ホットケーキと従魔管理リング
翌朝キッチンに立ち、前にオルールの森にて採取した痺れ粉を用意する。強力な魔物と対峙したときの足止め用として持っていたのだけど、解毒魔法を得たので一度実践してみることにした。
痺れ粉。その名の通り触れただけで麻痺効果を生むもので、痺れ花から取れる白い花粉である。
触れる量によって数十秒から数時間以上も苦しむことがあるので、袋が破れかけた業務用の痺れ粉には特に注意だ。
そんな痺れ粉でも少量なら料理にも使うし、解毒をすれば膨らまし粉に変わる。そんなわけでちゃんと膨らまし粉になるのか実験をする。
「デトックス」
痺れ粉に向けて手をかざせば手のひらから白い光が溢れ痺れ粉を包む。その光はすぐに治まった。
見た目は先程の痺れ粉と変わらないように見えるので成功したかわからないため、アプレイザルを使って痺れ粉を鑑定してみる。
「アプレイザル」
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・膨らまし粉
痺れ粉の麻痺成分を取り除いたもの。膨張剤になる。
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「やった! 解毒成功だ!」
これでわざわざ買いに行かなくとも自分で解毒出来て膨らまし粉を手に入るのでとても便利。
では、膨らまし粉も買わずにすんだので今日の朝ご飯は膨らまし粉を使ってホットケーキを作ろう。
昨夜からレシピブックを見て決めてたんだよね。写真のように分厚いのが何段にも重なっているビジュアルにはちょっとわくわくするものがある。
材料は軟質小麦粉、膨らまし粉、卵、牛乳、砂糖。
軟質小麦粉と膨らまし粉、砂糖を混ぜて、卵と牛乳を入れて粉っぽいのがなくなるまで混ぜ合わせたらホットケーキの生地は出来上がり。
あとはファイアで熱したフライパンを一旦濡れ布巾の上に乗せて熱を取り、再び火にかけて生地を焼いていく。
表面に小さな穴が出てきたらひっくり返して反対も焼けば完成だ。
そしてホットケーキにかけるシロップだ。砂糖と水を片手鍋に入れて火にかけ、きつね色になったらお湯を加える。
凄い音と共に跳ねる砂糖水に後退りし、片手鍋を回し混ぜてからひと煮立ちすればシロップの出来上がり。
贅沢に厚みのあるホットケーキを二段重ねにしてバターを乗せ、シロップをかけたら夢のホットケーキの仕上がりである。
「……なんて素晴らしい姿」
もはや神々しささえ感じる存在感。そして鼻をかすめるのは甘いシロップの匂いと香ばしい生地の匂い。
朝からとてもリッチだと思いながら、ナイフとフォークを手にしていざホットケーキ入刀!
食べやすいように一口に切ったホットケーキをぱくりと口に入れる。
ふかふかで熱々の生地が溶けたバターとシロップが絡んでとても美味しい。本当にリッチな気分~!
「理想の贅沢な朝食……」
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レベルアップしました。ウィンドオペレーションを覚えました。
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ピロン。少しばかり富裕層気分を味わっていたところにいつもの画面が現れる。
ウィンドオペレーション……。いまいちパッとしない魔法。風魔法だということはわかるけど、オペレーション……? 風を操作するのかな?
