チュロスと精霊祭露店
12月23日。今日から25日の精霊祭までの間は町に露店が沢山並び、みんなで精霊の誕生を祝って盛り上がる期間に入った。一年の中でもっとも大きなお祭りだ。
初日である今日は出店の準備や屋台を組み立てたりと人によっては朝から大忙しである。なので露店が開くのは大体昼過ぎからがほとんど。
中には移動販売用のワゴンを引くだけで準備を終える人もいるので早ければ昼前にはお店を開ける人もちらほらいる。
私も露店を出すため出店届を出して無事に受理されたので、初めて精霊祭でお店を開くことになった。
私のような素人でもちゃんと手続きさえすれば精霊祭に出店出来るんだけど、いまだに不安でしかない。
でもこれも全てはクラフトさんがお客さんとして来てくれるという楽しみがあるから私は何がなんでもこの露店を出さなければならないのだ。
レイヤとプニーに手伝ってもらいながら借り物の屋台を組み立てて小さな木製テントのお店は完成した。
あとは調理器具を準備して販売用のお菓子を作れば開店出来る。
実は何を販売するのかずっと悩んでいた。定番はやっぱりクッキーなんだけど「定番ならクッキーを売るお店は多そうだし、どうせならクッキー以外にしたらどうだ?」というレイヤの助言により、別のものを考えていた。
スコーン、マドレーヌ、クレープ、候補はいくつか出るのでレイヤと相談していく。
スコーンやマドレーヌはオーブンがないと作れないので、もしこれらを販売するのなら開店までに家で大量に作るしかなかった。
しかし元よりお客さんが沢山来るとは思えないので作りすぎても処分に困ってしまうため、どうせならその場で調理して販売する方がロスも少なくて安心と考え、この二つは候補から消した。
それならクレープかな? とも思ったけど、クレープの屋台はどちらかというと目の前で調理するパフォーマンスが売りだったりする。
あのクレープ専用の丸い鉄板で綺麗に薄く円を描くのが見ていて楽しいし、これぞ屋台のクレープって感じがするしね。
けど、私はあの鉄板は持っていないのでアッシュさんにクレープ用の鉄板を発注するにしても彼はすでに大忙しで新規注文は受付停止中なため用意は出来ない。
だからといって家で作るみたいにフライパンで調理してもクレープ屋としてはいまいち地味であるため、こちらも候補から外す。
ああでもないこうでもないと思案した末に決まったのがチュロスだった。
確かに定番のクッキーよりかは出店数は少なそうだし、揚げるからオーブンも使わなくていい。材料もシンプルなものだし、作り方も難しくはないから手間取ることなさそうだ。
それに素人が出すお店なのだから変に派手なスイーツを出したら大変なことになりそうだしね。
そういう経緯があり、私のお店はチュロスの屋台に決まった。
すでにチュロスは家で試しに作って味見もしたから完璧に作ることが出来る。
余談ではあるけど、出来上がったチュロスを食べて使えるようになったのはサイトアップという視覚強化の魔法だった。
遠いものや小さなものがよく見えるようになるので視力が悪くても使える魔法らしい。これで老眼になっても一安心である。老後にも役立てる魔法嬉しい!
