多種族の集合と壊される家
『こんなちっぽけな人間ごときに魔物や魔族が介入じゃと!? 不愉快! 目障りじゃ! その命をもって償うがよい!!』
ビリビリと身体に響くダークドラゴンの怒号にイルは「ひぇ……」と身体を強ばらせながら声が漏れる。この勢いで食べられてしまうんじゃないかと危惧するほど。
「ふははははっ! 今どき種族だのなんだのとその考えは古いわ! 余のように柔軟な思考を持たぬ哀れな古竜なぞ余の手で始末してやろう!」
「……色々と言いたいことはありますがこの際デジール様のことは無視をして私なりに仕置きをさせていただきましょうか」
デジールとアドラシオンが戦闘態勢に入るように闘争のオーラとも言えるような魔力を溢れ出し、ドラゴンを威嚇する。
そうだ、こっちには現代魔王様とその側近がいるからなんとかなりそうだと、イルは期待に満ちた目で魔族二人に目を向けた。
その力は未知数ではあるし、普段は魔族とは思えないお騒がせなことばかりしているのでつい忘れてしまうが、魔族二人の強さはそこらの冒険者より遥かに上で計り知れない。
イルとリリーフの前に立ち、自信満々の彼らの様子を見たレイヤも負けじと蜂毒の剣をドラゴンに向けて構える。
「いくぞ、アド!」
「かしこまりました」
デジールの手のひらから闇色をした炎が灯る。隣のアドラシオンに至ってはその手を覆う氷の刃を作り上げた。
魔王が声を上げて攻撃開始しようとしたその矢先━━。
「イルくんっ!」
その声を聞いた魔族の二人は駆け出そうとした足を止めた。
名を呼ぶ人物を心配するような渋い声にまさか今度は……! とイルが声の主を確認すると、凄い勢いでこちらに走ってくるドルックの姿が見えたので慌ててデジールとアドラシオンに声をかける。
「デジール! アド! 顔隠してっ!」
魔族特有の赤い瞳のアドラシオン。そして赤い瞳と金色の髪を揃えた魔王家系の証を持つデジールが人間の領地に足を踏み入れていることを一般的に知られるわけにはいかなかった。
特に冒険者ギルドのギルド長に知られてしまえば大事になること間違いない。それどころか戦争に発展してしまう可能性もなくはないのでなんとかこの場をやり過ごさねばならなかった。
イルの焦り声によりアドラシオンが氷魔法を素早く解き、収納魔法によって取り出したフードを手にするとすぐさまデジールの目立つ髪と目を隠すため頭から深く被せる。
もちろん自身の目を隠すため同じく目深くフードを纏うことも忘れず。この間僅か数秒という早業である。そしてイルの元へ駆けつけようとするドルックから距離を取った。
ひとまず身体的特徴を隠すことが出来て安堵の溜め息をつくとドルックが彼女の前へと辿り着く。
「はぁ……なんとか間に合ったようだね。突然ダークドラゴンが君の自宅の方に現れたから急いで討伐隊を組んでるんだけど居ても立ってもいられなくて編成は下の者に押しつけて来ちゃったよ。まぁ、カリュブディスを仕留めたイルくんなら大丈夫だと思ってはいたんだけどね」
「大丈夫だと思ってたのにわざわざ来てくれたんですか……?」
「そりゃあ、イルくんの穏やかな生活を守るためにね。これ以上目立ちたくはないのだろう?」
確かにその通りだ。ドルックにもそのような生活を望んでいることも伝えていたし、彼にも納得をしてもらえていた。
そんな彼女の望みを叶えようとわざわざギルド長自ら出てきてくれたことにイルは感謝で胸がいっぱいになる。
「あ、ありがとうございますドルックさんっ」
「これくらいお安い御用さ。僕に任せてくれたまえ」
ナックルダスターを装備し、戦闘態勢に入るドルック。彼が来たせいで魔族二人が目立つ行動を取ることが出来なくなった今、新たな助っ人としてドルックに向ける期待は大きい。
(せっかくリリーフに格好いい所を見せるはずだったのに……!)
