリーフがカップをソーサーの上に置いて口を開いた。
「あたし達は一度も邪魔だなんて言ってないわよ」
「し、しかし、リリーフは余がいると怒るだろう……?」
「あんたがイルに困ることをしなければあたしも怒らないわよ」
「友とのティータイムに余が混ざってもいいのか?」
「じゃあ、あんたもあたしらの友達になればいいでしょ?」
「!」
リリーフがさも当たり前のように話すが、どうやらデジールにとっては衝撃的だったのだろう。目を大きくさせて驚いていた。
友人がいないと言っていたし、仮にも魔王だから友人を作ってはいけないという決まりでもあるのかな? でも、リリーフの言葉は私も賛成である。
「そうだね。デジールさえ良ければ友達としてお茶会に参加してよ」
「え……だが、余は……」
「何? 貴族様は平民の友人はいらないって?」
「そ、そうではない! そうではないのだが……いいのか? 余も友達とやらになっても?」
「あんたはあたしを助けてくれたこともあるし、あたしは友人でもいいと思ってるわ」
「私もデジールは大事なお客様ではあるけど、なんだかんだ親しくさせてもらってるし、友達と呼べる仲だと思うよ」
他人や知り合いと呼ぶには交流があるし、種族や身分の差はあるけども、デジールが気にしないのなら私も気にしない。
そんな私とリリーフの言葉を聞いて彼女は言葉を失っていた。多分悪い意味ではない。心打たれたように瞬きをしていたから。
「そ、そうか。余もそなた達の友ならば席を外すのは失礼にあたるな!」
ふはは! と笑いながらいつもの調子ではあるものの少し照れくさそうに再び席に着く。
先程までは何か粗相をしないかという緊張で固まっていたのに、今ではニヤけるのを抑えるようとしているのか口端がぴくぴくと震えていた。嬉しそうなら何よりである。
「それじゃあ、ブラウニーのおかわりも用意するね」
「うむ! 頼むぞ、イル!」
何度も頷くデジールのためにまだ残ってるブラウニーを取り分ける。
戦闘訓練施設に行っているレイヤとプニー達の分も別に残して、大皿に沢山乗せたブラウニーをテーブルの中心に置いた。それぞれのお皿に乗せるよりも自分達で取り分ける方が好きなペースで食べられるから。
「アドも食べていいからね」
「お心遣いありがとうございます」
主君の後ろに控えるアドラシオンにも声をかけると彼は軽く頭を下げた。
「執事もいるけど女三人もいれば女子会らしくなるわね」
「余は女子会というものも初めてだな」
「貴族ならお茶会はするんでしょ? 女子会も似たようなものじゃない」
「お茶会を催したことはないな……」
「へぇ、珍しいのね」
魔王様だから気楽にお茶会をするわけにはいかないのかもしれない。友人がいないというのなら尚更。
そんなことを考えながら向かいに座るデジールに目をやると、彼女の後ろに立つアドラシオンが何か考え込むような表情をしていた。
(女三人……ですか。あれを女性と呼んでいいものかどうか……)
どうしたのだろう? と思いながらアドラシオンを見つめると私の視線に気づいたのか、彼と目が合った。
相手は微笑みを浮かべるだけで何も言わないため、私から尋ねてもいいのかどうか考えてしまう。
やはり側近なので色々と悩むことが多いのか、個人的なことなのか。
結局、そのあともずっとにこにこした表情をしていたので、まぁいいかとアドラシオンの考えごとには触れないでおき、私は最後までお茶会を楽しんだ。




