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記憶を覗くもうひとつの目的と少年の容態

 イル達と別れたドルックとリコルドはしばらく黙ったまま歩く。するとドルックは胸のポケットから丸い種のようなものを取り出すとそれを指で割った。

 その種はサウンドプルーフシードという雑音を好む植物から生まれる種で、割るとその種を中心とした直径1メートルは10分の間、魔法を使用せずとも防音効果を得ることが出来る。

 つまり周りに聞かれたくない話をするには打ってつけの代物。


「では報告を聞こうかリコルドくん。イルくんの記憶に僕が探ってほしいと言ったフードを被った二人組に関する情報はあったかい?」


 ドルックの言葉通り、リコルドは記憶を自由に探ることが出来る力を持っていた。イル達には警戒心を抱かせないためにあえてそのことを隠し、嘘をついていたということになる。

 もちろん、彼女の家の設計図という目的は本当だが、もうひとつの目的として、ダークドラゴンの近くにいたフードを被った謎の二人組の正体を知るためだった。

 ドルックは一目見たときから彼らは怪しいと思っていたのだ。

 顔を隠すようにフードを目深く被るその見た目もそうだが、何より長年の経験によるドルックの勘が警戒をしなければいけない相手だと訴えていた。

 だから彼はリコルドに予め自分が見た二人の記憶をメモリーコピーで頭に叩き入れさせ、極秘ミッションとしてイルの家の記憶を読み取ると同時に謎の二人組の素顔、またはその情報を探ることを頼んだ。


「あぁ……ぜーんぜん駄目だわ。記憶の奥深くに入ろうとしても何かに阻まれて何も探れなかったな」


 リコルドは後頭部を掻きながら先ほどとは違った口調で疲れきった表情と共に軽く溜め息を吐いた。


「……うーん、相変わらず凄い猫被りだったね。尊敬しちゃうよ」

「あんたがそれを言う? それにあっちの俺の方がウケがいいんだから仕方ねーじゃん」

「それより阻まれるってどういうことだい? 君はどんなにレベルの高い相手だろうと、記憶喪失した相手だろうと、その人物が経験した記憶はサルベージ出来るでしょ?」

「そうなんだけど、なんつーか見えない壁って感じ? 見せられた記憶以外遮断されるんだよ。魔法抵抗力が高すぎて人間じゃねーみてぇ」


 人間じゃないみたい、という言葉にドルックは少なからず心当たりがあった。それはイルが魔族の先祖返りだということ。それが原因で魔法抵抗力が高いのかもしれないし、そもそも数多くの魔法を使いこなすので魔法の抵抗力が高くても不思議じゃない。そう結論づけたドルックはそれならば仕方ないかと嘆息をついた。


「記憶を探れないのならどうしようもないね。記憶で彼らを辿るのは諦めるか」

「本人に直接問いただして無理やり記憶を促せばいけると思うけどな」

「そんなことをしたら僕が嫌われるから無理だね」

「……噂には聞いてたけど、随分とあの娘にお熱だな」

「友の大事な忘れ形見だからね。僕が守ってあげないと」

(その友とやらに怒られないのか?)


 ぼんやりとそんなことを考えたリコルドは今でこそ臨床心理士という立場だが、二十年ほど前の十代後半の頃はならず者であった。

 当時ランクAの冒険者として活動していたドルックだが、その強さに嫉妬した他の冒険者から喧嘩を売られることも少なくはなかったし、無法者を雇って襲わせることもあったが、それは全て返り討ちにした。

 リコルドもかつてはその雇われた一人である。ドルックの隙をついて夜襲をかけるも簡単にねじ伏せられ、悪足掻きとしてドルックの弱点を覗くためメモリーコピーを使用し、ドルックの記憶を自由に読み取った。

 のちにその魔法を気に入ったドルックは彼の力を買い、憲兵になることを勧める。ドルックの口利きのおかげで憲兵になった彼は主に罪人の聴取のときにその力を発揮した。

 嘘をついてもリコルドの力さえあればその記憶を引きずり出せるし、証拠も出てくる。

 そのため何度も様々な事件に貢献したリコルドは憲兵の仕事も悪くないと思い、ならず者だった過去を恥じるようにもなった。

 時は流れ、記憶を覗けば覗くほど犯罪に走る人間の多くは心に闇を持っていることだと感じ、少しでも道を踏み外さないよう、自分が記憶を覗き心のケアをしようと考えてカウンセラーになることを決意し、今に至る。

