いちごのショートケーキと鍛冶屋特製ケーキ型
アッシュさんに注文したケーキの型が仕上がる約束の日。七日連続で足がつって目覚めた私だったけど、初めて依頼した製菓道具はとても楽しみだったのですぐに鍛冶屋さんへと向かった。
「わー! 新品だー!」
「そりゃそうだろう。ワシが一から作ったんだからな」
仕上がったケーキの型はデコレーション型というらしい。熱伝導率の良いアルミをベースにした型だけど、それ以外にも使いやすさを重視し、重量を感じさせない力を秘めてる軽石を粉末にして混ぜたおかげで何を入れても軽々と持ち上がるのだそうだ。……今は空っぽだから何も感じないんだけど。
しかし、元々ケーキは重い物じゃないので軽量化しなくても良かったのでは……? アッシュさんは商売上手である。
それだけじゃなく、魔法もかけられているらしい。魔力を注ぐと大きさを自由に変えられるそうだ。小さめの一人で食べるくらいのサイズから十人で食べるほどの大きさまで。これはちょっと便利かも。わざわざサイズにあった型を用意しなくていいしね。
ちょっといい値はするけど、お世話になってる旦那様というお得意様にレスペクトのミルクを定期配達してるのでお金に少しは余裕があるので問題はないっ!
他にもケーキ型の種類があるみたいだけど、とりあえずこれさえあれば夢のホールケーキが出来るわけだ! 楽しみー!
「アッシュさん、ありがとうございます! 大事にしますね!」
「あぁ、そうしてくれ。また作ってほしいもんがあればいつでも頼ってくれや」
「はいっ!」
とても嬉しい言葉を頂けたので、また何か必要な製菓道具があれば積極的に彼の力をお借りしよう。
初めて見たときはとても怖そうな恐ろしい人だと思ったけど、全然そんなことなくてアッシュさんはいい人だ。クラフトさんがオススメするだけある。
そうだ。クラフトさんやリリーフに報告しよう。そう決めた私はアッシュさんの鍛冶屋をあとにすると、ベーカリー・リーベへと直行した。
「えっ? クラフトさん配達なの?」
しかし、タイミングが悪いのか運が悪いのか、クラフトさんは私がお店へお邪魔する数分前に配達に出て行ってしまったそうだ。
うう……ケーキの型を見せることが出来なくて残念で仕方ない。
「残念でした」
「リリーフ、凄く嬉しそうに言うんだね……」
「人の父親に恋情を抱くからでしょ」
「相変わらず私達の想いを反対するのね……」
「私“達”って何よ。何も始まってすらいないくせに」
今日もリリーフの言葉の刃が鋭くていらっしゃる。グサグサ胸に刺さるのだけどその通りだから言い返すことも出来ない。
今日は諦めてパンを買って帰ろう。クラフトさんがいつ帰るかわからないのにお店に居座るのはさすがに悪いし。
泣く泣くクラフトさんが丹精込めて作ったピーチパイと卵サンドを購入しようとトレーに乗せたパンをレジにいるリリーフへと差し出した。
「そういえば再来週は収穫祭ね」
「あ、そうだね。もうそんな時期かぁ」
スタービレの行事のひとつに秋の名物である収穫祭がある。作物が無事に収穫出来るのを願うお祭りで、その中でも目玉なのが料理大会だ。
プロの料理人から料理が得意な母まで、参加出来る条件は特にないのでどんな人でも出場出来る。だからなのか、色んなドラマが生まれるわけで、中でもプロを押し退け優勝するアマチュアが一番盛り上がるのだ。
「今回はあんたも出たらいいじゃない」
「えっ? いやー……私が出るような世界じゃ……」
「別にいいじゃない。何事も経験よ。最初からあんたが優勝するなんて思ってないんだから。出ることに意味があるのよ」
「そこはせめて『イルなら優勝出来るわよ』って言ってほしかったなぁ……」
まぁ、きっぱりと言ってくれるのがリリーフらしいんだけどね。
でも料理大会か……考えたことなかった。私が作れるのはレシピ通りのスイーツとなんの捻りもない普通の料理だから。
「……で、この場合私が作るのって?」
「スイーツでしょ。レシピブックがあるんだから少なくとも不味くは仕上がらないんだし」
「私、別にスイーツ以外も不味くならないんだけど……」
「スイーツの方が目を引くでしょ。それに価値の高いカトブレパスのミルクも使えるんだから審査員のウケもいいはずよ」
「な、なるほど」
そう言われるとスイーツの方がいい気がしてきた。優勝までいかなくてもいい成績は残せるのではないだろうか。何せ素材はいいから!
