生キャラメルと従魔登録
突き刺さる視線、視線、視線。それもそのはず。私はスタービレの町中を邪視を持つ魔物、カトブレパスと共に歩いているからだ。
普通の牛よりも二倍も三倍もあるその身体はみんなの注目の的なのだが、町に入るときは憲兵が駆けつけ武器を向けられるわ、カトブレパスも臨戦態勢をとろうとするわで大騒ぎになり、必死に「彼は私の従魔なの! 今からギルドで従魔登録するから!」と説得したが、なかなか納得してくれない様子。
むしろ私が魔物を町に手引きしたという疑いの目で見られてしまったので冒険者ギルドまで同行されることになった。
それだけでなく、腕に覚えのある冒険者達も町のみんなを守るための護衛という名の野次馬としてついて来られてしまう。
そういうわけで、私とカトブレパスの後ろにはぞろぞろと憲兵と冒険者を引き連れる形で町中を歩いているのだ。
町の人達は遠巻きでこちらを見ていて、その視線のほとんどは恐怖、または好奇心であった。
「……凄い警戒されちゃってる」
「当たり前だ。カトブレパスを生きたまま町の中に入れるのは家畜としてしか有り得ん。家畜ならば邪視を封印するなり潰すなり人に危害を加えないようにしているというのに、こいつはその対策すらしていないんだ。さらに討伐依頼として出された凶暴な魔物を従魔にするなど信じ難い」
後ろの警戒心剥き出しの憲兵さんが私の独り言に返事をしてくれた。
やはり邪視の能力を持ったままのカトブレパスはかなり注視されているようだ。
確かに危険ではあるけど、彼はむやみやたらにその力を発揮しようとはしないんだけどな……。
『後ろをぞろぞろと目障りな奴らだ。邪視を使って黙らせてやろうか』
「お、落ち着いて。今だけだから……! 従魔登録さえ終わったら信じてくれるから、ねっ?」
……発揮しないはず、なんだけど……不安になってきた。私とんでもないことをしでかしたのかも。
しかし、外で暮らしていたカトブレパスには人の町は騒々しいのかもしれない。少しずつ苛立ちを見せている。
そんなピリピリした空気の中、ようやく冒険者ギルドへと辿り着いた私はギルド内の視線もいっせいに受けながら受付へと向かう。
あのダークブルーの髪をした眼鏡の男性受付の人が大層驚いた顔で私とカトブレパスを交互に見やる。
「なっ、な、なんですかそれはっ!?」
「えーと、件のカトブレパスです」
「な、何っ!?」
「従魔になりましたので登録の手続きをお願いします」
「従魔になった!? ……ステータス確認しますのでギルドカードを提出して、こちらの記憶石に手を当ててください」
出た。お馴染みの記憶石。人の記憶や姿、なんでも記憶出来るので色んな魔道具に使われるあの真っ黒な鉱石。
ギルドでは虚偽の申告も見破ることが出来たり、人のステータスをデータ化出来るように魔道具化されている。
言われた通りに冒険者ギルドカードを提示し、記憶石に手を当ててみた。こうして最新のステータスへと上書きされる。
ステータスを確認するということは従魔になったらステータスに表示されるのだろうなと思っていたらギルドカードを見続ける受付の人の目が大きく見開き、眼鏡は少しズレていた。
「……じ、事実のようですね。それでは、こちらで従魔登録の手続きをさせていただきます」
眼鏡をしっかりかけ直し、私のギルドカードに何やら呪文を唱えながら指でなぞっていくとすぐにカードは返された。
「これにて従魔登録は完了です。ご確認をお願いします」
そう言われてギルドカードを確認すると、従魔・カトブレパスと印字されていた。
「ありがとうございます!」
「従魔とはいえ、邪視対策をされていないカトブレパスですのでしっかり躾をお願いします。もし人に危害を加えるようなことがあればペナルティー、またはギルド脱退の可能性がありますので」
『この私を躾しろだと? 偉そうな小僧だな。頭から丸呑みにするぞ』
毛深い体毛で見えない目が受付の人を睨んでいるのか、受付の男性は酷い悪寒に襲われたようで何かわからないまま酷く震えていた。
しかし、丸呑みとはまた物騒なことを! 本当にやりかねない気がして慌てた私は小声で「落ち着いてっ」と懇願すると、カトブレパスはふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向く。
