レモンスフレと新しい名前
数日後、冒険者ギルドから速達のお手紙が届いた。従魔管理リングが仕上がったのでギルドで受け取りをするようにという内容。
早速取りに行かねばとすぐに冒険者ギルドへ向かい、フロワさんのいる受付へと足を運ぶ。……いつもいるような気がするけど、ちゃんと休んでるのかな。
「こんにちは、フロワさん。リングを引き取りに来ました」
「あぁ、こんにちはイル様。早速ありがとうございます。こちらが従魔管理リングとなります」
目の前に置かれたのはカトブレパスの前足に合わせた特注のシルバーリング。つる草の模様が掘られているみたいで見た目では位置探知の魔法がかかっているとは思えない。
「必ず外すことのないようにお願いします。装着することで従魔の魔力を検知してますから外すと行動管理履歴にも残りますので」
「わかりました」
なかなか管理が厳しいなぁ……。従魔になる魔物はこんなにも管理されるものだったなんて。せっかく従魔になってくれたカトブレパスに申し訳ない。……世間的な立場は逆とはいえ。
「そしてこちらが従魔管理リングのお支払い代金となります」
そう言ってフロワさんは請求書をそっと差し出した。……えっ。このリングのお金はこっち持ちなの?
無理やりリングを付けろって言って来るのだから、てっきりタダでくれるのかと思ってたんだけど……そっか、そうだよね。魔法付与してるわけだし、そんな美味しい話はないか。
半ば諦め気味で差し出された請求額を見ると十五万ゴールドと記載されて思わず「うっ」と声が出てしまう。
「随分と……お高いんですね……」
「オーダーメイドでもありますからね」
「……あの、分割出来ますか?」
「かしこまりました」
月払いが出来るようで安心した私はそのまま分割手続きをしてもらい、ようやくリングを受け取ることが出来た。
しかし、これはなかなか痛い出費である。せっかく生活に少しばかりの余裕が出来たと思ったらまた切り詰めなければいけない。……これも不運だからなのかな。
軽く溜め息をついて冒険者ギルドから出ようとすると周りの冒険者達の視線がこちらへと注いでることに気がついた。
みんなひそひそと何かを話してるみたいで、耳を澄ませてみれば「カトブレパス」「従魔」「マジか」というような単語が聞き取れる。
……ヤバい。目立ってる。これ、もしかして顔も覚えられてるのでは?
こんな目立ち方したくなくて、逃げるようにギルドから出た私はベーカリー・リーベへと駆け込んだ。
店番をするリリーフに冒険者ギルドでの話を聞いてもらうと、訝しげな表情で何を今さらとぼやくように呆れられた。
「町の中であんな大きな魔物を引き連れたら誰だって目を向けるし覚えられるわよ。それに新聞にだって載ってるんだから」
「新聞っ!?」
えっ! 何それ! 初耳なんだけども!? そんなふうに驚く私に証明しようと、リリーフは住居である二階に上がってしばらくしてから新聞を持って降りて来た。
見せてもらったのは私がカトブレパスを従魔登録をした翌日の新聞。つまり数日ほど前のことだ。
そこには私とカトブレパスのモノクロ写真まででかでかと掲載されていて『討伐対象のカトブレパスを従魔にする女性現る!』という見出しが出ていて凄く恥ずかしいし、長々とした記事が書かれている。
討伐依頼をした流れから実際にカトブレパスと対面した冒険者のインタビューなどてんこ盛りで間違いなくこの日の目玉となる内容だった。
「こ、こんなことになってたなんて……私の顔まで晒されてる……」
「スタービレ内しか発行されないものだから良かったんじゃない? ……まぁ、時間が経てば王都新聞に載ってもおかしくない内容ではあるけど」
それは困る! 凄く困る! だって元々はカトブレパスってCランクの冒険者が対応出来る魔物であって、ギルドが普通より危険性が高いと判断しBランクの討伐依頼を出したら、現場に向かった冒険者の話によりB以上だろうって言われたんだよ!
そんな魔物を従魔にさせたっていう話があちこちに広まってしまったら……「何か危険な魔物が出現したらあの人に任せよう。Bランク以上のカトブレパスを従魔にしたんだし」みたいな生贄にさせられる!
私が彼を従わせたのではなくて私が彼を従う形の従魔契約だから勘違いしないで!