「優勝すると賞品が出るわよ」
「リリーフ! 私参加してみるね!」
賞品につられてしまったが、可能性があるのならダメ元で挑戦するのもありだよね!
リリーフに参加する意思を見せると「頑張りなさい」と励ましの言葉をいただき、少しやる気が出た私は店を出た。
もし、優勝とかしちゃったらクラフトさんも私のこと凄いって思ってくれるかな~?
照れくさそうに「やっぱりイルはすげぇな。俺の目に狂いはなかったぜ。結婚しよう」って言われたりなんかしちゃったりしてーー!!
えへへーと上手くいったときの妄想をしながら自宅へ向かう。仮に結婚出来たら私が嫁げばいいのだけど、レスペクトはどうしたらいいんだろう。町には連れて行けないし、怖がらせちゃうし。
リリーフがいたらしなくていい妄想しないでちょうだいと言われそうだけど、想像の中くらいは許されてもいいはず。
自分の世界に浸って帰宅すると、薔薇色の想像とは無縁の光景が広がっていた。
「お、ぉ……」
自宅近くに積み重なる人の山。何も知らない人が見れば死屍累々だと思われるだろうが、これらはまだ死体にはなっていない。レスペクトの邪視に軽く当てられた人達だと思われる。おそらく彼らはカトブレパスであるレスペクトをどうにかして盗もうとした連中なのだろう。
彼がうちに来てから度々このようなことが起こる。……初めはびっくりしたけど。
カトブレパスのミルクは高く売れるし、個体値が高いと品質も良いというらしいので金を生む魔物としてよく狙われるそうだ。
朝起きたらとか、帰宅したらとか、今回で三回目である。悪い人はどこにでもいるんだなと思わずにはいられない。
「レスペクト、大丈夫?」
『フン。こんな雑魚共に後れを取るか。さっさと連れて行け』
「う、うん。憲兵さんに連絡するね」
さすがカトブレパスの中でも最強と言われてもおかしくないレスペクトである。十人ほどいそうな人達が相手をしても傷一つないとは。
私はすぐに憲兵さんに連絡をして、レスペクトを盗もうとした悪党達を連行してもらうことにした。三回目となると憲兵さんは「またか……悪徒ホイホイめ」と溜め息混じりに言われてしまう。私悪くないけども!