チュロスの材料は軟質小麦粉、卵、牛乳、砂糖、塩、バター。
鍋にバター、牛乳、砂糖、塩を入れて火魔法で火にかけ、バターが溶けて沸騰直前に火から鍋を下ろし、ふるいにかけた軟質小麦粉を投入。
ヘラで混ぜて塊になったらボウルに移し、溶き卵を少しずつ加えながら混ぜる。
絞り袋に星型の口金を装着し、耐熱ペーパーシートの上に生地同士がくっつかないように絞っていく。
高温に熱した油の入ったフライパンにペーパーシートごと生地を入れて、しっかりとこんがり揚げる。ペーパーシートは途中で剥がれるのでそのときに取り出す。
揚がったら油を切り、粗熱を取ったらバットに入れた粉砂糖の海に入れて全体にまぶせばチュロスの完成である。
店頭に並べる用に何個か作り、オープンの準備が整った。
「ひとまず最初はこのくらいかな」
「じゃあ、オープンにするぞ」
「うん、お願い」
店頭に置いているクローズと書かれた木の看板をレイヤがひっくり返してオープンにする。時刻は昼を過ぎた頃でちょうど周りの露店も開き出したこともあり、露店を巡る人も増えてきているようだ。
『イルー! イルー! 出来たチュロス食べたい! い!』
「いいよ。でも今は一本だけね」
『わーい! わーい!』
肩の上でびよーんと何度も伸びながら喜びを表現するプニーに出来たてのチュロスを一本渡すと彼はぱくりとすぐ口に入れた。
長いので少しずつ飲み込んでいく様子を見ながら食べさせると店の前で興奮じみた小さな女の子が口を開く。
「ねぇねぇママ! あのスライムちゃんと同じもの食べたい!」
「チュロスね、いいわよ。すみません一本いただけますか?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
どうやらプニーが食べている様子を見て欲しくなった女の子が初めてのお客さんになった。
まさかこんなにすぐに売れるとは思っていなかったので、慌ててチュロスをペーパーナプキンで包み、プニーに託すように彼の頭に乗せるとそのまま少女の元へ届ける。
少女はスライムが運んでくれたことに目を輝かせながらチュロスを受け取り、プニーの頭を撫でた。
隣ではレイヤが母と思わしき女性から金銭の受け渡しをしている。
そして手にしたチュロスを女の子がすぐさまかぶりついて口の周りに粉砂糖をつけながら嬉しそうな表情を見せた。
「おいしー!」
「ほら、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとー! スライムちゃんバイバイー!」
『バイバーイ! イ!』
プニーが少女に手を振るように身体を揺らす。母親の方はスライムが喋るとは思っていなかったのか驚いた表情をするもすぐに笑顔に戻り、ぺこりと頭を下げて店をあとにした。
「買ってくれたね!」
「あぁ、やったな」
『良かったー! たー!』
幸先のいいスタートを切ったのですでに満足をしてしまうのだけど、まだ祭りは始まったばかり。すぐに次のお客さんが店前にやって来た。
「イル、来たわよ」
「あ、リリ━━」
「美味そうな匂いしてるじゃねぇか」
「クラフトさん!」
「ちょっと」
クラフトさんに大きく反応してしまったせいでリリーフに睨まれてしまった。わざとじゃないの、本当に。クラフトさんが今日も輝いて見えるから仕方ないの!
「レイヤも手伝ってやってんだな!」
「はい。今日はお店の方は?」
「休憩中だ。まぁ、精霊祭中の休憩は長めに取ってるんだけどよ。出店がいっぱいあるから見て回りてぇしな」
「そういうわけだから二本いただくわ」
早速チュロスを二人分買ってくれたのでいそいそと準備してプニーを介して手渡した。
二人はその場ですぐに食べ始め、私はドキドキしながら味の感想を待つ。
「うん、美味しいわね。出来たてだし、食べやすいわ」
「ほんとっ? ありがとう!」
「イル、また腕が上がったんじゃねぇか? 美味すぎてこいつなら何本でも食えるぜ!」
「ほっ、本当ですか!? クラフトさんに褒めてもらえたらもうそれだけで十分ですよっ!」
クラフトさんから美味しいという言葉をもらえたし今日はもう店じまいしてもいいかもしれない。それだけ歓喜していた私は残っているチュロスもあげようかなと考えた矢先のことだった。
「パパ、次行くわよ」
「え、えぇっ!? もう行っちゃうの!?」
リリーフがクラフトさんを連れて店を去ろうとするので思わず引き止めてしまう。今来たばかりだし、せっかくなんだからゆっくりしてもいいのに。
「あのね、店前でたむろするほど常識ない人間じゃないのよ」
「うっ、そうだけど……」
「それに色々と回りたいのよ、こっちは。じゃあね」
「悪ぃなイル。またゆっくり話しようぜ!」
「は、はいっ」
そんな眩しい笑顔で言われてしまったら頷くしかなくて、心の中で泣きながらクラフトさんとリリーフを見送った。
二人の姿が見えなくなってから小さな溜め息を吐く。
「……早すぎる」
ズーンと沈んでしまう。だって出店を決めたのもクラフトさんがお客として来ると言ってくれたからであって、こうも早くクラフトさんとの時間を終えてしまったらさすがに落ち込む。これも不運ゆえなのか。……いや、運じゃないかな、これは。そうならざるを得ないというべきなのか。
「……イルは相変わらずクラフトさんが好きなんだな」
あからさまに落ち込む私にレイヤが声をかける。リリーフみたいにまだ諦めてないのかって思われてるかも。
例えそうであっても私のクラフトさんへの想いは変わらないし、自信を持って答えよう。
「うんっ。好きだよ! 嫌いになることはまずないし、ただ恋仲になるには山が高すぎて難しいんだけど……」
クラフトさんは亡くなった奥さんのことを今でもずっと想っているし、娘のリリーフのガードが強いし……。
でも万が一クラフトさんと添い遂げることが出来たらリリーフは継娘になるからやはり彼女の協力は必要不可欠なんだけどなぁ。リリーフを説得する方が一番大変だ。
「やっぱり……そうだよな……」
レイヤが少しばかり元気なさそうな様子を見せた。なんだろう、とうとう呆れられてしまったのだろうか。
そういえば前まではよくクラフトさんとの仲はどうなんだって聞いていたけど今は全然聞かなくなったし、もしかしてレイヤも私じゃクラフトさんの奥さんになれないって考えてるとか!?
