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草餅と叱り役

「よし。材料の準備も出来たし、草餅を作りに取り掛からなきゃ」


 自宅に戻り、昨日から決めていた草餅を作るためレシピブックを開く。

 リリーフにも和菓子を堪能してもらえる物を作りたいと昨夜レイヤに相談したところ、草餅はどうだろうかと提案してくれた。


 材料はもち米、小豆、砂糖、ヨモギ、塩、じゃがいも澱粉。

 ヨモギは薬草の一種であり、食用では香草の役割を果たしている。だからいまいちスイーツと結びつかなくて半信半疑での調理だ。

 食用としてのヨモギは春頃が旬らしく美味しいので春の内に摘んで、春を過ぎても食べられるように長期保存するため冷凍しているそう。

 今回、私が用意したのは冷凍されたヨモギを自然解凍したもの。

 もち米は予め昨夜の内に洗って水に浸して置いたもので、ざるで水を切ってから蒸すのだけど、生憎うちに蒸し器はないので鍋を使って蒸すことにする。

 底の深い鍋に水を入れ沸騰させて、その上に鍋の縁に引っかかるざるを乗せる。

 水で濡らして固く絞った布巾にもち米を乗せると、それを包んでざるの上に置き、蓋をして蒸す。

 その間にヨモギを塩を入れた熱湯で茹でて、水にさらしてから包丁で刻み、すりこぎですっていく。

 蒸し上がったらヨモギと塩を入れてすりこぎで米を潰して混ぜ合わせる。


「凄いもちもちしてきた!」

「それが餅だ」

「餅……? もちもちしてるから?」

「……そうなんだろうな、多分」


 レイヤの話によればこうやって粘り気が出来るまですったり潰したりして仕上げたもち米は餅というのだそうだ。餅になるからもち米というのだろうか? そういえば草餅も餅と名がついていたっけ。


 その餅を手で丸めて昨夜の内に拵えておいた粒あんを中に包んでいく。

 あんこは美味しいけど、作るのが慣れてきたとはいえ、ちょっと時間がかかるので昨日の内に作っておいて良かった。おかげで少しは楽が出来る。

 あとはもちもちするゆえに手にくっついてしまうのでじゃがいも澱粉を軽くかけて草餅の出来上がりだ。


「出来た! レイヤ、早速味見しよっか」

「リリーフが一番じゃなくていいのか?」

「私としては和菓子系は上手く出来てるか判断出来ないからね。だからちゃんと味見しておかないと」

「そうか。じゃあ、ひとつだけ先にいただこう」

「どうぞ」


 それじゃあ、私もと草餅をひとつ手に取るのだけど、じゃがいも澱粉で薄らと白化粧したとはいえ、濃い緑に少しばかり躊躇してしまう。

 ヨモギはハーブであってスイーツでは……ううん。それを言えば抹茶も似たようなものだ。

 同じ緑だし、今まで作ったスイーツは全部美味しく出来たから信用しよう。

 意を決してぱくりと一口食べると、ヨモギのいい香りが口の中に広がる。もちもちした食感とヨモギのほんのりとした苦味、そして粒あんが合わさって凄く美味しい。


========================================


レベルアップしました。ハードネスを覚えました。


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 もちもち食感を堪能しているとステータスアップの画面が目の前に表示される。

 ハードネスとは? と思いながら指で魔法詳細を押して使い道を確認した。


========================================


・ハードネス

硬度を上げることが出来る。


========================================


 ……なるほど。こういうのはおそらく鍛冶など製作者が欲しい魔法なのではないだろうか。アッシュさんも使えたりするのかなぁ。

 ぼんやりそんなことを考えながらいつか何かに使えたらいいなと少しばかり期待しつつ、リリーフを迎える準備を始めた。






「美味しいわね」

「でしょー」


 リリーフが遊びに来て早速草餅をご馳走した。最初は見たこともない物に訝しげな表情をしていたけど、ちゃんと食べてくれたんだからリリーフは優しい。


『おいしー? しー?』

「えぇ、美味しいわよ」


 プニーにも好意的なようで安心もした。「また変なものを家に連れて来て!」と怒られる覚悟だったけど、今思えばレスペクトも受け入れてくれたし、レイヤより甘い対応なのだと気づく。


「最初は緑色で毒でも盛ってんのかと思ったけど」

「リリーフに毒殺するなんてしないよ……」

「でしょうね。それにしてもヨモギの香りもいいし、中の煮豆も美味しいわね」

「うんうん! そうだよね!」

「和菓子っていうジャンルだって言ってたわね? レシピブックに載るのだから本当に存在するスイーツなのはわかったわ。彼が欲していた材料がこれに使われてるわけね?」

「そうだよ。エルフの村には和菓子に必要な材料が沢山あって、ちゃんと和菓子作りに利用するっていうのを証明するために実際に作って認めてもらったからね。最初はお菓子作りに使うって言ってもあまり信じてくれなかったから良かったよ」


 これでリリーフも少しはレイヤのことを信じてくれるだろうか。

 だって、彼女はレイヤが材料探しに旅立ったことについてもまだ信じていないから。


「……。エルフでしか手に入らない材料を使ってエルフの知らないスイーツの存在を知ってるってますます怪しいわね、あんた。エルフでもないんでしょ?」

「あ、あぁ……」


 あ、あれー? レイヤへの疑念が強くなってる!?