「私が従わせたわけじゃないのに……」
「世間はそう見えないわよ。……でも、全くあんたの言うことを聞かないわけでもないでしょ?」
「お願いは聞いてくれるみたい」
「……多かれ少なかれ従魔の役目は果たしてるみたいね」
「元々根が優しいんだと思うんだよね」
カトブレパスの食事にしても私が用意する生クリームやスイーツ以外は自分で動物やら魔物やらを狩って食事するらしく、私がお肉を出しても「そこまでの施しはいらん」と言われるくらいだ。
おそらく彼なりに遠慮をしているのだろう。食事代がかからないのはジリ貧になる私にとっては有難いことである。気を遣わせて申し訳ない。
「まぁ、大きな問題にはなっていないみたいで安心したわ。あたしだってカトブレパスを連れて歩くイルを見たときはびっくりしたんだから」
「あはは……驚かせてごめんね。私が一番驚いてはいたんだけど」
何日か前にベーカリー・リーベに訪れた際にはリリーフから質問攻めだったしなぁ。「あのカトブレパスは何っ? 従魔が出来たって本当なの!?」って詰め寄られてしまったし。
「あ、そうだ。昨日ね、レモンスフレを作ったからまたクラフトさんと食べて」
リリーフとクラフトさんのお裾分けを思い出し、アイテムバッグからレモンスフレを取り出した。
軟質小麦粉、バター、砂糖、レモン、牛乳、卵の材料で作ったもので、鍋に軟質小麦粉とバターに火を通し、砂糖を入れて溶けてきたら牛乳を混ぜる。
絞ったレモン汁と削ったレモンの皮も加え混ぜたら卵を卵白と卵黄で分け、卵黄を投入してまた混ぜていく。
卵白は別のボウルで泡立てて、砂糖を少しずつ加えながら混ぜたらレモンスフレ生地と合わせる。
そしてマグカップに入れてナイフなどで生地を真っ平らにし、指でカップの淵に沿って溝を作ってから天板にはお湯を張り、予熱で温めたオーブンで焼けば完成。
ふわふわでしゅわしゅわの爽やかなレモンスフレを食べて覚えたのは風魔法であるウィンドカッター。攻撃技だった。
攻撃技はあまり覚えたくないんだけど、自衛のためには必要ではあるのだろうね。……でも、それなら防御系の魔法にしてほしいところだ。いや、我儘は言っちゃいけないか。
「ありがとう、いい匂いね」
「出来立ての状態をアイテムバッグに入れて来たからね」
「じゃあ、早く食べなきゃ。休憩するからイルも付き合って」
「うんっ」
リリーフが誘ってくれたため、上の住居となる彼女のお家で休憩を共にした。
レモンスフレも美味しそうに食べてくれたし、クラフトさんも私が帰るときに「美味しかったぜ」と言ってくれたからウキウキ気分で買い出しをし、帰宅するとすでに大工さん達が家の隣に建てる牛舎建設を始めていた。
カトブレパスはいつもの木の下に身体を休めていて、私が帰って来たのに気づくと伏せていた重たげな頭をゆっくり上げ、私に視線を向けている……と思われる。
「ただいま、カトブレパス。大工さん達が来てくれたんだね」
『……しばらく騒々しくなるのか』
「一ヶ月くらいかな」
『そのくらいなら我慢してやろう』
「もし時間がかかったらどうしたの?」
『森に避難する』
「実家に帰る所だった……」
でも、ひと月我慢してくれるのなら結構気長ではあるよね。そう思ったら『クリームはいつもの倍を寄越せ』と言われたので大人しく「はい……」と従った。
そして受け取ったばかりの従魔管理リングをカトブレパスの右前足に装着させてもらった。サイズも問題なくピッタリだったので、オーダーメイドなだけある。
「そういえばカトブレパスは名前とかないの?」
『いきなりなんだ?』
「だって、せっかく従魔として契約したのにずっとカトブレパスって呼ぶのもあれかなって」
『……名前なんぞとうに忘れた』
一応、名前はあったらしい。本当に忘れてしまったのだろうか。カトブレパスってそれだけ長生きする種族なのかな? でも、せっかくあったのに名前を呼べないのは残念である。
『不便ならお前の好きに呼ぶがいい』
「私が名付けていいの?」
『つまらん名をつけなければな。酷ければ丸呑みするぞ』
ひぇ……相変わらず脅しを入れてくるなぁ……。私、名前のセンスなんてないんだけど、下手したら私の人生がここで終わる可能性が十分に有り得る。
腕を組みながらカトブレパスの名前を考えてみるけど、何がいいかな。
牛に似てるからギュー。……いや、邪視を使われそう。それならダークブラウンの毛色から文字を取ってダーウン。……これもいまいちかな。
「うーん……うーん……あっ、レスペクトってどうかな?」
『……悪くはないな』
「ほんと!? じゃあ、これからレスペクトって呼ぶね。お父さんの名前から取ったんだよ」
『私はお前の父ではないぞ』
「もちろんわかってるよ。尊敬するお父さんの名前を借りたの」
『そうか』
そういえばカトブレパス……いや、レスペクトには両親の話をしていなかったっけ。聞かれることもなければわざわざ話す機会もなかったもんね。
「私のお父さんとお母さんね、実は去年落石で亡くなってて……だからこの家は私しか住んでないの。この家って町から離れてるせいもあって、あまり人と交流もそんなにしてなかったから頼れる人もいなくて最初は大変だったんだけど、助けてくれる人達がいてくれてなんとかやっていけてるんだよね」
『一人で生きていけないとは人間は弱い生き物だ』
「うーん、一人で生きていけないから弱いんじゃなくて、弱いからこそ支え合って生きる種族なんだと思うな。私なんてもっと弱いから色んな人達に助けられてる状態なんだけどね、もちろんレスペクトもそのうちの一人、いや一匹だよ」
『……お前は強くはないが弱くもない』
ボソッと呟くレスペクトの言葉はしっかり私の耳に入り、本当っ? と聞き返すが、彼はふいっと顔を逸らした。
『いいからクリームを準備しろ』
照れ隠しなのだろうか、それとも本当に要求しているだけなのか、それでも彼の言葉は少し嬉しいものだ。嬉しくなった私はレスペクトの頭を撫でながら「ちょっと待ってね」と声をかけて自宅に戻った。




