王との謁見と繋がっていた王族
町の外で待機していた国に仕えているであろう魔術師の瞬間移動魔法によって再び王都ルミヴォーレへと訪れた私の目の前にはお城の正門が聳え立っていた。
王都に来ることは当分ないだろうなと思っていたのにまさかまた足を踏み入れることになるとは……しかも王様から直々にお城へと呼び出されるなんて一生にないことだろう。
付き添いの兵士達に連れられ、お城へとお邪魔した私は静かな城内をただ黙ったまま歩いた。
そして一際豪華な装飾を施された大きな扉の前へと足を止める。おそらくこの先に王様がいるのだろう。扉を守るように何人かの兵士達が立っているから間違いないはず。
私を連れてきた兵士が「例の者を連れてきた。謁見の準備は大丈夫か?」と扉の前に立つ人に話しかけると、相手はこくりと頷き、私へと顔を向ける。
「王はすでにお待ちだ。失礼のないように」
「はい……」
念を押されると物凄く緊張してきた。本当に無事に帰れるのか不安にもなってきたし、このまま何事もなく終わってくれるように願うしかない。
駄目だったら……本当に暴れよう。
重々しい扉が開くと中は王城に相応しい華美な内装で入口から真っ直ぐ奥の玉座まで赤いカーペットが敷いてある。
眩しいほどの煌びやかなその空間は初めて見るけれど、どこか想像していた通りの豪華絢爛な謁見の間だ。
思わず感嘆の声を上げてしまうのだけど、兵士の人が歩き始めたので私もすぐにそのあとを追った。
足に伝わるほどのふかふかした感触が伝わるカーペットの上を歩き、数段ほどある階段の前にて立ち止まる。
その先にある壇上には玉座に座るこの国の王グランミシオンがいた。
今年で六十になったという彼は黒髪に黒髭を蓄えていて細身ではあるが威厳に満ちていた。というか、怖い。場所が場所なだけめちゃくちゃ威圧感あるし、視線がもう恐ろしい。
「失礼いたします。王の申しつけ通り、スタービレ冒険者のイルを連れて参りました」
「ご苦労。お前達はもう下がってよい」
「御意」
えっ。兵を下がらせるの? 怪しい行動をとったときのことを考えて傍に置いとくんじゃなくて? さすがに不用心すぎるのでは?
兵士の人達もそれで納得しているのか、本当に謁見の間から出て行こうとする。まさかの二人きり……?
重たい扉が閉まると一気に静まり返る。一人で王の前に取り残された私はどうすればいいのか分からず王の顔に視線を向けるが、ジッとこちらを見るだけで何も言わないため慌てて挨拶をすることにした。
「あ、あの、初めまして王様。スタービレのイルと申します!」
大きく頭を下げて挨拶。害はないアピールをしておかなければ。
しばらくそのままでいると相手から「顔を上げよ」と許可をいただいたのでゆっくり頭を上げる。
「唐突に呼びつけたにも関わらず応じてくれたこと感謝する。もし応じなかった場合お前と顔を合わせた場所が牢の中であっただろう」
ひぇ、どちらにしてもお城に向かうはめになってたんだ。ただ対応が違うだけで……。うん、大人しくしておいて良かった。
「さて、早速本題だ。なぜそなたが呼ばれたかわかっているか?」
「えっと……先日のカリュブディスの件、でしょうか?」
「あぁ、そうだ。凄腕の冒険者や兵が束になってやっと倒せる奴をたった一人で仕留めたそうだな。ご苦労であった」
「いえっ、ありがとうございます……」
「冒険者ギルドの総帥の話によるとそのカリュブディスを黒い炎を使って倒したそうだな。それに間違いはないか?」
「は、はい」
「だろうな。儂もその炎をこの目でしかと見ていた。あまりにも恐ろしい魔法であった」
めちゃくちゃ睨まれてる……。もしかして、私結構まずい状況だったりする……?
そんなに恐れられるならもう二度と使いませんのでどうか怒りを鎮めていただけないでしょうかっ。
「件の魔法は魔族しか使われないと言われている。なぜ人間であるそなたが扱えるのかしっかりと話してもらおうか」
「な、なぜと言われましても……なぜか使えるようになってしまったとしか……」
女神様の力でスイーツを作って食べたら魔法を覚えましたなんて言えるはずがないし、信じてくれなさそう。
しかし、はっきりとしない曖昧な返事をするため、王様の目が鋭くなったので思わずびくりと身体が跳ねる。
「それで儂が納得するとでも? ならばこちらから可能性を述べよう。ひとつ、人間に成りすました魔族か? ふたつ、人間を裏切って魔族になった者か?」
その選択どちらにしても魔族なんですがっ!!
