その後の家と仮住まい
「いやぁ、この岩の大きさは相当なものだよ。さすがイルくんだ。怒らせないように気をつけなければいけないね、うん」
しん、と静寂に包まれる現場であったが、ドルックが笑いながらその空気を破った。
「……終わった、のか?」
剣を構える手を下ろすレイヤが呟く。しかし目線はドラゴンから離さない。警戒するに越したことはないため。
ダークドラゴンは山のように積まれる落石に潰されながらもまだ意識はあったのか、岩から覗く手や鼻先がピクピクと動き、何やら小さく呻いているようだった。
『━━』
すると、ダークドラゴンは一瞬にしてその姿を消した。あまりにも突然でその場にいた全員が驚く。
『ドラゴンが消えた! た!』
『っち! テレポートかっ!』
あの大きなドラゴンが跡形もなく消えてしまった。そのせいでドラゴンの上に積み上げられた岩達はバランスを崩してガラガラといくつか落下する。
「瞬間移動魔法を使えたのか……しかし、とどめを刺す前に逃げられたのは痛いね」
逃げられるとまた報復に来る可能性があるだろう。それを憂慮するドルックはしばらくは警戒しなければならないなと考えながらイルへと視線を向ける。
そこには力なく俯き、腕で目元を拭うような仕草をする彼女がいた。
イルの目の前には半壊された生家。屋根はほとんど形にならずその役目を果たせない無惨な姿になり果てていた。
彼女が打ちひしがれているのは住めなくなったからではなく、亡き両親との思い出が詰まった家が壊されたから。
家の主なのに家を守れなかった。イルにとってはそれが酷くショックだった。
なんて、なんて、駄目な人間なのだろう。大事な家すらも守れないなんて情けない。
「ごめん、なさい……お父さん、お母さん……」
きっと二人もこんな姿になった住居を見てしまったら酷く悲しむだろう。呆れるだろう。なんて出来の悪い娘なんだと思うだろう。
普段なら決してそう考えたりはしないのに悲観的になる感情はまるでイルの悲しみに付け込むかのように増幅していく。
黒い靄に包まれるような気がした。ポケットに入れている母の形見の懐中時計も怒りに熱を持っているような感覚さえする。
━━やっぱり私はあのとき死んだ方が……。
「ル……イル! しっかりしろ!」
ハッ、と現実に引き戻される。気づけば焦燥の色を見せるレイヤに肩を掴まれていてた。
反応がないイルに何度か呼びかけていたのだろう。彼女を心配する他の者達の視線にも気づき、あ、と小さな声が漏れる。
「レ、イヤ……」
「自分を責めるな。イルは何も悪くない。それに家よりもお前が無事のことの方が両親も嬉しいんじゃないのか?」
「……そう、だね」
レイヤの言う通りだった。イルの父も母も家よりも娘を心配するような人達である。
イル自身がよくわかっていたことなのに、当たり前のことなのに、なぜか否定的な考えになってしまった。
幼い頃、迷子になったイルは真っ青になって捜索していた父と母に発見されたとき、迷子になった彼女ではなく二人に泣かれてしまって幼いながらも罪悪感を抱いたことがある。
それだけ両親はイルを大事にしていたので彼女より家のことを気にかけるはずなんてなかった。
「レスは君をとても大事にしていたさ。彼なら家の惨状よりも娘である君に何事もなければそれでいいと言っていたはずだよ。付き合いの長い僕が言うのだから間違いないさ」
ドルックの言葉を聞くと確かにそう言ってそうだと容易に想像出来た。
そうですよね、と口にしようとした瞬間、バシッと背中を少し強めに叩かれる。
「!」
「あのときと同じ顔してるわ。物騒なこと考えるんじゃないわよ」
「あのとき……?」
「初めて会ったときよ」
初めて会ったときと言えば川に飛び込んでクラフトに助けられ、そのままリリーフの家まで連れられたときだった。つまり、いい顔でないのは間違いない。
そこでイルは気づいた。そういえばさっき自分は死んだ方が良かったって思っていたことを。
もうそんなことを考えるはずないのに。一瞬でもそう思ってしまったのが信じられなかった。
『イル、大丈夫? ぶ?』