「リ、リリーフ。レイヤはね、似たような食材を使ってただけで、エルフの食材そのものを使ってたわけじゃ……」

「だったら自分の住んでた村を探すべきじゃないの? そもそもおかしいのよ。普通故郷を探すものじゃないの? いくら自分の村の名前も場所もわからないからってそのままにするのはおかしいわよ。家族は心配してないわけ? あんた一体なんなのよ。何を企んでるのっ!?」

「俺、は……」


 さらなる疑惑の目でレイヤを問い詰める。レイヤはバツ悪そうな表情で目を伏せていた。

 私はハラハラと見ていたけど、間に入って止めなければいけない気がした。


「ま、待って待って! リリーフ落ち着いて! レイヤは何も企んでないよっ! 気になる所もあるかもしれないけど、もしかしたらレイヤにとっては言いたくないことかもしれないし、あまり踏み込み過ぎるのは控えた方がいいんじゃないかな……?」

「あんたが疑わないからでしょ!?」

「でも、リリーフもほんの少しはレイヤのこと信用してくれてるでしょ? だから私とレイヤが二人でエルフの村に出掛けたときも許してくれたし……」

「そのときはね。でも、あの男のことを知れば知るほど怪しいったらないわ」


 リリーフの言い分もわかるけど、だからといってレイヤが悪い人とは限らないのに……。

 うう……わかってはいたけど、リリーフって頑固だなぁ。


「……そう思うのも仕方な━━」


「イルーー!! ようやく帰って来たな! 余が来てやったぞ!」


 なんと、なんと、このタイミングでデジールが訪問して来た! アドラシオンもいるし、彼女らを警戒しているレスペクトが玄関から二人を睨みつけてる!


「デ、デジール!?」


 ……いや、ていうか鍵をかけてたはずなのにどうやって玄関を開けたの!?


「あぁ、申し訳ございません。一応ノックはしたもののお取り込み中だったのか聞こえなかったようで、ですので魔法でロックを解除させていただきました」


 アドラシオンがいい笑顔で説明するけど、ちょっと待って。そんな魔法もあるの!? プライバシーもあったもんじゃない!


