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巻き込まれた少年と記憶模写魔法

「? 今、何か聞こえた?」

「確かに……何かしら? この苦しげな声というか音というか……」


 浅い息遣いのような謎の音は大きくはなかったが、近いせいかその場にいる全員の耳に入った。

 鼻をひくつかせたレスペクトが何かしら匂いがしたのかゆっくり歩を進める。

 そしてドラゴンを潰して山が出来た大岩の前に足を止めると彼は確信してイル達に知らせた。


『人間の匂いがする』

「えっ?」

『こっちに来てここを覗いて見ろ。腕が見えるぞ』

「ええっ!?」


 一体どういうこと!? そう声を上げたい気持ちを抑えて、イルはレスペクトの鼻先が示す岩の隙間を覗いて見た。


「! こ、子どもが下敷きになってる!」

「はあっ!?」

「な、なんで子どもが!?」


 岩と岩の間には小さな手が見えた。大人の手ではないのは見て明らか。その瞬間、イルの血の気が一気に引いていく。

 どういうことなのかはわからないが、ただ理解出来るのは自分の魔法のせいで子どもが巻き込まれるという凄惨な現場を生み出したということだ。

 落石で亡くなった両親の最後の姿を思い出し、焦りと恐怖で心臓が何度も強く叩かれる。

 全体の姿は見えないが、腕がぴくりと反応を見せたので息はまだありそうだった。それを見てハッとしたイルは急いで子どもを助けようとする。


「た、助けなきゃっ。フィジカルアップ!」


 身体強化の魔法を自身にかけたイルは岩をひとつ退かすと、腕しか見えなかったその範囲が広がった。

 そこには意識が朦朧として横たわる十歳くらいの少年と思わしき姿を目にする。

 見たところ岩に挟まっているようには見えず、上手いこと岩と岩が重なって出来た空洞に閉じ込められている様子。

 もっと岩を退かしたいところだが、積み重なった不安定な岩の山は下手に動かすと天辺から崩れ落ちてしまう危険性がある。


「イル、これ以上は危ない」

「うん……でも、手を伸ばせばあの子を掴めるかも」


 岩をひとつ分退かせたことで子どもが抜けられるくらいの隙間は出来ている。手を伸ばせば子どもの腕にも届く距離だと思われるのでイルは早速岩の隙間に手を差し込んだ。


「どうなの、イル? 届きそう?」

「う、ん。もう、ちょっと……」

「プニー。念のため俺達の頭上にシールド張れるか?」

『うん! シールド! ド!』


 落石が起きたときのことを考えてレイヤはプニーに防御魔法を使用するようにお願いすると、プニーはすぐさま頭の上にドーム型のシールドを作り上げた。

 これならば多少崩れても少しは安心だが、悠長なことはしていられない。

 早く子どもを救い出さなければと、伸ばした手は少年の腕を掴むことが出来た。

 ゆっくり腕を引き、少年を岩の山から脱出させようとしたが、どうやら頭が通らない。


「あと少しなのに……」


 せめてあと数センチ、上の岩を動かせば抜け出せるかもしれない。それならばとイルは袖を捲った。


「レイヤ、私が少しだけ岩を上げるからその間にこの子を引っ張り出してあげて」

「えっ、危ないんじゃないのか?」

「ちょっと上げるだけだから。何かあってもプニーのシールドがあるし」

『うん! 僕頑張る! る!』


 イルの肩に乗った状態でやる気を見せるプニーではあるが、レイヤは少し慎重になるべきでは……? と考える。


「考える時間さえ勿体ないわ。さっさとやっちゃいなさい」


 リリーフはイルの提案に賛成のようだ。いつもならレイヤと同じく否定する立場だが、子どもの命が関わることなので見放すわけにはいかなかった。


「じゃあ、せめてリリーフは離れてくれ。何かあったときにすぐ人を呼んでもらえるように」

