ミルクレープと森のカトブレパス
今日はお仕事がお休みなので一日使ってカトブレパス探しを始めたいと思います。
帰還の翼に回復アイテムの準備も引き続きオッケーなので今日は森の中で探してみようと、魔物の住処のひとつであるオルールの森へと足を踏み入れた。
戦うことの出来ない人間は絶対に足を踏み入れることがない森で、戦えない者は死んでも文句が言えない。まぁ、魔物のいる所はどこでもそう言われるのだけど、私には魔法があるのだ。
この森は下級者から中級者向けの冒険者にはぴったりらしい。つまり、初心者の私でも頑張ればなんとかなる、はず。
草木の匂いが強い森の中は不規則に木が立っている。細い木もあれば大木もあちこちにあり、奥には木々達が密生しているため森の先がよく見えない。
上を見上げれば沢山の緑に覆われて、まだ明るいはずの空は半分も塞がれているため、昼前にしてはどこか薄暗い。しかし、僅かに入る陽の光が綺麗で洗練された光景に見えた。
とはいえ、静かである。もう少し他の冒険者が来てたりするのかなとも思ったけど、そうでもなさそうだ。
聞こえるのは鳥の鳴き声、風で揺れる緑の音。時折、魔物のような低い唸り声も聞こえて、それには肩がびくりと飛び跳ねた。
「……アプレイザル」
視界に入るものを全て対象として無属性魔法の鑑定を発動。目の前に現れるウィンドウ画面には沢山の情報が映った。
どうやら視界に入るものは全て木や植物などの名前で、魔物らしき名前がないのでこの近くにはいないようだ。
あれ? そういえばもっと詳しい説明が見れるはずだったのに、名前しか出てないや。鑑定の対象を広げたから省略されたのかな?
画面に映る植物の名前を見ていると、ふと気になった名前があったので、試しに指でポチッと押してみると、さらに詳しく書かれた説明文が表示された。
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・痺れ花
膨らんだ蕾の中に痺れ粉が入っていて、それに触れた箇所は一時的に麻痺する。
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ご丁寧に写真まで載っけてくれている。まるで図鑑のようだ。
まぁ、痺れ花とはメジャーな花で学校でもほぼ初めに習うほど認知度の高い植物。蕾に痺れる粉が蓄えられていて、その量は大したことないのでうっかり触れても数十秒もしないうちに解放される。
まぁ、大量に浴びてしまうと痺れ粉を吸ったりもするので身体中に痺れが回り、長時間麻痺してしまうから大変ではあるが。
……なぜ詳しいかというと荷馬車に積んでいた痺れ粉の沢山詰まった袋が不良品だったのか、運悪く裂けてしまい、たまたま傍にいた私が大量に浴びる事件がその昔あったのだ。
思い出すのも恐ろしい……おかげで身体中に回る痺れに数時間も苦しんだのだから。
とはいえ、痺れ花は使えるかもしれない。沢山取って痺れ粉をかき集め、万が一のことがあったときに魔物に使ったりすると効果があるだろう。
そう考えた私は所々生えている痺れ花を摘んではアイテムバッグに収納した。
もしかしたら価格は安いかもしれないが、これも冒険者ギルドで売れたりするだろうか? 一応、多めに取っておこう。
そうやって痺れ花を採取しながら森の奥へと進んでいく。
「……魔物、全然いないなぁ」
カトブレパスどころか他の魔物らしき姿が見えない。下級者から中級者レベルの森だから生息してる魔物の数自体が少ないのかもしれない。
「魔物と鉢合わせしなかったせいで随分と奥まで来ちゃったかも……」
辺りを見回した瞬間、背後からぞくりと酷い悪寒を感じた。同時に私のではない何かの足音が聞こえる。人の気配のようには思えないが、初めて感じるプレッシャーだった。
「……っ」
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには黒に近いような茶色の体毛を持った牛のような姿が。頭は重いのか垂れ下がっていて、頭部は毛深く目元が隠れてしまっている。
本で見た絵と外見が一致していたあの魔物こそがカトブレパスだ。しかし、しかし、だ。その身体は普通の牛よりも二倍、いや三倍はあると思われる大きさだった。
