オレンジのババロアと日暮れ前のオルールの森
翌日、いつものようにペットのお世話業務をしっかりとこなしてからカトブレパスのいるオルールの森へと走った。
言語理解のスキルを得たため、動物達の言葉も理解したのだけど彼らの注文が多くて仕方ない。
私の言葉は通じていないけど、私が彼らの言葉を理解しているということはわかっているらしく、ご飯はあれがいいだの、もっとブラシで毛並みを整えてほしいだの、と沢山要求してくるのだ。
これだったら言語理解を得る前の方がまだマシだったのかもしれない……。そのため、今日は少し時間がかかってしまった。
しかし、急がなければ日が暮れてしまう。さすがに夜の森は恐ろしいし、道に迷う可能性だってある。夜行性の魔物は凶暴だって話も聞くから早く彼に会わなければ。
今日中にカトブレパスに会って生クリームを差し出さなければ私の命が危ないのだ。
一度命を絶とうとした身ではあるが、クラフトさんに助けられた命。さすがに無駄にはしたくない。
「はぁっ……はぁっ……」
顎に伝う汗を拭いながら森の中を入って、昨日彼と出会ったであろう場所へ急ぐ。
確かこの辺りだったはずだと思いながら近くを見回してみるが、あの大きなカトブレパスの姿はない。
「どこだろ……」
まずいなぁ……暗くなったら方向感覚がわからなくなる。声を上げたら来てくれるだろうか。
「カトブレパスーー!! 来たよー!!」
バサバサッと森の中にいた鳥が私の声に驚いたのか、次々に飛び立った。その音にこちらもびくりと身体を震わせたが、鳥だと理解するとホッと胸を撫で下ろす。
すると後ろから雑草を踏みしめる音が聞こえた。カトブレパスが来てくれたんだと振り返ると、そこにいたのはカトブレパスのような大きな牛の姿ではなく、殺傷能力の高そうな角を二本持つ黒馬であった。
「……ひぇ」
思わず息を飲む。まさかと思い、小声でアプレイザルを口にして鑑定する。
========================================
・バイコーン Lv.31
純粋を象徴するユニコーンの亜種とも言われ、相反する不純の象徴を持つ二本角の黒馬。ずる賢くあり、臆病である。
========================================
恐らく中級者が相手するレベルだ。つまり私のようなレベル16ではかないっこない。
いやいや、まだ向こうは私を敵対してると決まってはいない。臆病でずる賢いのなら私から逃げようとするかもしれないし……。
『久々にメス肉が舞い込んで来たか』
あ、ダメなやつだこれ。そっか、そうだよね。自分より弱い相手にわざわざビビっちゃう必要もないもんね……。
言葉がどこ不穏だし、もしかして肉食系っ!? 出会う魔物みんな肉食系ばっかりなのなんで!? ていうか、この状況絶対に襲われるやつだ! ど、どうする? 帰還の翼で強制退避するか、魔法をぶつけてみるか。うぅ、とりあえず魔法で怯ませて逃げよう……!
両手をバイコーンに向けて魔法を発動しようとしたそのときだった。
『去れ、二角獣』
「!!」
ぞわりと悪寒がする。一気に場の空気が凍りつくようなそんな感じだ。これは昨日も味わった重圧である。
「カトブレパス……」
バイコーンの後ろにはいつの間にかあの大きな牛がいた。威嚇をするような精神的にくるプレッシャーは黒馬に向けられたもののようだが、こちらにもその余波がくる。
目が毛深い体毛に隠れているためわからないけど、恐らく睨みつけているであろうカトブレパスに怯んだバイコーンは足を震わせながらその場から逃げ出した。
フン、と鼻を鳴らしたカトブレパスがゆっくりこちらへ歩み寄る。
『あんな小物に狼狽えるとは柔弱な人間だな』
「あ、はは。ありがとう、助けてくれて……」
『助けたわけではない。勘違いするな、女よ。取引のためだ』
「うん、それでも私にとっては助けられたものだから」
『能天気な人間め。そもそも来るのが遅い。取って食う準備をしようと思ったぞ』
「し、仕事で遅くなっちゃって……!」
まだ今日は終わっていないはずなのに食べる準備が早すぎるっ! もしかして日付が変わった瞬間に襲いかかるつもりだったとか……!?