「わかったわ」


 ひとつ頷くとリリーフはイル達から距離をとる。万が一そんな事態にならないようにと祈りながら。


「じゃあ、いくよ」

「あぁ」


 イルが継続して使用する身体強化魔法で突っかかりのある岩を持ち上げる。我ながら怒りに任せて沢山の岩を出してしまったなと思いながら力加減を誤らないようにゆっくりと。

 岩山の頂点がぐらつき、小さな石が転がるが大きく崩れるほどではなかった。

 イルが持ち上げたことにより目標である数センチの隙間が出来たので、レイヤは頭が通るようになった少年を引っ張り出し、ようやく岩山から救い出すことが出来た。


「イル、もう大丈夫だっ」

「うんっ」


 持ち上げていた岩をゆっくり下ろし、それ以上の被害を出さないため急いでその場から離れた。

 安全な場所まで移動するとレイヤは抱えていた少年を下ろし、怪我の状態を確認する。

 黒髪の少年は目元が切れていたのか傷があり、左顔が血に塗れていた。意識を失っているようだが息はあったので応急処置としてイルは回復魔法をかける。


「……多分、血は止まったと思うんだけど、私の力でどこまで回復出来てるかわからないから早くお医者さんに見せた方がいいね」

「じゃあ、あたしが連れて行くわ」


 リリーフが少年を抱きかかえて立ち上がると、イルは戸惑いながら口を開く。


「え、私も一緒に行くよっ」

「あんたはこれからうちに来るんでしょ。服とか色々引っ張り出してきなさいよ。どうせあのままだと解体されて捨てられるんだから」


 確かに壊された家には引っ張り出しておきたい物が色々とある。家族の写真に衣類、調理器具とか、お気に入りのコップとか使えそうな物は全て。

 本当はというと怪我をした少年は自分の魔法によって巻き込まれたため最後まで責任を持って傍についてあげるべきだと考えていたイルだが、家のことが気になるのも事実なので彼女はお言葉に甘えて少年をリリーフに託すことに決めた。


「ごめんね、リリーフ。お願いしてもいいかな……?」

「あたしが言ったんだから任せなさい。パパにはちゃんと言っておくから終わったらすぐうちに来なさいよ。あと、瓦礫に気をつけること。危ないことには変わりないんだから出来るだけ時間はかけないようにするのよ」


 まるで子に言い聞かせる母のようだと思いながらも、そう言われる身に覚えがあるためイルはしかとその言葉を受け入れるように深く頷いた。友人に心配だけはかけさせまいと。


 リリーフが近くの診療所へと連れて行っている間、イルはレイヤとプニーと一緒に破壊された自宅へと足を踏み入れる。

 レスペクトは中に入れないが彼女達に何かあったらすぐに動けるように近くで待機をすることに決めた。


 パキッと屋根の一部と思われる破片を踏みながら目に入る室内は酷い有り様であった。

 過去にレイヤが突き破った穴が可愛く見えるほどの天井には大きな穴、一番被害の大きいリビングは瓦礫の山。石窯オーブンはもはや埋もれていて姿が見えないのでイルは心の中で「さよなら、リベンジマカロン……」と呟く。

 念のためプニーにはもう一度頭上にシールドを張ってもらいながら無事な家財を探し、大丈夫だと確認出来たものは手当り次第全てイルのアイテムバッグに収納する。

 レベルも上がっているおかげで収納スペースも遥かに多くなったからどんな大きなものでも簡単に入れることが出来た。

 イルの大事なもののひとつである製菓道具達は全部無事だった。もし、これで壊れてしまったら作ってくれたアッシュに申し訳ないと思うし、多少値が張っても頑丈に作ってもらえば良かったと酷く後悔していたに違いない。

 冷蔵庫はへこみが大きくてその中身は飛び出していた。これはもう紛れもない処分対象だ。野菜やお肉やら、食べることも出来ないまま散らばってしまった食材も悲しいが廃棄である。

