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魔力切れと疑惑の目

「イル! しっかりしろ!」


 突然意識を失ったイルを倒れる前に抱きかかえて名前を呼ぶが相手から反応はない。

 顔色もあまり良くないし、やはり無理が祟ったのか、それともさっきの大型の魔物から攻撃でも受けたのだろうか。


「あまり動かさない方がいい。魔力切れで意識が途切れているだけのようだ」


 もう一度名を呼んで揺さぶろうとすると、ドルックさんに止められる。

 魔力切れ━━。初めてイルと会った日に一度だけ同じ状態になったのを見たけど、そのときより辛そうに見えるのは気のせいじゃないはず。

 それだけの魔力を消費したというのか? あのときは休めば治ったが、今回はも休ませたら大丈夫なのか気がかりだ。


「休めば……大丈夫なんですよね?」

「そうだね。でも、この場所だと風邪を引くだろうし、何より凍ってるとはいえ海の上にいる。早く離れるべきだろう」


 確かに氷の足場とはいえ、真下は冷たい海水。もし、氷が割れたりしたら危険だ。

 意識のないイルを抱き上げ、彼女の負担にならないようにゆっくり歩く。もし焦って駆け足になり、滑って転んでしまったらイルが怪我をするだろう。


「大丈夫かい? 見ていて危なっかしい感じだけど?」

「大丈夫です」


 からかい気味の声で茶化されるが、俺は自分の力でイルを助けたいだけなので大丈夫と答える。

 しかし、ドルックさんはその返答が気に入らなかったのか、ふーん。と呟いたあと強めの口調で俺に告げた。


「じゃあ、少しでも滑りかけたら問答無用にイルくんを奪うからね。彼女のためにも」


 ドルックさんの目付きが鋭くなった気がした。……もしかしなくとも、俺はこの人に敵視されているのだろうか?

 さっきから俺を見る目がどこか冷たいというか、嫌悪を抱かれているというか、とにかくいい感情を持たれていなさそうである。


 荒れた海がそのまま凍ったのでなだらかな氷道の方が少ないが、まだ砂浜には近いのですぐに陸地へと辿り着いた。滑ることなく。隣で「ちぇっ」と残念そうな声が聞こえたが聞かなかったことにした。


