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かぼちゃのムースと内緒の話

「リリーフ。話がしたいんだが、時間はあるか?」


 その日、俺は腹を括ってベーカリー・リーベへと足を運んだ。

 パンの補充をするリリーフが俺を見るや否や軽く溜め息を吐き、店の奥でパンを焼く父であるクラフトさんに「パパー! 部屋で休憩してくるからー!」と声をかけた。


「……ついて来なさい」


 その言葉にひとつ頷き、二階の住居へと続く階段に上がる彼女の後ろへとついて行った。

 リリーフの部屋にお邪魔すると部屋の主から座ってと告げられて、小さなテーブルとセットになっている椅子に腰を下ろす。

 向かいに座るのはイルの一番の友人、リリーフ。

 その表情はいつも俺に向けられるのと同じ、不審の念を抱く目である。


「イルにはなんて言って出て来たの?」

「仕事を再開するためにギルドに寄って来ると話してる」

「そう。じゃあ、あの子は知らないのね。……それで? わざわざイルに嘘をついてまであたしに話がしたいってなんなの?」


 圧迫面接のような威圧を肌で感じた。俺より歳下なのに凄んでしまいそうだ。


「正直に話をしたいと思ったんだ」


 今回、俺がリリーフと対談を求めたのは彼女に全てを打ち明けるためである。


「やっぱり隠してることがあるのね。思った通りだわ。でもなんで今さらなの?」

「……本当はずっと黙っておきたかったんだ。信じられない話だろうし、変な奴とも思われるだろう」

「安心なさい。あんたは十分変よ」


 グサリと胸に刺さる。これでも常識人のはずだが、やはり異世界では俺はまともではないらしい。……薄々感づいてはいたが。


「リ、リリーフはずっとイルのことを心配しているから俺のことを疑っているのもよくわかるし、元より信用を得られるとも思っていない……が、これ以上リリーフに疑心を抱かれると間に挟まれるイルにも申し訳ないから、せめてお前にだけでも全部話そうと思う」

「いいわよ、話してみて」

「まず、俺の出身はこの世界には存在しない。異世界、と言えば話は通じるのだろうか……? とにかく、生きていた時代というか世界が丸っきり違うんだ」


 それから俺はここに至るまでの経緯を全て正直にリリーフに伝えた。

 元の世界ではすでに事故で死んだ身だったこと。女神イストワールと対面し、この世界に転移したこと。

 淡々と話をするも、リリーフは大きな溜め息を吐いて小さく首を振る。


「……訳がわからなさすぎるわ」

「だよな……俺も未だによくわからないから」

「死んだのに今生きてるって言うけど、アンデッドの類いではないのね?」

「あぁ。住んでいた世界では確実に死んでいたはずなんだが、ここで生き返ったというべきか……」

「……で? あんたが女神イストワールに選ばれた理由は?」


 その問いにドキリとしてしまう。全て話したとは言ったが、女神の企みまでは口にしていない……いや、したくはないというのが理由ではあるが、今さら隠しごとは出来ない。


「……女神の好みで俺とイルをくっつけさせたがってるんだよ」

「はあっ!? だからあんたイルに近づいたわけ!?」

「い、いや、俺にはそのつもりはない! 女神の奴に勝手にそう言われただけで俺の意思じゃないし。そもそもイルには好きな相手だっている……」


 と、口にしたところでハッとする。

 イルの想い人は目の前にいる彼女の父である、クラフトさんだ。

 リリーフは頭痛がするとでも言いたげに頭を抱えて何度目かの溜め息を漏らしていた。


「……あんたの話、とんでもなさすぎだわ。嘘をつくにしてももっとマシなのがあるでしょうに」

「嘘じゃないんだけどな、これが……」


 やはり相手はなかなか信用してくれない。どういえば信じてもらえるだろうか。


「前にあんたを信じてるあの子のことは信じると言ったわ。それと同時にあたしは常にあんたを疑い続けるとも言った」


 確かにそうだ。前にイルを含めた三人で俺について話をしたが、結局イルを信じて俺を任せただけにすぎない。


「あたしが頑ななのは鈍臭いイルの代わりにあたしがとことん疑うって決めたからよ」

「あぁ、そうだな」

「……まぁ、その本当の話とやらを聞いてなんとなく腑に落ちる所もあったわ。世間知らずの温室育ちの割には対人スキルはあるみたいだし。あと世間知らずというより常識的なことが欠如している理由も」