「あ、うん。ごめんね、心配かけちゃって。そんなつもりはなかったんだけど、急に暗い気持ちになっちゃって……でも、もう大丈夫だからっ」
「それなら良かった。確かに突然家を破壊され始めたらショックだからな……」
居候させてもらっている身のレイヤとしても災害級レベルで半壊するイルの自宅を見て現実逃避したくなる気持ちを理解する。
「うん……どうしようかな、家……」
家の上部はめちゃくちゃで下部は屋根だった物の破片が崩れ落ちている。もちろん住めるはずもなく、作ってる途中だったリベンジマカロンもおそらく駄目になっているだろう。
数十分もしない間に家がここまで破壊されるとは思ってもみなかったイルは途方に暮れた。
家を建て直すにしても相当な金額だろうし、いくら貯金が出来るようになったとはいえ全く足りないのが現状。
「イルくん。そういうときこそ僕を頼ってくれないと」
目が明後日の方向へ向いていたイルだったが突然ドルックが明るい声で提案する。
「僕が腕のいい大工を呼び、その費用全て工面しよう」
「えっ!?」
「まぁ、数ヶ月……いや、半年くらいで元の家に戻してあげるよ」
唐突のことでイルは頭が真っ白になった。腕のいい職人を紹介するだけでなくその費用をギルド長が持ってくれるという。
リリーフがこそっと「いい話じゃない。儲けものよ」とその提案を受け入れるように勧める。
いや、でもさすがにそれは……と、大金に関わるものなのでイルも簡単には頷けない。
いくら私財を貯えているかは知らないが、誕生日には歳の数だけの高価なプレゼントも頂いたばかりなのでこれ以上の施しを受けると申し訳なさでいっぱいになる。
「あと完成するまでの間は僕の家においで。部屋はあるし……というか、こんなこともあろうかとイルくん用の部屋は確保してるんだ。あ、レイヤくんは自分でどうにかしてね」
こんなこともあろうかと? その場にいた何人かが心の中でオウム返しをしただろう。
レイヤに至ってはそれに加えて「まぁ、俺のことは別にいいですけど……」と呟く。
正直なところイルとしては家が完成するにしても別の仮住まいに引越すにしてもその間身を寄せる場所があるのはとても魅力的に思えた。
しかしそれではレイヤの居場所がなくなってしまう。それは困るし、レイヤを一人にするのは可哀想だ。それならばとイルはドルックにお願いをする。
「あの、ドルックさん。私はいいのでその用意していただける部屋をレイヤに譲っていただけませんか?」
「僕はイルくん以外を迎え入れるつもりはないんだけど?」
あっさりと真顔で拒否されてしまった。このままではレイヤが路頭に迷ってしまう。彼にだけそんな思いをさせるわけにはいかないし、それなら私もレイヤと共に迷おう。
そんな謎の決心をしたところでリリーフが口を開いた。
「イルもレイヤもうちで面倒見るわよ」
まさかの申し出にイルだけでなくレイヤも目を丸くさせる。ワンテンポ遅れてイルは驚きの声を上げた。
「え、ええっ!? そ、そんなこと勝手に決めたら駄目だよっ! リリーフにもクラフトさんにも迷惑かかっちゃうし!」
「パパなら喜んで受け入れてくれるわよ。それにこの方があんたも安心でしょ」
「そ、それはそうだけど……」
「なら決まりね」
確かに一番ありがたいことではあった。何度かリリーフの家にお泊まりをしたことがあるイルとしては勝手知ったる家でもある。
「……すみません、ドルックさん。お断りするようで申し訳ないんですけど、友人宅でお世話になります」
「そうか、それは残念だよ。半年はひとつ屋根の下で暮らせると思ったがまたの機会にしておこう」
『さっきからこやつは何なんだ。またの機会などあると思うな』
「カトブレパスくんの言ってることはわからないけど言いたいことは何となく把握したよ」
フン、と鼻を鳴らして忌々しいというオーラを漂わせるレスペクトの態度に気にすることなく、ドルックは軽く笑い飛ばした。その目は笑っていなかったが。
「イルくんがうちに来てくれないなら出来る大工の人数を増やして一ヶ月短期の完成にしてもらおうか」
「えっ、えっ!?」
