ヴァンパイア族と真相
人々が寝静まった夜遅い時間。冬の澄んだ空気は星をより一層輝かせていた。少し欠けた満月を薄雲が隠すそんな夜空をバックに一匹の蝙蝠が羽ばたく。
スタービレを徘徊する蝙蝠は鼻をひくつかせた。高貴で芳醇な香りが嗅覚を刺激する。バラの香りだ。
蝙蝠は━━いや、魔族であるヴァンパイアはバラの香りを強く好む。
ヴァンパイアがというよりはバラを好む女性が多いからバラの香る所に女あり、という考えのためバラの香りには敏感だ。
蝙蝠に化けたヴァンパイアは自然とその匂いを追うと、町外れにある一軒家を見つけた。
ヴァンパイア族の者はみな透過スキルを持っているため、どんな建物だろうとすり抜けることが出来る。
その一軒家も例外ではなく難なく室内へと忍び込むことに成功した。
電気は消されているが夜目が利くので物にぶつかることなく、バラの香りを辿って着いた部屋は間違いなく女性のものだとヴァンパイアの鼻がそう確信する。
ベッドには部屋の主が眠りについているようで、その姿を確認すべく蝙蝠から本来の姿へと戻った。
人間で言うと成人前の外見。青黒い髪はまるで夜へと移り変わる空の色のようで襟足は長め。
特徴的な三白眼でベッドの主を捉え、男は静かに口を開いた。
「アプレイザル」
鑑定魔法を使用した男は相手の情報を確認すると、目を大きくさせた。
「……ようやく見つけたぜ。テメェがイルか」
ギリッと強く奥歯を噛み締め、恨みのこもった目で彼女を睨みつけると殺気立った男はイルの首へと手を伸ばそうとしたその瞬間━━。
「そこまでです」
「!?」
男の背後から突然声が聞こえた。同時に喉元にひんやりと冷たい何かが当てられる。
すると暗かった部屋は急に電気がついて明るくなった。男は動揺するが動くに動けない状況で眉を顰める。
首に当てられているのは氷の刃だった。氷魔法を使って凍った剣を生み出し、それを手に覆うような状態。そのため直接喉元に手を当てられているとも言える。
「これは一体どういうことか説明をお願い出来ますか? グロル」
「そ、その声は……アドラシオン様っ!?」
背後でグロルと呼ばれる男の動きを止めていたのはアドラシオンであった。その事実に気づくとグロルは一気に顔を青ざめ、声も少し裏返る。
「……アド、その人は知り合いなの?」
『知り合いー? いー?』
ベッドで寝ていたはずのイルはいつの間にか起き上がっていて肩にプニーを乗せた状態で二人の関係性を尋ねる。
そんな彼女の傍にはレイヤとリリーフもいた。ちなみに電気のスイッチを入れたのはリリーフである。
家の外ではレスペクトももしものときのために静かに待機していた。
「グロルは……城のパティシエである」
申し訳なさそうに眉を下げた魔族の王の登場にグロルはさらに驚愕した。
「デ、デジール様まで!? さっきまではあいつしかいなかったはずなのにいつの間にっ!?」
「最初から部屋にみんないましたよ。気配を消す魔法くらい私にとっては簡単なものなので。……さて、詳しい話を聞くために大人しくしてもらいましょうか」
にっこりと笑みを浮かべたアドラシオンはグロルに首輪をつけた。魔法を封じるための特殊な魔石で加工を施した首輪である。
後ろ手に鎖で拘束し、罪人の扱いでグロルをその場で膝をつくように座らせた。
「グロルよ。そなたは余の城に勤めるパティシエであろう。なぜスタービレの人間の血を吸うような事件を起こした? それにイルに至っては殺気立って殺そうとしていたな? 理由を話せ」
「……そ、その、俺は……」
「グロル。あなたも男ならはっきりと喋ってください。男として、ヴァンパイア族として恥ずかしくないんですか?」
アドラシオンの言葉が彼の胸へと深く突き刺さり、唇を強く噛み締めたグロルはキッとイルへと睨みつけた。
「こいつがっ、この女がいるから俺は城専属パティシエをクビにさせられるんだよっ!」
「え……?」
どういうことと言わんばかりの表情をするイルにグロルは事の経緯を語った。
遡ること一ヶ月前。夕食の時間になっても食堂に現れないデジールを呼びに行くことになったグロルは魔王の執務室前で足を止めてノックをしようした矢先だった。
「あーー! いつになったらイルは余の専属パティシエになってくれるのだ!」
部屋の主の声が部屋の外まで聞こえたため、デジールの言葉がグロルの耳にも届いた。
(専属、パティシエ?)
