つかの間の平和と国王からの呼び出し
レイヤと一緒に移動屋のテレポートにてスタービレに戻った私達はすぐに帰宅する。
どうやらレスペクトとプニーも心配をしていたようで家の前で私の姿を見るや否やすぐに駆けつけてくれるのだが、レスペクトの勢いが怖くて思わず声を上げてしまった。いつもゆっくりと動く彼があそこまで俊敏に動くのは初めて見る。
突き飛ばされるんじゃないかと怯えるも、彼は私の目の前で足を止めて静かに唸っていた。
「レ、レスペクト……?」
『貴様、また面倒事に巻き込まれたな?』
怒ってる……! 間違いなく怒ってる! レスペクトの背後にはただならぬ怒りのオーラを纏わせているし、また怒られるパターンだ!
うう、ドルックさんから注意を受けたばかりなのに……。
「これは、その、不可抗力で……」
『死に急ぎたいようなら私が手を貸してやろう』
「死に急いでないから! 手を貸さなくて大丈夫だから!」
今にも邪視を発動しそうなレスペクトにぶんぶんと首を振ってお断りする。彼なら私が相手だろうと本気でやりかねない。
そんなレスペクトはすぐに溜め息を吐き捨ててボソッと呟いた。
『私以外に殺されることは許さんぞ』
「は、はい……」
私の命はレスペクトが握っているようだ。ていうか死んだら許すも何もない気がするけど、ここは何も言わずに合わせておこう。
『イルー! 大丈夫っ? ぶっ? 虐められてないっ? いっ?』
「うぶっ! だ、大丈夫だよ。心配かけてごめんねプニー」
プニーが勢いよく飛んできたため、顔面キャッチをしたけど、すぐに彼を両手で抱えて無事なことを伝える。
『怪我もしてない? い? 痛くない? い?』
「うん。怪我もしてないよ」
『良かったー! たー!』
今回は怪我をしてないことを知るとプニーは安心しきってドロッと蕩けた。
みんなに心配をかけさせてしまったことを反省し、改めてあの災厄の魔物と戦って勝利したことを思い返すもどこか実感しない。
自宅に入ると、温かいコーヒーを準備して椅子に座り、レイヤから詳しい話を聞いた。
女神イストワール様から受け取った恩恵と引き換えにテレポートをしてもらったこと。私が気を失ったときに起こった騒動についても。
色々と驚きがあったけど、イストワール様の力を返して良かったの? と尋ねたらレイヤは清々しいくらいの態度で「役に立たないからな」ときっぱり答えた。
役に立たないことはないと思うんだけど……。まぁ、レイヤは元々女神様の力を使いたくなかったみたいだし、本人もそれでいいと言うなら良かったのかもしれない。
「……けど、せっかく飛ばしてもらったってのに結局イルの助けにならなかった。全部イルとドルックさんで片付けたようなものだし」
どうやら彼はそのことを気にしているのか、ズーンと落ち込んでいるようだった。
「そんなことないよ。最初はレイヤがいることにびっくりしたけど、私は嬉しかったんだよ。それにレイヤが私を抱えて守ってくれたんでしょ? 十分過ぎるほど助けてくれてるよ。ありがとう」
気絶していたから詳しい状況まではわからないけど、レイヤの話の通りなら私はレイヤにも助けてもらっているし、わざわざ苦手なイストワール様に願ってまで来てくれたのだから彼の助けたいって気持ちは強く伝わった。
「……イル。俺、絶対にもっと強くなるから……」
「? レイヤは強いよ?」
そう伝えるとレイヤは少し思いつめたような表情で首を振って否定する。
「俺はイルに比べたら大したことない」
え、そんなことないのに。レイヤは戦闘訓練所にも通ってるからさらに強くなっているのにどうしてそんなことを……ハッ。もしかして私の魔法を見てそう思ってるのかな。
そりゃあ私の覚えた魔法は威力的にめちゃくちゃなものもあるけど、武器を手にして戦う人とは系統が違うんだ。
「レイヤ、私は戦闘スタイルは魔法だけどレイヤは剣術でしょ? 比べる対象が違うよ。私なんて剣を持っても戦闘慣れしているレイヤには敵わないんだし」
「けど……」
荒業ではあるけど否定的になるレイヤの口を手で押さえてそれ以上の言葉を発しないようにさせた。
「けど、じゃないよ。私はレイヤのことずっと心身共に強いって思ってるし、頼りにもしてるんだよ。だから大したことないとか言わないで」
「っ……」
一瞬固まった状態のレイヤだったけど、すぐに頷いてくれた。彼にとっては納得しづらいかもしれないけど、無理やりにでも言わないとわかってくれないかもしれないし。
手を離すとレイヤは口を押さえながら顔を背けてしまった。あれ? もしかして怒った……?