「ち、違いますっ! 私、本当に人間です!」
「ならば裏で魔族と繋がっているのか?」
それは否定しづらいけど、悪い意味で繋がっていないことは確かだ。
「私は、この身に誓って絶対に魔法を悪用に使ってはいません!」
「ならば詳しい者に調べてもらおう」
「えっ?」
グランミシオン王が片手を上げると、彼の後ろから突然人が現れた。
フードで顔や身体を隠しているため男女の区別はつかないが、見た感じガタイが良さそうな体格だと思われる。
身長はドルックさんと同じかそれ以上の身長があるのかな。大きい。壇上に立っているせいでさらに大きく見えてしまう。
しかし、あまりにも場違いな装いのためいかにも怪しいとしか言いようがない。お城の兵士とは全く違うただならぬ雰囲気を感じる。
それにしても王様が合図するまで姿を見せなかったということは透明化する魔法を使っていたのだろう。今の今までずっとこの人は同じ空間にいたんだ。
「この者は魔族に関して詳しい上に人間に化けている魔族すらも見破ることが出来る。つまり、そなたが魔族ならばすぐにバレてしまうということだ」
詳しいことはわからないけど人と魔族を見分けられる目利きを持っているということなのかな? スキルなのか魔法なのかはわからないけど、それで私の疑いが晴れるなら気がすむまで調べてほしい。
「……」
「頼めるか?」
王様が尋ねるとフードの人はこくりと頷いた。お、王様相手に口を開かず頷くだけで返事をするなんて! しかも王様はそれで機嫌を悪くすることはない。
「では任せた」
そう告げるとフードの人は階段を降り、突っ立っている私の前で立ち止まった。
顔色も何も見えなくて、ただただよくわからない恐怖を抱く。その瞬間、フードの人物は私に向けてまるで威嚇するかのように魔力を溢れ出した。
自身の魔力量を相手に見せつける行為なのだけど、その魔力は今までにないくらい強力で、尋常ではない量を当てられた私は身体が重くなり頭に小さな痛みが走る。
以前、怒ったデジールにも同じような圧力をかけられたけど、あれ以上の魔力が身体中に伝わった。
可視化する魔力の量も膨大でその強さが目に見える。カリュブディスなんて比じゃない。あの魔物が何百いても敵わない可能性がある。
まるで歩く兵器。そう思わせるような魔力と強さを兼ね備えている。
一体何者なのか、この人は。もしものことがあったら暴れると決めていた私の思惑をあっさりと打ち砕くような存在だ。
私はどうやっても太刀打ち出来ない。圧倒的な力差を理解してしまった私は固唾を呑む。
「やめんか。儂まで頭痛がしてきたぞ」
「すまない。どちらが上か教えてやる必要があったのでな」
初めて口を開いたフードの人の声はしゃがれ声の男性のものだった。
王の声により魔力の放出は止まり、頭痛は治ったので小さく息を吐く。
しかし、それよりも王様相手に砕けた口調なのが気になる。友人関係? 例えそうだとしてもそう簡単に軽く接してはならないはずだ。いまいち彼の詳細がはっきりしない。
「……それにしてもスタービレのイル、だったな? どうもさっきからその名に聞き覚えがあると思い考えていたが、ようやく思い出した。お前は我が子と懇意にしてくれている者だな」
「えっ? 我が子?」
話が読めなくて困惑していると男はフードを取った。
髪は撫でつけるようなオールバックの輝かしい黄金色、そして血のごとく真っ赤な瞳はデジールと同じものであり、魔王の家系である証拠。
……つまり、我が子ってことは。
「デ、デジールのお父さん!?」
現魔王のデジールの父であり、終戦を提案した先代魔王様!? な、なんでそんな凄い人がここに!? いや、待って私デジールのこと呼び捨てにしちゃった!
