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小豆の甘納豆と一時の別れ

 その日もペットのお世話をする仕事をこなした帰り。そういえばとふと思い出した私は夕飯の買い出し前に誰にも見られない狭い路地裏に身を潜ませた。

 新しい魔法を覚えたのに確認をしないまま、それを今思い出したので確認するためである。

 基本的にギルドに行かないとステータスを見ることが出来ないので人前でそれを開示したらきっと大騒ぎになるだろう。そのため隠れながらステータスを開くしかないのだ。


 新しい魔法を得たのはこの前クラフトさんとリリーフのお家で夕飯をご馳走されたとき。お呼ばれしたなら食後のデザートも作って持って行こうとスイーツを作った。

 クラフトさんの亡くなった奥さんが使っていた物で、もう使うことがないだろうということで譲ってもらったタルト型を使用したアップルパイ。

 アップルパイを食べてくれたクラフトさんは確かに美味しいと言ってくれたし、なんなら奥さんの作ったものより美味いとまで口にしてくれた。

 凄く嬉しい言葉だったのにその表情はどこか懐かしむ様子で、美味しさでは勝っていたのに敗北感が強かった。


「はぁ……」


 ため息を吐きながらその日に食べたアップルパイで覚えた魔法を確認する。あの日はクラフトさんの感想が聞きたくてレベルアップを知らせる画面は出たけどすぐに閉じさせてもらったのでしっかり確認していなかった。

 どうやらアップルパイで覚えた魔法はウォーターランス。説明によると水の槍を放つことが出来るとのこと。

 ……とても物騒な魔法だ。言わずもがな攻撃魔法なんだろうけど、この調子だと攻撃魔法を沢山覚えてしまうような気がする。

 どうせそんなに使うことないから攻撃魔法はいいかな……。身を守る程度の攻撃魔法で十分だから、もうファイアボール覚えてるし。

 うっかり攻撃魔法を口にしないように気をつけなければと誓って本日の買い物をすませて帰宅する。


 夕飯にポトフを作ってレイヤの帰りを待つ。彼はいつか王都に行ってスイーツの食材を探すと決めたようで、せっかく一人だけの家じゃなくなったと思ったばかりだから寂しく感じてしまう。

 レイヤに目標が出来たことは喜ばしいことなんだけど、自分の寂しさのために彼を引き止めるのは一番良くないことだろう。


「ただいま」

「おかえり、レイヤ!」


 とにかく今はレイヤが旅立つまで一日一日を大事にして━━。


「イル。俺、明後日旅立つことにする」

「……えっ?」


 思っていたよりも彼が出て行くのは早かった。驚きのあまり目はぱちくりとしていたのかもしれない。私が考えてたのはせめてあと一ヶ月、いや半月はいるものだと思っていたから。


「は、早いんだね?」

「明日でちょうど仕事の契約期間終了である一ヶ月経つからちょうどいいんだ」

「契約更新の話はされなかったの?」

「あぁ、二つともされたんだけど、キリがいいし、王都に行くと決めたら早い方がいいと思って」

「そっかぁ……」


 急ではあるけどレイヤがそう決めたのなら私は応援するし、そもそも私のスイーツ作りに協力してくれるためでもあるから有り難さと申し訳なさを感じてしまう。


「じゃあ、しっかり準備しないとだね。王都と言ってもここからは遠いから着替えとか必要な物は色々あるだろうし」

「あぁ、そうだな。明後日までちゃんと整えておく」


 とりあえず明るくレイヤを見送らねば。悲しい顔をしてしまうとレイヤも戸惑うだろう。

 一先ず、夕飯を共にしてから王都への行き方をレイヤに伝える。お城で働くために勉強して毎年王都まで赴き、試験を受けていたので王都への行き方はばっちりなのだ。……試験はばっちりじゃなかったんだけどね。

 その後、レイヤがお風呂に入っている間に私はレシピブックを出して、ページを開く。


「……小豆を使うレシピを教えて」


 そう口にするとページは風の力を頼ることなく、ひとりでに捲り始めていく。相変わらず便利な機能だ。

 そして止まったページは小豆の甘納豆と書かれたレシピであった。

 レイヤが初めてイストワール様の力を使って手に入れた小豆がまだ残っていたこともあり、だったら彼の好きな食材を使ったお菓子を作ってプレゼントしたいと考えたのだけど、やはり見たことのないスイーツだ。それも彼の好きな和菓子と呼ばれる部類らしい。