さっきまでは半年だと言ってたのに? と、戸惑うイルだったが、リリーフは「だったら最初っから短めに設定しなさいよね」と言いたげな視線を向ける。
もちろん無駄に長く見積もっていたのはイルがドルックの家に厄介になることが前提であった。
「ドルックさんっ、あの! さすがにそうなると金額が跳ね上がってしまうので……!」
「やだなぁ。イルくんってばそんなに僕がお金持ってないように見える?」
「これっぽっちも見えませんけど、申し訳なさ過ぎて受け入れられません! だから私は全部払います! その、一気にとまではいきませんので、せめて……その、少しずつお返しさせてください……」
ひと月で仕上げるというのならただの大工ではなく、魔法持ちの大工がメインとなり、仕事を手早くすませようとするだろう。しかも人数を増やすのだからきっとイルの想像以上に費用がかかるはず。
どれだけかかるかわからないがちゃんと全額返納したい。いや、しなくてはならない。元はと言えば自分が原因なのだから。
「君がそこまで責任を負うことはないんだよ? だから気にせずに僕に任せて━━」
「いえ! 払います!」
「……それじゃあ、また今度僕とお茶や食事とかしてくれるかい? 君と共に過ごす時間は工事費以上の価値があるからね。それでチャラということで……」
「いつでもお相手しますけどそれだけじゃ足りません! むしろそんなに高くないです私!」
イルは頑なだった。父親譲りの頑固さもあってか、さすがのドルックもここまで引かないものだとは思ってもいなかったので頭を抱える。
「十分に高いんだから自分を安く設定するのはいただけないなぁ。何なら僕はいくらでも積んで……あぁ、これ以上は話が逸れてしまうな。いや、しかし思ったよりも頑固だね、君は。……よし、じゃあこうしよう。さっき言った僕と過ごす時間プラス費用の半分だけ返してもらおう。それでいいね?」
「いや、私本当に全部お返しますっ」
「イルくん。少しくらい僕に格好つけさせてもらってもいいんじゃないかな? だから半分だ。それ以上は受け取るつもりはないよ」
ドルックの言葉が強くなる。その凄みにイルは怖気つき、もうこれ以上の交渉は出来ないと判断したため、少し躊躇いつつもそれで納得することにした。
対するドルックとしても全額払わせてくれないのはやはり格好がつかないなと思いつつも「いつでもお相手します」というイルから言質を取ったので良しとすることにする。
「よし、ならば早速諸々と手配するから僕は先に行くとしよう。……そこの二人とはまたいつかゆっくり話出来ることを願ってるよ」
「機会がありましたら是非ともよろしくお願いいたします」
ビクリ。と、デジールが大袈裟なくらいに肩を跳ねさせた。アドラシオンはというと、動揺することなく顔を見せないまま会釈する。
そんなフードを被る怪しげな二人に信用ならないと言いたげにジッと見つめたドルックはすぐに笑みを浮かべて「じゃあね、イルくん」と彼女に手を振ってその場をあとにした。
ドルックの姿が見えなくなったあと、魔族の二人はそろそろいいだろうと身に纏っていたフードを取った。
「な、なんだあのデカブツは! 我らを物凄く疑いの目で見ておったぞ!」
「まぁ、どう見てもそれは怪しいもの、あんた達」
ふぅ、と溜め息混じりではっきりと告げるリリーフにデジールは怪しいという言葉が胸に刺さり少なからずショックを受けた。
「でも助けに来てくれて嬉しかったよ。デジール、アド、ありがとう」
「活躍は皆無でしたがイルさんにそのようなお言葉をいただけるとはありがたき幸せです」
「ふ、ふふふっ。ははははっ! ま、まぁ、余の大事な友であるイルと最愛のリリーフが一大事となれば駆けつける他ないからな!」
沈んだかと思えば褒めるとすぐに立ち直るデジールに誰もが単純だなと思わずにはいられなかった。
「では我々はそろそろ魔界へと戻ります」
「えっ。も、もう帰るのか?」
「当然でしょう。デジール様は業務を放り投げてこちらに来たわけですから」
「ぐ、ぐぐぐっ」
リリーフともう別れるのかと思えば名残惜しくなるデジールはちらりと彼女へと目を向ける。
「頑張りなさい、デジール。あたしを助けたように簡単にやり遂げるのよ」