そんな一件もあったけども、ようやく私は家でゆっくり……することはなく、レスペクトにせっつかれたこともあり、引き取ったばかりのケーキ型を使っていちごのショートケーキを作ることにする。
材料は軟質小麦粉、卵、砂糖、バター、カトブレパスのミルク、いちご。
ボウルに卵と砂糖を入れると湯煎に当て、温めながら混ぜていく。ハイスピードの魔法でミキサーの如く高速に泡立て器を使い、白っぽくなったらふるいにかけた小麦粉を入れる。
ヘラで混ぜ、溶かしバターを投入。全体を混ぜたらいよいよ新しく仲間入りをしたケーキ型の登場である。
今回は十五センチサイズのショートケーキを作るため魔力を込めてサイズを調整し、耐熱ペーパーシートを使って型の底と側面を敷いてから生地を入れる。
耐熱ペーパーシートはロール状の使い捨てタイプ。これを使うと食材が張り付きにくいらしく、天板の上にもよく使われるらしいので最近購入したものだ。
いつも天板にはバターを塗っていたから耐熱ペーパーシートは使わなくて大丈夫だと思っていたのだけど、ケーキ型には使っておいた方がいいらしいので使ってみることにした。
そして温めていた石窯オーブンで焼き上げる。
ふっくらと焼けば生地の焼き目部分をカットし、さらに生地を半分にスライスすると泡立てた生クリームと半分に切ったいちごを乗せてさらにクリームを乗せていく。
半分にした生地を被せてサンドすると表面と側面をしっかり生クリームを塗り広げる。
パレットナイフで塗っていくのだけどなかなかに難しくて綺麗にするには少し時間をかけてしまった。これは経験を積むしかない気がする。
そして絞り袋を使って生クリームを表面に絞り、いちごを飾ればいちごのショートケーキの完成である。
「これがスイーツ店でもお高い部類に入るショートケーキ!」
つい嬉しくなってホールケーキを掲げながらくるくる回ってしまった。アッシュさんが作ってくれた製菓道具とレスペクトのミルクあってこそ出来たものだ。
早速一切れ分けてフォークで一口。ふわふわスポンジと品質最高の生クリーム、そしていちごの程良い酸味がまた生クリームとマッチしている。
「おいしぃ……」
幸福を覚える味だった。そもそも生クリームだけでも十分に美味しいのにそれを贅沢にケーキにするだなんて……考えた人は金銭的余裕もあるだけでなく天才なのでは?
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レベルアップしました。魔力回復増幅を得ました。
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ピロン。ショートケーキに舌鼓を打つ私の目の前にウィンドウが現れる。見たところ今回は魔法ではなく、スキルを得たようだ。
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・魔力回復増幅
魔力の回復が通常より増える。
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なかなかいいスキルなのでは? と思っていたが、やはり名前のまま良さそうなものである。
レベルが上がって魔力が増えたとはいえ、色々魔法に頼るとすぐに夜にはすぐに魔力がなくなってしまうのでちょっとでも回復が増えるのは有難いことだ。
また少し便利な力を得ることになって気分が良くなった私はレスペクトにショートケーキを分けようと持って行くことにした。
「レスペクトー! お待ちかねのショートケーキが出来たよ……っうわ!」
ホールごと持って外に出れば、足がもつれてしまいそのまま前へとすっ転んだ。……もちろん、ケーキは地面に落ちてしまいダメになってしまう。
『……遊んでいるのかお前は』
呆れるような溜め息と共にレスペクトが声をかける。私は擦りむいた痛みよりも、せっかく完成したケーキがめちゃくちゃになってしまった現実にショックを受けて心底落ち込み、身体を起こすのも億劫になってしまった。
「……私はなんてダメな人間なんだ。レスペクトも待ち望んでいたケーキを落としちゃうしもうやだ……」
『そんな小さなことで嘆くな』
だって……と呟く私だったが、レスペクトは落ちてぐちゃぐちゃになったケーキに顔を寄せるとそのまま食べ始めた。
「レ、レスペクト! ダメだよ、汚いよっ!」
『何を抜かすか。屍肉もこうして食らってるのだから何も変わらんだろう』
「えぇ……でも見た目も悪いし……」
『腹を満たせば見た目なんぞどうでも構わん』
うぅ、優しさなのかそれとも食い意地が張っているだけなのか。どちらにしても落ちた物を食べさせてしまった申し訳なさと、食べてくれた有難さに身が沁みる。
起こす気力が湧かなかった身体をゆっくり起こして、正座をして彼に感謝を述べようと笑顔を向けた。
「ありがとう、レスペクト」
『今度はもう少し落ち着きを覚えておけ』
「はい……」
少し反省をしつつ、そんな私達をあの謎の種から咲いた星型の黄色い花が見守っているような気がした。