 しかも、作り方を確認すると一晩置く工程があるため、出来上がるまで日数がかかるようだ。今から取りかかればレイヤの出発までには出来上がるだろう。


「よしっ」


 それならばすぐに行動だ。小豆を用意し、ウォーターを使いながらしっかり洗う。鍋に小豆と水と一緒に入れてからファイアで強火に調整して沸騰させる。

 小豆がクルクル動き出したら、水を投入し再度沸騰させてから湯をこぼした。被るくらいの水を注いだあとは途中で水差しをしながら煮ていく。


「……何か作ってるのか?」


 柔らかくなるまで煮ている間に風呂上がりのレイヤが尋ねてきた。せっかくだから内緒にしたいのでにこにこ笑いながら言葉を返す。


「出来上がってからのお楽しみってことで!」

「? そうか。じゃあ、覗かないようにしよう」

「うん、ありがとうー」


 水だけ飲んでからレイヤは鍋の中を見ないよう配慮しながら部屋へと向かった。

 長いこと煮ながら時折豆が柔らかくなっているか、指で潰した感触で確認していく。

 全体的に硬さがなくなってきただろうと判断し、小豆をざるに上げてから、鍋に水と用意していた砂糖のうち八割ほどを投入し沸かした。

 ざるに上げていた小豆を鍋に戻して、沸かした砂糖と水の汁に小豆を浸し、一晩置いて染み込ませる。

 一先ず今日はここまでだ。


 翌朝、再び小豆をざるに上げると、残っていた砂糖水に残りの二割の砂糖を加えてから煮立たせ、小豆を戻してまた時間を置くことになるのでお仕事に向かう。

 本日は犬が一匹脱走してしまう事件が起きたため、捕獲するのにかなりの体力と時間を要してしまったが、このくらいですむならまだマシなものであった。


 帰宅してから、甘納豆作りの続きをする。また小豆をざるに上げ、砂糖水を煮詰めて半分くらいかさが減ってきたら小豆を戻し、汁気がなくなるまで弱火くらいで煮詰め続けた。

 その工程が終わればあとは乾燥させるとのことなので、小豆をタッパーの上に散らしてから手をかざし、ウォーターアブソープションで徐々に吸水し、乾燥をさせる。

 汁気がなくなってきたら砂糖をまぶし、小豆の甘納豆の完成だ。


「それじゃあ、一粒だけ」


 出来上がった甘納豆を一粒摘んで口に入れる。柔らかくて甘く仕上がった小豆の甘納豆は前に飲んだ汁粉を一粒に纏めたような物にも感じた。そういえば作り方も似てる所があったもんね。

 甘くて美味しいし一粒じゃ足りないとも思ってもう一粒取ろうとしたが、残りは全部レイヤのだから慌てて手を引っ込めた。


========================================


レベルアップしました。クーリングを覚えました。


========================================


 一粒食べたのはレベルアップのため。お知らせの画面が目の前に出現すると、ステータスから魔法詳細を調べる。

 まぁ、調べずとも理解は出来るんだけど、恐らく冷やすことが出来る氷魔法だ。


========================================


・クーリング

冷却することが出来る。


========================================


 うん、やっぱり。でも、クーリングが使えるということは食材や料理をすぐに冷やすことが出来るので、とても便利な生活魔法だ。


「せっかくだから何か試してみよう」


 お湯の入った鍋を用意し、手をかざして能力全開をイメージし「クーリング」と呟いて魔法を発動してみた。

 魔法を使う手とは逆の手をお湯に入れて、その温度を体感で確かめてみると、お風呂ほどの温度だったお湯はどんどんぬるくなり、そして冷たくなる。

 おぉ、これはなかなかに早い。しかし、凄く冷たくなったきたので冷水となった鍋から手を抜いて魔法を止めた。

 するとピシッという何か割れるような音が聞こえる。あれ? 鍋にヒビでも入ったのかと思い、鍋を持ち上げてみるとヒビはなかったが別の異変に気づいた。

 冷水になったばかりの中身の水が不思議なことに揺れてる感覚がなかったのだ。重みはあるはずなのに。

 再度、鍋の中を確認すると、なんといつの間にかカチコチに凍ってしまっていた。元々お湯だったものがここまで凍るとは……。

 いや、確かにフルパワーでクーリングを使ってみたが、想像では冷蔵庫くらいなんだろうなと思っていたから、まさか冷凍庫ほどの威力が発揮するとは……。


「今度からはもっと繊細にイメージして使わなきゃダメだね」


 魔法の発動とは常にイメージをしなければならない。レベルが高くなればどんな魔法も強さを増し、それをコントロールするためにもイメージはしっかり保ちながら魔法を扱う。

 それが学生時代の魔法学で習った基礎であった。確かにレベルが低いときは限度も低かったが、生活する分には困ることではない。

 レベルが上がるのは有難いけどきちんと魔法のコントロールもしなければ大変なことになるだろう。気を引き締めよう。


「そういえば、レイヤ遅いなぁ……」


 鍋の氷をヒートで溶かしながら時計を確認すると、いつもならもう帰ってきているはずの時間だったし、例えどこか寄り道するにしても予め伝えていたレイヤが帰ってこないのは些か心配ではあった。