「そこだけでも理解してもらえると助かる。……元の世界での俺はしっかり自立してるのに、自分で箱入りだって言うのは結構辛いものがあるからな……」

「そもそも設定が甘いのよ。何よ、地図にも載っていない名前もない村って。あるわけないでしょ、普通」

「……ごもっともです」


 俺……苦手なんだよな、そういう設定だのルールだの考えるのが。

 小学生の頃、国語の授業で『このイラストに基づいて物語を考えなさい』という問題で全く手が動かなかったしな。

 たった一枚のイラストでどう物語が思い浮かべるのか? 発想力が足りないのだろうけど、はたしてあれは問題というべきものかのか。

 せめて発想力、想像力を高めるトレーニングと言ってほしい。それで点数をつけられるこっちの身にもなってほしいものだ。


「それで、どう生きていくつもり?」

「えっ?」

「あんたはこの世界で生きることになったけど、目的や目標はないのかって聞いてるのよ」


 改めて他人からそう尋ねられると返答に困った。

 そもそも一度死んだ身の俺だったのに突然知らない世界に来て、恋愛脳女神の駒になるのだけは嫌で、それに逆らうように生きることしか考えていなかった。

 あぁ、いや、訂正。それだけじゃないな。


「……俺はイルの手助けをしてやりたい」

「なんで?」

「こんな怪しくてこの世界のことを何も知らない俺を甲斐甲斐しく世話をしてくれたんだ。寝場所まで提供してくれて。色々教えてもらったし、イルには返しきれないほどの恩がある。だから、あいつの望むように不運をなくす手助けをしたいんだ」


