スフレチーズケーキと武器屋
かぼちゃのムースを食べたあと、自宅の外ではびしょ濡れのレスペクトにヒートとウィンドの魔法を重ねがけして、ドライヤーのように濡れた体毛を乾かすという日課をこなしていた。
彼は綺麗好きらしく、毎日オルールの森でご飯を食べたあと水浴びをして帰って来る。
レスペクトはこの作業を嫌うのだけど、最近は諦めたのか渋々ではあるが受け入れつつあった。
夏に比べると日の沈む時間が少しずつ早くなったこともあり、空は夕闇が迫る。
そんな中、何かを決心したような顔のレイヤが私に話しかけた。
「イル。こいつをお前に返したい」
そう言って彼は以前に貸していた父の短剣を私に差し出した。
これは何を意味するのだろうかと思って少し戸惑うと、レイヤはすぐに理由を語った。
「そろそろ、自分に合った武器を持とうと思う。ずっと貸してくれてありがとう」
「あ、そうなんだ? でも、どうしていきなり?」
「冒険者としての腕も上げたいと思ったんだ。だからまずは形からと言うべきか……」
なるほど。短剣では心許ないしね。しかし、冒険者として腕を上げたいっていうことは本業にしたいのかな。
そりゃあ確かに冒険者として成功している人の稼ぎはかなりいいからね。下級冒険者では懐が寂しいかもだけど、中級者まで上り詰めたら普通に生活出来るだろうし。
『フン。得物を新調したところで腕は上がらんぞ』
「……レスペクトはなんて言ってるんだ?」
シェアをかけていないから言語理解を共有していないため、レイヤはレスペクトの言葉がわからなかったようだ。
ただ、何か口にしているということは理解しているみたいだけど。
「えーと……頑張ってね、って……いたたっ! ごめんごめん! レスペクト! ちゃんと言うから!」
レスペクトの言葉をそのまま伝えるのは心苦しいと思って嘘をついたが、レスペクトが抗議するように頭突きをしてきたので慌てて訂正する。
「えっと、新しい武器を手にしてもすぐに腕は上がらないって……」
「あぁ。もちろん、わかってる。経験も知識も足りないのは重々承知だ。しかし、短剣では大物を相手するのに苦戦しそうだから……」
『強者はどんな得物でも使いこなすものだ。まぁ、小僧ならまずは扱いをマスターするのが先だろう』
「?」
「武器の扱いをマスターしてねって」
「そうか、ありがとうレスペクト」
レイヤがレスペクトにお礼を言うのだけど、どうやら省略して訳した私に不満があるらしくレスペクトからもうひとつ頭突きを受けてしまった。……なかなか細かい魔物である。
翌日、レイヤは武器屋に向かうとのことなので案内がてら私も同行することにした。プニーも一緒に行きたいと言うので彼も共に肩に乗せて行く。
いくつか武器屋は存在するけど、店の特徴など詳しいことまではわからないので、一先ず目についたお店に足を踏み入れる。
店内の壁などには大剣、細剣、大斧や槍、杖などが掛けられていて、棚には短剣など小さな武器が並んでいる。
他にも人の手に触れさせないように厳重に硝子ケースの中に保管されている物もある。
こっそり鑑定してみたら硝子を割られないように強度ある素材を使っていたり、さらに防護魔法もかけられているという徹底ぶりだ。
値段を見てみると豪華な家が一軒購入出来るような驚きの価格である。
しかし、やはり武器屋なだけあって色んな武器が沢山あるからこれはレイヤも迷うのではないだろうか。
『いっぱいあるー! るー!』
「こんなに沢山あると選ぶのも大変そうだね」
「そうだな」
そう言いながらもレイヤは剣が並ぶ区画へと向かい、じっくり考え込んでいるようだ。やはり短剣を使用していたこともあり、剣の方が扱いやすいのかもしれない。
そんなレイヤの邪魔をしないよう私は店内を見て回ることに決めた。
『イルは買うのー? のー?』
「私は買わないよ」
そういえば私は武器を手にしていない。元々ただの町人なので持つ必要がないと思っていたし、今では魔法が使えるようになったからというのもあるけど。
そう考えながら魔法使いの武器として有名な杖を眺めてみる。
魔法に特化した冒険者はその威力や効果を高めるために杖を購入するのだが、杖と言ってもその素材は様々だ。
ただの木を棒状に彫った物から金属製を加工した物に魔石や魔法石を組み込んだ物なんだけど、やはり高価な物は石が多く付けられたり、素材が貴重な物だったりと納得出来るいい品らしい。
魔石や魔法石を持っているだけでいいのでは? と子どもがよく聞く質問があるんだけど、答えはノーだ。
石を持っていても魔法を強化することは出来ない。なぜなら杖には強化を促す魔法陣を組み込んでいるからだ。
杖に魔力を込めるとその魔法陣が反応し、装飾する石に強化の指示を与えるというもの。
ちなみに魔石と魔法石の違いだけど、魔法石は魔力のこもった石でいつも私達が使う電気や家電など魔道具に使う生活必需品。
対して魔石は属性加護がついた石である。火の魔石とか水の魔石とか属性に特化した石のこと。
その魔石を武具に加工して属性耐性を得たり、属性強化したり出来る石で冒険者にとっては身近なものである。
「火属性魔法強化の杖に軽量化の杖……色々あるんだね」
魔法使いは前線で戦う戦士達とは違い、力や体力が劣っている人がほとんどである。だから使用する杖も軽い方が人気だ。
確かにずっと持っているのなら軽いに越したことはない。
