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キウイソースのパンナコッタと目覚めた隻眼少年

 カタッ。ほんの僅かではあるが小さな音が聞こえて目を覚ました私は寝たまま辺りを見回すと、隣で寝ていたはずのリリーフがいないことに気づき、トイレかなと思ったんだけど、布の擦る音が聞こえたので気になって眠い目を擦りながら身体を起こす。


「あれ……? リリーフ?」


 するとてっきりトイレに行ったのかと思われたリリーフが着替えていた。もうそんな時間? と思うもカーテンで隠れる窓の様子から察するにまだ夜の雰囲気だった。


「あら、起こしちゃったわね。寝てていいわよ。まだ日も昇ってないんだから」


 プニーと例の男の子が寝ているため彼女は気遣って小さな声で話しかけた。


「リリーフ……もう起きるの?」

「うちはパン屋だもの。朝は鶏より早いのよ」


 そりゃそうなんだけど、いつもリリーフの家で泊まるときの彼女はそんなに早起きじゃなかった。冬場の朝とはいえ、少なくともこんな真っ暗な時間に起きていなかったはず。


「……まぁ、最近はパパからパン作りを教えてもらってるのよ。だからいつもこの時間に起きてるわけ」

「そうなんだ。凄いね、リリーフ」

「パン屋の娘なんだから当然よ。だからあんたはもう少し寝なさい」

「え、でも、朝ご飯食べるでしょ? 私すぐに作るよ」


 昨日、居候させてもらう身としてちゃんとそのお返しをすべくリリーフとクラフトさんに自分の出来ること色々提案して話し合った。

 クラフトさんは遠慮していたけど、リリーフは働いて返してもらうつもりでいたのか、すぐに飲んでくれた。

 その結果、毎朝の朝食作りは全面的に私の担当となり、決まった時間にご飯を食べられるようにするのが私の仕事。あとは買い物と私の仕事が休みのときは配達も担うことにした。

 レイヤは掃除や洗い物、開店と閉店作業など。プニーは私かレイヤのお手伝いをするということになった……のだけど、リリーフが起きてるということはクラフトさんも起きてるわけだし、それなら早く朝食を取ってもらわなきゃと思い、私は慌てて着替えようとするがリリーフの手により再び布団の上に寝かされてしまう。


「あたしとパパはいつも先にいくつか仕込んでからご飯を食べるの。だからあと3時間後には食べられるようにしてくれたらいいわ。だからまだ寝てなさい」


 掛け布団を被せたあとでぽんぽんと叩き、寝るように促すリリーフにまだ眠気が残る私はそのまますぐに眠りに落ちた。


 次に目覚めたのは自分がセットした目覚ましが鳴ってから。窓はカーテンに遮られているとはいえその色は明るく、朝日が射しているということがよくわかる。

 しばらくボーッとしたが、リリーフに寝かしつけられたことを思い出すとすぐさま覚醒し、時計を確認した私はすぐに準備を始めた。


 その間も少年はまだ深い眠りについているようだった。


 プニーと一緒に朝ご飯の準備を終え、ちょうど決められた朝食の時間になった頃、階下からパンの仕込みに一段落ついたリリーフとクラフトさんにお店の開店準備として掃除などをしていたレイヤが上がってきた。

 ご飯を食べながらみんなの今日の予定を話したり、あとはリリーフから夕飯用の買い物メモを受け取る。

 もちろん、お世話になる間の材料費などはちゃんと折半するし、お風呂やキッチンなども自由に使わせてもらうことになったのでその分の使用する魔力はこのあと購入するひと月分の魔力を補充した魔法石を渡すことにした。もちろん私とレイヤの二人分の魔力分である。自分の魔法で補える所は魔法に頼るけどね。


 魔法石を持っている状態で水道や電気、ガスの主電源を入れると誰でも使用出来るけど、別に魔法石をわざわざ渡さなくても自分で使用するときだけ主電源を切り替えたら自分の持ってる魔法石の魔力を消費することが出来る。

 その場合一度主電源を切り、自分の魔法石を所持したまま再び電源を入れないと魔法石の使用者が交代にならないのでちょっと面倒だったりする。

 レイヤと暮らし始めたときは魔法石切り替え制にしていたけど、段々とそれが面倒になったので彼が旅から戻ってからは生活必需品である魔法石は交代で購入しようと決めて、魔法石切り替え制度は廃止にした。

 なので今回も切り替え制は早々に諦めて魔法石そのものを差し出すことをリリーフに提案したわけである。


 朝食後は各々仕事や作業に向かう。私は一度家を見守ってくれてるレスペクトの元へ行って搾乳し、パティスリー・ザーネへ。

 驚いたことに家に向かうと、私が魔法で出した落石と破壊された家が綺麗さっぱり撤去されてすでに家の骨組みに取り掛かっていた。え、早すぎる……昨日の今日、というかまだ朝なのにっ? これも魔法持ち大工さんがいるからなのか。あまりの早さに一ヶ月で完成すると言っていたドルックさんの言葉にも納得だ。

