精霊祭二日目と昔の話
精霊祭二日目。
本日のチュロス屋の開店は諸事情により夕方からのオープンである。お店の看板にもしっかりそう書かせてもらった。
なぜかというとパティスリー・ザーネのお仕事が入っているから。精霊祭の時期の洋菓子店の忙しさは半端ではない。
精霊祭までの間はカフェスペースはお休みでケーキや焼き菓子の販売のみなのだが、予約分も含め人気のお店であるザーネさんのケーキは飛ぶように売れるし、お客さんも絶えないので、パティシエさん達が次々と完成させるケーキの箱詰めや会計などで大忙しだ。
そんなときに限って躓いて転ぶわ、お客さんとぶつかってショーケースにおでこをぶつけるわ、パティシエさんが躓いて運んでいたケーキが顔面に食らうわで運の悪さも絶好調である。
それでもこのくらいならまだ可愛いものだし、ヒールやクリーンの魔法のおかげで事なきを得た。
そしてお仕事終了時刻となり、急いで着替えてチュロス屋へ向かうためお店を出る。
裏口へと出ると外にはザーネさんが壁にもたれながら休憩をしていた。
「あ、ザーネさんお疲れ様です!」
「お疲れ様でした、イルさん。これからご自分の店へ向かわれるんですか?」
「はいっ」
「屋台もあるのに出勤していただいてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ未だに雇ってくださいましてありがとうございます! 解雇の際はいつでも言ってくださいねっ。心の準備は出来てますからっ」
クビには慣れてますし! と、さすがにそこまでは言えなかった。
ザーネさんは優しいから解雇を言い出せずにいたら申し訳ないのでいつでもどうぞという気持ちで伝えたらザーネさんはいつもの無の表情で「……どうしてそんな後ろ向きなことに前向きなんですか?」と真剣に問われてしまう。
どうしてでしょう……と私は答えるしかなかったのだけど。
おそらく店にはレイヤがすでに待っているかもしれない。
私が午前中はお仕事があると伝えたときはレイヤがその間の店番をすると言ってくれたのだけど、私の意思で参加した露店だからレイヤにそこまでしてもらうわけにはいかなかったので丁重にお断りをした。
そもそも手伝ってくれるのも申し訳ないくらいだからレイヤはわざわざ私に付き合わなくていいんだよって言ったら彼は「俺は俺で好きでやってる」というので、ありがたくお手伝いをお願いしている。
プニーは言わずもがな私と一緒にいたいと言ってくれるので店番中もずっと一緒だ。
お店に向かう道中、周りは露店ばかりでついつい目がいってしまう。初日の昨日も途中でレイヤとプニーと共に少し近くを散策したけど楽しかったんだよね。
まだ見ていないお店もいっぱいあるのでまた途中で二人と見て回れたらいいな。
「やぁ、イルくんじゃないか」
すると後ろからドルックさんに声をかけられた。昨日の今日でまた会えるとは思っていなかったので驚きながらも返事をする。
「ドルックさん! 露店巡りですか?」
「いいや、ちょうど仕事を終えたところだからイルくんのお店が繁盛してるか様子を見ようと思ってたんだけど、そのイルくんがここにいるってことは休憩中かい?」
「実はさっきまでザーネさんのお店で働いていて、チュロスの方は夕方から開店する予定で今ちょうど向かってるところだったんです」
「なるほど。じゃあ、僕もボディーガードがてらご一緒してもいいかい?」
「ボディーガードされるほどじゃないですけど、ぜひお願いします」
そんなに遠くはないため少しの間ではあるけどドルックさんと一緒にお店へと向かうことになった。
思えば色々あってドルックさんとゆっくり話す機会もなかったから、せっかくなので父の話を聞いてみたくなり、私は彼に尋ねる。
「あの、ドルックさんと父はどういう経緯で仲良くなったんですか?」
「レスとかい? 彼は小さい頃からの仲だね。幼馴染みってやつ。気づけばよく一緒に遊んでたものだよ」
「じゃあ、長い付き合いだったんですね」
「そうだね。でも僕が冒険者になってからは関わりが少なくなったけど。とはいえ、たまに町に帰ると彼に魔物討伐の初歩を教えたりしてたね」
「ドルックさんが父の手ほどきをしてくれたんですか?」
「まぁ、簡単なものだよ。当時は凄く怖がって無理だ無理だって言って大変だったけど」
お父さんのその気持ちはわからなくもない。私も似たようなものあったし。そう思うとやはり親子なんだろうなと思わずにはいられなかった。
他にも自分で仕掛けた罠に父が引っかかったとか、一緒にオルールの森に行って野営をしたりもしたのだとか。あそこを寝泊まりするなんて凄いなぁ……。