 両親と写ってる家族写真は瓦礫に埋もれてはいなかったが、瓦礫の山の近くに落ちていた。写真フレームは壊れてしまっていたが写真そのものは無事である。

 イルは安心の大息を吐いて、両親の顔が写っているものなだけに心の底から良かったと感じた。


 イルの部屋も壁ごと壊された状態になっていて、長年愛用していたベッドも駄目になってしまい、一日の疲れを癒してくれた存在なだけに地味に落ち込んだりもした。

 特にドルックから誕生日プレゼントのひとつとして貰ったばかりのカラドリウスの枕は気に入っていただけに、屋根瓦の一部が突き刺さって中の羽毛が飛び散ったあとの光景は非常に残念でならない。

 それでも家具の中に入っている衣類がまだ無事だったことは救いだった。

 元々物が多い家ではなかったので貴重品も少ない分ダメージは少ないのかもしれない。いや、決してダメージがないわけではないが、そう思わないと乗り切れないとイルは考える。


 無事だった家財の選別を終えて、リリーフの家に向かうため家を出ると、レスペクトが『奴が戻ってきたぞ』と告げる。

 奴? と首を傾げたが、すぐにその人物は現れた。


「あぁ、良かった良かった。入れ違いにならないですんだね」


 少し前に立ち去ったばかりのドルックが一人の男性を連れて戻ってきた。


「ドルックさんっ、どうしたんですか? 色々手配するって言ってましたけどもう終わったんですか?」

「うん。すぐにでも作業に入ってくれるって。まぁ、その前に設計図がないとね。だからイルくんの所に来たんだ」

「設計図……は、さすがに持ってないですよ……?」

「君の記憶があるだろ?」

「いやいや! 私があるのは家の中の様子くらいですし、それを図面にするなんて出来ませんよ!」


 そんな特技もなければ方法も知らないイルはぶんぶんと首を横に振る。もちろんそんなことくらいはわかっていたのか、ドルックはアッハッハと笑いながら隣に立つ男を紹介した。


「記憶があればいいんだよ。彼、記憶複写の魔法が使える人でね。まぁ、簡単に言えば他人の記憶をコピー出来る魔法だ」

「リコルドと申します。えーと、普段は小さな診療所でカウンセラーをしています」


 チョビ髭のなで肩でヨロヨロの白衣を着た細身の三十代後半と思われる男がにへらと挨拶をする。どこか頼りげのない雰囲気を醸し出しているが記憶に関する魔法を使用出来ると知り、イルは驚きに何度も瞬きをした。

 記憶魔法にもいくつか種類があり、記憶改変魔法、忘却魔法などあるが実際に扱う者は少ないのでなかなかお目にかかれなかったりする。


「す、凄いですねっ! そんなレアな魔法が扱えるなんて!」

(イルの方が凄いと思うけど)

(お前がそれを言うのか)

(イルくんにも言えることだけどね)


 思わず尊敬の眼差しをリコルドに向けるイルだったが、レイヤ、レスペクト、ドルック達は心の中で似たようなことを思っていた。


「いやぁ、記憶をコピーして自分に取り入れるだけですからそんなに凄いものでもないですよ」

「でも、人の秘密を暴けたり出来るんじゃ━━」


 そこでイルはハッと気づいた。もし、自分が彼の記憶複写魔法を受けたら、女神イストワールから授かった恩恵から魔族との繋がりやその他あれこれがバレてしまうのではと恐れる。


「いえいえっ! 確かにそのような自由自在に記憶を探ることは可能と聞きますが、それでも相当なレベルがないと出来ませんし、私のようなただのカウンセラーではそこまでの力はありませんのでご心配なく! せいぜい私が出来るのは思い浮かんだ情報や光景を読み込むことですっ」


 大慌てで手を振り首を振り、そんなたいそれたことは出来ないと口にするリコルドにイルはひとまず安心した。

 知られたくない情報を持ちすぎているので漏洩すると色んなことが大騒ぎになるのは間違いない。それだけは避けなければ。


「それじゃあ、私は家のことを思い浮かべたらいいってことですか?」

「そうです。それらを全て私の脳内にコピーし、あなたの記憶を元に図面に仕上げます」

「リコルドさんは設計図も書けるんですね」

「こう見えて私、風景画や似顔絵などが得意でして、たまに患者さんの記憶を読み取って思い入れのある景色や人物を描かせていただきプレゼントするのが趣味なもので。ですのでご自宅の外観や内観、ほぼ記憶通りに描ける自信はあるんですよ」