(イルさんを骨抜きにさせる作戦が……)
デジールとアドラシオンはというと、見せ場になっていたはずなのに披露出来ずフードの下で悔しげな表情をしていた。
そんな中、新たな人物の登場により苛立ちに震えていたダークドラゴンが怒りを爆発し、ドシンと地に足をつけて吠える。
『ええい! 黙っておれば次から次へと邪魔ばかり! 何人増えようが儂にかかれば主らなんぞ消し炭に━━!?』
その瞬間、ドラゴンの腹部へと突進するものがいた。あまりの勢いで内蔵が潰れるのかと錯覚するほど深く突かれる。
黒に近い茶色の大きな砲弾の正体はダークドラゴンが最初に尻尾で小屋へと吹き飛ばしたレスペクトだった。
ダークドラゴンは倒れることはなく踏みとどまった状態ではあるが、少なからずダメージを受けたようで身体を丸めさせ小さく呻いている。
タックルをしたレスペクトはその反動でイルのすぐ近くへと跳ね返り、それ以上後退しないために硬い蹄で踏ん張りを見せる。
「レスペクト!?」
いつもの彼とは思えないスピードだったので一瞬何がドラゴンにぶつかったのかイルはわからなかった。
カトブレパスはどちらかというと緩慢な動作をする魔物だからあそこまで全力疾走するのを見たことがない。
小屋へと吹っ飛ばされてから姿が見えなくて不安だったが、無事で安心したのもつかの間、レスペクトの足は少しよろめいていた。
それだけでなく顔と思わしき所から血が滴り落ちている。全身が毛深いため、顔なのか頭部なのか怪我の程度も箇所もわからないがイルが気が動転するには十分だったため従魔の元へ駆け寄った。
「レスペクト大丈夫っ!? 怪我したの!?」
『血! 血が出てる! る!』
慌ててイルが回復魔法であるヒールをかけると血はすぐに止まった。不安定だった足取りもなんとか持ち直すことが出来たようでおそらく足にも怪我を負っていたと思われる。
『まったく、少し打ち所が悪かっただけのことでお前らは騒ぎ過ぎだ……』
「だって全然姿を見せなかったから……!」
『気を失っていただけだ』
さも当たり前のように言うがそれは危険な状態だったのでは? と、イルは肝が冷える。
早くレスペクトの所へ向かえば良かった……と自責の念にかられるが、そんな余裕はなかった。
ダークドラゴンが怒りの咆哮を上げて立て直したからだ。
『人間に飼い慣らされた獣のくせにっ! 儂に傷をつけると言うのか!』
「負傷していたのかい? あのカトブレパスくんでも厄介な相手か。討伐隊が来るのを待った方がいいのかな?」
「ちなみに討伐隊ってあとどのくらいで……?」
「30分くらい? 何せ押しつけてきたから詳しい時間はなんとも言えないかな」
30分。それまで持つかどうかわからない。やはり今いる面子と自分が頑張らなければとイルは目の前の脅威と立ち向かう決心をする。
そのとき、鼻で笑う従魔の声が聞こえた。
『案ずるな。あれは見た目だけで大したことはない』
「え、えっ? 大したことないっ!? あれで!?」
突然何を言い出すのかと、イルは慌てる。先ほどその大したことないという相手によるドラゴンテールを受けて負傷したというのに。
『見たところあいつは必殺技とも言えるブラックホールは放たなかったようだな』
ブラックホールと聞いてイルは身震いをする。闇の空間を生み出し、それに引き込まれ光すらも飲み込むという上級魔法。
吸い込まれたら闇の中で重力をかけられ、運が悪ければそのまま圧死するとも言われている。確かにそんな大技を撃ち込まれたらみんなが無事ではいられない。
『それどころかダークボールを連発していた声が聞こえたくらいだ。低級な魔法にしか頼れないとは随分と弱体化しているようだな。そうだろう? ダークドラゴンよ』
『っ……』
図星だったのかダークドラゴンは言葉に詰まった。
「イルくん。カトブレパスくんはなんて?」
「えっと、ブラックホールを放たないので弱体化してるんじゃないかって」
