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チョコレートケーキと魔族の関与

 数日後、その日はリリーフとのお茶会の日であった。今回は久々にレイヤもいるので賑やかになりそうだ。


 家に遊びに来た彼女を家に招き入れ、紅茶の準備をしていたら、リリーフの首筋に見慣れない跡が目に入る。

 ぽつぽつと楕円形に描くいくつもの虫刺されのような……。ハッ! もしかしてこの前アッシュさんが言っていた謎の虫刺され!?


「リ、リリーフ……首のそれ、どうしたの……?」

「あぁ、なんか今流行りの変な虫刺されみたいね」

「確か女性しか刺されてないって聞いたけど、一体何なんだろうな」


 レイヤも不思議そうにするけど、リリーフ本人はさも気にしていない様子だった。確かに見てる限り特に顔色も悪くはないし、問題なさそうに思える。


『痛くないー? いー?』


 プニーもリリーフを心配してくれてるみたいで彼女の肩に乗って容態を聞いた。


「平気よ。痒みもないからどうせ害はないんだしすぐに治るでしょ」

「回復魔法かけよっか? すぐに傷跡も消えるよ」

「いいわよ、そんなことで回復魔法なんて逆に恥ずかしいわ」


 そういうものなのかな……まぁ、怪我とは言いづらいものだし、その程度でヒールをかけてもらいたくないんだろうな。

 せめてなんの虫刺されなのかわかったらいいんだけど……いや、もしかしたら鑑定魔法でわかるかも?


「ねぇ、リリーフ。その刺され跡を鑑定魔法にかけてもいい? もしかしたら原因がわかるかもしれないし」

「そういうことならお願いするわ」


 そう言うと彼女は患部が見えるようにと少し襟元を広げて見せてくれる。

 いつもより露出する肌なのでレイヤは見ないように自然と視線を逸らした。さすが気遣い出来るレイヤ!


「アプレイザル」


 鑑定対象をリリーフの虫刺され一点に集中して魔法を発動すると、目の前に映し出す画面にその結果が表示されていた。


========================================


・吸血鬼の噛み跡

魔族の一種、ヴァンパイア族による噛み跡。


========================================


 アウトだーー!! 魔族絡みだーー!! なんでそこは新種の虫刺されとかじゃないのっ!?

 そもそもなんでヴァンパイアが突然人間を襲って……いや、被害を受けた人は特に何も害はないから襲ったと言うべきなのか判断が難しいけれど、何かしら理由があって噛んでることは間違いないし……!


「……」

「イル?」

「? 鑑定の結果はどうだったのよ?」


 黙ったまますぐに鑑定結果を閉じて深い溜め息を吐き出した私はぽつりと呟く。


「……詳しい人に聞いてみよう」


 多分、もうすぐ来るだろうし。いや、約束はしてないけど来そうな気しかしない。


「イルーー!! 余が来たぞー!!」


 噂をすればなんとやら。予想出来た自分にもびっくりだけど本当にいいタイミングで来ちゃうんだもの。

 やっぱりリリーフがいるとすぐに来るんだよね。どこかで監視でもしてるのだろうか?

 そんなことを考えながらドンドンと激しく叩く扉まで駆け寄って扉を開けると、毎度お馴染みのデジールとアドラシオンのコンビが訪問してきた。

 どうやら今回のデジールは男体姿のようだ。まぁ、それもそのはず。リリーフに好意を抱いているわけだから女体姿では友達以上に見てくれないと考えたのだろう。


「デジール、アド、いらっしゃい。ちょうど良かったよ。実は聞きたいことがあってね」

「ん? どうした? 余にわかることならなんでも聞くが良い!」

「デジール様では頼りになりませんので私がお答えしましょう」

「オイ!」


 相変わらず仲のいい元気な主従コンビである。と、今は微笑ましく思っている場合ではないので、とりあえず二人を中に入れてリリーフの横に立ち、彼女の首筋へと指を差した。


「これ。何か知ってる?」

「「……」」


 デジールとアドラシオンがじっくりとリリーフの噛み跡を凝視したあと、二人は互いに目を合わせて何やらうんと頷いた。


「これは間違いなくヴァ━━」

「私達は何も知りません」


 デジールが明らかに答えようとしたところでアドラシオンが笑顔でその言葉を被せる。今絶対あの子ヴァンパイアって言おうとしてたよね……?


