ガレット・デ・ロワと王様の日
パティスリー・ザーネの開店準備中のことだった。出来上がったケーキをショーケースに並べていると厨房からドターン! と激しい音と「キャーー!」という悲鳴が聞こえてたので何事かと思い、パティシエさん達の作業場へと私は向かった。
「ど、どうしましたかっ!?」
駆けつけてみれば私の教育係だった先輩と思わしき人物が全身真っ白の粉まみれになって倒れていた。
そんな彼女の元に私や店長のザーネさん、そして他のパティシエさん達が集まる。
「せ、先輩っ……ですよね!? どうしたんですか!?」
「うぅ……ちょっとドジ踏んじゃったみたい……ケホッ」
「しっかり者のあなたがここまで派手に転ぶなんて珍しいですね。大丈夫ですか?」
どうやらザーネさんはその事故を見ていたようだ。近くには破れた小麦粉の袋があるので、おそらく小麦粉を厨房に運ぶ途中で転んで、さらにその拍子で袋も破れて小麦粉を被ってしまったのだろう。
「あ、はい。でも、小麦粉を駄目にしちゃいました。すみません、店長……」
「いえ、怪我がなければ良かったです。それよりも着替えた方がいいですね」
「そうですね……あ~ぁ。髪も顔も真っ白になっちゃった」
大きな溜め息をつく先輩がなんだか不憫だ。今から着替えるにしても髪とか洗った方がいいかもしれないし、時間がかかりそう。
それならばと私は先輩に向けて清潔魔法をかける。
「クリーン」
発動するとすぐさま小麦粉は消え去り、先輩も真っ白の粉まみれではなくなった。
先輩は小麦粉がついていた己の手のひらを見て瞬きを何度もする。
「あ、ありがとうイル! クリーンが使えたのね! おかげで着替えずにすむよっ!」
「いいえ、これくらいお易い御用ですよ」
「イルさん、ありがとうございます。わざわざすみませんでした」
先輩だけじゃなくザーネさんからもお礼の言葉をいただいてしまった。
もちろん、先輩のためにしたことではあるけど、なんだか今の先輩が何かをやらかした私みたいだったので何とかしてあげたいという気持ちがより一層強くなったのだ。
私もあれくらいのことやりかねないし……って思うとなんで私がああならなかったのか逆に不思議である。
いつもなら私に被害がくるというのに本当に珍しいものだ。
「では、私はそろそろ作業に戻ります。そろそろガレット・デ・ロワが焼き上がる頃ですし」
そう告げるとザーネさんはオーブンへと向かい、仕事に取りかかる。
ガレット・デ・ロワ。新しい一年の最初の月に食べるケーキだ。しかも中にはひとつだけ小さな陶器の人形であるフェーヴが入っていて、それが出てきた人は一日だけ王様になれるのだとか。
私は食べたことがないのでどんな感じで盛り上がるかはわからないけど、楽しそうということだけはわかる。
それならば明日はリリーフも遊びに来るし、私もガレット・デ・ロワを作ってみようかな。
そうと決まれば勤務終わりに私はすぐにケーキに入れるフェーヴを購入した。
色んな種類があって迷ったけど、王様を決めるに相応しい王冠の形をしたものだ。
帰宅してからレシピブックを開き、作り方の手順を確認。
材料は軟質小麦粉、硬質小麦粉、卵、砂糖、バター、アーモンド。
ふむふむ、パイ生地だけは今日中に仕込んでおこうかな。寝かせるのに時間がかかるし。
そうと決まれば早速パイ生地作りに取りかかった。
翌日、生地の中に入れるアーモンドクリームから作る作業を始める。
ボウルに室温に戻したバターを入れてクリーム状になるまで混ぜてから砂糖、卵を入れた。
あとはアーモンドパウダーも入れたいので朝食であるサンドイッチを頬張るプニーに攪拌をお願いした。