グロルは何かが引っかかり、ノックする手を下ろして扉に耳を寄せた。
「なかなかに厳しいですね。引き抜きも上手くいかないですし、周りを引き込もうとしてもそれすらもままならない現状ですので」
「そなたの作戦とやらが結果を残さぬのだろう!? 毎日スタービレに通うわけにもいかぬのだから早くイルの作るスイーツを堪能する日々を送りたいというのに!」
「私のせいではなく、ただ人望のないデジール様のせいかと思われますが? あなた様がもう少し好かれるようなお人であれば彼女も考えを改めたのかもしれないでしょう?」
「なっ、なななな! 余のせいだと申すのか!?」
「はい。最初からそう言ってますが」
「ぐぬぬぬぬっ!」
扉の向こう側から聞こえた会話にグロルはみるみるうちに顔が青くなる。
(デジール様が専属パティシエにしたい奴がいるってことは……俺、もしかしてクビ!?)
城のお抱えパティシエとして生きてきたグロルにとっては衝撃的な話だった。
何を隠そう彼はヴァンパイア族としての力はとても弱く、所謂落ちこぼれと仲間達から馬鹿にされたことがある。
インキュバス族、サキュバス族に次いで魅力スキルが高くヴァンパイア族なら誰しも持っているスキルだが、グロルだけは魅力スキルが備わっていなかった。
そのせいで人魔族大戦では人間の女を一人も誑かすことも出来なければ血を一滴も吸うことが出来なかった過去を持つ。
成果を出さなかったことでいつも同族から馬鹿にされ、彼はヴァンパイア族の自分が嫌で嫌で仕方なかった。
そんな彼にも好きなことがあった。それが菓子作りである。
魔界では人間の町に比べるとスイーツの数は少ないため、彼はこっそりとスイーツのレシピ本を町から盗み、魔界にはなかった甘いものを次々と作り上げた。
スイーツを作っている間は嫌なことを全て忘れることが出来たので菓子作りがグロルの心の支えでもあった。
仲間には趣味さえも馬鹿にされたが、そんな彼にも転機が訪れる。
どこで聞いたのか、グロルのスイーツの味が良ければ城専属のパティシエとして働かないかとスカウトされたのだ。そのスカウトに来たのがアドラシオンである。
ずっと落ちこぼれとして生きていた自分が必要とされるかもしれないという希望を胸に抱いてその誘いに乗り、城にて試験を受けた彼は見事に合格し、城専属のパティシエとして職に就くことが出来た。
夢にも思わない出世にグロルは自信を持つようになり、先代魔王のアイントラハトや現魔王のデジールにも喜んでもらえるため常に腕を振るった。
しかしチョコレートという思わぬ甘味の登場がグロルの立場を少しずつ脅かしていた。
それこそチョコレートが流通し始めの頃はタブレットチョコレートが城に出されるデザートとなる。
一生懸命美しく仕上げられたケーキやアイスよりもチョコレートばかり注文され、グロルの仕事はパッケージからチョコレートを取り出すのみとなり、それはそれは屈辱を感じた。
親子揃ってチョコレート好きなこともあり、グロルは自分の立場を危ぶむ。
いつ解任されてもおかしくないだろうと怖々としながら過ごす日々は胃が痛くなるほど。そのせいでチョコレートそのものが嫌いになってしまった。
ある日、デジールがグロルに問いかける。
「グロルよ。チョコレートをどうにかそなたが作るようなスイーツに組み込むことは出来ぬか?」
なんとも言えない気持ちだった。自分の作るスイーツを求められているのは嬉しかったが、嫌いになったチョコレートを使えと言われて気が乗るわけもない。
「恐れ入りますがそれはすでに完成されたものですし、他の者もそちらで満足しています。俺には出来ません」
「……そうか」
残念そうな表情をしていたので胸を痛めたが、グロルは自分の居場所を奪おうとした存在を許せなかった。
魔王の望むようにチョコレートを使ったスイーツを作れば相手も喜んでもらえただろうし、パティシエとしての仕事も励めるはずだったのに彼は嫌悪感の方が強く自らその機会を放棄した。
結局、チョコレートを望めばパッケージから取り出すというパティシエとは言えない仕事ばかりが続いた。
もちろん毎日ではなく、チョコレート以外のスイーツを用意することもあったが、タブレットチョコレートは常に提供するようにと指示される。
いちごのケーキを用意するとチョコレートを砕き入れたり、ミルクアイスを用意すると火魔法でチョコレートを溶かし、ソースのように上からかけられたりとデジールは自分でアレンジを始めたのだ。