『僕もクラフト好きー! きー! パン美味しー! しー!』
プニーがぴょんぴょん跳ねながらクラフトさんのことを話す。私の好きとは違うけど、プニーもクラフトさんのことを好いているようで嬉しい。
「また今度クラフトさんのパン沢山食べようね」
『食べるー! るー!』
よしよし。クラフトさんのお店に行く口実が出来た……って、口実がなくてもベーカリー・リーベにはよく通うんだけどね。
「……なぁ、イル。聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「その……イルから見て俺はどう思う?」
「……?」
どう、とは? レイヤにしてあまりにも曖昧な問いかけに思わず首を傾げてしまった。
何が、って聞いてもいいのかな? いや、なんだかとても真剣な表情をしているから逆に聞きづらいかもしれない。
うーん……普段思ってるレイヤのことを答えればいいのかな?
「レイヤは優しいよ。真面目で責任感も強くてちょっと物静かかなって思うけど、そこがレイヤらしい感じだね」
「……なるほど。じゃあ、外見は?」
「外見?」
いきなりどうしてと思いながらも、じーっとレイヤを見つめると、彼は落ち着かない様子で目を逸らした。もしかして見つめられるのが苦手だったのかな。
「あ、ごめんね。外見って言うから改めてレイヤの顔をしっかり見てみたんだけど……」
「い、いや、大丈夫だ」
「そう? あ、質問の答えだけどね、レイヤは整った顔をしててかっこいいよ。表情は硬いけど、初めの頃に比べたら少し解れてきてるよね。身体も最初の頃は細かった感じだけど、訓練所に行ってるからなのかな。最近逞しくなったよ」
「そうか……」
私の回答をどう思ったのかはわからないけど、レイヤは何か考えているようだった。
質問の意図が見えないけど、いきなりどう思ってるのかを尋ねるってことは何かあったのだろうか?
見た目とか気にしてるってことは誰かに何かを言われたとか? レイヤが気にするような欠点はないはずなんだけどな……。
それとも気になる人が出来たとか? それなら見た目とか気になるから心配になって私に聞いてきたのかも。そうだとしたらそう言ってくれたら私なりに協力するのになぁ。
「……総合的に異性として魅力的なのか?」
これはまさか。そのまさかなんじゃないかなっ? レイヤ、恋してるよね!? 絶対! じゃなきゃそんなこと言わないもんね。
でも誰かな? 私の知ってる人だったりする? ……と言ってもレイヤってあまり女性といるイメージがないというか、女性の知り合いの話をあまり聞かない。
それにしても気づかなかったなぁ。いつも一緒にいるのになんで知らなかったんだろ、私。
「もちろん! レイヤはかっこよくて素敵だし、魅力的だよ。悪い印象なんて一度も感じたことないくらいいい人だし私が保証する!」
「……っ」
恥ずかしくなったのか、レイヤの顔が少し赤くなる。そこまで大層に褒めるような言葉を使ったつもりはないのだけど、褒められなれてないのかな。
そういえばレイヤはたまに自己評価が低いときあるし、私がもっと褒めてレイヤに自信を持たせなきゃ。
「本当だよっ? 気を遣ってくれるし、剣の扱いも良くなってるし、危ない目に遭ったときは助けてくれるし、家の家事も率先してやってくれるし、将来の旦那さんとしても完璧だよ!」
『完璧ー! きー!』
「だっ……! い、いや、わかった。もうそれくらいにしてくれ……」
耐えられなかったのかストップされてしまった。少しは自信を持ってくれたらいいのだけど。
レイヤは咳払いをひとつすると言葉を続けた。
「……どうしたら、イルは俺と━━」
レイヤと? と話に集中していたら突然それは遮られた。
「お話中のところ邪魔するよ」
店前から声をかけられた。お客さんが来たと思って慌てて接客モードに入ろうとしたら相手は見上げなければいけないほど背も高く体格もいい人。