イラストで見ただけなので、身体の大きさまでは把握してなかったものの、こんなに大きいものだったのか。
家畜として飼ってる人もいるからてっきり普通の牛と同じくらいだと思っていたが、これは大きい。
それに加えて彼? いや、彼女? から向けられる精神的な重圧は相当なものだ。アルミラージには感じなかったものなのだから。
思わず恐怖で腰が抜けてぺたん、と座り込んでしまった。
『人間の中でもさらに脆弱だ……』
低い男性的な声。恐らくカトブレパスからと思われる。
『好奇心で森に入った愚か者め。腰を抜かす暇があるなら早く失せろ』
カトブレパスが少しずつこちらに近づいてくる。もしかして、私殺されるのでは? 早く逃げなきゃ……でも、せっかく目的の魔物が現れたんだ。まずは話が通じるか確認してみないと。
「あ、あのっ……好奇心とかではなく、お願いがあって、あなたを探しに来ましたっ」
『……。脆弱な娘、私の言葉がわかるのか?』
「は、はい。言語理解のおかげで……そちらも私の言葉がわかるんですね?」
『私と同じスキル持ちか』
どうやら相手も言語理解のスキルを持った魔物らしい。言葉が通じるのなら話が早い。
「それで、あの……私、実はカトブレパスのミルクが欲しくて……。生クリームを作りたいんです」
『……』
カトブレパスは答えることなくゆっくり歩み寄り、私との距離を縮める。そして彼の目の見えない顔が目と鼻の先まで近づくので、ひっと息が止まりそうだった。
まるで捕食されそうな獲物の気持ちだ。というかカトブレパスって人間を食べるのだろうか。……もしかして、これはかなり危ない状態なのでは。
そう考えると恐怖で私は小さく震えてしまう。
『人は我らの乳でクリームを生産するという話は知っている。しかし、それがどんなものかは私は知らん。だから娘よ、乳をやる代わりにそのクリームを私にも差し出せ』
「え、えっと……はい」
思いもよらない要求に私は混乱してしまった。しかし、ここはイエスと言わなければいけない雰囲気なのは嫌でもわかる。
『ならば私の身体に触れることを許そう。搾乳するがいい』
そういうと彼は顔を引いてミルクを分けてくれる許可を出してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
カトブレパスのミルクが頂けるのだと安心してアイテムバッグから牛乳用の空の一リットル瓶を取り出した。
彼のお腹へとしゃがみ込むと、やはり身体が大きいせいか私がしゃがんでもそのままお腹の下に潜り込めるくらい腹の下はゆとりがある。……このまま押し潰されたらジ・エンドではあるが。
恐る恐るぶら下がる乳を掴んで、その下には瓶も寄せる。牛の乳搾りと同じような要領で上から下へと握り込むと、白乳液が瓶の中に注がれた。
カトブレパスはオスもメスもミルクを出すことが出来るとは聞いてはいたが、半信半疑ではあった。しかし、恐らくオスと思われる彼からミルクが出たので魔物って凄いなって思ってしまう。
しばらく搾らせてもらい、一リットル瓶分たっぷりと満たせてもらった私はカトブレパスの腹の下から出た。
「ありがとうございますっ! 有難く頂きますねっ」
『それだけでいいのか』
「え? あ、はい。とりあえずは」
『先程も言ったが、明日までにそのクリームを持って来い。お前の匂いは覚えたからもし約束を違えた場合、お前を探して頭から食ってやるからな』
ひぇ、と声が出てしまう。やっぱり人間食べるんだ……。
こくこくと冷や汗を流しながら何度も頷いて、私は一旦彼と別れた。
とても恐ろしい魔物だったけど、ミルクを入手することが出来たのはとても嬉しいことだ。これでスイーツのレパートリーも増えるだろうし、早速家に帰ったら生クリームを使ったスイーツを作ろう。
自宅に帰った私は本日作るスイーツを探すためレシピブックを開いた。生クリームを使うものは結構多いので手元にある材料で作れる物を探す。
そして選んだのはミルクレープであった。
材料は軟質小麦粉、卵、牛乳、バター、塩、砂糖、生クリーム。
まずは卵をといて、バターを溶かすためにヒートを使って液体状にする。
軟質小麦粉と砂糖、塩をふるいにかけて卵とバターを入れて混ぜていく。その後、牛乳も少しずつ加えながら混ぜて少し寝かせておいたら生地はオッケー。
