プロフィットロールと新しい一年の始まり
少し寂しい年の瀬を跨いだ翌日。
新しい一年が始まった朝方、レイヤの様子を見たら顔色は昨日より少しマシにはなっているものの、まだ熱っぽいのが残っているようなのでゆっくり部屋で休んでもらうことにした。
念のためプニーをレイヤの部屋に置いて、レイヤが悪化しないか見てもらうように頼むと、彼もレイヤを心配しているようなので「任せて! て!」と頼もしい返事をしてくれた。
そして昼を過ぎた頃、新年早々に魔族組が家に訪れる。
男の子姿のデジールとアドラシオン、そして魔城専属パティシエであるグロルも一緒にやって来たのだった。
どこで聞いたのか、精霊祭の日が私の誕生日ということを知った彼らにまでプレゼントをいただいてしまった。
「イルがもし気が変わって余のパティシエとして働くことを決めて城に住みたくなったときのためにこれをそなたにプレゼントしよう!」
と、城の一室に私の部屋を作ったというデジールからその部屋の鍵をいただいた。……何気に諦めてないんだ、この子。
グロルにチョコレートスイーツのレシピを伝授したら諦めると思ったんだけど……。
「それにそなたが我が城に住めばリリーフも来てくれるかもしれんしな!」
輝くような瞳でそう仰る魔界の王。なるほど、リリーフを釣るためなんだね。もしかして彼の側近に言いくるめられたのだろうか。
……万が一、私がその通りにしたとして、そう簡単にリリーフはついて来ないと思うなぁ。
「私は魔界で有名なフレグランス店の最新作をお持ちいたしました。最初に使用する際、瓶の中に自分の血を垂らすと使用者にぴったりな香りを生成することが出来ます」
「へぇ、凄いね」
「なので私の血を垂らし、私の香りにしました」
「なんで?」
私の血を垂らして私ぴったりの香水にするのではなく? アドの香りをなぜ私に?
「いつでも私の香りに包まれてほしいと思いました」
「そ、そうなんだ……」
なんだか色々と怖いし使いづらいので使用するのは控えよう。タンスの肥やしになるかも。
「……俺は何もねぇよ。物欲しそうな顔するな、人間」
グロルに目を向けると彼はぶっきらぼうに答える。そんなつもりは全くなかったのだけど、と口にしようとしたら先にアドラシオンが彼を小突き「態度が悪いですよ」と冷ややかな視線を向けた。
ドッと大量の冷や汗を流すグロルを見て可哀想だと思うが同時に不器用な子だなとも感じる。
「えっと、グロルさんもいるってことは今日は彼にチョコレートレシピを教えたらいいのかな?」
「お願い出来ますか?」
「うん、わかった」
「イルよ、今日はなんのスイーツを食わせてくれるのだっ?」
「そうだね……プロフィットロールがいいんじゃないかな?」
予め、デジールが来たときのためのことを考えて次に作るスイーツの目星はつけていた。
本当なら冷蔵庫にあるミルフィーユを出したいところだけど、あれはレイヤのだし、さすがに今来てる人数分はない。だから結局新しく作るしかないのだ。グロルに教えるためにも。
「ふむ。よくわからんが楽しみにしておるぞ」
今から作るから少し時間がかかるんだけど、楽しみにしてくれてるなら頑張るしかない。
レシピブックを取り出し「それじゃあグロルさんも行こっか」と伝えるとグロルはムスッとした表情で「おう……」と小さな返事をする彼を連れてキッチンに立つ。
「フロート」
最近気づいたのだけど目的のページを開いて浮遊魔法で自分の目の高さに浮かせたら、わざわざ手に持つことなく見ながら調理することが可能になった。
ページを捲るときはウィンドを使えばいいし、もっと早く試したら良かった便利な技だ。
材料は軟質小麦粉、卵、バター、牛乳、カトブレパスのミルク、砂糖、塩、水、チョコレート。
小鍋にバター、塩、水、砂糖を入れて沸騰させ、ふるいにかけた軟質小麦粉をいれて混ぜていく。
塊になってきたら火を止めて解した卵を少しずつ加え生地の柔からかさを調整する。
絞り袋に生地を詰めて耐熱ペーパーシートを敷いた天板の上に小さく絞っていく。
絞った生地の天辺に水をつけた指でちょんちょんと押してから卵液を生地の上に塗って予熱で温めた石窯オーブンに入れて焼く。