「え、あ、レイヤごめんね? そんなに嫌なことしちゃったかな……?」
「い、いや、違う。そうじゃない。口に触れられるとは思ってなかったからびっくりして……」
わたわたしながら謝罪をするが、どうやらレイヤは恥ずかしがっているようだった。顔までよく見えないけど耳まで赤くなっている。
子ども扱いされたと思って照れた表情を見せないようにしてるのかもしれない。なんだか申し訳なく思う。
『レイヤはねーイルのこと好きだから嬉しいんだよー。よー』
「お、おい、プニー!」
ぴょんぴょんと跳ねながら教えてくれるプニーに私は嬉しくなって笑ってしまった。
「そうなんだね、私もレイヤのこと好きだよ」
「っ!」
ガタッと大きな音がした。慌ててレイヤへと視線を向けると、急に席から立ち上がったからなのか、椅子が後ろに倒れた状態になっている。
「レ、レイヤ大丈夫っ?」
「だい、じょうぶ。大丈夫だ」
「でも顔赤いよ? 風邪ひいたんじゃない?」
「そういうわけじゃないんだ。その、驚いただけで……いや、俺よりイルの方が顔赤いぞ」
「えっ?」
『イル、リンゴみたいだよー。よー』
そんなに赤いの? 自分ではあまり実感がなくて額に手を当ててみるが、確かに熱いような気もしなくもない。
そういえば少し汗ばむような。家が暖かいからだと思っていたけど、もしかして……。
「っくしゅん!」
……まずい。自覚すると凄く熱くなってきた。頭がぐるぐるする。
すると急に額へと手を当てられた。レイヤの手だ。心配そうな表情を向けられるが、今の私にとっては彼の手が冷たくて気持ちいい。
「熱いじゃないか……やっぱり薄着で長時間外にいたせいだろうな。今日は早く寝た方がいい」
「うん、そうする……」
そういえばパーティーで預けた上着も結局返してもらっていないままだった。
帰り道は耐寒魔法をかけて事なきを得たんだけど、魔力切れで倒れたときは魔法も全て解除された状態だから寒空の下で薄着のまま意識を失っていたんだ。だから風邪をひくのも頷ける。
その後、すぐに寝かされた私は翌日も寝込み、レイヤとプニー達に看病されながら医者まで呼んでもらい薬を処方してもらった。
そのおかげでその翌日にはすっかり元気になったのだけど、どうやら私が寝ている間にリリーフがお見舞いに来てくれたらしく、美味しいリンゴをお見舞いの品として置いて行ってくれたようだ。
またリリーフにお礼をしなきゃいけないなと思いながら完全復活した私はパティスリー・ザーネへと出勤した。
「風邪をひかれたと伺いましたがもう大丈夫なんですか?」
出勤早々ザーネさんに心配の言葉をいただいてしまった。
昨日、レスペクトのミルクの搾乳と配達はレイヤにお願いしたから私が風邪をひいたことはすでに知っていただろう。
顔の表情は相変わらず変わらないけれど声色は私を気にかけるものだったので嬉しくもあるが申し訳なくも感じてしまう。
「はい。もうすっかり良くなりました。心配をおかけしてすみません」
「いえ、お気になさらず。しかし病み上がりなので無理だけはなさらないでください。体調に変化があればすぐに近くの従業員や私に報告をお願いします」