自分が懸命に作り上げ完成したスイーツが嫌いな食材によって汚染されたように感じてグロルはどうしようもない怒りに苛まれる。
そんな中での新たなパティシエを招こうとするデジールとアドラシオンの会話を聞いたグロルは今度こそ自分は追い出されると焦りを抱いた。
せっかく出来た居場所をチョコレートだけじゃなくどこの誰かもわからない相手にパティシエという座さえも奪われかねない。
(ヴァンパイアとしても生きられないし、パティシエとしても生きられない俺は追い出されたらまた無価値な雑魚になる……)
焦燥し、捨てられる可能性が強いことを知った彼は恐怖と焦りと苛立ちで胸の鼓動が早くなる。まるで早鐘を打つかのように早期にこの件を解決しなければならないと訴えているかのように。
そしてグロルはひとつの解決策を導き出した。それが『スタービレのイルという人間がいなくなればパティシエの座も奪われずにすむ』と。
そう決心してからグロルは夜な夜な城を飛び出し、魔界では禁止とされている人間の領土へと足を踏み入れたのだ。
最初はスタービレという町を探すのに苦労したが、見つけてしまえばあとはターゲットを絞るだけだった。
デジールとアドラシオンの会話を盗み聞きした限り、スタービレのイルは女という情報だけを頼りに彼は毎夜イルを探していた。
そしてようやく目的の人物を見つけたところだったのだ。
「あともう少しだったのに……! くそっ! お前さえいなければ俺はまだパティシエでいられたのに……!」
「はぁ……どうやら反省の色はないですね。デジール様、どういたしましょうか?」
「ふむ、そうだな……」
「始末しなさい。イルにしようとしたように。そして二度とこの子の前に現れないように」
よほどご立腹だったのか、リリーフが先に声を上げる。そんな彼女の言い分に突き動かされたのか、デジールは悩みながらも言葉を絞り出した。
「確かに……我が父の掟を破り、人の地に侵入しただけでなく殺めようとしたのならそれ相応の罰が必要だな」
「っ……」
「この者をスカウトしたのは私なので刑の執行ならお任せください」
「ちょ、ちょっとみんな一旦落ち着いてよ!」
そこへ待ったをかけたのはグロルに狙われた被害者イルであった。少々過激になる面子に冷静になってもらおうと間に入る。
そんな彼女にリリーフが不機嫌そうな表情を向けた。
「あんたはまたそういうこと言って! 私らがいなかったら殺されてたのに情けかけるつもり!?」
「い、いや、でも結果的には無事だし、それに彼は勘違いしてるからちゃんと話し合えばわかってくれるかもしれないし……」
ね? とイルがリリーフを説得しようとするが、リリーフのムスッとした顔は変わらない。
「勘違い、だと?」
「私はお城で働くつもりはないからグロルさんの職を追いやるつもりもないよ」
「なっ!」
はっきりと告げるイルの言葉に彼女をパティシエとして引き込みたいデジールがそれは困る! と口にしようとした瞬間、リリーフに睨まれたため彼はきゅっと口を噤む。
「そんなの……信用出来るわけねぇだろっ!」
「グロル」
「っ……」
拘束されたとはいえ食ってかかるグロルにアドラシオンが静かに微笑みながら牽制する。まるでこれ以上醜態を晒すなと訴えているかのように。
アドラシオンの一言により、グロルは青ざめた様子で俯いた。
「そもそもデジール達は彼を解雇するつもりだったの?」
「いや……そのつもりはない。そりゃあ、イルを余の専属パティシエとして置きたいとは思っておったが、グロルの腕も悪くないのだ。チョコレートに関するスイーツはイルに頼み、それ以外はこやつに頼むつもりだったのだが、このような暴挙に出るとは……」
「……そう、なんですか……?」
てっきり辞めさせられると思っていたグロルにとっては信じられない言葉だった。それと同時に自分が愚かな勘違いをして先走ったゆえにとんでもないことをやらかしたと気づく。
「……デジール様、アドラシオン様、誠に……申し訳ございません……」
「ちょっとあんた! 謝る相手が違うでしょ! そんなこともわからないわけ!?」
「お、落ち着けリリーフ」
リリーフがグロルに怒鳴りつけると詰め寄ろうとするため、レイヤが戸惑いながらも彼女を落ち着かせようと肩を掴んで近づけるのを阻止する。このままでは魔族相手に手を上げかねないし、もし向こうが逆上したら大変だと危惧したため。
