魔物素材商品専門店と整えた身だしなみ
ラートさんに手を引かれ連れられたのは貴族向けのお店が建ち並ぶ貴族街とも呼ばれる場所。
スタービレはそこまで大きな町ではないので平民の市街地と隣り合わせである。なので貴族が市街地に訪れることも珍しくはない。ただし、平民が貴族街に訪れることはあまりないのが現実。
いくらすぐに行ける場所とはいえ、足を踏み入れることなんて一度もない敷地に挙動不審になってしまう。
「あ、あの、ラートさんっ。ここって貴族の方が利用する所ですよね?」
「別に貴族だけが利用する所じゃないわよ。ちゃんとお金のやり取りさえ出来れば誰でもお客様なんだから。……まぁ、もちろんのことセレブしか入店出来ないお店もあるけど、そんなのはごく一部よ。こんな田舎寄りの町なんだから」
そのお金のやり取りをする品やサービスが貴族価格設定だから普通の平民は足を運ばないのですが!
「はい。着いたわよ」
「ここは……」
辿り着いた場所はブティックのようだ。もちろんだが、平民向けではない。ショーウィンドウ以外はシックで光沢のある黒に染まった店構えに思わず「ひゅっ」と息が詰まりそうになる。
『Moonlight Witch』と書かれたお洒落な書体の店名を見て、ぽつりと呟く。
「月光の魔女……?」
「女性が好きそうな名前でしょ? まぁ、ターゲットが女性客だからそれっぽい名前なのよ」
「あの、高級ブティック店に一体なんの御用なんですか……?」
「正式にはMoonlight Witchっていうブランドのお店なのよ。洋服から装身具、メイクや日用品とか色々あるお店で……」
ガシッと両肩を掴まれる。まるで逃げられないように後ろから。そしてそのまま押してお店へ入店させられてしまう。
「イルちゃんをお洒落にしてもらう所よ!」
「な、なんでですか!?」
私はただ鏡を見て髪型を整えたいだけだったのに、なぜか大事になってしまった!
お店の綺麗な女性店員さん達がみんな一緒のタイミングで「いらっしゃいませ」と口を揃える。
「ご来店ありがとうございます。ラート様、本日はどのような物をお求めでしょうか?」
ラートさんを認知しているということは彼はこのお店の常連さんなのだろう。……いや、彼の姿を一度でも見たら忘れられない気がするけども。
「今回はアタシじゃなくこの純朴そうな子、イルって言うんだけど、この子を軽いよそ行き用に変身させてほしいのよ」
「えっ、ちょっ、ラートさんっ!?」
「かしこまりました。ご案内いたします」
戸惑う私に店員さんは顔色を変えることなくおすまし顔でされるがままに席へと案内された。
鏡の前に座らされて、まるで美容室に来たような感覚になる。
「その子、このあと人と会う約束があるの。簡単なヘアスタイルとメイクにしてちょうだい」
「承りました。ではイル様、少しだけ髪を整えさせていただきます」
「あ、はい……よろしくお願いします」
さすがに結構ですとは言えない雰囲気なので大人しく諦めて、されるがままに身を委ねた。
片方だけだった髪紐を解き、下ろされた髪を軽くブラッシングしてくれる。鏡を通してその様子を見つめていると店員さんは梳き鋏も準備をし、髪を少しだけ梳いてくれた。
「そういえば誰と会うの? レイヤちゃん?」
「いえ、ドルックさんです。この間、色々あって助けていただいたのでお礼の品を持って行くところなんです」
「あら、そうだったのね。それじゃあ、ドルックちゃんを驚かせなきゃね~」
驚かせる必要はないのでは……? そう思いながらも鏡と向かい合っていると、私の髪はいつの間に三つ編みのハーフアップに仕上げられていた。恐ろしいほどに手早い。
後ろは大きさ控えめの葡萄酒色のリボンを飾られている。中心には小さな真珠玉が装飾されているものだ。
(……もしかして本物の真珠なのかな。こんな貴族向けのお店だから本物なんだろうな。きっと小さくてもお高いやつで……)
「それ、ファッショナブルシェルの子どもが作ったパールよ」
「え……」
ファッショナブルシェル。名前の通りお洒落な貝の魔物である。
綺麗な物が好きで自身の体内で作り出す真珠を外殻に取り付けて仲間と張り合うらしい。パールの大きさ、形、数で競い、総合で勝ったファッショナブルシェルが彼らのリーダーになる。
もちろん、その生み出す真珠は質も良くて輝かしく、とても貴重なもの。ファッショナブルシェルの真珠ことファッショナブルパールを欲する人は多いけど、手に入れる難易度は高いためその価値も高くなる。