「……鑑定したらヴァンパイアの噛み跡だって結果が出たんだけど」

「「えっ!?」」


 レイヤとリリーフが驚きの声を上げた。そして二人の視線はアドラシオンへと向けられる。

 プニーが『ヴァンパイアー?』と首を傾げるように尋ねるので簡単に血を吸う魔族だよと教えてあげた。

 しかし、ヴァンパイア=魔族。同胞が知らないはずもないのでさらりと嘘を言ったアドラシオンへの疑惑が強くなった。

 そして彼は観念したように軽く嘆息をこぼす。


「ご存知でしたか。ならば正直に言いましょう。紛れもなくヴァンパイアにつけられた噛み跡ですね」

「ちょっとあんた達なんで嘘ついたのよ!」

「よ、余はちゃんと言おうとしたぞ!」

「申し訳ありません、リリーフさん。もし本当のことを教えてしまったら不安を煽ってしまったり、仲間である我々のことも嫌われるかと思い、つい出来心で……」

「胡散臭いわね……あんたなんか隠してるんじゃないのっ?」

「いえいえ、滅相もない。むしろなぜそんなものがあるのか私が聞きたいくらいですので事情を伺ってもよろしいですか?」


 どうやらデジールとアドラシオンも何も知らないらしいので今この町で起こっている事件について二人に話をした。


「なるほど。世間では女性限定の虫刺され、ということになっているのですね。まぁ、間違いなくうちのヴァンパイアの仕業ですが」

「お前達は本当にこの件には関わりないんだな?」

「当たり前だ! ただでさえ人間には手出しをするなと父上にはキツく言われておるのだ!」


 最初の頃は我儘放題で逆らったら何をするかわからなかったけど、一応手を出さないようには言われてたんだね。……全くそうは見えないときがあったけど。


「話を聞く限り貧血の症状などもなさそうなので血が目当て、というわけではなさそうですね。ですが死に至らしめてないとはいえ、紛れもなく先代魔王アイントラハト様の命令に背く行為です。和平条約を結んでいるのですからこれは重大視しなければなりません」

「そうだな! しかもよりによって余の将来の伴侶となるリリーフにこのような印を残すなんて余も許せん!」

「将来の伴侶になるなんて一言も言った覚えはないわよ」


 現魔王の彼の言葉にすかさず反論するリリーフは本当に容赦ない。デジールも胸にぐさりと刺さったようで凄い勢いで落ち込み出した。


「この被害はよその町にも起こっているのでしょうか?」

「あたしが聞いたところだとこの町しか流行ってないみたいよ」

「それはまた不思議なことですね。ヴァンパイア族は同じ町で活動するにしても多くて数回しか獲物を狙いません。連続して襲ってはすぐに対策されてしまい動きづらくなるので町を転々とするんですよ。しかし、このように連続して女性に噛み跡を残してるということはこの町に何か目的があるようですね」

「……もしかして、アイントラハト様を見限って魔界から抜けたっていう魔族なのかな?」

「イルさん……! なぜそのことをご存知なんですか?」

「あ、この前先代魔王様とお会いしたことがあってそのときに……」

「はあっ!? ちょっとイル、本当なのそれ!? 初耳よ!」

「余も初めて聞いたぞ! 一体いつ父上とお会いしたのだ!?」


 デジールとリリーフが信じられないと言うくらい大層に驚いた。リリーフはともかく、デジール達はアイントラハト様から聞いてなかったんだ……。

 そこからは質問攻めになりそうだったので、以前お城で起こったアイントラハト様と国王様の話を簡単に説明した。

 ちゃんとリリーフにもこの件は他の人に内密でということをしっかり伝える。すると彼女は額に手を当てて「言うわけないでしょ……そんなヤバい話……」と盛大な溜め息のあとに呟いた。


「まさかイルさんがアイントラハト様と顔を合わせていたとは……あぁ、すみません。話が脱線してしまいましたが、イルさんの言う通り魔界から姿をくらました者達の可能性は十分にあります」

「理由はわからないけど、町の人に危害を加えてるわけじゃないとはいえ、なんのためにこんなことをしてるんだろ……下手に大事にすると町のみんなも不安だろうし」

「普通ならギルドに報告して討伐するものだけど、魔族の仕業ならもっと大事になるでしょうね。和平条約を破ったってことになるのだから」


 うーん……人間と魔族の共存を望む国王様達のことを思うとギルドに報告していいものか悩む。でもギルドに魔族出現の話をしてしてまえばミストさんのように色んな人が魔族ってだけで良くない感情を抱かせてしまう。