「プニー。このアーモンドをパウダーにしてもらっていい?」
『任せてー! てー!』
ぴょこぴょこと跳ねながらブレンダーと口にすると、お願いしてた分のアーモンドは小さな竜巻のように巻き上げられ、一瞬にしてパウダー状に撹拌されボウルに戻った。本当にプニーのブレンダーは便利である。
出来上がったアーモンドパウダーをクリームの入ったボウルに入れて混ぜ合わせたら絞り器に詰めて、昨日作ったパイ生地の上に絞るため冷蔵庫で休ませていた生地を取り出す。
二枚分の生地のうち一枚はパイ皿の上に敷いた。その上に円を描くようにぐるぐるとアーモンドクリームを絞る。
王冠のフェーヴを外側のクリームに埋めて表面をならし、もう一枚の生地を乗せる。下の生地とぴったりと重ねるのではなく、45度回転させてから重ねるとのこと。
パイ皿に沿ってはみ出た生地を切り落とし、生地の端を指で押さえて軽く切り込みを入れ、生地の表面を卵液で塗る。
あとはナイフで模様をつけるのだけど、これがちょっと難しい。力を入れたら中まで貫通しちゃうし、破れないようにしないと。
少し緊張したけど、なんとかそれらしい渦巻き模様を描けることが出来た。そして最後に数箇所空気を逃がす穴を開け、予熱で温めた石窯オーブンに焼いていく。
その間に砂糖と水で溶かしたシロップを作っておき、焼き上がったらそのシロップで表面を塗ってツヤを出せば完成だ……けど、焼ける前に本日のメンバーが集ってしまっているので急いでパイに切り込みをいれる。
最初にリリーフが来たと思ったらすぐにデジールとアドラシオンもやって来るのでお茶の用意まで手が回らないため、そこはリリーフにお願いした。
「しょうがないわね」と言いながらも手伝ってくれるからリリーフ様々である。
紅茶を淹れ終えたくらいに私もガレット・デ・ロワを持ってテーブルに運ぶ。
「みんなお待たせー! ガレット・デ・ロワが出来た、よっ……!?」
駆け足だったのがいけなかったのか、床に躓いてしまった。
「イル!」
レイヤが手を伸ばしてくれるのが見えた。でも、間に合わないだろう。これは派手に転ぶ。そう確信さえする。
ケーキを持っているせいでバランスを取ることも出来なくて……いや、元々バランスを取るのは下手なのかもしれないけど、私は前のめりに転んだ……と、思った。
「危なかったですね、イルさん」
「ア、アドっ」
いつの間にか私はアドラシオンに抱えられ、持っていたガレット・デ・ロワも彼の手にあった。
……それにしても凄い瞬発力だ。レイヤやリリーフより少し離れたデジールの後ろに控えていたはずなのにこの素早さである。本当に優秀な側仕えだ。
「大丈夫でしたか?」
「うん、ありがとう」
おかげで盛大にすっ転ぶことなくすんだ。安心してアドラシオンの手から離れようとするが……離れない。あれ? おかしい。離す気がないような……。
戸惑いながらアドラシオンを見るとずいっと顔を寄せられ、反射的に少し仰け反ってしまう。
「……ときめきません?」
「いえ……」
むしろどこか怖いのですが。とはさすがに言えなかった。そんな私の思いを知ってか知らずか、彼は「やはり駄目ですか……」とぶつぶつ呟いていた。
「そろそろイルを離してくれますか?」
そこへレイヤが不服そうな声で間に入ろうとした。いつでも剣を鞘から抜けるように柄を手にしながら。
最近のレイヤは家の中でも剣を持ち歩くようになっているからいつでも戦闘態勢に入れる。
なんでもいつ何が起きるかわからないから油断ならないのだと。
レイヤもこう言ってくれてるのだし、アドラシオンも離してくれるだろう。そう思ったのだけど、全然離してくれない。むしろ力入ってる……?