とりあえずギルド内丸呑み事件は未遂になったようで安心した。
そして無事に従魔登録を終えた私は後ろに控えていた憲兵さんや野次馬な冒険者の皆さんに戸惑いながらもギルドカードを見せる。
「従魔登録……終わりました」
「どうやら本当だったようだな。だが、危険な状態なのは間違いない。あまり町の中を歩かせるなよ」
そう言い残して警戒心を緩めないまま憲兵さん達は帰って行った。残った冒険者達は好奇心と恐怖が混ざっているようで、一定の距離を空けた状態でこちらを見ている。
……なんとなく居心地が悪そうなので冒険者ギルドから出て帰ることにした。
「……町の中を歩かせるなって、あんな酷いこと言わなくてもいいじゃない」
ムスッと不機嫌になりながら町の外へと向かう。その間も町の人達の畏怖の念がこちらへと向けられるが、視線は他所へと向いている。まぁ、仕方ないことだ。誰だって呪いの目を見たくはないのだから。
でも、カトブレパスの目を封じたり、目を潰すだなんてしたくはない。そんなことしなくても、彼はちゃんと注意してくれる。話せばわかってくれる魔物なんだ。
従魔になったっていうのにそれでも理解を得られないのは少し悔しかった。
『なぜお前が機嫌を悪くするんだ』
「だってカトブレパスのことを悪く言われるんだよ。自分達だって武器や魔法を使うのにただ邪視を持ってるだけでカトブレパスを嫌うんだから」
『別に人間に好かれようとも思わなければ元より人の多い場所は好かん。これ以上町に行くなんてないだろうし、頼まれてもこっちから願い下げだ』
「カトブレパスが気にしなくても私は気にするんだけど……」
『小物がなんと言おうと構わん。騒々しくさえなければそれでいい』
カトブレパスはあまり気にしていない様子。強者故の余裕なのだろうか。羨ましい限りである。
「ここが私の家だよ」
しばらくして町外れにある自宅へ辿り着き、ドアを開けてカトブレパスを中に入れようとしたところでハッと気づいた。
カトブレパスが大きすぎて玄関に入ることさえ出来ない!
「……しまったなぁ」
『フン。人の住処は物が溢れているのだろう。邪魔くさいから外で十分だ』
「え、でもそれじゃあ悪いよ……」
『何を言ってる。私は元々外で暮らしていただろう』
確かにカトブレパスは森に住んでいたし、オルールの森に来るまでは違う場所を拠点にしていたのだろう。魔物は外で過ごすのが普通ではあるけど、従魔になったのだから屋根のある場所で快適に過ごしてもらいたい。
「それにしてもカトブレパスはずっと私と一緒で煩わしくない? あれならオルールの森の生活に戻っていいんだよ。従魔になったから討伐される心配はないんだし」
従魔は基本的に契約した人間の傍にいるのが当たり前。しかし、それは下級魔物の場合である。
彼のような中級、また上級レベルになると人間の生活は息苦しいものになるので、人間を襲わないように躾された魔物ならば従魔になる前の生活を送ることも可能だ。
まぁ、上級レベルの従魔ってそもそも少ないから人と上手く生活しているのかは謎である。
その昔ドラゴンを従魔にした人もいるという伝説もあるが、災害級の魔物をどうやって手なずけたのやら。
……と、私と一緒に生活する前提での話をしてしまったが、彼は元より森に帰るつもりだったのかもしれない。
『町中ならばそうしていたが、ここならまだ静かに過ごせる。譲歩してやろう』
「森とは違って嫌じゃない?」
『確かにここは吹きさらしで木々も少ないが住めなくはない。それに契約したのだから尚のことお前が逃げんように見張らねばならんしな』
「逃げないのに……」
信用がないのだろうか。私の返事を聞いても無視して彼は家の傍にある大きな木の下でその身を休めた。
オルールの森だと沢山の木が生い茂っているから雨風など少しは防げるんだろうな。でも、家に入ることが出来ないのだからやはり小屋のようなものは必要だろう。
今の時期なんて暑くて大変だろうし、冬場は冷えてくるのでカトブレパスが傍にいるのなら彼の家は必須である。
「ちゃんとカトブレパスの小屋も用意するからね!」
『そんなものはいいからクリームを寄越せ』
「はい……」
住む場所を提供することを宣言したというのにカトブレパスは自分の家に興味を示す様子はない。まさか信じていないとか?