「……リリーフの言う通りだ。先に謝罪しなければならない相手をよく考えよ」
「……」
グロルはゆっくりとイルに向ける。勘違いだったとはいえ、その目はまだどこか反抗的ですぐには恨みの感情を消すことは出来ない。
しかし彼も魔族であり、魔王の言うことは絶対だった。これ以上デジールやアドラシオンを失望させたくはなく、グロルはギリッと奥歯を鳴らしながら彼女へと頭を下げた。
「も、申し訳……ございません……」
「随分と嫌そうね」
「大丈夫だよ、リリーフ。彼は必死だったんだよ。ねぇ、デジール、アド。グロルさんは罰を受けなきゃいけないなら私が決めてもいいかな?」
「!」
「まぁ……そなたが狙われていたのだから余は構わぬが」
「デジール様がそう仰るのなら私も同意いたします。望むなら私もいたぶるなり刑執行のお手伝いをしましょう。火炙り、斬首、四肢損壊なんでも請け負います」
「いや、そんな酷いことをするつもりはなくて……」
相手を傷つけるつもりは全くないイルはアドラシオンの提案をやんわりと断り、自分の手の中に女神のスイーツレシピブックを魔法で出した。
そしてグロルの前で膝ついてしゃがみ込んで彼への罰を告げる。
「グロルさんはデジール達のためにチョコレートスイーツを覚えてそれを振る舞うこと」
「……は?」
どんな残忍な刑罰を口にするのかとグロルは息を飲んだのに、イルが告げたのは罰と言うには程遠い内容だった。
「……いいのか、イル。そんなので?」
「そうよっ! なんでそんな奴を甘やかすわけ!?」
リリーフは元より反対するだろうと思っていたが、レイヤも思うことがあったのかイルの決めた内容を再度確認する。しかし、イルも躊躇うことなく頷いた。
「うん。だって嫌いなチョコレートと向き合うことになるから彼にとっては十分な罰になると思うし、さらに憎い対象である私がレシピを教えるからそれでいいんじゃないかな」
「……正気かよ、テメェ。隙を見せたところで殺すかもしれねぇだろ」
「もちろん、デジール達に監視してもらうよ。でも、あなたはもうそうする必要はないでしょ? パティシエの職を奪う人はいないんだから」
「どういうつもりだ……俺に恩を売るってのか? それとも女神様気取りか?」
「そんな崇高な精神は持ち合わせてないよ。グロルさんがチョコレートスイーツを作れるようになればデジールもわざわざ私に固執する必要はないんだし、私へのパティシエ勧誘も諦めてくれるはずだろうから」
「なるほど……いでっ!」
あくまで自分のためと言い張るイルにデジールは確かにと頷く。彼にしてみたらイルでなくても美味しいチョコレートスイーツを作ってくれたら誰でも構わないためイルが魔界に引き抜けないのならグロルにレシピを伝授して作ってもらう方がよっぽどいいのだ。
しかし、インキュバスのプライドに従ってイルを落とそうとしていたアドラシオンにとっては魔界でじっくり時間をかけて掌中に収めようとしていたから魔王がそれで納得してほしくないためデジールの足を強く踏みつけた。八つ当たりである。
「な、何をするんだ貴様!」
「憂さ晴らしです」
「魔王相手に清々しいほど正直者だな!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始める魔王と側近のいつもの様子をそのままにイルは「どうかな?」とグロルの返事を待った。
グロルはしばらく考えたあと、ぽつりと呟く。
「……人間の分際でヴァンパイアを利用するってのか。いいぜ、それを飲んでやる」
「うん、ありがとうっ」
「ちょっとイル。本当にそんな奴のことを信用するつもり?」
「もちろん。だって彼は仕事を追われそうって思ったからやり方は間違えたけども必死になったんだよ。……仕事を探すのは大変だもん」
かつて転職を繰り返したイルにとってはグロルの気持ちが痛いほどよくわかった。他の者に仕事を奪われることもあったし、立場を脅かされたこともあったので他人事のように思えなかったのだ。
「私はグロルさんのようになんとかしようとしなくて言われるまま従ったからちょっと尊敬さえしちゃうよ。でも、今度からはちゃんとデジール達に相談しようね」
「……あぁ」
悪意のない笑みを向けるとグロルは素っ気なくふいっと顔を逸らす。イルはそう簡単には心を許してくれないだろうなと思うも、逸らしたグロルは少しばかり照れくさそうな表情をしていた。