 憲兵を辞めたとはいえ、ドルックには多少なりとも恩があったため、時たま彼に記憶魔法を使ってほしいと願われたらそれに応えていた。

 今回もそうだったが、その相手は何も犯罪を犯していないただの民間人寄りの冒険者であった。いつもなら犯罪者などを相手にしていたから驚いたが、噂のドルックのお気に入りということを知って腑に落ちる。


「まぁ、とにかく今度は彼女の家の設計図を一刻も早く完成させることを頼むよ」

「……ちなみに何日まで?」

「今日中に決まってるじゃないか」

「マジかよ、鬼じゃん」

「頼りにしてるよ」


 にっこりと笑いながら無茶なことを頼もうとするが無理だと言っても逆に無理やりさせようとするのがドルックなのでリコルドはそれを受け入れるしかなかった。

 記憶を覗き見る魔法と幼い頃からの趣味である絵を描く彼の才能をドルックに知られたのがいけなかったのだろうとリコルドは人知れず溜め息つく。






 リリーフの言われた通り使える代物の回収を終えた私は自宅兼パン屋であるベーカリー・リーベへと向かった。

 気づけば夕方でそろそろお店もクローズの準備に入るだろう。

 忙しいかな……? と恐る恐る扉を開けると、商品棚はほとんどのパンが売り切れの状態で店番をするクラフトさんが私の顔を見て「おっ!」と声を上げた。


「イル! リリーフから話は聞いたぜ! 家がとんでもないことになったんだってな!? 大丈夫かっ?」


 クラフトさんが焦燥した様子で私の肩を掴み、心配の言葉をかけてくれた。


 彼に向けた恋心の芽を摘んでしばらく経つ。その間、何度かクラフトさんと顔を合わせることもあったけど、少しだけ接触は控えるようにしていた。

 恋愛感情は多分まだ完全に取り除くことは出来てないだろう。その証拠にまだちょっとだけドキッとしたから。吹っ切れようとしていたのに我ながら情けない。


「あ、あの、大丈夫ですっ! それよりすみません、突然厄介になることになってしまって……その分お手伝いなど色々しますので」

「んなこと気にすんなっていつも色々とうめぇもん差し入れてくれてんだしな! まぁ、自分の家のように寛げって言っても無理があるかもしれねぇが第二の家だと思ってくれ、な?」

「は、はいっ!」


 ク、クラフトさん優しいっ……! 恋愛感情抜きでもやっぱりクラフトさんはいつまでも私の憧れの人だ。感激しちゃう。


「レイヤとプニーも大変だったろ? 狭いけどそこは我慢してくれよ」

「いえ、お気遣いありがとうございます。これからお世話になります」

『ありがとー! とー!』


 そういえばリリーフはまだ帰って来てないのだろうか? あの少年の容態も気になるし。


「あぁ、リリーフはさっき戻って来て上にいるぜ。子どもも無事とのことだ。顔を見せてやってくれ」

「わかりました、ありがとうございます」


 どうやらリリーフはすでに二階となる住居に戻っているようなので、クラフトさんのお言葉に甘えてギシギシと鳴る階段を上り自宅へと上がらせてもらった。


 リビングを通り、リリーフの部屋の扉をノックする。


「リリーフ。来たよ」


 呼びかけると扉はすぐに開けてくれた。開いたドアの先にはリリーフのベッドで眠る例の少年が見える。


「お疲れ様。とりあえず中に入って」

「……様子はどう?」


 部屋の中に入れてもらった私達はそのままベッドへと向かい、子どもの顔色を窺うと「あれ?」と思わず呟いた。


「目の傷……治らなかったのかな?」


 怪我をしてすぐに回復魔法をかけたら怪我の具合と使用者のレベルによってはその傷痕は消えるのだけど、私の力なら痕は残らないと思っていた。

 しかし現に男の子の左目には傷痕が残っていたため、私の力が足りなかったのか、それとも思っていたよりも深い傷だったのか、どっちかはわからないけど治らなかった事実に不安になる。

 目は開くことが出来るのだろうか。親御さんは酷く悲しむだろう。恨まれるかもしれない。知らなかったではすまないのだから。

 一生ものの傷を作ってしまった責任は私にある。両親も心配してるだろうから早く家に帰したいのだけど、今日中に出来るのかな……?