なぜならばファッショナブルシェルは己の真珠を大事にするため、それを狙う者は誰だろうと許さないので自分の身体に触れようとする相手には攻撃的になるのだそうだ。
だからその子どもとはいえ、普通の真珠よりも高価である。
「それではメイクをさせていただきます」
「あ、はい……」
このリボン高いんじゃないんですか? とラートさんに尋ねる前に化粧を施されることになってしまった。
普段から簡単な手入れしかしてないので人の手が加わるのは結構緊張する。
クレンジングから洗顔の際、私は何ひとつすることはなかった。
優しい指先で顔の油分を浮き上がらせ、洗顔はもっちりした泡を乗せてくれる。
本来ならここで洗い流すけど、クリーンという魔法を使い汚れを浮かせた泡ごと消してくれた。水入らずの綺麗にしてくれる素晴らしい魔法である。
クリーンがあれば掃除も楽だし、汚れも取れるし便利な生活魔法だからいつか欲しい魔法だ。
その後は化粧水、美容液、乳液と徹底的にスキンケアを受けた。
「化粧水にはスワンプフロッグの素材が使われているわ。自分の身体を保湿するために分泌する液が入ってるから保湿力を維持してくれるのよ」
「へぇー、凄いですね」
「それだけじゃなく美容液にはファイアドレイクの皮膚から抽出した油が入ってて美容効果もあるし、乳液には細かくしたゴーストリトルゼリーフィッシュの皮が入っているから化粧水で補給した成分を蒸発させないための油分膜を張って乾燥を防ぐのよ」
「おぉ……」
ペラペラと話すラートさんの話に耳を傾けるが、使われた物の全てが魔物素材を使用しているみたいで言葉を失ってしまう。
スワンプフロッグはまだしも、ファイアドレイクとゴーストリトルゼリーフィッシュはファッショナブルシェル同様に素材を入手するには難しい方だ。
火竜とも呼ばれるファイアドレイクは自身の身体から火を纏わせるのでなかなかに近づけないし強い。
ゴーストリトルゼリーフィッシュは大人も子どもも小さな身体をしている青みがかったクラゲ。戦う分には問題ないんだけど幽霊のごとく海と同化して姿を隠すため見つけるのが困難である。
「魔物素材を使用したものが沢山あるんですね……」
「Moonlight Witchは魔物素材を使った商品を扱うお店なの。魔物素材は機能性や効果も抜群に良くて素晴らしいのよ~」
魔物素材はよく武具に使われるイメージが強いけど、日用品に使われることも少なくはない。もちろん貴重な素材であればあるほど生産数は少なく価格も高い。
私の顔面に一体いくらの魔物素材が使われたのか計算しようにも出来なくて、頭が混乱する。
それでも店員さんは慣れた手つきでメイクを施すので私も過剰に動くことは出来なかった。
次々使用される化粧品の説明もラートさんが話をしてくれるのだけど、それらもすべて魔物素材が使用されている。
例えばファンデーションにはどんな肌にも馴染むようにレインボーカメレオンの皮膚を使っていたり、チークにはカーバンクルの額に持つカーバンクルルビーを少量だけ粒子状にして混ぜているため、血色も良く綺麗に見せたりと色々説明をされた。
こうしてメイクを終えた私は鏡の自分を見て言葉を発することを忘れてしまう。
いつもと違う綺麗な肌とナチュラルで可愛いアイメイク。コーラルピンクのリップも色味がとてもいい。
「凄い……」
「では、洋服も見繕いましょう。こちらです」
「えっ! ふ、服もですかっ!?」
「えぇ。せっかく顔も頭も整えたのにお洋服も揃えておきたいじゃない?」
「いや、でもそれはっ……!」
さすがに服装を揃えると高くつく! 今そこまで手持ちはないのですが! と言おうにも店員さんに背中を押されて試着室へと案内されてしまう。
フィッティングルームに押し込められた私は大人しくそこで待っていることになったが、外でラートさんと店員さんの話し合う声が聞こえた。どうやら私の服を決めているようだ。
あれだこれだと次々コーディネートされた服一式を持って来られて、慌ただしく着替えてはラートさん達に披露するを繰り返す。目が回りそうだった。
そんなこんなでシンプルながらに清楚感のある深緑の襟付きワンピースで纏まった私は姿見を前にしてお嬢様みたいだと思わず見入ってしまう。
「イルちゃんよくお似合いだわ!」