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・ウィンドオペレーション
風を操作することが出来る。
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……うん。やっぱりそのままだった。それでも風を操作というのがイメージ出来ない。風を好きに操れるということなのかな? 活躍の場が少なそうな魔法だけど、そのうち役に立つのだろうか……。
「ハッ! 結構まったりしちゃったけど、お仕事の時間だ!」
ホットケーキを食べてついついゆっくりしてしまったが、今日はお仕事の日。急いで準備し、慌ててあの大豪邸へ出勤するため家を出た。
家の外には木の下で休むカトブレパスがいる。彼の分もとホットケーキを彼の前に差し出せば口早に本日の予定を告げる。
「カトブレパス! これ、食べられるなら食べてっ! 私は今から仕事があるから生クリームは帰ってからね!」
カトブレパスの返事を聞く前に私は自身の足にハイスピードの魔法をかけて、ダッシュのスピードを上げた。
「朝から騒々しい人間だ……」
その日の仕事も特に問題なく……いや、本日もペット達による、あれしてこれしてのオンパレードでお疲れなんだけども、なんとかやりきった。
その足で町の大工さんの元へと向かい、カトブレパスが快適に住める一匹分の小屋を依頼する。
どのくらいの大きさか、素材は、内装や外装は、と色々聞かれてしまったのだけど、何も詳しくないし私にはわからないので、この町で飼育されているカトブレパスが住んでいるような感じで、とカトブレパスを飼っている農場をイメージに伝えた。
「ならば木造牛舎にするか」
そう言うと大工さんは見本となる設計図や、実際に建築し完成した牛舎の写真を見せてくれる。
普通ならば十頭以上の牛舎を建てることがほとんどなので一匹のためだけの牛舎を建てるのはあまりないとのこと。
あとは一匹だから柵もいらないとか、要望を聞いてもらいつつ、半分くらいは丸投げさせてもらった。
一匹専用の牛舎とはいうけど、カトブレパスは普通の牛よりも大きいのでそれに合わせたら窮屈になるだろうから、ゆとりを持って少し広く設計してもらう。
そして費用は……うん。さすがに百万ゴールドは超えなかったよ! 月払いにしてせっせと払っていけば三年くらいには払い終えるから大丈夫っ。
そして完成まで約一ヶ月。思ったよりも早いなぁと思ったら大工さんの中に冒険者を卒業して大工に転職した魔法を使える人材が何人もいるのだとか。
その分早く、費用も割増だったりするとのこと。なるほど。
こうして大工さんに頼りっきりではあるが上手く話が纏まり、材料もある物だけで足りるので近いうちに着工してくれるそうだ。楽しみになってきたなぁ。
気づけば日も暮れてしまって、急いで帰らなきゃと朝と同じくハイスピードを使い、全力疾走で帰宅をする。
朝約束した通り、カトブレパスのためにボウルたっぷりの生クリームを用意して、朝と変わらず木の下にいる彼の元へ向かう。
頭も身体も伏せた状態で目は相変わらず体毛で埋もれて見えないから寝てるのか起きてるのかわからない。
「……カトブレパス、寝てる?」
『起きてる。待ちくたびれたぞ』
「ごめんねっ。カトブレパスのために小屋を作ってもらおうと大工さんに相談してて」
『いいと言ったのに話の聞かん奴だな……』
「やっぱり屋根はある方がいいと思うからね」
そう言うとカトブレパスは大きな溜め息をついた。呆れてる……?
なかなか興味を持ってくれないのは残念だけど完成したら絶対心地いいはずだからっ! と言いたかったけど、その言葉を飲み込む。心地いいと決めるのは私じゃなくカトブレパスなのだから。
翌日、仕事はお休みの日なのでゆっくりと起床。顔を洗っていつものように朝の身支度をしながら今日の予定を考える。
ベーカリー・リーベでパンを買いたいし、そろそろお肉や魚を買い足したいし、洗濯もしておきたいし、掃除も最近疎かにしてしまっている……って色々ありすぎる。
魔法を少しずつ覚えているおかげで多少は楽に出来るのもあるけど、休みでもなかなか休みには思えない過ごし方だ。
朝食にソーセージとベーカリー・リーベの食パンの上に目玉焼きを乗せた物を食べながら何から取りかかろうかと考えていたら、玄関の扉にノックの音が。
「? 誰だろ」
こんな町の外にある家に訪れる人なんてそうそういないし、リリーフかなとも思ったが今の時間ではまだベーカリー屋の方が忙しいはず。
むしろ彼女以外の来客が想像出来なくて、扉を開けに向かった。
「はーい。どちらさまでしょうか?」
ガチャリ。開けた先には冒険者ギルドの受付担当である眼鏡でダークブルーの髪色をしたフロワさんがいた。名前は先日の従魔登録にて知ったばかり。