そんな話をしているドルックさんはとても楽しげで本当にお父さんと仲が良かったんだろうなと思う。
そのとき、ふと私は過去に父が話していたことを思い出した。
「そういえば、父が小さい頃からずっと面倒を見てくれた友がいるって話をしてたことがあったので、それってドルックさんのことだったんですね」
「小さい頃から、となると僕以外いなさそうだね」
「その頃の父はどんな感じでした?」
「全然変わらないと思うよ。優しくて、どこか抜けてて、怖がりな所もあるのに立ち向かえる強さがある。欠点はたまに言っても言うことを聞かない頑固さと騙されやすいところかな」
確かに私の父らしい評価である。いつも優しい笑顔を向ける父は一見頼りなさそうに見えるが、冒険者でもないのに下級レベルの魔物を討伐するくらいの腕はあった。今思えばそれがドルックさんの教えだったのだろう。
「本当はレスとコンビを組んで冒険者として活動したかったんだけどね、あいつ乗ってくれなかったんだよ。あとから聞いたんだけど、自分だと足でまといになると思ったから断ったんだとさ」
「じゃあ、ドルックさんはずっとソロで活動してたんですか?」
「そうだね。僕、信用出来ない相手とはパーティー組みたくないし。あちこち旅に出ては町に戻っての繰り返しだったけど、知らないうちにレスが結婚するからびっくりしたよね」
「母はどんな感じでしたかっ?」
母の話題になると思い、お母さんの印象などを尋ねてみる。彼女は人見知りが激しくて人と関わるのが苦手なタイプ。そのせいか外に出るといつも父か私と一緒にいることが多いのだ。
お父さんの親友ならばお母さんとは顔を合わせたこともあるはずなのだけど、ドルックさんは張り付けたような笑顔のまま黙ってしまった。
「……。イルくんは母シンシアのことは好きかい?」
「はいっ。もちろんです」
「じゃあ、答えるのはやめておこうかな。君には嫌われたくないからね」
「え……」
それってつまり……あまりいい印象ではないってことなのかな。
確かにお母さんは人見知りが激しいけど失礼な人ではないはず。何が気に入らなかったのだろう?
「そんなことよりも昨日言いそびれちゃったけどランクBの昇格おめでとう。いやぁ、面白いくらいトントン拍子にランクが上がって嬉しいよ。ランクSもすぐじゃないかな?」
話を逸らされてしまったが、また冒険者ランクの話になり渋い顔をする。
ドルックさんは私にランクSになってほしいみたいだけど、私はそこまで目立ちたくもなければ目指したくもないわけで……。
「ドルックさん、あの……私は別にランクSになるつもりはないんです。身に余るっていうか、今のままでも十分なんです……」
「謙遜することはない。君にはその資格がある。ランクSになれば今よりももっと不自由なく幸せな暮らしが出来るさ」
「いえ、私はもう幸せなんです。……確かに運は他の人に比べたら全然ないんですけど、それでも楽しく過ごせてますし、好きな仕事をしながら美味しいお菓子とか作って色んな人に分けたりしながら落ち着いて暮らすのがいいんです。ランクSにまでなったら注目浴びちゃうし、気を張ってしまうので……」
ドルックさん、怒るかな。彼の言う幸せもひとつの形だとは思うんだけど、私には荷が重いというか、静かな暮らしがしたいんだよね。
「イルくん……今でも十分に注目を浴びてるよ? カリュブディスの件でさらに」
「そ、それはそれです! もちろん、緊急討伐とか人手が欲しい依頼はちゃんと受けるつもりですけど、ランクを上げるのはもうストップしてほしいんです……」
穏やかに、静かに暮らしたい。いや、もう半分くらい無理かもだけどせめてこれ以上は目立つのを控えたいのだけど!
恐る恐るドルックさんの顔色を窺うと彼は何か考え込む様子を見せたあと私に向けて呟いた。
「……なるほど、わかったよ。そこはイルくんの意見を尊重しよう」
「あ、ありがとうございますっ」
思っていたよりも早くに納得してもらえたのでちょっとだけホッとした。
「しかし、君の願う幸せと僕が君に願う幸せはこうも違うのか」
「すみません……ドルックさんが私を思って言ってくれたのはよくわかってます」
「そう理解してくれてるなら嬉しいよ。……さて、着いたようだね」
「あ、そうです……ね」
少し寂しげな様子が気になったけど、目的地の屋台に辿り着いた私は目を疑うような光景に思わず固まってしまった。
オープンしていないチュロス屋さんの前に長蛇の列。え? 一体何があったの!? なんで!?