詳しいことはよくわからないが弱体化しているなら勝ち目があると考えたのか、ドルックは口元を歪めて笑みを浮かべた。
「なるほど、それなら勝機はあるね。イルくんはそのまま防御に徹しても大丈夫そうだ」
「ほ、本当ですかね? いくら弱体化しているとはいえダークドラゴンが強敵なのは変わりないのでは……?」
「レイヤくんにカトブレパスくんもいるし問題ないさ……まぁ、そこの謎の二人の存在は気になるところだけど」
ちらり、と鋭い目でフードを被る魔族二人へ目を向けるドルックにデジールはびくりと肩を跳ねさせる。
「彼ら……いや、彼女らかもしれないけどダークドラゴンを前にして逃げ出さないのだから度胸はなかなかだね。見た目からして怪しいけど」
「あの二人は私達の友人よ。詮索はやめてくれない?」
不機嫌そうに腕を組んで呟くリリーフの言葉にドルックはぴくりと反応する。
彼女がイルの友人の一人ということは知っていたが、フードを被る二人の存在は知らなかった。
しかし、リリーフが友人と告げたあとでイルの顔色を窺うと彼女は何度も勢いよくこくこくと頷くのでひとまずそういうことにしておこうと決める。
「今はそれで納得しておこうか。こちらへの敵意はなさそうだし」
にっこりと笑いながらも完全には信用してないとも取れる発言だったが、とにかく今は触れないだけありがたかったイルは胸を撫で下ろす。
『危ない! い!』
プニーが叫ぶ。ダークドラゴンの尻尾がイル達に向けて横に振りかぶってきたのだ。
みんなを守るため、プニーがシールドを張ろうとしたそのとき、素早く動いたのはドルックだった。
加速して空を切るドラゴンテールに向かい、ドルックは己の拳をぶつけて打ち返す。
『っ! 人間ごときの正拳突きで儂の尾を弾くじゃと!?』
「僕、人間の中でも上位には入るくらい強いからね。ま、ブラックホールを出せないダークドラゴンなんてもはやただの大きなトカゲと変わりないけど」
挑発するドルックの言葉にダークドラゴンはブチブチッと何かが切れた。
『トカゲと一緒にするでないわ! 主らなんぞブラックホールを使用せずとも叩き潰してくれるわ!!』
ドラゴンは口開きダークボールを連射し始めると、イル、プニー、リリーフ以外の者がその場から動き出した。
プニーはイルとリリーフを守るためシールドを張り、ダークボールを防ぐ。
集中砲火ではなく、他のメンバーにも向けて撃ち込むためシールドはなんとか持ちこたえてくれた。
デジールとアドラシオンは黒い球体をひたすら避けながらドラゴンと距離を取る。魔法を使用したいのにドルックの前で迂闊なことをして正体を知られるわけにはいかないので何も出来ないままだった。
ドルックはイル達に攻撃がいかないように自分へとターゲットを向けさせ、わざとダークドラゴンに近づいてはナックルダスターを装着した拳でその巨体へ何度も撃ち込んでいく。
レスペクトは自身を吹っ飛ばした尻尾の先を食い込むくらいの力で噛みつき、そのまま強く引っ張ると何倍もあるドラゴンの身体を横転させることに成功する。
その衝撃は軽い地震が起こるほどで、その隙は誰しも逃さなかった。レイヤもその一人だ。
まだイルによる補助魔法の効果がある彼は高く地面を蹴り上げてジャンプし、ダークドラゴンの顔面めがけて蜂毒の剣を突き刺そうとする。
「くらえっ!」
『調子に乗るな小童め!!』
体勢が崩れようともドラゴンは慌てることはなかった。口を開き、魔法を放つ準備を行う。
レイヤがダークドラゴンに剣を突き立てるのが先か、ドラゴンが魔法を撃つのが先か、それは一か八かの賭けである。
すでに二度、蜂毒が相手の体内に入り込んでいるはずだが、いまだに効果があるようには見えない。
人間相手ならばキラービーの毒はすぐに効果が出るだろうけど、ダークドラゴンには効かないのか、それともまだ毒が効いてないのかわからなかった。
それでも何度もやるしか今のレイヤには出来ないのだ。