次にカスタードクリームだ。昨日に引き続き作るとは思わなかったけど、卵黄と砂糖を小鍋で混ぜてからふるにいにかけた軟質小麦粉を混ぜて、ヒートで温めた牛乳を少しずつ加えて混ぜ続けば出来上がりだ。
あとはクリームや焼き上がった生地も冷ましながら次の小さな生地も焼いていく。
ここまでの工程はシュークリームを作るのと変わらないんだけど、プロフィットロールとは小さなシュークリームにチョコレートソースをかけて山のように盛りつけるスイーツらしい。
少し時間が出来たのでその間、グロルに他のチョコレートレシピをメモらせておいた。
嫌々そうにしていたがそれが彼への罰でもあるので頑張ってもらわなければならない。
デジールは暇そうにしていたが、リリーフの話を少ししたらすぐに食いついてくれたので暇だからと暴れるような心配はなかった。
「それで今日はリリーフは来ないのか?」
「今日はその予定はないかな……」
そわそわしながら尋ねるデジールだったが、その期待に応えられない返答をすると彼はズーンと落ち込んだ。
そんなデジールをアドラシオンに任せて、最後の生地も焼けたのでそちらも冷ましながらそろそろ仕上げにかかる。
魔界産チョコレートを割り、レスペクトのミルクと共に入れて火にかけ溶けたらチョコレートソースの完成。
あとはシュー生地にカスタードクリームを詰めてプチシュークリームの上部にチョコレートソースをつけ、何個も積み上げていけばプロフィットロールの出来上がり。
「それで完成か?」
「うん。あとは味見して━━」
「出来たのかイルっ!? 味見などはいいから早く持ってくるのだ!」
リビングで待っていた魔王様が待ちきれないと言わんばかりの声を上げる。バンバンとテーブルも叩くので仕方なく出来上がったばかりのプロフィットロールを彼の元へ届けた。もちろんアドラシオンの分も。
味見をしていないけど大丈夫なのかなと思うがその点は側近であるアドラシオンが毒味をするから彼にお願いしよう。お仕事の一環だろうし。
そして案の定、アドラシオンから待てをされたデジールは側近の毒味の結果が終えるまで大人しく待ち、嫌がらせのごとく長い時間をかけてからアドラシオンはデジールにゴーサインを出した。……本当にどっちが主なのかわからなくなるなぁ。
デジールは大好きなチョコレートを味わいながら「美味いぞ!」と嬉しい言葉をくれた。
良かった良かった。それじゃあ、私も自分用のプロフィットロールをいただこう。
キッチンに戻って自分の分である小さな山のシュークリームの天辺にフォークを刺して口に入れる。
プチシュークリームとチョコレートソースが絡まったスイーツが美味しくないわけはなかった。
魔界で作ったチョコレートもそうだけど、うちのレスペクトの生クリームが合わさってるのだから間違いないもんね。これは誰が食べても美味しいはず。
シュー皮もちゃんと出来てるし、積み重なったシュークリームの見た目もなんだか夢があっていいしね。
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レベルアップしました。アンロックを覚えました。
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ピロン。レベルアップと新しい魔法を知らせる画面が目の前に浮かぶ。
アンロック、解錠魔法だね。
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・アンロック
施錠されたものを解錠することが出来る。
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やはり間違いない。とはいえ、施錠されている場所を無理やり開けるような行為はなかなかないと思うなぁ……。いや、あってほしくない。
それに盗賊のような真似事にもなりそうだし、私がそんな野蛮なことをしたらさすがに星になったお父さんとお母さんも悲しむだろう。
……うん。使う機会はなさそうだ。