 和菓子の材料も探したのだってそれが理由だ。……まぁ、それだけじゃなく俺も和菓子が食べたいという我儘もあったが。


「ふーん。その心意気は悪くないわね。本当なら、だけど」

「厳しいな……」

「完全に信用する仲じゃないもの」

「そうだな。リリーフとイルのような信頼出来るほど長い時間を共にしてるわけじゃないしな」

「……あたしとイルはまだ知り合って一年と半年くらいしか経ってないのよ」

「えっ……? そうだったのか? てっきりもっと長いのかと……」


 リリーフの表情はどこか寂しげだった。それを意味するのはわからないけど、イルのことだというのはなんとなく理解した。


「出会ったときのあの子は運が悪いと片付けるには結構悲惨だったわ」


 彼女は詳しい話はしなかった。おそらくイルのプライバシーに関わるものなのかもしれない。だから俺も突っ込んで話を聞くことはしなかった。


「まぁ、今は不運とか言っておきながら楽しくやってるのも事実だし、少しは安心してるのよ」

「でも……やっぱり友人の幸せは願ってるんだろ?」

「当たり前よ。友達が不幸で嬉しいって思うわけないじゃない」

「だよな。俺もそう思う」


 こうして二人で話せば話すほど、彼女はイルのことを心配して大切に思っているのが伝わってくる。

 イルはいい友人を持ったと思う。かけがえのないものだ。


「ところであんたのいた世界ってそんなにここと違うの?」

「あー……そうだな。まず魔法だの魔物だのそういうのはない」

「魔物がいないのは平和でいいけど、魔法がないなんてそんな不便な世界でよく生きていけるわね」

「魔法がなくても電気も水もあるし、文明としては発達しているからな」

「まったく想像出来ないわ」


 だろうな。そう頷いて、しばらくリリーフとは俺のいた世界の話をした。俺の話を信用しているかは別として興味深いのだろう。

 その異世界にはベーカリーはあるのかとか、食事についてとか、乗り物だとか。


「和菓子もそっちの世界では当たり前の料理なの?」

「世界で考えると俺の住む国だけだ。前の世界ではその国発祥のものなんだがな」

「ふーん。……結局ここではその和菓子とやらは拝めてないんでしょ?」

「そう、だな。エルフの間でしか流通していない材料はあったが、和菓子は知らなかったし……この世界には存在していない可能性が高いかもしれない」

「故郷の味が恋しいの?」

「それはあるかも。まぁ、まだ材料を揃えて作る環境があるだけ有難いけど」


 こうなるならじいちゃんから和菓子のレシピを教えてもらえば良かったな。

 母方の祖父である稔じいちゃんは和菓子屋を継いでいた和菓子職人だ。

 派手な金髪が目を引くじいちゃんで若い頃の自慢話をよくしていたが、数年前に他界した。まるで先に亡くなったばあちゃんの後を追うように。

 じいちゃんの練り切りは綺麗で上品な作品もあれば、子どもが好きそうなキャラクターや動物モチーフの練り切りも生み出せる。

 小さい頃はそれを見るのが凄く楽しかった。もう見ることが出来ないのは残念だけど。


「……一先ず、あんたの話はわかったわ。信じ難い話だけど話を聞く分には面白かったわね」

「全部を信じてくれとは言わないが、俺の話せなかったことは全部話した」

「改めて言うけど、あたしはあんたのこと完全には信じないわよ。……まぁ、人柄は悪くないはね、今のところ」

「あぁ、ありがとう」


 リリーフの疑いは完全に晴れたわけじゃないが少しはこの関係も前進したと思っていいだろう。


「イルには話してないの?」

「あー……信じるかわからないし、何より女神が俺達の仲を取り持とうとしてるなんて言われても向こうも困るだろ?」

「そうね」


 その後、リリーフの休憩が終わるから話を終え、彼女の家を出た俺は少しだけ肩の荷が降りたような感覚に安堵の溜め息をついた。

 下手をすれば余計な不信感を抱かせる可能性もあったが、信じる信じないにしろ少しでも俺の事情を理解してくれたらそれでいい。


 イルにはギルドで仕事を取ってくると話をしていたのでそれを真実にするため、俺はその足でギルドへ向かい、仕事を探すことにした。






「ただいま」

「おかえり、レイヤ! 遅かったね? 仕事は何かあった?」

「あぁ、ちょっと町を散歩してたんだ。仕事は前に働かせてもらった食事処が募集していたからそこにした」


 以前雇ってもらった配膳業務の仕事。主にディナータイムに働くことになる。

 やはり経験があるのもあって俺にしても雇う側にして双方有難いものだった。


「そうだ。今日はね、かぼちゃのムースを作ったんだよ」


 そういうと、イルは本日の作ったスイーツであるかぼちゃのムースを冷蔵庫から取り出した。

 秋らしい作物であるかぼちゃの黄色に染ったムースと上には生クリームが乗っている。


「イルはもう食べたのか?」

「うん。身体強化のスキルを覚えたよ」

「身体強化……言葉としてはわかるが、具体的にどういう効果なんだ?」

「骨とか肉体が強化されるから言ってしまえば打たれ強いってことかな?」

「打たれ強い……」

「あ、あと、力も少し上昇してるはずだよ。重い物も色々持てるようになったから!」

「そうか」


 今回得たものはイルも喜んでいるみたいで何よりだった。

 しかし、魔法やスキルの中には攻撃特化したものがある。むしろそれがほとんどなのかもしれないが、イルは戦闘に関しては消極的だ。

 確実に勝てるレベルのスライムが一匹くらいなら問題ないのだろうけど、それでも数が多かったり強敵の前ではどんなに頼もしい魔法があっても彼女は一般人。

 冒険者に登録しているとはいえ、積極的に探索に向かうような人間ではない。

 イルはただ運を上昇したいためにスイーツを作る日々を過ごしたいだけ。

 カトブレパスのレスペクトのような強力な魔物を従魔にしたこともあり、たまにイルはギルドから難しい依頼を持ちかけられることもある。

 イルは戦いを避けたい人間だ。だから代わることが出来るなら俺が担いたいのだけど、俺のレベルではレスペクトどころかイルのレベルにも満たない。

 ……まぁ、イルのレベル上げ方法は一般的じゃないから仕方ないんだが。


 いつだったか、イルの父が使っていたという短剣を貸してくれた。今も肌身離さず持っているが、この得物ではやはり威力が弱い。

 ゴブリンの巣にいたラミアとの戦闘では自分は使えなかったし、まだまだ魔物との戦闘は慣れていない部分も多い。

 もっと、腕を上げないといけないな。イルが難易度の高い依頼を請け負わずにすむくらいには。


 彼女から受けた恩に酬いるためにも俺はもっと強くならなければいけないと目標が定まりつつあった。


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