「話を纏まったところでもうひとつだけ確認をよろしいですか? グロル、あなたはイルさんが目的だったはずなのになぜ町の女性の首に噛み跡をつけたのか答えなさい」
アドラシオンの問いかけにグロルはビクリと肩を跳ねさせた。表情からして言いにくそうな内容らしいが、口ごもっているとまたアドラシオンにつつかれるのですぐに返答するように努める。
「それは、人間の血を吸ったことなかったから味見を……で、でも、ほんの数滴分で関係ない人物を傷つけるつもりはなかったんです!」
「噛み跡を残してる時点で傷つけるつもりはないとは面白い言い訳ですね」
返答を誤った。グロルはそう気づいてサーッと血の気が引いた。
「リリーフさん。被害にあった女性方の代表としてあなたにも何か彼に望む刑罰を仰ってください」
「あら、いいの?」
「えぇ。イルさんの件とはまた別になりますので」
怖いくらいの笑みでそう語るアドラシオンにリリーフは思案する。まさか自分にもその権利が回るとは思っていなかったが、悪くない話でもあった。
しかしイルがとんでもないことを言わないかひやひやした表情でリリーフを見つめるので彼女は軽く溜め息をつく。
「側近。あんたに任せるわ」
「おや、よろしいのでしょうか? あなたなら何かと厳しいものを望むと思っていましたが」
「一番の被害者であるイルがそれを望んでなさそうだからあんたに任せるのよ。あたしはもういいわ」
「かしこまりました。ではそのようにいたしましょう。では私達はこれにて失礼させていただきます」
「うん。デジールもアドもありがとう」
「うむ、邪魔したな。では、また遊びに来るのでリリーフもまた余と会ってくれ!」
「はいはい、わかったわよ。夜遅いんだから早く帰りなさい」
「さ、グロル。立ちなさい。帰ったらあなたにはたっぷりとお仕置をしなければなりませんから」
「……は、はい」
アドラシオンの命令通りに立ち上がるグロルは何かに怯えるようにガタガタと震えていた。おそらくアドラシオンが口にするお仕置とやらに反応しているようだ。
罰を与える立場がアドラシオンに変わったことでより恐ろしい罰を受けることになったと思い、それに恐怖する彼は大人しくデジールとアドラシオンと共に魔界へと帰還していった。
「これで一件落着ね」
「グロルさん大丈夫かな……」
「何言ってんのよ、あんなの甘い処置でしょ。こっちは寝ずに見張ってたから本当は消すべきだけど譲歩してやったのよ」
(リリーフって結構過激だよな……)
決して口にしてはいけないと思ったレイヤは一人胸の内で呟いた。
「レイヤもリリーフも遅くまでありがとう。リリーフはこのままうちに泊まるんだよね?」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
そう言うとリリーフは大きな欠伸をひとつこぼして、さっさとイルと同じベッドに潜り込んだ。二人で寝るには少し狭いかもしれないがリリーフがそれでも構わないとのこと。
「じゃあ、俺も部屋に戻るよ……その、無事で良かった」
「そうだね、まさか命を狙われるとは思ってなかったけど」
「……もしも、イルに何かあったら俺……」
そこでレイヤの言葉が詰まる。なぜならベッドに潜り込んだリリーフが鋭い目で睨むのでそれに気づいたレイヤがハッとしたため。
「?」
「あ、いや、なんでもない。おやすみ、イル」
「うん、おやすみ。レイヤ」
挨拶を交わし、レイヤは逃げるようにそそくさとイルの部屋を出ていった。
少し様子が変だなと思ったイルだったが、リリーフが「あんたも早く寝なさい」と声をかけられたためイルもベッドへと向かうことにする。
プニーはいつの間にか肩の上で眠ってしまったようだ。どうりで先ほどから静かだったのかとイルは納得する。
そんな彼をリリーフと自分の間に寝かせ、就寝の準備をした。
家の外で待機していたレスペクトは中の様子が大人しくなったことに気づき、面倒事が片付いたのだと察した彼も自身の寝床へとゆっくり向かった。
「……まったく、あんたは次から次へと厄介事ばっかり」
「でも、リリーフ達がいてくれたから厄介事じゃなくなったよ」
「そうね、感謝しなさい」
「うん、ありがとう。リリーフが友達でいてくれて良かったよ」
「あたしもあんたと出会えて良かったわ」
お互いにくすりと笑いながら少し窮屈なベッドを共にするのだった。