 レイヤとプニーは共に冒険者ギルドへ依頼探し。最近よくこの二人で活動しているからか、プニーがレイヤの従魔だと勘違いする人もいてよく驚かれるのだとか。

 確かに普通は従魔契約を交わした主人に従うものだからプニーが普通の魔物と少し違うのがよくわかる。……いや、彼の性格だからかな。素直だもんね。

 リリーフとクラフトさんはもちろん仕込みの続きからの販売。

 例の少年についてはとりあえず目を覚ますまで待つことにする。念のため、レイヤがギルドで行方不明の子どもがいないか尋ねてもらうことにしたんだけど、本当にあの子は何者なんだろう。


 例の子どもを心配しつつ、その日の仕事を終えてレイヤとプニーが迎えに来てくれたので共に買い物をこなした私達がリリーフ宅へ戻ると、リリーフがすぐに姿を見せた。


「ただいまー。リリーフ、買い物の確認を━━」

「イル。ひとまず部屋に来て。あの子が目を覚ましたわ」

「えっ!? ほんと!?」


 やっとあの子が目を覚ましたんだ! ずっと寝ているから大丈夫かなって心配だったけど、とにかく目覚めて良かった。

 レイヤとプニーも驚いた様子を見せるが、むしろレイヤは警戒しているようだ。それもそのはず、私とレイヤはあの子がダークドラゴンの可能性があると考えているから。

 とにかくそのことを頭の片隅に置きながらリリーフの部屋へと向かった。


 ガチャッと扉を開けたその先にはベッドから足を下ろして腰掛けた状態の少年が確かにいた。

 左目はやはり古傷のようで開くことは出来ない様子。あの隻眼ダークドラゴンと同じである。

 少年が私とレイヤの顔を交互に見ると、急に目が鋭くなった。


「~~っ!! ううっ! あうっ!」


 どうやら言葉を話せないのか、憎しみを込められたような呻きと眼差しと共に何か言いたげに私達へと指を差す。


「昨日診てもらった先生の話だと、解毒は完了したけど蜂毒の量が多かったからもしかしたら数日はどこか痺れるかもしれないって言ってたのよ。多分、顔の下半分のどこかに毒を受けて上手く話せないと思うわ」

「えっ……それってつまり、やっぱりこの子はあのダークドラゴンじゃ……」

「決めつけるのは……早いって言ったでしょ……」


 こそこそとリリーフに耳打ちをするがリリーフは納得しようとはしなかった。でもその言葉ははっきりするような物言いではなく、どこか迷いがあるような声色。

 口ではああ言っていたけどこの子の様子からしてリリーフも何となくそうなんじゃないかって思うようになったのかもしれない。

 ……そりゃあ、だって、レイヤもダークドラゴンの舌に思いっきり蜂毒の剣を突き刺していたから、痺れが残って喋りにくくなっても不思議じゃないし……。


「ううううっ! あううっ!!」


 ベッドから降りてきた少年が私達の元へ向かいながら、おそらく恨みつらみと思われる言葉を投げつけてくる。咄嗟にレイヤが庇うように私の前に立ち、彼の肩に乗るプニーも威嚇し始めた。それでも少年がご立腹な様子は変わらない。

 あの子が何を伝えたいのかわからないけど、物凄く怒っている様子を見るとやっぱりダークドラゴンなんじゃないかって少しずつ確信さえしてくる。そもそも会ったことない子にこんなに怒られること普通はないよっ?

 一方的に捲し立てられている? ような私達にリリーフは溜め息をつき、少年の手を掴んだ。


「とりあえずこの子に水を飲ませてからお風呂に入れてくるわ。代わりに夕飯をあんた達に任せるからお願いね」

「!?」

「あ、うん。わかった」


 少年がなぜそうなる! と言いたげな表情をするが、そんなことリリーフにしてみたらお構いなしなので、ダークドラゴンと疑わしき少年は彼女に引っ張られながら部屋を出て行ってしまった。

 リリーフに少年を任せて大丈夫なのかなと気になるところだけど、何となく今はそんな心配はないかなという謎の自信を感じる。

 ダークドラゴンのような魔力も迫力を感じないし……って、そう思うとやっぱりあの殺気を放っていたダークドラゴンとは別人な気もするけど人間の姿だからそう思うだけなのかな? ううん、わからない。せめて話せるようになるまで待たないといけないかも。