『いいから早く例の物を出せ』
私の事情などどうでもいいと言わんばかりな彼の言葉に、慌ててアイテムバッグから生クリームの入ったボウルを取り出すと、餌をやるような気持ちでカトブレパスの垂れ下がる頭近くに恐る恐る差し出した。
彼は山盛りの生クリームに鼻を寄せて香りを確認する。別に毒とか仕込んでないよ……そんな度胸だってないんだから。そんなことをぼんやり考えていると、カトブレパスは舌を出してベロンッと一口舐めた。
『……なるほど、これが生クリームか』
「美味しい?」
『愚か者め。素材が良いのだ、美味くないわけがないだろう』
「ですよねー」
全くもってその通りでございますとも。本当にその生クリームは極上で天にも昇る気持ちでした。
カトブレパスはそのあともクリームを口にし、空っぽになるまで食べたのだった。結構な量だったんだけどな。やっぱり身体も大きいから沢山食べられるんだろうね。
「あ、そうだ。良かったらこっちも食べてみます?」
昨日作ったミルクレープの一カットを取り出してカトブレパスの前に差し出せば、返事を聞く前に彼は私の手から直接食べた。一口で。まぁ確かに彼からしてみれば一口サイズなのだろう。しかし豪快だ。
『……悪くない』
「良かったー! クリームが美味しいからさらにいい出来だと思うの。今日もミルクをいただいても大丈夫ですか?」
『好きにしろ』
やった! ミルクレープで使った以外の生クリームは全部カトブレパス用にあげちゃったからもうなかったんだよね。
一度ならず二度までも乳を分けてくれるカトブレパスに感謝の言葉を述べ、昨日と同じく乳搾りをさせてもらった。何気にこれが楽しい。
今回は一リットル瓶二本分頂きました。ちゃんとカトブレパスに確認して了承も得たよ。尋ねたわりにはそれっぽっちかと言いたそうに鼻で笑われたけど。
「今日もありがとうございました。またクリームに仕上げて持って来ますね」
『……また来るのか』
「あ、ダメでした? もしかしてもうミルクも頂けないんですか……?」
『勝手にしろ』
「はい!」
まだ昨日と今日しか関わっていないけど、彼は私が思っていたよりも怖い魔物ではなさそうだった。見た目と違って私のお願いも聞いてくれる。
本に書かれていた通りカトブレパスは大人しい生き物なのだろう。
「カトブレパスって優しいね」
『何を戯けたことを。お前は見窄らしい人間だからお前のような者にいちいち警戒すら抱かんだけだ。……忘れるなよ、お前のような小娘すぐにでも殺せるのだからな』
ずいっと彼の顔が寄せられる。物騒な言葉に思わず、ひぇ、と小さな声が漏れてしまった。確かに相手は魔物だし、ただの気まぐれで生かされてるのかもしれない。
それにカトブレパスは呪いがかかると言われている邪視を持っている。その目を見たらすぐに発動してしまうのだろうか? 目元は体毛で隠れてよく見えないけど、不思議と今はそんなものを持っているようには思えない。
なんとなく手を伸ばして毛深い彼の、人間で言う前髪らしきものを優しく撫でてみたが、すぐに顔を逸らされてしまった。
『触るな』
「あ、ごめんね? どんな目をしてるのかな~って思っちゃって」
『死にたいのか?』
「い、いえ……」
『早く帰れ。帰れなくなる前にな』
辺りが暗くなってきた。ただでさえこの森は昼間も薄暗いから完全に日が落ちると、さらに暗くなって歩くこともままならないのかもしれない。
「そうだね、早く帰らないと野宿になっちゃう……」
『人間、今度から夕日が沈む前には来るな。その代わり翌日いの一番に来ることだ。いいな?』
「心配してくれるのっ?」
『戯けたことを言うな。日が暮れるとさっきのような小物も活発になる。いちいちお前の面倒なんぞ見てられるか』
「……はぁい」
ごもっともです。あのバイコーンを小物扱いするのだから少なくともカトブレパスのレベルはバイコーンより上回っているのだろう。強そう……。