 いや、明日出発するから準備のため色々買いに行ってるのかもしれない。

 そう信じながら待つこと三十分。レイヤはちゃんと帰ってきた。


「ただいま。悪い、遅くなってしまったな」

「おかえり! 良かった、無事で。何かあったんじゃないかと思ってたから」

「あぁ、ちょっと買い物をしてて……これをイルに」


 そう言うと彼はポケットから何かを出して、私の前に差し出す。なんだろうと両手で受け取り、よく見てみるとレザータイプのブレスレットだった。中心には小さな深い青い石が埋め込まれている。


「これは……?」

「幸運をもたらすラピスラズリが埋め込まれたブレスレットだ。……まぁ、小さいし、安い物だから気休めにもならないかもだけど、世話になったお礼として受け取ってほしい」

「え、えっ! そんな、お礼なんて……! 私、そんな何もしてないのに!」

「お前がそう思っても俺としては随分と助かっているからな。ありがとう、イルのおかげでなんとか生きていられる」


 レイヤにはお礼しなくてもいいほど十分に手伝ってくれたのに。それなのにブレスレットのプレゼントまで……。


「私の方こそ……レイヤが家にいてくれるようになってから、家にいても寂しい気持ちがなくなったんだよ。だから、レイヤもありがとう。短い間だけど家に住んでくれて……あ、そうだ。私からもこれ」


 帰ってくるのを待っている間、甘納豆を袋に詰めていた私はそれを持ってレイヤに渡した。


「……これは、甘納豆?」

「そう! 小豆がまだ余ってたからそれだったらレイヤの好きそうな物がいいかなって思って」

「へぇ……」


 甘納豆を見つめていたレイヤが一粒手に取ってそのまますぐに食べた。美味しく出来ているだろうかと思いながらレイヤの感想を待つと、彼は何かを言う前に小さく笑う。数少ない自然に笑うレイヤだった。


「美味いな。これなら何個でも食べられる」

「良かった! 明日とかにでもおやつとして食べてね」

「あぁ……しかし、お礼をしたのにお礼返しされたみたいだな」

「いいんじゃないかな。私はレイヤにスイーツを渡せたし、レイヤも私にプレゼントをくれたんだし」

「……まぁ、イルがそれでいいなら」


 お互いに笑いあい、レイヤと過ごす最後の一日はいつも通りに過ごした。明日出発だなんて実感が湧かない。


 翌日の早朝。朝一に出発する馬車まで彼を見送ることにした。荷物が入った麻袋の紐を肩に引っ掛け、時間通りにやって来た馬車にレイヤは乗り込む。


「じゃあ、行ってくる」

「うん。また帰ってきてね」

「王都で見つけたらすぐ帰ってこれると思うけど、絶対また帰るよ」

「待ってるね、行ってらっしゃい」


 そう告げると、馬車はゆっくり動き出した。その場で手を振ってレイヤを乗せた馬車が見えなくなるまでずっと振り続ける。

 ……見えなくなったところで上げていた手はゆっくり下ろした。ちゃんと笑顔で見送れただろうか。

 とぼとぼ歩いて家に戻ると、また一人になってしまった家はレイヤが来る前と同じように広く感じてしまう。

 レイヤが使っていた両親の部屋に入ると、部屋の中は掃除をしてくれたようでしっかりと綺麗な状態だった。さすが真面目なレイヤだ。まるで最初から彼がいなかったような雰囲気だと思ってしまうほど綺麗である。


「……一ヶ月、あっという間だったなぁ」


 ぽつりと呟く。天井を突き破ってくるという奇妙な出会いではあったが、充実していた日々だった。

 腕に装着したレイヤからのプレゼントであるブレスレットを見つめ、また帰ると言っていた彼の無事を願いながら私も決心する。


「私もスイーツを沢山作ってレベルアップしなきゃ」


 使える魔法が増えれば色んなことに役立てるだろうし、スイーツも沢山作れるようになればレイヤ、リリーフ、クラフトさん達に沢山振るまえるから己も頑張らないと、と誓い、今日も一日不運にめげないように過ごす。


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