「はいっ。ありがとうございます!」
勤務を始めると先輩方にも心配の声をかけてもらったのでもう大丈夫だということを何度も説明することになった。
こんなに優しい人達に心配をかけてしまって本当に申し訳ない。その分仕事で返そうと精霊祭前の忙しい業務を精一杯こなした。
やはり精霊祭用のケーキ予約が多くて沢山捌いたけど、当日までのケーキ作りが一番大変なんじゃないかなとパティシエさん達の苦労を考えてしまう。
本日の業務を終えた私は買い物をして帰ろうとお店に出ると、そこにはなぜかレイヤが店近くに立っていた。
「あれ? レイヤ、どうしたの?」
「あ、いや、イルの仕事もそろそろ終わると思って迎えに。昨日まで風邪をひいてたから体調を崩してないか気になったから」
少し照れくさそうに目を逸らしながら理由を話すレイヤ。彼の優しさに思わずじーんとしてしまった。
「わざわざありがとう。忙しかったけど体調は問題ないよ。買い物に行くけど、レイヤも行く?」
「あぁ、付き合う」
こくりと頷いたのでレイヤと一緒に夕飯の買い物に向かおうとした……そのときだった。
「イルくん! ああ、間に合って良かった!」
「えっ? ドルックさん?」
なんと今度はドルックさんとまで鉢合わせた。なんだか話からして私に用があるように見える。
しかも珍しく急いでいたのか走ってきた様子で薄らと汗をかいていた。そして酷く真面目な顔で彼は口を開く。
「まずいことになった。王都の兵士達が君を連行するつもりだ」
「え……?」
連行ってどういうこと? わざわざ王都からスタービレまでやって来たの? 王都の兵士がっ!? 私何も悪いことをしてないのに!
「おそらくミセスミストが王に告げたのだろう。罪を犯していない者にわざわざ王国の兵を向かわせるとは到底思えない。誇張した可能性もあるな……あの婆さん、誰のおかげで被害者を出さずにすんだと思ってるんだ。わからず屋め……」
まるで自分のことのように怒りをあらわにするドルックさんはチッ、と舌打ちまでした。なかなかに見ない彼の態度に驚きながら瞬きをすると、彼は切羽詰まったような表情で私の肩を掴む。
「イルくんっ! このまま兵士に連行されたら君は何かしら処遇を受けるだろう。最悪の場合は処刑、運良く逃れても君の力に価値を見出して利用しようと人間兵器のような扱いを受ける可能性もある。だから君は決断をしなければならない。大人しく連行されるか、僕と共にこの町から逃げるかだ」
「えっ、ええっ!?」
突然選択を迫られて混乱してしまう。だって連行されて何かしら罰を受けるのも嫌だけど、故郷を捨てて逃げるのも嫌なのに。
「ドルックさん! 逃げるってどういうことですかっ? しかもあなたも一緒って……!」
「おや。レイヤくん、いたのかい?」
「最初からいましたけど……」
「そう。気づかなかったよ」
「……」
「僕がイルくんと共に逃げるのはもちろん彼女を守るためだ。イルくんのためなら全てを投げ捨てる覚悟はすでに出来ている。逃げるなら今のうちだ」
とても凄い発言を受けているのだけど、急な展開に頭がついていかない。わ、私はどうすればいいのっ!?