森から抜けられなくなる前にカトブレパスに別れを告げて、私は自宅へ帰ることにした。今日のスイーツは何を作るか考えながら。
「今日はオレンジのババロアを作るぞっ」
帰宅し、レシピブックと眺めた結果、オレンジジュースを購入してあったので今夜はオレンジのババロアに挑戦することに決めた。
少しずつ仕事も上手くいくようになったおかげで金銭的にも余裕が出てきたし、ほとんど空っぽだった冷蔵庫の中も今は色々埋まっているので嬉しいことである。
材料はカトブレパスのミルクこと生クリーム、牛乳、オレンジジュース、卵黄、スライム液、砂糖。
早速生クリーム作りからである。腕が悲鳴を上げる作業だ……そろそろハンドミキサーを買うべきじゃないかな。いくらするんだろ、お手頃なら買いたい。
氷水に当てながらガシャガシャと生クリームを掻き混ぜては息を切らし、掻き混ぜては息を切らしながらクリームを泡立てた。
小鍋には牛乳を沸かし、卵黄と砂糖を混ぜたものを少しずつ入れて混ぜていく。とろみがついたらスライム液を投入して、あとは火を止める。
そのあとはオレンジジュースを入れて、氷水を当てながら冷やし、泡立った生クリームを入れて混ぜていく。
ガラスのコップにオレンジババロアの元を注ぎ、冷蔵庫で冷やせば出来上がりである。
その間に夕飯をすませたり、お風呂に入る。風呂上がりにわくわくしながら冷蔵庫を開けて、ちゃんと固まってるのかを確認し、オレンジのババロアは完成だ。
スプーンで薄いオレンジ色をすくって、ぷるんとしたババロアを一口。
「ん! おいしー!」
爽やかなオレンジとぷるぷるとしたババロアがなめらかでとても美味しい。これはまたすぐにペロリとなくなってしまうものだ。
生クリームといえば本当にクリームが主役って感じなのにババロアにはあのふわふわしたクリームが主役には見えない。いや、生クリーム入れたんだけどね。ちゃんと乳製品の味もしたし。
でも、こんな使い方もするんだね、生クリームって。色々レシピがあるのも頷ける
========================================
レベルアップしました。カルティベーションを覚えました。
========================================
「カルティベーション?」
今回もちゃんとレベルアップと魔法を覚えたようではあるが、いまいちピンとこないものだったので首を傾げる。
一先ずどんなものか詳しく見てみよう。
========================================
・カルティベーション
土を耕してその土に栄養を与え、作物を育ちやすくさせる。
========================================
あ、これは農作業にぴったりな魔法だ。土を耕してくれる上に栄養まで与えるなんて……肥料を買わなくてもすむってことだね! 便利!
……って、耕作しないんだよなぁ。畑を作れって暗示なのだろうか。そこまで時間が取れるとは思えないんだけど。ううん……農作業の仕事の際に使ってみるとか?
鍬がなくても耕せるのはとてもいいんだけどね。でも、もう季節は夏だし暑いから大変そうだよね。今日はもう七月三日だし……ん?
「七月三日!?」
そこで私はハッと思い出した。今日が三日なら明日は七月四日! ってことはだ!
「リリーフの誕生日だ!」
うっかりしていた。これはまずい、何も用意していない! い、いや、私にはスイーツが作れるし、何かお祝いのスイーツをあげたらそれなりに満足してくれるのではないだろうか?
それに単価の高い生クリームだってあるし、これはリリーフだって喜んで食べてくれるはず!
「睡眠時間を削ってスイーツを作らねば……」
友人の誕生日をすっかり忘れていたので時間はあまりない。リリーフのために誕生日スイーツを作ろうとした私は急いで準備を始めた。
その日就寝出来たのは真夜中になってからだったけど。