 照れくさそうに後頭部を掻きながら絵を描くのが趣味と答えるリコルドにイルはこの人に任せても大丈夫そうだと判断した。


「じゃあ、早速お願いしてもいいですか?」

「いいですとも。準備はよろしいですかな? それでは……メモリーコピー!」


 自然と目を閉じたイルの頭に手のひらを向けたリコルドはすぐに記憶複写魔法を使用する。暖かな光に包まれる彼女にリコルドは指示を出した。


「まずはあなたの家の外観をイメージしてください。家の周りをぐるっと回るように」

「はい」


 言われた通りイルは家の外観をイメージする。家の前に立ち、見慣れた自宅を見つめながらその周りを一周した。

 玄関扉の大きさ、窓の位置など。周り終えるとリコルドから「次は家に入って全ての部屋をくまなく見せてください」と次の指示が入る。

 実際に自分の家に入るように扉を開けて、今朝見たばかりの風景をゆっくり見回した。

 この家がまさかあんなにめちゃくちゃになるなんて……。ふと、先ほど見た光景を思い出したイルは複雑な気持ちになった。


「申し訳ないのですがイメージがブレ始めています。大変と思いますがイメージの強化をお願い出来ますか?」

「は、はいっ。すみません!」


 破壊されたあとのイメージをしてしまったことにより思い浮かべていた光景が歪んでしまったイルはそれを指摘され慌てて壊される前の家を思い出すことに集中する。

 家具の位置や明かりのつく場所、部屋の間取りや天井もしっかりと目を向け、自室や元両親の部屋、バスルームなどの部屋という部屋も全て入ってその内装をしっかり思い浮かべ、記憶を通じてリコルドに伝えた。


「……はい。お疲れ様です。あなたの家の情報は全て私の記憶にコピーさせていただきました」

「ありがとうございます」


 その言葉を聞いてイルはゆっくり目を開け、礼を告げる。コピーされたとは言うが、イル自身記憶を呼び起こしていただけで特にこれといって何も感じることもなく、いまいち実感が湧かなかった。


「ご苦労様、リコルドくん。あとは大急ぎで図面に描いてもらうだけだね」

「ははっ、そうですね~……。……はぁ」


 がくっと大袈裟なくらいに肩を落とすリコルドは深い溜め息を吐き捨てる。その様子を見る限りドルックはかなり無茶な注文をしたのだろう。


「す、すみません、リコルドさん……」

「いえいえ、ドルックさんのお願いですから仕方ないです」

「さて、時間が惜しいから僕達は引き上げるよ。急ピッチで家を仕上げてもらわなきゃいけないからね」


 困り顔で笑うリコルドと容赦ない言葉と笑顔のドルックは用件を終えるとすぐに引き上げた。

 記憶をリコルドの頭の中に取り込み設計図を描き、壊される前と全く同じような家を建設しようとしてるなんてイルにとってはありがたいことだった。正直あの家が戻ってくるとは思ってもみなかったから。


『イル、記憶を取られたの? の?』

「ううん。記憶はあるから大丈夫だよ」

「あんな魔法もあるんだな……」

「記憶魔法は珍しいからね。私も初めて見たよ。……それにしてもリコルドさんってカウンセラーって言ってたけど、ドルックさんとはどういう関係なんだろう?」


 臨床心理士と冒険者ギルドのギルド長がどういう繋がりを持っているかはわからなかった。元からの知り合いなのか、友人なのか、それともお世話になったのか。


『あの細男。只者ではなさそうだがな』

「そうなの、レスペクト?」

『魔法のレベルとしてはかなり高い方だろう。魔力量も相当なものだ』

「そうなんだ。じゃあ、リコルドさんが言っていた記憶を自由に取得出来る人はもっと凄いんだろうなぁ」


 ただでさえレアな魔法だからそこまで極める人は非常に少ないだろう。何はともあれ今回は記憶を自由に探れる人物でなくて良かったとイルは安心した。

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