 一部の誰かのせいで魔族みんなを非難されるのは違うだろうし。


「一度アイントラハト様に相談してみることは出来るかな? 何か解決策を知ってるかもしれないし」


 今はまだ何事もないかもしれないけど、相手の目的がわからない以上安心は出来ない。

 ヴァンパイアどころか魔族についても詳しくない私では下手な判断は出来ないし、ここは先代魔王様の力を借りるべきではないだろうか。

 そう思ったのだが、それに待ったをかけた者がいた。


「待て、イルよ。この件は余に任せてくれ。今、魔界を治めているのは余である。父上から託されたというのに父上の手を煩わせたくないのだ」


 いつになく真剣な表情のデジール。確かに今の魔王は彼だからデジールに任せるのが当然なのかもしれない。

 真面目にこの件を取り上げようとしているのだから、むしろありがたいことだろう。


「デジールがそう言ってくれるならお願いしたいよ」

「うむ、大船で乗った気でいよ! 父上の信念に逆らう者は余に逆らうということであるからな! ハーッハッハッハッ!」

「では、デジール様はどのように解決しようとお考えで?」


 腰に手を当てて盛大に笑うデジールにアドラシオンがその考えを聞いた瞬間、デジールの笑い声がぴたりと止まり、すぐに大量の冷や汗を流し出した。

 ……考えなしだったかぁ。


「う、うう……今は、何も思いつかないが……」

「大船に乗った気でいろって言う割には今にも沈みそうな船ね」

「リ、リリーフ……」


 腕を組んで呆れるような溜め息を漏らすリリーフの言葉はデジールにクリティカルヒットをした模様。

 そんな彼は助けを求めるような視線を側近に向けた。


「アド……頼む……」

「仕方ないですね。決断する勢いだけは良しとしましょうか。株は上げておくに越したことはないですし」


 わざとらしい溜め息をつくアドラシオンには何か考えがあるようだ。すると、彼は私に目を向けてにっこりと笑った。


「イルさん、お手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「お手伝い?」


 どんなこと? と尋ねようとしたが言いきれなかった。なぜならレイヤが割り込むように私の前に背を向けて立ったから。


「どうかしましたか、レイヤさん?」

「危険な目に合わせるつもりなら反対する」

「もちろんそんなことはさせません。ただ事件を早期解決するためにはイルさんに手伝ってほしいだけですよ」

「何をしたらいいの?」

「まずイルさんには━━」


 アドラシオンが説明を始めようとしたとき、家に盛大なお腹の鳴る音が響いた。一瞬静まる家内。そして恥ずかしげに音を発した人物が口を開いた。


「す、すまない……。余は腹が減っておってだな……」

「緊張感ない子ね……」


 リリーフの呆れ声と共に視線を逸らしながらお腹を押さえるデジール。さすがにこのタイミングで空腹の虫が鳴ったのが気まずく思ったのだろう。


「じゃあ、スイーツを食べながら続きを話そっか。今日はチョコレートケーキだよ」

『ケーキ! キ!』


 プニーが嬉しそうにぴょんっと跳ねる。それを見てるだけで和むので本当に彼がいるだけで場の雰囲気を変えてくれるからありがたい。


「本当かっ!? チョコレートケーキだな!? 食べてみたいと思っておったのだ! うちの専属のパティシエはチョコレートはすでに完成されたものだからと言ってチョコレートそのものしか出さんからな!」

「タブレットのまま……?」


 そういえば最初の頃にデジールが言ってたっけ。チョコレートそのものに満足しているからスイーツにすることはないって。

 それはそれで勿体ない気がするんだけどなぁ。美味しいチョコレートを作ったんだからスイーツにも精を出してほしいのに。


 とりあえずデジールのためにも本来の目的であるお茶会を始めた。

 今回はチョコレートケーキを作ったのでホールで提供。そのためまだ私も食べていない。

 作り方はショートケーキと似ていてスポンジ生地もココアを使ったし、もちろん中のクリームも外のクリームもチョコレートを使用してるからデジールにとっては大好物間違いなしのスイーツだろう。

 板チョコを削って上部に散らしたホールケーキを前にしたデジールは予想通り目を輝かせながら早く早くと急かすのでケーキを切り分けて、みんなの分を皿に乗せていく。


 チョコレートケーキを食べて新しくワイヤタッピングという盗聴魔法を得ることが出来た。……犯罪臭のする魔法だと思わずにはいられないけど。

 そしてスイーツを食べながらアドラシオンによるヴァンパイア事件解決のための作戦が語られるのだった。


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