「! ま、任せよ! 余にかかれば山のような書類、ただの紙切れよ!」
「紛うことなき紙切れです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「わかっておる! 行くぞ、アド!」
「かしこまりました。それではイルさん、またお会い出来る日をお待ちしております」
「うん、ありがとう。二人とも」
リリーフの言葉に一喜一憂するデジールは最後にはやる気だけを見せて、アドラシオンと共に瞬間移動魔法を使い、あっという間に姿を消した。
「……それにしてもあんたも馬鹿よね。全額あのおっさんが払ってくれるって言うんだから払わせとけばいいじゃない」
「いや、それだとさすがに私の気持ちが治まらないから……」
「けど、リリーフ本当にいいのか? イルだけじゃなく俺も厄介になって……」
「いいわよ。てか、そうしなきゃイルが落ち着かないと思うもの」
その通りだと言うようにイルは深く頷くと、不安げな一匹の声が彼女の肩から聞こえた。
『僕はー? はー?』
「もちろん、プニーも大丈夫よ。だから心配しなくていいわ」
『ほんとー!? とー!? わーい! い!』
ぴょんぴょん跳ねながら喜びを表現するプニーを見たイルは「良かったねー」と彼の頭を撫でる。そして同時にもう一匹の従魔のことを思い出した。
「レスペクトは……町の中に入ると大変だから小屋が直るまでオルールの森に戻る?」
『フン、ひと月なのだろう? ならこのままで構わん。元々外で寝るのが普通だからな。ついでに変な奴が来ないか見張ってやろう』
どうやらレスペクトは移動するつもりはない様子。それだけでなく見張りまでしてくれると言うのでイルはそれに甘えようと考えた。
「ありがとう、そうしてくれるなら安心してレスペクトに任せられるよ」
『これ以上面倒なことを起こされては敵わんからな』
「でも自分より身体が大きいドラゴンに臆することなく突進する姿も格好良かったよ」
『あの程度、造作もないことだ』
ふいっ、と顔を背けるレスペクトだったが、声色からして怒っているようには見受けられなかった。
ダークドラゴンの攻撃を受けたときは心配で仕方なかったし、怪我してる姿を見たときは息が止まるかとも思ったが、回復魔法のおかげか今は何ともなさそうだったのでイルは人知れず安心する。
「そうだ。レイヤも凄かったよ。蜂毒の剣を沢山刺してくれたおかげでダークドラゴンに毒が回ったからねっ」
「え。何、あんたそんな物騒なもの振り回してたの?」
予め蜂毒の剣のことを知っていたイルと初めて蜂毒の剣を知り訝しむリリーフ。
リリーフは以前クイーンキラービーの毒にやられたことがあるため蜂毒と聞いて若干トラウマを抱き、毒を手にするレイヤから距離を取る。
変な勘違いをされても困るのでレイヤは蜂毒の剣の効果を説明し、今は全く毒はないとしっかり伝えた。
『イルー! 僕は? 僕はっ? いっぱい頑張ったよ! よ!』
「もちろんプニーも沢山頑張って守ってくれたよね。ありがとう」
『わーい! い! ……でも、イルの家守れなかった……た。もっともっとおっきいシールドが張りたかった……た』
喜んだと思いきや、今度はしょぼくれるようにその粘液を広げた。
元々家を守るくらい大きなシールドを作る目標があったプニーはまだそこまでの域に達していない自身の力不足さに嘆く。
そんな彼をレイヤが優しくぽんぽんと撫でた。
「プニー。俺も家を守れなかったから一緒だ。それどころか暴れた原因は俺の剣の毒でもあるからな。それにお前はちゃんと最後までイルを守ったからそこは胸を張っていい」
『……ほんと? と?』
「もちろん。プニーのシールドのおかげで私も怪我がないんだよ。十分過ぎるくらいプニーは守ってくれたよ」
『イル……僕もっともっと頑張る! る! お家守れるくらいにシールドを張れるようにする! る!』
デジールに負けないくらいプニーも単純ではあったが、彼の方が愛嬌もあるため、誰も単純とは思わなかっただろう。
そんなときだった。どこからか小さく呻くような声が近くから聞こえてきた。