ちょっと、アド……と口にするが相手はどこか楽しげに笑うだけ。
「ですが、レイヤさん。こうしてると私達お似合いだと思いません?」
この人はいきなり何を言い出すのか。
「は?」
私は頭をぶんぶんと横に振るがレイヤはアドラシオンの言葉を真に受けたようで眉間の皺が深くなる。
二人の間に火花が散っているようなのだが、本当に君達はいつからそんなに仲が悪くなったの!? ちょっと前までそうじゃなかったよね!?
レイヤは何かと突っかかってくるし、アドラシオンはそんな彼の神経を逆撫でにしようとするし、巻き込まれる私の身になってほしい!
「側近、いい加減にして」
そこへ鶴の一声とも言えるリリーフの不機嫌そうな声で場が静かになった。これは……かなり怒っている。腕を組みながらただ立っているだけなのにそのオーラは凄まじい。
「そ、そうだぞ、アド! 少し控えよ!」
男の子デジールはリリーフの味方ということもあり、すぐに制止の声を上げる。
そのおかげか、アドラシオンはスッとようやく私を離してくれてガレット・デ・ロワも返してくれた。出来ればもっと早くしてほしかったけれども。
「これはこれは失礼いたしました。未来の王妃様のお言葉なら従わざるを得ませんね」
「ならないわよ」
「!」
デジールがとてもショックを受けた顔を見せる。相変わらずリリーフは誰に対しても強いなぁ……。
「イル、本当に大丈夫か?」
先ほどアドラシオンに敵意剥き出しだったレイヤが心配そうに尋ねてくる。おそらくその言葉の意味は躓いたことよりアドラシオンから何か被害は受けていないか、ということだろう。
大丈夫だよと伝えると彼はどこか安心した表情をする。
『イルー。ケーキ食べよー。よー』
「あ、うん」
プニーに急かされ持っていたガレット・デ・ロワの存在を思い出した私は切り込みを入れた状態のホールのままテーブルの中央に置く。
「それじゃあ気を取り直して、ガレット・デ・ロワを食べよっか。ひとつだけ王冠のフェーヴが入ってるからそれを当てた人は今年の王様だよ」
(……王様ゲームみたいなものか)
順番に食べる部位を決めてお皿に盛り付ける。見た感じどのガレットからもフェーヴがはみ出ている様子はなく、上手いこと隠れているようだ。これは誰に当たるかドキドキである。
そういえば今回はグロルはお留守番らしい。デジールによると前回のあの後、アドラシオンからまたこってり絞られたのだとか。出来ればもう少し丸くなってほしいものだ。
そんなことをぼんやり考えながらも早速みんなでガレット・デ・ロワを食べ始める。
口にする前にバターの香りが鼻をくすぐり、歯を立てるとサクサクといい音を奏でるパイ生地とアーモンドの香ばしさが口の中で広がった。
========================================
レベルアップしました。アースウォールを覚えました。
========================================
またひとつレベルが上がった。もうレベルも70を超えているのだけど実感が湧かないや……。
そろそろ運を正常値にしてくれる魔法かスキルがあってもいいんじゃないかと思うのだけど、もしかしたらそんな都合のいいものはないってことない……?