 ひとまずリリーフに頼まれた夕飯の準備ををレイヤとプニーと一緒に作ることにした。せっかくなので食後のデザートとなるスイーツも作ろう。






 スティック野菜とバーニャカウダ、チキンのレモンクリーム煮、ほうれん草とコーンのバター炒めが出来た頃、リリーフ達遅いなぁと思っていたら二人が戻ってきた。

 どうやらリリーフも一緒にお風呂に入っていたようでそれで時間がかかっていたようだ。


「おかえり、リリーフ。お風呂は大丈夫そうだった?」


 ちらりと例の少年に目をやると、湯上りの彼は気持ち良かったのかほっこりとした表情をしていた。先ほどのような鋭い目付きはどこへやら。


「……大丈夫そうだね」

「最初は暴れて大変だったけど湯船に入れたら結構大人しくなったわ」

「そりゃあ、お風呂気持ちいいもんね。さっぱり出来て良かったよ」


 しゃがみ込んで少年の目の高さに合わせながら笑いかける……が、男の子は私が目の前にいると認識したらすぐにあの憎しみを持つ目に変わってしまった。ぐるる、と獣のような唸り声を上げてるし……少しは気持ちが落ち着いたと思ったのにちょっとショックである。


「なんで……」

「俺達を敵視してるってことはよくわかるな」

「とにかくご飯にしましょ。パパを呼んでくるわ」


 リリーフが厨房を掃除してるであろうクラフトさんを呼び、みんな揃っての夕飯を取ることになった。もちろんあの子も一緒に。


 食事中の少年は凄かった。よほどお腹が空いていたのか、勢いよく食べる食べる。ナイフとフォークを使っているとはいえ、その扱い方はかなり雑であった。その場にいるみんな呆気に取られるくらいには。


「ハハッ! こりゃいい食いっぷりだな!」

「もうちょっと食べ方に気を遣ってもらいたいところだけど」


 クラフトさんは元気そうな少年を見て笑い飛ばしていた。素晴らしき寛大な心……。

 それでも最初はご飯を前にしても少年は手をつけなかったし、警戒心剥き出しで心配していたんだけど、男の子のお腹は鳴ってたし、リリーフが「食べないならあたし達が貰うわよ」という言葉が引き金になり、彼は本能のままにチキンを口に入れたのだった。そして今に至り、少年のご飯はあっという間になくなってしまう。


「あ、デザートもあるから出すね」


 そろそろいい感じに冷えてるだろうし、あんなに勢いよく食べてくれるならデザートのパンナコッタも美味しく食べてくれるかもしれない。そう思って私は冷蔵庫から器に入った白いスイーツを取り出す。

 でもまだこれで完成じゃなくてもうひとつ冷蔵庫からキウイソースが入ったカップも出した。


 キウイソースのパンナコッタはレスペクトのミルク、牛乳、砂糖、バニラエッセンスを入れて沸騰させない温度で温める。

 プニーから分けてもらったスライム液を入れてザルで濾したら器に入れて冷蔵庫で冷やす。

 キウイソースはキウイと砂糖、水、レモン汁で煮詰めて冷やしたもの。


 取り出したパンナコッタの上にキウイソースをかけたら完成なのでそれを男の子の前に出すと、彼はすぐに器を掴んで直接口に流し入れようとした。

 しかし口の中に落ちるのはキウイソースだけでパンナコッタは落ちない。仕方なくスプーンを手に取り口の中に掻っ込む。


「……!」


 驚くように右目が大きく開く。肩を張る勢いで嬉しそうな表現をしているのは無意識なのかもしれない。目も輝いているようで作り手としては嬉しいものである。


「美味しい? 私が作ったんだよ」

「……チッ」


 嬉しさのあまりついそう口にしたのがいけなかったのか、しばらくしてから少年は私を睨みながら舌打ちをしてきた。……それはあんまりだ。

 思わず肩を落とす私だったが、少年は空になった器をドンと大きく音を立ててテーブルに置くと席を立った。


「……主ら、さっきから童のように扱いよって……儂を誰だと思うておるんじゃ!」


 唐突のことで周りがしんとする。数日は声を発せないと思っていた少年が声を出せるようになっただけでなく、その口調からあのダークドラゴンを連想したのはクラフトさん以外の当事者だけだろう。声はやはり違うけど、言葉遣いは間違いない。


「……パパ、ちょっと話せるようになったみたいだから詳しい話を聞いてくるわ」

「お? おう。何かあったら言えよ」


 リリーフがすぐに少年の手を掴んで自室へとズンズン向かって行くのでワンテンポ遅れた私とレイヤ達も急いで詳細を聞くため彼女の部屋へと向かった。

 クラフトさんに「あ、デザート食べてくださいね!」という声掛けも忘れずに。


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