「あの、ドルックさ━━」
「あなたがスタービレの冒険者、イルですね?」
「!」
ザッと現れたのはスタービレではまず見ない板金鎧を纏った人達。彼らの格好は間違いなく国軍兵士だ。ドルックさんの言う通り、本当に王都から私を探しに来たように思える。
「まったく、王都の兵は優秀だね。腹立たしいくらいに」
はぁ、と溜め息と共にドルックさんは兵士達に睨みつけると私を庇うように前に立つ。
レイヤもただならぬ予感を抱いたのか、彼もドルックさんと同じく私より前に立ち、口を開いた。
「……彼女に何か?」
「王より直々にその者と話がしたいと仰せです。ご登城願います」
「拒否は許さないって物言いだね。急に来てこっちの予定も聞かずに連れてこうだなんて王様って随分と礼儀のなってない人なんだ?」
「王は忙しい方なので無礼は承知の上です」
「あの……今すぐ、なんですか?」
「はい。瞬間移動魔法を使いますので移動時間の心配は無用です」
移動に時間をかけなくてすむのはありがたいのだけど、目的が見えなくて少し怖い。
「ちなみに話とは?」
「我々は聞かされておりません。あなた自身がよくご存知だと仰っていました」
やはり例の魔法のせいなのかな。ギルド総帥の人もかなり警戒していたって聞くし……。王様も同じように身構えてるのかもしれない。
もし、この件に応じなかったら不敬罪とか言って捕まりそうだし、どちらにせよ城に連れて行かれること間違いなし。
「イルくん。ここは僕が撹乱させるからその隙に逃げるといい」
「えっ! ま、まずいですよドルックさん! それはさすがにっ!」
小声でとんでもないことを言い出すドルックさんに私は慌てて止めようとする。
いくらドルックさんでも国軍の邪魔をすれば罪になるだろうし、私のためにそこまで背負ってもらいたくはない。
ああ、待って待って! ドルックさん、ナックルダスターを装着し始めてる! よく見たらレイヤも剣を握っていていつ兵士達に刃先を向けるかわからない!
「い、行きます! 王様と話します!」
「イル!」
「イルくん!」
もうどうにでもなれと言わんばかりに手を挙げた。だってこのままでは二人が国に喧嘩を売りかねないんだもの。
「賢明な判断感謝します」
「じゃあ、付き添いとして僕も行くよ」
「俺も」
「申し訳ありませんが入城出来るのは冒険者イルのみとなっています」
「……へぇ?」
一緒に来てくれると心強いのだけど、それが却下されるとドルックさんは怖いくらいの笑顔で威圧する。
さすがの兵士達も怖気づいた様子だが、私も思わず震え上がりそうになった。
しかし、このままだと無理やり押し入りそうな雰囲気がするし、それはそれでまた大変なことになりそうだ。
「あ、あの、ドルックさん、私は一人でも大丈夫です」
「イルくん……君に良からぬ濡れ衣を着せられたらどうするつもりだい?」
「そのときは……暴れます」
「……」
「アッハッハ! そうかそうか! 君が暴れたら確かに誰にも止められないかもしれないね!」
しん、と静まったあとにドルックさんの笑い声が響く。レイヤも口元を押さえてぷるぷると笑いこらえてるように見えた。……結構真面目に言ったつもりなんだけどなぁ。
「とはいえ、君一人では厳しいかもしれない。もし、今日中に戻ってこなかったらすぐに城に向かうよ」
こそっと兵士達に聞こえないように耳打ちするドルックさんの目は本気のようで、私が無事に戻らないと私よりも彼の方が暴れそうで心配になる。
「イル、本当に一人でいいのか? ……ごねたら案外折れそうな気がするけど」
「うん、大丈夫だよ。もしものことがあればレスペクト達にテレパシーを飛ばすからレイヤは……その、レスペクトに上手いこと説得してくれると嬉しいかな……」
自分で口にしながら気づいてしまった。絶対またレスペクトに怒られるやつなのではないかということに。
でも、要請に応じない方が自分の首を絞めることになるだろうし、なんとか彼には納得してもらいたい。
「あぁ……わかった。レスペクトにはちゃんと説明しておく」
「ありがとう、レイヤ」
「冒険者イル。そろそろいいですか?」
「あ、はい。すみません、行きますっ」
待たせすぎたのか催促するので慌てて兵士達の元へ駆け寄ると、逃げないように私の周りを他の兵士達に囲われた状態にとなった。
……これ、罪人扱いなのでは? 一気に不安に駆られる。
こうして、突然の王からの呼び出しにより私は一人で再び王都ルミヴォーレへと向かうことになった。