運の数値だけ最初の頃と全然変わらないんだよ? レイヤに貰ったラピスラズリのブレスレットのおかげで-95のままだけど、それでもマイナスのままだし、レベルが上がっても変わらないこの数値って逆に何かあるんじゃないかな。
……ううん、呪いの可能性、もしかしたら本当にあったりする? これは調べてもらうことも視野に入れた方がいいかも……。
でもウォール系魔法を覚えるのはありがたい。前にも感じていたけど防御魔法はいくつあってもいい。
あ、でもこれで火、水、氷、風、地魔法のウォール系は全部扱えるようになったんだ。
========================================
・アースウォール
土の壁を作り出すことが出来る。
========================================
念のために魔法の詳細も確認してから食べるのを再開させる。
焼き色も綺麗だし、模様を描いたおかげでなんだかリッチな見た目だ。味も問題なさそうだし、みんなも美味しいと言ってくれるので私も笑みがこぼれた。
……しかし、デジールは相変わらずアドラシオンから待てをされているためみんなより食べるのが遅れる。
まだかまだかとイライラとソワソワする彼に毒味を終えたアドラシオンからの許可が降りるとデジールも急いでケーキに手をつけた。
しばらくしてからカツン、とフォークに硬いものが当たる音がした。
私……ではない。うん、やっぱり。こういう運試しで当たることなんてないし。
「これがフェーヴか?」
そう尋ねてきたのはレイヤだった。彼の食べ進めたガレットの中には間違いなく私が仕込んだ王冠の陶器が姿を見せる。
「そうだよ、おめでとうレイヤ! 今日一日レイヤが王様だよ!」
「なぁんだ、あたしじゃなかったのね。運のいい男だこと」
『レイヤ王様なのー? のー? おめでとー! とー!』
すでにケーキを平らげたプニーが食べかすをつけた状態で祝福する。リリーフはよりにもよって、と言いたげではあったが、悔しがるほどではなさそうだった。
しかし、一番に悔しがる人物が一人だけいた。
「な、なんだと!? 王と言えば余であろう!?」
「デジール様。運試しのようなゲームにいちいち文句をつけるものではないかと。そもそも運さえも味方にしないあなた様に問題があるのでは? 王と名乗るなら運も引き寄せないでどうするつもりです?」
「無茶言うでない!」
ギャーギャー騒ぐいつもの二人をそのままにして本日の主役であるレイヤにひとつだけ確認をする。
「レイヤ、王様になったことある?」
「いや……ガレット・デ・ロワというのも食べたことなかったし。王様になったら何かあるのか?」
「一日王様として振るまえるよ」
「ガラじゃないな……」
「あとはパートナーを指名出来るかな。選ばれた人はその一年幸せになれるんだって」
あ、でもさすがにこのメンバーだと……と、口にしたところでレイヤに名前を呼ばれる。
「それならイルを俺のパートナーに指名する」
「!?」
おそらく全員がその言葉に反応しただろう。私を含めみんな驚いたに違いない。
「え、あ、レイヤ。あの、パートナーって言うのは王様の伴侶となる人のことで……」
慌ててパートナーについての説明をする。王様が選ぶのは王妃様、王妃様が選ぶのは王様。つまり好きな人を選ぶものである。もちろん家族の場合だってあるし、同性を選ぶこともあるだろう。
そりゃあ友達を選ぶこともある。あるのだけどこの場合、恋愛対象の相手としか捉えられないため普通は異性を避けるものだ。
説明を終えるとレイヤはしばらく固まっていたが、その後片手で顔を覆い俯いてしまった。そうだよね、そうなるよね。ちゃんと説明しなくてごめんね……。
「……申し訳ないことをした」
「いや、レイヤが謝ることじゃないよっ。ごめんね、恥ずかしい思いをさせちゃって……」
「無知な俺が悪い……が、それでも俺はイルを指名することに変わりはない」
「えっ?」
まさかの言葉だった。顔を覆ってたレイヤはその手を下ろし、少し赤くなった表情ではあるが、彼ははっきりと口にした。
「イルには幸せになってほしいから」
「レイヤ……」
私の運の数値を気にして選んでくれたんだ。そう思うと少しだけ感動に胸が震えた。レイヤの優しさが身に染みる。
「ありがとう。レイヤが選んでくれたなら幸せになれそうだよ」
口にするとちょっと照れくさくてはにかむような笑みを向けるとレイヤも同じことを思ったのか視線を逸らしながらも「なら、良かった」と小さく呟いてくれたのだった。
「何よ、あの雰囲気。甘っ」
『リリーフ、砂糖入れすぎたのー? のー?』
「そういうことじゃないのよ、プニー」
『?』
「なぁ、アドよ。あいつらは付き合っておったのか?」
「そうではないはずです。それに私にとっては都合が悪くなりますのでそうなってもらっては困りますね」
「貴様のその夢魔としてのプライドそろそろ折れる方がいいのではないか……?」
「いいえ、絶対に折れません」
「……」