しかし、ダークドラゴンの魔力を溜める方が早く、これは間に合わないとレイヤはすぐ察した。せめて落下スピードが速かったらチャンスはあったのに。
こうなったら魔法を斬れるか試すしかない。それが駄目なら攻撃に当たろうとも突き刺すことに集中しよう。レイヤはそう心に決めた。
『ダーク━━』
「ウィンドプレッシャー!」
黒い球体が放たれる前にイルが魔法を発動する。上から強い風圧をかけられたことによりレイヤの落下スピードが一際速まった。
これなら相手の魔法を受けるまでに刺せる! そう確信したレイヤは大きく口を開けるダークドラゴンの舌の上に毒刃を突き刺した。
『ボ、オオオオォォォーーッ!!』
さすがに外皮を傷つけるより口内の方が敏感だったのか今までにないほどの悶絶を見せるドラゴンは激しく暴れ始めた。
慌ててドラゴンの舌に刺した剣を抜いたレイヤはその場から離れる。レスペクトとドルックも同様に身悶えるダークドラゴンから距離を取った。
『ぬ、ううううっ! 許さん! 儂をここまでコケにしよって! 主ら皆殺しにしてひゃるから、の……っ!?』
突然、滑舌が悪くなったことでダークドラゴンは驚き、ようやく己の身に何かが起こっていることに気がついた。
感覚が鋭い舌にキラービーの毒が回り、すぐに効果が発揮したのだろう。
舌はビリビリと痛みと熱を持ち始め、それと連動するかのように尻尾と指の間に刺された毒も活発化し、ダークドラゴンの体内を蝕んでいく。
『ふ、ぐ、ううっ! ォォォォオオオオオッ!!』
焼けるような熱と、身体中の血流が暴れるような痛み、そして一番最初に刺された尾には急激な冷えを感じた。
こんなはずでは、こんなはずではなかった。この程度の毒、本来の自分ならばなんてことなかったはずなのに。
ダークドラゴンの心の叫びは雄叫びに変わり、最後の力を振り絞って元凶であるイルになんとか一泡吹かせてやりたかった。
しかし、すでにイルの周りには幾度となく邪魔をしてきた多種族が集まっていて、彼女に傷ひとつつける隙を与えさせてはくれない様子。
それならばと邪竜はねぐらを破壊してやろうと毒で酷く痛む身体を無理やり動かし、住居である屋根へとその手を突っ込んだ。
「な、なっ!?」
どうやらイルを動揺させることには成功したようでニッと悪い笑みを浮かべ、牙の間から毒の影響で血を垂らすダークドラゴンはもう一発お見舞した。
「や、やめてよ! その家は家族の思い出がっ!」
生まれてからずっと両親と共に過ごしてきた中古とはいえ思い出のある家。家の中はいまだ残る両親の私物だってある。
そんな大切な住居を壊されるわけにないかなくて制止を求める声を上げるがドラゴンは聞く耳を持たない。
大きな音と共に崩れる家の天井。完全に屋根は破壊されるもまだ上部だけ。
最後の仕上げと言わんばかりにドラゴンは感覚の失った尻尾を振り上げ聳え立つ家屋を潰そうとした。
「! やめてってば! それ以上壊さないでっ!」
イルの悲痛な声に周りの人間、魔族、魔物達が反応する。レイヤは再び剣を強く握って魔力を流し、ドルックは青筋を立てながら拳を強く握り、リリーフはガンを飛ばす。
デジールとアドラシオンは目立つのを承知でそれぞれ魔法を発動しようと構え、レスペクトは怒りのオーラを漂わせ、プニーは怒りに震えていた。
「っ、やめてって、言ってるでしょ! ロックフォール!!」
戦える者達はドラゴンを止めようと動き出そうとしたそのとき。大きな声で、ありったけの力を込めた魔法をイルが誰よりも先に発動した。
その瞬間、ドラゴンの頭上から大岩が何個も何十個も降り始めた。勢いある落石の雨にダークドラゴンは最後の一振りを行う前に岩の下敷きとなってしまう。
『ぬ、ぬぬぬぬぬぬっ!!』
何としてでも止めるため、イルの容赦ない攻撃はようやくダークドラゴンの動きを止めることに成功する。
怒りの興奮もそれ以上上がることはなく、息を切らしたイルは静かに深呼吸をした。