「イル。ここにいたのか」
「あ、レイヤ。もう決まったの?」
「あぁ」
彼が手にするのスタンダードでよく見るタイプの片手剣。見たところ特に属性付与などはされていない。
「普通の剣でいいの? 属性付与した物とか戦闘で役立つ効果のある物とか色々あるよ」
「俺、まともに武器を手にしたことがないから初めてならスタンダードな物から扱えって店主に言われてな。俺も最初はその方がいいと思う」
段階を踏めということなのだろうか。経験者じゃないからなんとも言えないけど、確かに短剣を扱っていたからって長剣も同様に扱えるとは限らない。
私だって初めてのスイーツ作りがホールケーキとかだったら戸惑ってしまうだろう。
無事に武器を購入したレイヤに防具も見る? と聞いたところ、首を横に振った。手持ちはそこまでないとのこと。
まぁ、防具は目的が明確になっているときに身につけるべきだからそれでいいんじゃないかなと伝えた。
強敵の魔物なら防御力が高い物を、火山近くのダンジョンなら耐熱性素材の物を、そういった感じで防具は用途に合わせ使い分けるのが一番である。
防具と言ってもガチガチに鎧みたいな物もあればローブのような洋服タイプもある。
もちろん、一番防御力が高いのは耐久度の高い素材を使った全身鎧にさらに防御に特化した魔法を重ねがけした物だろう。
しかし、重いし、動きづらいし、お高いのでなかなか手を出す人はいない。
動きやすさ、金額、デザインなどを重視する人もいるのでオシャレ感覚で防具を選ぶ人がほとんどのようだ。
だから冒険者のパーティーを見ると、服装が格好良かったり可愛かったりするからお洒落な冒険者はあちこちにいる。
防具屋さんもデザイナーが手掛けた防具を採用したりするので冒険者も見た目を気にしなければならない時代だ。
レイヤはそのまま仕事に向かうことになり、別れた私は買い物をして今日のスイーツ作りに励むことにした。
「それじゃあ、今日はスフレチーズケーキを作るよ」
『スフレチーズケーキ! キ! どんなのかわからないけどー。どー』
先にプニーのために用意しておいたビスコッティを与えると、彼はもぐもぐさせながらキッチンに立つ私の様子を見守っていた。
プニーが従魔になってからキッチンに立つときも彼が傍にいてくれるので、一人のときに比べるととても楽しく料理が出来る。
そんなわけで本日はスフレチーズケーキを作るため、先程の買い物でチーズを買って来たから材料の準備はバッチリである。
材料は軟質小麦粉、砂糖、卵黄、卵白、クリームチーズ、牛乳。
最初は鍋に牛乳とクリームチーズ、砂糖を入れて温めながら混ぜて、そのあとは冷ましておく。
卵黄を生地に入れて混ぜ、ふるいにかけた軟質小麦粉も投入したらまた混ぜていく。
別のボウルには卵白を泡立てる。砂糖を何回かに分けて入れ、ハイスピードの魔法を手にかけたらハンドミキサー並の勢いで掻き混ぜてメレンゲを作り上げる。
メレンゲが出来たら生地に三回に分けて混ぜていく。
そのあとは型に流し入れて、空気を抜くため生地の入った型を持ち上げて落とす。
あとは予熱で温めた石窯オーブンに入れて焼くのだけど、天板には湯を張っているので湯煎焼きだ。
焼き上がったらオーブンに入れたまま十分ほど待ってから取り出す。あとは粗熱を取れば完成。
「冷やしてもいいけど、せっかくだから出来立てを味わってみたいね」
『熱いのも冷たいのもおいしーの? の?』
「そうだと思うよ」
早速包丁で切り分けてみると、切った感覚からすでにわかる。しゅわっとした軽さに。
皿に乗せてフォークを手に取り、出来立てほかほかでふわふわしたスフレチーズケーキを一口食べてみればまるで味のついた空気のような軽い食感。
あっさりとしていて気がつけばペロリとすぐに食べ終えてしまう。
「美味しい……幸せ……」
『ほんとだねー。おいしー! しー!』
プニーはカットしたチーズケーキを一気に体内に取り込むと、そのまま少しずつ味わうように溶かしていく。
これがスライムによる食事なのだけど、何度見ても食べているというより溶かしてるようにしか見えない。
でも、美味しいと感じる味覚はあるのだからそう言ってもらえるのは有難い。
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レベルアップしました。ストーンバレットを覚えました。
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ピロンと目の前に映し出される見慣れた画面。どうやら今回は土魔法を覚えたようだ。
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・ストーンバレット
石の弾丸を放つことが出来る。
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石の弾丸ってどのくらいの威力なんだろう……おっかない気がするんだけど、水の大砲を撃つのに比べたら可愛いものかな……。
『イルまた強くなったー? たー?』
「うーん、私が強くなったというか強い魔法を覚えただけかな?」
『イルすごーい! い!』
ジェル状の身体を大袈裟なくらい動かして褒めてくれるプニーにえへへと癒されながら、余ったチーズケーキを冷蔵庫に入れて、レイヤの分を残しておいた。