フライパンにバターをひき、お玉一杯分の生地を熱したフライパンの中央から注ぎ、薄く広げて焼く。
裏もひっくり返して焼けば一枚のクレープが完成だ。それを何度も繰り返して十二枚ほどの生地を作る。
そして生クリーム作りに入った。冷やしておいたカトブレパスのミルクに砂糖を入れて、ボウルの底にアイスとウォーターで生み出した氷水を当てながらひたすら泡立て器で掻き混ぜる。
そう、マシュマロを作った際のメレンゲのときのような大変な作業と同じだ。
ただただ混ぜていく。何度も何度もガチャガチャと。やはりハンドミキサーが欲しいなぁと思いながらも混ぜ続けていくと、ようやく液体状だったものがクリームに変わっていく。
「これがあの生クリーム……」
泡立てた石鹸やシャンプーとは違う存在感。洋菓子店でよく並ぶショートケーキと同じ輝きだ。
泡立て器についたクリームを手の甲に垂らしてペロッと舐めてみた。甘いクリームは口の中ですぐになくなってしまうが、どことなく上品な味がして美味しい。さすがお高い食材なだけある。
「あとは重ねていくだけだね」
クレープの上に生クリームを塗っては広げて、クレープを被せる。その繰り返しで層を作り一番上になる生地を乗せたら完成だ。
「ミルクレープの出来上がり!」
クレープと生クリームを重ねただけとはいえ、ケーキのようにワンホールあるのだ。食べ応えがありそうである。
包丁でカットすると、断面図は生地と生クリームの綺麗な層が出来ていて気品すらあった。
お皿に取り分けて、フォークを用意し、実食開始。
クレープと生クリームが凄く合う。シュガーバタークレープも美味しかったけど、生クリームに変わるだけでスイーツ度が増している。
これは入手困難でもおかしくはない。それだけの価値があるし、富裕層しかなかなか口に出来ない代物なのも納得出来る。
とても、とても美味しい。生クリームってこんなにも美味しいだなんて。
リリーフにもクラフトさんにもレイヤにも食べさせたい。これは一人で食べるには勿体ないものだ。
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レベルアップしました。ヒートレジスタンスを覚えました。
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恒例のレベルアップ画面が表示される。どうやら今回は火魔法のようだ。やっぱり火や水魔法は便利なものが多いので覚えると嬉しいなぁ。
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・ヒートレジスタンス
熱を感じることのない耐熱性の防御膜を張ることが出来る。
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覚えたばかりの魔法の詳細を見ると、耐熱魔法のようで何に使えるかなと考えてみた結果、オーブンから取り出すときにミトンをしなくても取り出せるのではないかという凄いことに気づいた。ミトンをしてても熱いときあるしね。
「でも、せっかくだから何かで試したいなぁ……」
何かないかなと辺りを見回すと、紅茶を入れる際に温めていたポットが目に入る。まだ直接触るには熱いはずなので一度これで実験してみよう。
「ヒートレジスタンス」
自分の手に耐熱魔法をかけてみる。見た感じではよくわからないけど、目を凝らして見れば本当に薄く透明な膜が張っているように見えた。
恐る恐るポットへと手を近づける。仮に失敗してもちょっとだけ熱っ! ってなるだけだし。
ぴとっ。
「……熱くない」
本当に熱を感じない。もしかして冷めてしまったのではと思いポットの蓋を開けると、中から湯気が出たのでどうやら熱湯のままのようだ。
これならオーブンに直接手で触れるわけだ! 凄いねっ! 最初はドギマギして怖気ついちゃいそうだけど。
よしよし、今日もしっかりとスイーツも作れたし、ゆっくりしよう……と思ったことで私は思い出した。
カトブレパス用の生クリームを作らねばということを。
「……またあの掻き混ぜる作業をしなきゃ」
結構腕がしんどくなるんだけど、生クリームを用意しなければ頭から食べられてしまうので自分の命のためにも私は再び腕を動かすことにした。