「そちらエンジェルシルクワームが作り出す天使の絹を少量織り交ぜて少しばかりの軽量化をしています。そして色染めはエンシェントトレントの葉を使って染め上げました。そのため半永久的に安らぎの効果も高い森林の良き香りを堪能出来ます」
ひ、ひぇ……次から次へとレア度の高い魔物素材が。
軽くて心地の良いシルクである天使の絹を生み出すエンジェルシルクワームに、古代より存在しているという生きる大樹であり討伐禁止魔物に指定されているエンシェントトレント……目眩がしてしまいそうだ。
でも確かに森林浴をしているかのような木々の香りがほのかにする。
しかし、しかしだ。品物からサービスまで込み込みの値段を考えると凄い金額になるのは目に見えている。
「あ、あの、すみませんラートさん……今の私の手持ちでは絶対に支払えないんですが……貯金を下ろせばなんとかなりますけど……」
不安げな表情でラートさんを見つめた。
今までの経験上、大金を手元に置くとなくすということがよくあるので所持金はあまり多くは持たないようにしている。そのため引き下ろしに行かせてくれるか交渉しようとしたが━━。
「あら、言ってなかったかしら? それはアタシの奢りよ」
「……えっ?」
聞いてません! いや、奢りにしても今まで受けた諸々を考えると奢られる金額じゃない!
「そ、それは受け取れません! そもそも奢りを受ける理由がありませんよ!?」
「さっきの同僚であるバカプランダーちゃんにちょっかいをかけられた迷惑料だから気にしないでいいのよ」
さっきの人、ラートさんの同僚なんだ。つまりあの人も指導員なの? ……じゃなくて!
「それでもお高いですよねっ? 初対面の方にそこまでしてもらうわけには……」
「この前プニーちゃんも貸してくれたんだし、そのお礼でもあるから受け取ってくれないとアタシが困るわ」
「え、っと、それはプニーが頑張ったので私のおかげでは……」
「んもうっ! そんなお堅いことはいいのよっ。これからもあなたに何か協力をお願いすることもあるかもしれないからお礼の先払いってことで納得しなさい。ねっ?」
ずいっと顰めっ面の顔を寄せられて圧力をかけられる。さすがにそこまで言われたら拒絶しづらくなり、弱々しく「は、はい……」と答えるしかなかった。
「わかればいいのよ。それじゃあ最後の仕上げをお願いね」
「かしこまりました」
「え? まだあるんですか……?」
これ以上一体何を……。値段的な意味で戦々恐々としながら身構えていると、店員さんが小さなボトルスプレーを取り出し、私の顔に向けてワンプッシュ吹きかけた。
「っ!」
香水かとも思ったが、噴霧されたものは無香だったのでどうやら違うようだ。
「こちらは当店を訪れたお客様へのサービスです」
「サービス……ですか?」
「女の子の必需品チャームスプレーよ。ドライアドの涙とマンドラゴラの一部を使って出来たウォーターミストなの。ちょっとした魅力アップ効果があるわよ」
「あ、ありがとうございます……」
そんな凄そうなものを一吹きとはいえサービスにするとは……。一般民にはとてもではないが考えられない。
「ラートさん、本当に色々とありがとうございました」
店をあとにした私は店前でラートさんに頭を下げてお礼を伝えた。
「いいのよ。イルちゃんが素敵に仕上がったのを見てアタシも満足しちゃったし。せっかくだから好きな相手にでも見せてあげなさいな」
好きな相手、と聞いてすぐに浮かぶクラフトさんの顔にポッと頬が熱くなる。
「あらぁ? 本当にお目当ての人がいるみたいねぇ? それなら何がなんでも見せに行かなきゃ損よ」
「あ、あはは、時間があれば……」
クラフトさんならなんて言ってくれるだろうか。
褒め言葉を少しばかり期待しながらあとでベーカリー・リーベに顔を出してみることを心に決める。
「さて、あまり長いこと引き止めるわけにはいかないわよね? アタシはそろそろ帰るわ。ぜひまた今度お茶でもしましょうね」
「あ、はい。ぜひよろしくお願いします」
にっこり笑いながら軽く手を振るラートさんは背を向けて先に帰っていった。
女性らしさと男性らしさを合わせたような人だったけど、とてもいい人だったなぁ。こんな形で知り合えて良かったかもしれない。
(カトブレパスを従魔にした子と知り合えてラッキーだったわ。せっかく繋がった縁だし、今後何か協力してもらいやすくなるわね)