「す、すみません、魔王であるお子さんのことを呼び捨てに……」
「良い良い。デジールがそうしろと言ったのだろう? 仲良くしてもらえてこちらとしてはありがたいのでな」
思わず口に手を当てて謝罪をしたけど、元魔王様が寛大な心の持ち主で良かった……。
でも、本当に彼が戦争時代に恐れられていた魔王様なのだろうか。確かに魔力とか殺気的なものは強力だったけど、こんな所にいるのが考えられない。
「改めて挨拶をしよう。我が名はアイントラハト。元ではあるが魔族の王を務めていた。今はそうだな……隠居して悠々自適の生活をしているが、チョコレート生産を指揮しているチョコレート工場長といったところか」
……間違いなくチョコレートに人生を狂わせられた元魔王様だ。しかも現在は工場長。
デジールの話通り本当にチョコレートが好きなんだろうなぁ。
「なんだ、そなた達は知り合いか?」
「我が子の友だ。顔を合わすのは初めてだな」
「儂にはそなたの子をまだ見せてもらったことがないが?」
「我が子はまだまだ半人前でな。失礼極まりない態度を取ることは目に見えるのでもう少し落ち着きを覚えたら会わせるつもりだ」
「失礼など気にする間柄ではないだろう? 儂の子どもの頃の方がそなたに無礼を働いていたではないか」
「フッ、あの頃はお前は活きのいい子であったな。我は好きだったが」
「まったく、魔族は長寿とはいえそなたは昔と変わらん外見なのが羨ましい。どちらにせよ儂の生きているうちに一度は連れてくるんだぞ」
「長寿にしてやるという誘いを断った男が何を言う。だが、お前の言うことも確かだな。そのうち連れてこよう」
なんだかとても話が弾んでおられるようですが、なぜこの二人はこんなに仲がよろしいのか? 私の困惑はなかなか拭いきれない。
「あ、あの……互いに干渉しないという条件で和平条約を結んで以来、それぞれの土地に足を踏み入れることはなかったのでは……?」
「我が子と会っているのに今さらそこを気にするのか? ……まぁ、表向きはそのようにしているのであって実際は魔族も人間の王も互いの城に行来はしているな」
「えっ!?」
「儂の父の代から秘密裏に交流は続けていた。もちろん、王族しかその事実を知る者はいないがな」
どうやら終戦してから普通に王同士の交流は続いていたそうで、グランミシオン王の子どもの頃からの付き合いでもある。
最初はなかなかカカオ栽培が上手くいかない先代魔王様が先代国王に泣きついてきたらしく、初めこそは驚いた王だったが少しずつ受け入れていき、臣下達には内密で家族ぐるみの付き合いになった。
そんな国家機密レベルの話を私にしていいんですか……? いや、デジールと関わっている時点でアイントラハト様の言うように今さらなんだけど。
「言わなくともわかると思うがこの件について、並びに魔王と関わりを持っていることや人間の土地に姿を現していることは他言無用で頼む。もしものことがあればその首が飛ぶと思え」
「は、はい」
国王様の言葉に物凄い圧を感じる。レイヤやリリーフにもちゃんと口止めしなきゃ。……言いふらすような人達ではないのはわかっているけど、王様に直接言われたからには念を押さなければ。
「お言葉ですが、なぜ魔族と人間が仲良くしているのを隠すんですか?」
見たところとてもフレンドリーで仲も良好。それを秘密にする必要がわからなかった。
「終戦したとはいえ、当時の記憶がある者達からすれば敵対していた種族を許すことは出来ないからな。余計な争いや反発を生み出しかねん」
「新たな火種を生むよりは時間を置いてから少しずつ交流するのがいいだろうと我らは結論を出したわけだ」
「時間……数年後とかですか?」
「それでは足りん。せめて当時の戦争を知る者がいなくならない限り難しいだろう」
「魔族は長寿なのでそう簡単にはいなくならないが、最低でもあと百年くらいは時間を欲しいところだ。我も人間に対する考え方を変えようと魔族達に説き伏せているがまだまだ時間はかかるだろう」
魔族と人間が表立って仲良く交流出来るようになるのはかなり先になりそうだ。
種族のトップ同士が納得しても民達が納得するかはまた別ということだろう。
確かに当時の戦を知らない私でも魔族は恐ろしいものだと経験した人から話を聞くことがあるのでデジール達に会うまでは魔物に向けるのと同じような気持ちだった。
実際、対話してみれば困ったこともあったけど今では友達だ。