彼だけかと思いきや、その後ろには二人の男性の姿が。服装や佇まいからしてフロワさんのような冒険者ギルドの職員ではなさそうである。
「朝方から申し訳ありません。実はイル様の従魔に従魔管理リングの装着をお願いしたく訪問させていただきました」
「従魔管理リング?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。続けてフロワさんは説明をしてくれた。
「従魔には人を襲ったりしないかギルドでもしっかりその行動を把握するため、位置情報を知る探知系魔法を付属させた従魔管理リングを装着させる決まりがあります。特にイル様の従魔であるカトブレパスは普通のカトブレパスよりランクが上でしょう。討伐依頼ではランクBを想定してましたが実際に対峙をした冒険者の話ではAでもおかしくないと窺ってます」
うぅ、カトブレパスの行動までギルドが把握しようとするのか。プライバシーも人権……いや、魔物権? もないなんて。
『忌々しい人間共め。私を恐れるがあまり行動管理までするか。愚案すぎる』
どうやらいつものように木の下にいるカトブレパスにも話が聞こえるらしい。彼は耳もいいのか。
「あの……そのリングってずっとつけなければいけないんですか?」
「四六時中お願いしております。そうしなければ何かあったときに真っ先に疑われてしまいますので身の潔白のためにも」
そう言われてしまったら断れない。決まりのようなのでカトブレパスにお願いするしかないか……。
「カトブレパスに頼んでみます……」
自由が奪われるようで申し訳ないと思いながらも外に出てカトブレパスの元へ歩み寄る。
「……聞こえてたと思うんだけど、お願い出来る?」
『フン、傲慢な人間共め。装着することしか認めないのであろう。従者の印象が悪くなるのは気に食わん。その頼み聞いてやろう』
「あ、ありがとうっ」
良かった。凄くごねるのかもって思ったけど、あっさりお願いを聞いてくれた。
彼から許可も出たところでフロワさんに伝えようと後ろを振り向くが、彼らは玄関前で待っていてこちらに目を向けようとはしない。……カトブレパスのことを恐れているのか。仕方ないとはいえ、やはり気分のいいものではない。
「フロワさーん! カトブレパスがお願いを聞いてくれましたー!」
そう伝えると三人は躊躇いを見せながらこちらへ来てくれた。
「感謝します。それではこちらの装飾屋であるお二人にご協力をいただきましてカトブレパスの寸法を測りたいと思います」
なるほど。後ろの男性達は装飾品のお店の店員さんだったんだ。リングというのだから確かに手がけるのは装飾屋さんだろう。
それにカトブレパスのような大きな魔物はリングもオーダーメイドになるからプロに測りに来てもらったんだ。
「リングってどこにつけるんですか?」
決まりの場所とかあるのだろうかと尋ねてみると、装飾屋の一人が口を開いた。
「どこでもいいですよ。ほとんどの従魔は首につけてますけど」
『首だと? 人間に飼い慣らされたような首輪なら私はつけん!』
一瞬、空気がピリッとして来客三人がなんとも言えない悪寒に震えていた。どうやら首輪はお気に召さないようだ。彼の性格からすれば当然と言えば当然か。
「あ、あの、首以外にはありますか?」
「え、えーと……鼻輪や耳があるならピアスみたいにすることも出来ますし、足もいけるかと……」
「……どうかな?」
『どれも屈辱的でしかないがあえて言うなら足だな』
「足なら大丈夫そうです」
そう伝えると三人は安堵の溜息を零した。それから装飾屋さん達によりカトブレパスの足を測り始める。
彼らからしたら邪視を持つ目と合わせないように必死で、どこか緊迫した空気の中行われていた。
しばらくして寸法を終えた二人はそれだけで体力を使ったのか、すでに疲労困憊である。別に気を張らなくてもカトブレパスにはその気はないのだからもう少し楽にしてくれてもいいのに。
「ご協力ありがとうございました。完成しましたらお知らせ致しますのでその際はギルドでお受け取りください」
「わかりました」
ようやく仕事を終えたと言いたそうな笑顔で告げるフロワさん。そしてすぐさま彼らは町へと帰って行った。……ここまで足を運んでくれて少しだけ申し訳ないなぁ。
「カトブレパス、色々と気に食わなかったと思うけどありがとうね」
『まったくだ。ただでさえ人間に触れられるだけで虫唾が走るというのに』
「そうなの? でも、私が触るのは大丈夫だよね?」
『……。調子に乗っているのか?』
「乗ってませんっ!」
どうやらそこは触れてはいけなかったらしく、カトブレパスの怒りのオーラが見えてしまったため慌てて首を横に振った。