「目の傷は元からあった傷らしいわ。落石で負ったものじゃないって」


 リリーフの話によると、すでにヒールをかけていたため傷などは綺麗になくなっていたが、血の流れから診断するとこの子の怪我は主に頭や背中などにダメージが大きかったとのこと。

 目視では回復魔法のおかげで特に問題はないようだが、頭を怪我していたことを踏まえて詳しい検査をしたようだ。


「結果的に後遺症などもないけど、相当疲労が溜まっているのか眠り続けてるって言ってたわ……でも、ちょっと気になることがあってね」

「気になること?」


 なんだろう。そう思い尋ねると、リリーフはレイヤの方をちらりと目を向けながら理由を口にする。


「精密検査の際にキラービーの毒が体内に入っていたそうよ。それも通常の数倍」

「えっ!?」


 新たな症状を聞いて声を上げてしまう。キラービーの毒だなんて……しかも数倍って下手をしたら命に関わることになるのでは? ……え、あれ? ちょっと待って? あの現場にキラービーなんていなかったよね?


「毒……?」


 レイヤが呟くと自身の剣を強く握り、私はそこでハッとした。

 そう、彼の剣は魔力を流すとキラービーの毒を纏わせる効果のある蜂毒の剣なんだ。


「傷痕は治ってしまってるからどこから毒が入ったかわからないけど、この辺でキラービーが現れたなんて情報はないの。つまりキラービーがいなかった以上、どこかのタイミングであんたの武器の餌食になったって線が強いわ」

「俺の剣で……」


 レイヤの顔も青ざめた。そうなるのも仕方ない。私も自分の魔法でこの子を巻き込んだことを凄く申し訳ないと思っているのだから。

 でも、私はともかくレイヤのことは腑に落ちない。


「だけど、いくらなんでもレイヤが剣を振るってるときにこの子が近くにいるかいないかくらいはわかるはずだよ……」

「ふぅ……そうよね。あたしも見てたけど、子どもがいたらさすがに誰か一人でも気づいてるはずよ」

「……けど、蜂毒はあったんだよな? 解毒はしてるのか?」

「えぇ、もちろんよ。通常の数倍はあったけど、毒消し草は効いたから問題ないわ」


 それを聞いて少し安心した。毒に侵されてるなんて知らなかったからヒールだけでは毒を消し去ることは出来ないし、ちゃんと診療所で毒を治療してもらえて良かった。

 でも、疑問は残る。ダークドラゴンが出現して混乱していたとはいえ、誰一人として子どもがうちの敷地内にいることに気づかないものだろうか? それにいつ蜂毒を受けて私のロックフォールに巻き込まれたのだろう?

 私もレイヤ達もずっとダークドラゴンに向けて攻撃をしていただけなのに。そう……ダークドラゴンに……。


「……」


 まさか、と思いつつ少年の顔をよく見る。顔、というより左目の古傷の方だ。


『ねぇ、イルー。この子、ダークドラゴンの傷と同じだねー。ねー』

「!」


 プニーの言葉を聞いてレイヤも察したのか、私と同じように子どもの顔をよく見る。


「……確かに、ダークドラゴンの目の傷とよく似てるな」

「私もそう思う。もしかしてこの子ってあのダークドラゴンなんじゃ……」


 自分でも信じられないこと口にしたと思う。でも、本当にこの仰々しいほどの目の古傷はあのドラゴンと似ていた。

 それにダークドラゴンと同一人物ならレイヤの蜂毒の剣を何度も受けていたから毒も通常の数倍受けていてもおかしくはないし、私の出した落石の下から発見したことも考えると辻褄が合う。


「馬鹿言ってんじゃないわよ。ドラゴンが人間の子どもになるわけないでしょっ。しかも、よりによってあんな偉そうなドラゴンなんかと!」


 どうやらリリーフはその線は薄いと強い口調で否定し、私達は怒られてしまった。

 いや、でも可能性はなくもないんじゃ……と、口を挟んだらキッと睨まれてしまう。美人が台無しだからそんなに怒らないで……。


「ちゃんとこの子が目覚めて話を聞くのが先でしょ! 何もわからないまま憶測だけで決めつけるんじゃないの!」

「は、はい……」

「わ、悪い……」


 レイヤと一緒に謝るしかなかった。リリーフは子どもにも厳しいけど、実は子ども好きだ。子どもの肩を持とうとするのだろう。

 確かにあの男の子の話を聞かない限りわからないって言うのも理解出来るからリリーフの言う通り彼が目を覚ますまで疑うのは今は置いておくことにした。


 しかし、その日中に男の子は目覚めることはなく、結局その夜は少年をリリーフのベッドで寝かせたまま、私とプニー、リリーフは共に床で寝たのだった。

 ちなみにレイヤはクラフトさんの部屋で就寝することになったそうだ。


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