「フッフフ。アドはなぁ、なかなかハイレベルな魔法からトンチキな魔法まで使える奴なのだ」

「相変わらず礼儀のなってない貴族様だこと」

「……げっ。そ、そなたはっ……!」


 腕を組みながら不機嫌な表情をデジールに向けるリリーフ。

 かつてデジールは駄々をこねたせいで彼女にしこたま怒られ、泣きながら反省するという母と子のようなことがあった。

 その出来事のせいかデジールはリリーフの存在に気づくとすぐに嫌そうな顔を見せる。


「アド! なぜあやつがいる!? 余は聞いておらぬぞ!」

「先程いらっしゃったのではないですかね」


 アドラシオンは相変わらずどこか冷めたような態度でデジールの対応をする。

 そんな側近からの扱いに、ぐぬぬと唸るもデジールは咳払いをひとつして何事もなかったかのように私の元へ寄って来た。


「イルの用事とやらも終わったようだから足を運んで来たのだ……ん? 新顔がおるではないか。スライムか」


 肩の上に乗るプニーに気づいたデジールはそのぷよぷよボディに触れようとしたのか、指でつつく。

 つんつんつんつん。ぷすっ。

 いつの間にか粘度の高いプニーの身体を指で刺していた。


「おぉ、さすがはスライム。面白い触り心地だな」

『むー……』


 ジュワッ。


「あっつ!! こ、こやつ消化液を出してきたな!」

「プ、プニー!? ダメだよ、傷つけちゃ!」

『爪が痛かったのー。のー』


 どうやらプニーの体内で消化液を出してデジールの指を追い出したらしい。

 少々尖っているデジールの爪に突かれたことで温厚なプニーも怒ってしまったようだ。ぷくーっと身体を膨らませて怒っていると訴えている。


「スライムの分際で生意気な……余は魔王だぞ! 恐れる対象ならまだしも刃向かってくるとは何様だ。まったく可愛くない……」


 ぶつぶつと呟くデジールはふとテーブルの上の草餅に視線を向け、その存在を知ると目を輝かせた。


「おおっ! なんだ用意しておるではないか! 早速いただくとしよ……」

「デジール様」


 草餅に手を伸ばそうとしたところ、アドラシオンが名前を紡いで牽制する。おそらく毒味を先にしなければならないのだろう。


「イルさん、よろしいでしょうか?」

「あ、うん」


 頷くとアドラシオンは草餅をひとつ頬張る。今回はチョコレートを使っていない物なんだけど魔族の口に合うのだろうか。


「いいですね。今回もとても美味しくて頬っぺが落ちてしまうかと思いました」

「そうかそうか! では余もいただくぞ!」


 待ちきれないといったデジールがすぐに草餅へと手を伸ばし、勢いよく食べる……が、徐々に顰めっ面へと表情が変わっていく。


「うえぇぇ! ……な、なんなのだ、この苦々しい物は! 不味い! こんなもん食えるか! 香りが喉まで残っておる!」


 ヨモギがお気に召さなかったのか、味を誤魔化すため私の飲みかけである紅茶のカップを手にして一気に飲み干した。


「アド! これのどこが美味いのだ!? 味覚がどうかしておるのか!?」

「これでも私は美食家ですが。薬草を練り込んだ生地に甘く煮込んだビーンズはとても美味しかったのであなた様がおかしいのでしょう」

「確かに豆はまだマシだが、草が入ってる物なんて食えるか!」


 やはりヨモギのお餅が口に合わないようだ。チョコレート菓子が好きなデジールにとっては和菓子そのものも初体験なのだろう。

 あんこは大丈夫そうなら和菓子全般は駄目ではないはず。苦いのが苦手なんだろうけど、そんなに言うほど苦いとは思わなかったなぁ。彼女の好みの問題かも。

 それならヨモギ抜きのお餅を用意してあげるべきかな。


 デジールに用意する物をどうしようかと考えていたら、リリーフが動き出した。


「ちょっと」

「な、なんだ……余に何か言いたいことでもあるのか」

「あるに決まってるでしょ! 勝手に食べておきながら不味いだの文句言って何様なわけ!?」

「いだだだだっ! 余は魔王だと言うておるだろう!? や、やめんか! いだだだだ!」

「いい年して魔王ごっこに興じてんじゃないわよ!」

「ごっこではな、いだだっ!!」


 デジールの耳を強く引っ張りながらお怒りのリリーフ。……お、恐ろしい。

 あわあわしながらもリリーフが相手しているのはあの魔王なので、仲裁しなければ戦争に発展しかねない!


「ま、まぁまぁ、リリーフ落ち着いて! デジールはただ口に合わなかっただけだから……」

「だからといって作ってもらった人に感謝しないのは許せないわ! 謝りなさい!! あんたの心ない一言でイルが傷つくでしょ!」

「! わかったわかった! 謝るから耳を放せ!!」


 その言葉を聞いてパッと手を放すと、デジールは引っ張られた耳を触りながら私の方へ目を向けた。


「イル……その、すまなかった。余の口には合わなかったのに酷いことを言ってしまって……傷つけるつもりはなかったんだ」


 どうやら前回リリーフに叱られた反省も活かされているようだ。

 ……別に傷ついてはいないんだけどね。魔王様の癇癪だと思っていたし。しかし、わざわざそれを言うとデジールも調子に乗るだろう。


「大丈夫だよ。わかってくれたらそれで」

「う、うむ……」

「それじゃあ、デジールには別の物を用意するからちょっと待っててね」


 ちょうどヨモギなしの餅も用意はしていた。もし、リリーフの口に合わなかったらこっちを出そうとしていたので。

 ただ、あんこは包んでいないので真っ白な餅とあんこを分けておいた。あとは彼女の好きなチョコレートを溶かしてココット皿に用意する。


「こっちの方がデジールには食べやすいんじゃないかな? 苦いって言っていたヨモギを抜いたの餅だから。それにチョコレートを付けたら食べられると思うよ」

「こっちの豆は中に入ってたやつか?」

「そうだよ」


 それなら……というようにデジールはフォークで餅を突き刺し、チョコレートソースを付けてさらにあんこも絡ませ、それを口にする。

 先程とは違って少しずつ輝くような笑みに変わっていった。


「んっ! 美味い! これなら余も食べられるな!」

「良かった。お餅も美味しいでしょ?」

「ん、そうだな。悪くないぞ!」

「お礼は?」

「うっ……あ、ありがとう、イル」

「どういたしまして」


 凄いなぁ……天下の魔王デジールがリリーフに逆らえなくなってる。

 そんな様子を見ているとアドラシオンがにっこり笑いながら「リリーフさんにデジール様のお叱り役を任せるのが一番みたいですね」と小声で話しかけてきた。

 ……なぜ、そっちの王族の躾をただの人間に任せるのだろうかと思いながら溜め息をひとつ吐き捨てた。


 レイヤが何か思い悩む表情をしているのも気づかずに。


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