驚きに戸惑っていると、先に待っていたであろうレイヤとプニーが私に気づいて駆け寄ってきた。
「イル!」
『イルー! イルー!』
「レ、レイヤ! プニー! これはどういうことっ?」
「俺が来たときからこんな感じで……なんでもギルド長が強くオススメしたからとか……」
『人がいっぱいだよ! よ!』
ちらりとレイヤがドルックさんを横目に見ながらそう告げるとドルックさんはパッと嬉しそうに笑いながらうんうんと頷き肯定する。
「昨日、沢山勧めておいたかいがあったようだね」
「一体どれだけの人に勧めたんですか……そんな列が出来るほどの味じゃなくごく普通のチュロスなんですが……」
「言い方を変えれば家庭の味ってことだよ。自信持っていいさ。さ、彼らも待ってるから早く行くといい」
「あ、はい。では、失礼します。レイヤ、行こっ!」
「あぁ」
レイヤもドルックさんにぺこっと頭を下げて共に自店へと急いで向かい、準備に勤しんだ。
「まったく、君達親子は揃いも揃って僕の望みを突っ撥ねるんだから」
イルの店をあとにしたドルックは一人でぼそりと呟く。
思い出すのはレスペクトに「レスも僕と一緒に冒険者として活動しないかい? 君と一緒なら楽しいだろうし」と告げたとき。
最初はスライム相手でも怯えていた彼はドルックの手ほどきがあって冒険者ランクDくらいの実力を得ることが出来たのだが、レスペクトは首を横に振った。
「どうしてだい? ランクの高い魔物を恐れているのなら心配はないさ。僕が片付けるから君は君の出来る範囲でやってくれたらいいんだし」
「いや、俺は冒険者には向いてないよ」
「そんなことはない。レスは腕もいいし、この僕が君を選ぶくらいだから間違いないさ」
「買い被りすぎだよ。それに俺はこの町で静かに落ち着いて暮らす方が性に合うからね」
レスペクトと長い付き合いのドルックはすぐに察した。これは何度言ってもどう説得しても頷かないと。譲れない所は譲らないのが彼であるから。だからドルックもすぐに諦めた。
のちにレスペクト本人から足を引っ張ると思って断ったと聞かされるが、ドルックにしてみればそれくらいのことで、と思わずにはいられなかった。
やはりあのとき、もう少し強く説得しても良かったかもしれない。
そうすれば親友があの女と結婚なんてしなかっただろう、とドルックは今でも後悔する。
あの女ことシンシアと出会ったのは何度目かの旅から戻ってきたとき。すでに友と彼女は結婚をしていた。
初めて顔を合わせたときからいけ好かなくて今でも鮮明に覚えている。
レスペクトから紹介されるが、何かに怯える様子で言葉もしどろもどろとしていて常にレスペクトがフォローをしていた。
人見知りが激しいとは聞いたが、何かを隠しているように見えて言いようのない不快感が芽生える。
女ならば他にもいただろうになぜ彼女なのか。あの女は絶対何かある。勘が鋭いドルックはなぜかそう確信していた。
しかし、シンシアがいたから娘であるイルも生まれた。彼女はどちらかと言うとレスペクトに似ていたのでドルックも受け入れることが出来たのだ。
時が流れ、友とその妻が亡くなり、親友の娘だけが残される。
たった一人とも言える友がいなくなり悲しみに暮れたが、自分がしっかりしていれば防げたことだと知るとドルックは己を責めた。
とはいえ悲しみに浸る時間なんて彼にはない。一番悲しむべきである娘を自分が友の代わりに守ってやらねばならないと誓った。
恨みを向けられても構わないし、望むことはなんだってしてやろうと思うものの、両親を一度に亡くしたイルの心の傷は深くてその傷が癒えるまでドルックは待つしか出来なかったのだ。
月日が経ち、そんな彼女が冒険者としてギルドに登録したことを知るとドルックは驚いた。おそらく素材を売るために登録したのだと思っていたが、カトブレパスの件からイルの能力について注目する。
レベルが日に日に異常な速さで上がっていって、ギルド職員の中でもごく一部しか知らない機密扱いとなった。
将来的にはかなり凄腕の冒険者になってもおかしくない成長にドルックはイルのためにひとつのプランが思い浮かんだ。
それが彼女をランクSの冒険者にすることである。
最高ランクの冒険者にさえ到達すれば何不自由ない暮らしや評価が得られる。そうすればイルは幸せになれるだろうし、亡き友のレスペクトも喜んでくれると思っていた。
だから冒険者ギルドでイルと出会ったとき、高ランクの依頼を受けるように強く言ったのだ。
結局、本人がそれを望まなかったことと、父である友と同じ『落ち着いて暮らす』という願いを聞いてしまったからにはドルックもイルの意志に従うしかなかった。
(あの子はやはり君の子だな、レス)
思い通りにはいかなかったが、ドルックの表情は清々しいものである。久々に親友と会話をしたような気分だったから。