互いに憎みあうことを薄れさせるため長い年月をかけるとなると大変だけど、早く実現するといいなぁ。
そうしたらデジールもフードを被らずに堂々と歩けてあの子好みのお店にも入ったりも出来るのに。
「━━話が脱線してしまったが、魔族というだけで敵対心を剥き出しにする者も多い。冒険者ギルド総帥のミストもそうだ。六十年ほど前に見たこやつの魔法に恐れて同じ黒炎魔法を放ったそなたのことを密告してきた」
それはなんとなくわかっていた。あんな凄い魔法を私なんかが使ったらそりゃあ驚くだろうし、当時の魔王が使用していたものと酷似していたら恐れてしまうのも頷ける。
「人間に成りすました魔族か、魔族になった人間か、どちらにせよ魔族と関わりのありそうな者が人間の地で彼らしか使用出来ない魔法を撃ったとなると魔族が攻めてきたと大騒ぎになるのでな。早々に解決したいため、アイントラハトを呼び出してそなたが何者か見てもらったわけだ」
「我ならば同族か人間か、その判断は容易いからな」
先代魔王様を簡単に呼びつける王様も王様だけど、すぐに馳せ参じる先代様も先代様なのでは? よほど強い絆で結ばれているのかもしれない。……思った以上に王族同士とはいえ仲が良くて平和である。
「それに話に聞いた黒炎魔法は確かに魔族のごく一部しか使えない代物だ。我としてもそれを確かめたかった」
え。本当に魔族しか使えない魔法が存在するの? もし、私の魔法がそうだとしたらなぜ私が扱えるのか……。
「アイントラハト、結局この者は魔族ではないのか?」
「我の姿が見えずとも先ほど当てられた魔力量で我が誰かすぐに気づくものだが……この反応は間違いなくほぼ人間だろうな」
「ほぼ? そなたにしては随分と歯切れの悪い物言いだな」
「普通ならはっきりと断言出来るが、この者の魔力……いや、血なのか、魔族のものと混ざっている。なかなかに濃いようだ」
「……えっ?」
私をジッと見るアイントラハト様が悩むような表情でとんでもないことを口にした。魔族の血って何っ!?
「わ、私、魔族じゃないですよっ?」
「あぁ、純粋な魔族ではないのはわかっている。人間の血も混ざっているのだからな。……お前の両親のどちらかが魔族だったりしないか?」
魔族……? お父さんとお母さんのどっちかが? さすがにそれはないと断言出来る。
「お父さんとお母さんはどちらも人間です。魔族特有の赤い目もしていなかったですし」
「そうか。ならばお前の先祖に魔族がいたのかもしれんな。魔族の血が濃いのでてっきり両親からその血を継いだのかと思ったが……先祖返りの可能性があるだろう」
私ですら知らない私の事実に驚きを隠せない。まさかご先祖様に魔族がいるなんて考えてもみなかった。
「イルよ、そなたがカリュブディスに放った魔法はなんという魔法だ?」
「インフェルノ、です」
「やはり。間違いなく魔族の血を流す者しか扱えない魔族魔法だな。六十年ほど前に我が放ったものと同じだ」
「え、えぇっ!?」
よく似た別の魔法じゃなくて!? 魔族魔法!? 初めて聞いたのですが!?
「つまり、先祖が魔族であり、さらに先祖返りのため魔族の血が濃く、魔族魔法を使用できたということだな?」
「そうだろう。いつの時代の魔族かは知らんが、人間と添い遂げる者も少なからずいたと聞いている。……まぁ、その理由は様々ではあるがな」
含みのある言い方である。おそらく人間から情報を抜き出すために結婚したスパイのような魔族もいたのかもしれない。時代が時代なら可能性はある。
「そうとわかればミスト達には正直に魔族の先祖返りだったと伝えよう。さすがにあの魔法を別の魔法だと言い張るのは難しいだろうしな」
「……それで納得してくれますかね?」
「あの者達は魔族か人間か、でしか判断しないところがある。人間だと理解してもらえたらそれでいいだろう。まぁ、中には先祖が魔族だっただけでもいい顔をする者はいないが、それは儂からミストに強く言いつけておこう」
「あ、ありがとうございます」
「……本当は種族差別をなくすべきなのだが、人魔族大戦を知る者は頑固な爺さん婆さんばかりなのでな……今さら考えを改めさせるのがなかなかに難しい」
「我も同じだ。やはり犯してしまった過去は早々に流せないのであろう」
二種族の王様と王様だった人が溜め息を吐く。長い時をかけて戦争をしていたことを考えると、人間と魔族が仲を深めるのはよほど大変なことだというのがよくわかった。