そう納得して、プロフィットロールを食べ進めていく。ふとリビングに座る魔族組に目を向けてみると、グロルにも用意したプロフィットロールは手つかずのようであった。
「グロルさん、食べないの?」
少し気になり、彼に声をかけてみた。チョコレートを嫌悪しているらしいし、食べるのも嫌なのだろうか。
「お前に関係ねぇだろ」
うーん。相変わらずのこの態度である。魔族にこう思うのは失礼だろうけどまるで不貞腐れた子どものようだ。
「でも、せっかくだから一口食べて味を確かめた方がいいんじゃないかな? 専属のパティシエさんなんだし」
「だからっ! お前が口を挟むなって!」
勢いよく立ち上がったグロルはそのまま私の肩を突き飛ばした。そのせいでよろけてしまい、尻もちをつくはめになる。相手もまさか私が転けるとは思っていなかったのか「あ……」と小さく呟いた。
「グロル……あなたまだ自分の立場を理解していませんね?」
冷淡なアドラシオンの声を聞いてグロルがびくりと肩を跳ねさせて青白い顔に変わる。
「ア、アドラシオン様っ……す、みません」
「謝る相手が違うのでは? 女性の扱いもままならないなんてヴァンパイア族として情けないですね」
「……っ。わ、悪い……立てるか?」
びくびくした様子で床に座る私の前へと手を差し出すグロル。
精一杯の彼なりの謝罪なのだろうけど私はその手を取り、立ち上がろうとはせずにそのまま強くグロルの手をぐいっと引っ張って派手に転ばせた。
「だっ! て、テメェ何しやがる!」
「仕返しだよ。これでおあいこってことで」
私は私なりに歩み寄ろうとしてるのに敵意ばかり向けられては気が滅入ってしまう。このくらいの仕返しくらい許してもらわないと。
「テメェ、魔王様に気に入られてるからって調子乗んじゃねぇよ!」
「え、わっ!?」
どうやらまた彼の怒りに火がついたようで彼に掴みかかられ、床に組み敷かれてしまった。
両手首を強く押さえつけられてしまい、今の自分の力では逃げ出せない。
そんな様子に慌てたデジールが声を荒らげる。
「や、やめんかグロル!」
「デジール様ももうこいつに構わないでください! レシピもいくつかメモったんですからもうこんな人間用はねぇしさっさと始末するべきです!」
勘違いを払拭させたとはいえ、職を追いやられる可能性が少しでもある私の存在はグロルにとって不安材料になるのだろう。そのせいか私への敵対心はそうそう消えそうにないみたいだ。
さすがにデジールやアドラシオンがいるから今すぐ殺されることはないだろうけど……どうしようかな。
身体強化魔法を自分にかけて振り払うか、睡眠魔法をかけて眠らせるか。
いや、その前にアドラシオンが止めるのかな。そう思ったときだった。
「グロル。早くイルさんから離れなさい」
意外にもその声色は冷たさはなかった。まるでどこか楽しむような感じで。
「グロル! 前! 前を見んかっ!」
「えっ」
慌てるようなデジールの声にグロルは言われた通り私に向けていた視線を上に向けた。そんな彼の目の前には剣先が向けられている。
ひゅっ、とグロルの息が止まる音が聞こえた。
「物音と騒ぐ声が聞こえたから様子を見に来てみれば……本性を現したな、吸血鬼」
「レ、レイヤ!」
眉間に深く皺を寄せて殺気さえ放つ勢いでグロルに剣を向けるレイヤが立っていた。
体調は大丈夫なのか気になるところだが、今はそれどころではなさそうである。
レイヤは剣を構えて横に振った。本気で。グロルも自身の安全のため勢いよく私から離れて後ろに下がる。
「逃げるな」
「逃げるに決まってんだろ! 頭おかしいのかテメェは!」
身体を起こした私は悪態つくのは逆効果なのではと思っていると、レイヤはグロルを追いかけて剣を振り回す。
グロルは「やめろおおぉぉぉぉ!!」と悲鳴を上げながら逃げ回るのだった。
『レイヤ、元気になったよ! よ!』
「そう、みたいだね……」
レイヤと共に姿を見せたプニーが喜びながら教えてくる。
元気になったのはいいことなんだけど、これはどう収拾しようかな。アドラシオンはどこか楽しんでいるし、デジールはあわあわするだけなので逆にしばらくこのままにしようかな、と遠い目をしながら私はこの状況を見守ることにした。