「ドルックさん!」
「やぁ、イルくん。君が露店を出すと聞いて探しに来たよ。……何やらただならぬ雰囲気を感じたけど大丈夫そうだね」
「ただならぬ雰囲気? ……何かおかしなことありましたか?」
「いやいや、こっちの話だから問題ないよ」
一瞬だけレイヤに目を向けたあとにっこりと笑いながらなんでもないと口にする。ドルックさんが問題ないと言うのなら大丈夫かな。
「それよりチュロスを売ってるんだって? 僕にも貰えるかな?」
「あ、はい! もちろんです! 一本で大丈夫ですか?」
「いいや、二十本」
「にじゅっ……! わ、わかりました。でも、そこまで用意してないので今から揚げるので少し時間をいただきますけど大丈夫ですか?」
「いいよいいよ。待ってるから」
さすがに二十本も準備はしていないのですぐに生地を絞り出して揚げる準備を始めた。待たせてしまうというのにドルックさんは快く承諾してくれたので安心しながら調理に集中する。
チュロスを揚げている間、ドルックさんは上機嫌であれやこれやと話をしてくれた。
ギルド総帥であるミストさんがこの前謝罪に来てくれたと嬉々として教えてくれたのだけど「あの婆さんが頭を下げてスッキリしたよ」とか「まぁ、表向きには許したフリをしたけど、正直彼女にはまだ腸が煮えくり返る思いだよ」とトゲのある言葉を告げる。
そんなに許せなかったんですか? と問えば彼は「もちろん!」と大きく頷いた。
「深海に取り残された君を一刻も早く助けたかったのに討伐隊の編成に時間を要して潜水魔法持ちすらも寄越してくれない上に、カリュブディスを倒して王都の人を救った君にあのような仕打ちをしたからね。未来永劫許すつもりはないよ」
「何もドルックさんがそこまで怒らなくても……」
「イルくん、ああいう人間は優しくするとつけ上がるから気をつけるべきなんだよ」
仮にも上司なのにそんなことを言ってもいいのだろうか。そう思いながら次々と揚げ上がるチュロスを粉砂糖の海にたっぷりとつける。
二十本となると袋に入れるしかないので持ち帰り用の袋を何枚か用意して分けて入れた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
金銭を受け取り、チュロスの入った袋を渡せばドルックさんは嬉しそうにお礼を口にする。
「そんなに買うってことはギルド職員の皆さんへの差し入れですか?」
「ん? 違うよ。これは全部僕が食べる用だね」
「えっ……」
「ぜ、全部ですか?」
「そうだよ」
さすがのレイヤも絶句したようだ。あれを全部一人で食べるなんてさすがドルックさんである。
そういえば前に差し入れしたカップケーキも全部食べていたから彼にとっては普通なんだろう。沢山食べることが出来るからこんなに大きくなったのかな。
「さて、じゃあ僕は食べながらギルドに戻るとするよ。それでイルくんのお店を沢山宣伝しておくからね」
「宣伝なんて大丈夫ですよっ。それよりも休憩中にわざわざありがとうございました」
「休憩……ではないけど、うん。まぁ、そういうことにしとこっかな。それじゃあまたね」
言葉を濁された状態で彼は大量のチュロスと共に帰って行った。
あの様子だと仕事から抜け出して来たのかな。相変わらず自由な人だけどギルド職員の人達は大丈夫だろうか……。
『僕ももっと食べられるよー。よー』
「プニーもよく食べるもんね。あ、そうだ。レイヤ、さっき何か言おうとしてたよね?」
「あ……いや、もう大丈夫だ」
そうなの? と問えば「あぁ」と答えるのでそれ以上は尋ねないことにした。私に何かを言おうとしていたはずなんだけど本当にいいのかな。
ちょっとだけ気になるけど、また次のお客さんがやって来たのですぐにそちらへと集中することになった。