しかし、生クリームを所望する彼のために私は従い、木陰で休むカトブレパスをそのままにして家に入る。
従魔だけど力関係は私の方が下なので大人しく彼の望むものを用意しようと勤しむのだった。
せっかくだから生クリームをこしらえるついでにスイーツも作ろう!
レシピブックを出して、ページを捲っては本日作るスイーツを探す。そしてピンと来たのが生キャラメルのレシピだった。
よし、今日はこれにしようと材料である生クリーム、砂糖、バターを準備する。
鍋にバターと砂糖を入れて火にかけながらかき混ぜ、茶色っぽくなってきたら火を止めてさらに混ぜる。
そして生クリームを少しずつ投入し馴染んできたら再度火をつけて、混ぜながら煮詰める。
そのあとは防乾燥シートを敷いたパットの上に流し込み、粗熱を取るためにクーリングの魔法をかけて固まってきたら完成だ。
きつね色の一口サイズにカットした生キャラメルを一つ摘んで早速口の中に入れると、柔らかく滑らかな口当たりで生クリームのミルキーな味がしてなんだか柔らかいキャンディーのようだ。
「ほっぺが落ちる……」
========================================
レベルアップしました。デトックスを覚えました。
========================================
軽快な音と共に浮かび出されるレベルアップ画面。そこには無属性魔法であるデトックスの文字が表示されていた。
デトックスとはつまり解毒。毒を取り除くことが出来る魔法だ。
========================================
・デトックス
有害となる物質を取り除くことが出来る。
========================================
やはりそうだ。イメージ的には毒のみを取り除くのかと思ったけど、有害となるものならなんでも取り除けそうである。
例えば……痺れ花の花粉につく麻痺要素を取り除いたりとか。
確か、痺れ花から採取出来る痺れ粉はほんの少量なら料理に使われるし、麻痺作用を取り除けば痺れ粉から膨らまし粉にも変わるので多様性がある。
膨らまし粉はスイーツ作りにも使い道があるから一度痺れ粉からデトックスを使ってみてもいいかもしれない。
普通に購入出来るとはいえ、魔法を使えばタダで手に入るのだから使わない手はないだろう。
「……ハッ! そうだ、生クリーム!」
生キャラメルに夢中になり、ようやくそこでカトブレパスの注文していた生クリームを思い出した私は慌てて残りのカトブレパスの乳を全て使って生クリームにする。
ハイスピードの魔法でハンドミキサー顔負けの素早さを得たかき混ぜのおかげですぐに完成することが出来た。
急いでカトブレパスの元へボウルごと持って行けば、彼は身体を休ませたまま規則正しい呼吸をしていたので寝ているのだと気づく。
目が見えないから目が閉じてるのかもわからないけど、私が駆け寄っても反応がないので恐らく寝ていると思われる。
とりあえず出来上がった生クリームをカトブレパスの顔近くに置いてあげると、ピクッと鼻が動いた。
匂いは敏感なのか、垂れ下げていた頭が少しばかり上げたのでお目覚めのようだ。
『……遅いぞ』
「ご、ごめんね。スイーツも一緒に作ってたから」
『フン。まぁ、用意したのならいい』
そう言うとカトブレパスはすぐに生クリームを口にした。舌で舐め取りながら。それでもその一口は大きいため数分もしない内に生クリームのボウルは空っぽになってしまった。相変わらず早い。
「あ、そうだ。生キャラメルはどうかな? こっちもカトブレパスのミルクを使ってるんだよ」
先程食べたばかりの生キャラメルを取り出すと、彼は器用に舌を長く伸ばし、一粒絡め取って口に含んだ。
『変わった食感だな。悪くはないが、やはりクリームが一番だろう』
どうやらカトブレパスは自身のミルクで出来た生クリームが一番だと思っているのかもしれない。確かにクリームのままでも美味しいからその気持ちはよくわかった。
「こんなに近くで暮らすようになったからカトブレパスは毎日生クリームを食べられるよ」
『……餌付けした気になるなよ』
そうは言うものの、彼の尻尾が嬉しそうにぶんぶん振っている様子が見えたのでちょっとだけ可愛いなぁと思ってしまった。