「ドルックさん、イルを休ませる場所は━━」


 宿でも何でもいいから早く彼女を暖かい場所へ連れて行かなければ。

 ドルックさんなら王都内にも詳しいだろうし、尋ねようとすると急に彼の手が俺の前を阻むので足を止める。

 目の前には沢山の冒険者と思わしき人達が立っていた。武器なども装備しているので、おそらく先ほどの魔物退治のために集められた人達なのだろう。

 しかし、どこか様子が変だ。ひそひそと何かを話しているように見える。


「あの女がさっきの気味の悪い炎を出したのか?」

「ありゃまるで悪魔だな……」


 おそらくイルに向けられた言葉がかすかに耳に入る。あまりいいようには聞こえない。

 俺が訝しげな表情をすると、冒険者とはまた違った上品そうな女性が一歩前に出た。ドレス姿なところを見ると彼女はイルと同じパーティーに出席した人だと思える。


「ドルック。カリュブディスは?」

「おや? ご覧になりませんでしたか?」

「では、私達の見間違いではないってことね。その子がさっきの魔法でカリュブディスを一撃で倒した……ってことでいいのかしら?」

「……そういうことになりますかね」


 にこやかに対応していたドルックさんの表情が変わった。何か嫌な予感がする。


「その子を尋問するわ。こちらに引き渡しなさい」

「なっ……!」


 まるでイルに何らかの疑いをかけられているようで俺はイルを抱えたまま一歩後ろへ下がる。


「ミセスミスト。どういうおつもりで?」

「あなたもわかってるんじゃなくて? 見たことがなくても話には聞いているはずよ」

「……」

「な、なんの話ですか……?」


 話が見えなくてドルックさんに尋ねる。彼はイルを引き渡すように言った女性に視線を向けたまま呟いた。


「……人と魔族が戦争していた人魔族大戦のときに一度だけイルくんと同じ魔法が発動されたことがあるそうだ」


 今から六十年ほど前のこと。当時の魔王が自身の力を見せつけるために魔界へと進軍する兵に向けて黒い炎を落とした。

 炎を受けた者は一人残らず消し炭になるまで燃え続ける。例え指先一つでも触れた者にも蛇に巻きつかれるように黒炎が一気に全身へとまとわりつく。

 助けを求めるために仲間に近づき、さらに炎に飲まれる者もいて被害はかなり酷かった。

 運良く魔法を受けずにすんだ人物達の言葉によればまさに阿鼻叫喚の地獄絵図のようだったと語る。

 もう二度と戦場に立ちたくないと生き残った者達の戦意を喪失させるほどの出来事は人々に強いトラウマを与えた。

 それ以来、魔界へと進行することはなくなり、勇気ある冒険者達しか向かうことがなくなったとされる。


「イルくんの発動した黒炎は魔族の王が放ったものと同じだということだ」

「それが……どうしたって言うんですか? 同じ魔法くらいで……」

「現在まで黒い炎の魔法を使った者は魔王以外に確認されていないのだよ。だから人間には使えない魔法なのだと考えられていた……ついさっきまではね」


 つまり、イルがさっきの魔法を撃ち込んだせいでその考えは崩されたわけだ。

 確かに普通の火魔法とは何か違うというか、黒々とした炎はイルが使用したとは思えないほど不気味に思えた。


「どうやらあなたも理解しているようね。魔王と同じ殺傷力を持つ魔法を扱えるなんて今までいなかったのに突然現れるなんておかしいことなのよ」

「前代未聞ではあるでしょうね。しかし、たまたま彼女が扱えるようになっただけなのに尋問とは穏やかではないと思いますが?」

「あれは駆け出しの冒険者が使える魔法ではないわ。魔王、または魔族との繋がりを疑うべきよ」


 否定出来ない容疑をかけられていた。彼女の言う通りイルは魔族だけでなく魔王とも繋がっていると言えば繋がっている。

 イルが聞いたら友人関係と答えるかもしれないが、おそらく周りはそう簡単に納得は出来ないだろう。

 俺は別の世界の人間だし、どこか他人事ではあるが、五十年以上前までは戦争の最中ということを考えるとまだ当時のことを知っている人もいるだろうし、魔族への恨みつらみもあるかもしれない。

 戦争は終わったとしてもそのときの恐怖などは体験した人にとっては消えないものだろう。

 しかし、同じ魔法を使えるだけでイルにその目を向けられるのは絶対に間違っている。


「あの、イルは賞賛されるならまだしも、非難を受けるのはどうかと思いますが?」


 誰かもわからないが、思ったことを伝えるとその女性は疎ましそうな目を俺に向けた。


「……ドルック、この子は?」

「イルくんの友人ですよ。魔物と遭遇したことを彼女の従魔から通じて知ったようで、心配して瞬間移動魔法持ちの知人にここまで飛ばしてくれたのだとか」

「そう。ただの友人なら口を挟まないでちょうだい。これは大事なことよ。もし、魔族と何かしら関係を持っているようなら人族を裏切った者として捕らえる必要があるわ」


 それは非常にまずい。嘘偽りならともかく、本当に魔族と関わりがあるだけにバレたら大変なことになる。

 さすがにイルも黙ってはいるだろうが、ギルドには不正を暴く魔道具があるのでそれを使われてしまったら一巻の終わりだ。


「イルは一人で魔物を退治したのにそのような扱いをするって言うんですか? 俺は魔物に詳しくないですけど、その数の冒険者を揃えるってことは相当手強い魔物なんですよね? 街の人達が危険にさらされるくらいの」


 この状況で沢山の冒険者が集まるのだからそれしか理由はない。武具を整えた冒険者達からの反論もないので間違いないだろう。


「彼女は魔物を倒すために魔法を使っただけです。魔法を使える人なら至極当然のことですよね?」

「その子は新米冒険者なのよ。なのに魔王と同等の魔法を使うなんて普通じゃないわ。人魔族大戦時にも人の身でありながら魔族になった裏切り者だっているのよ。その子だって私達人間を襲う可能性だってあるでしょうね」

「イルはそんなことしません! 彼女は被害を出さないようにと自分を犠牲にするような人間です!」

「それさえも私達を騙そうとする演技かもしれないわ。今だってそうやって気絶しているフリをして隙を窺ってるかもしれないじゃない」


 どうしてここまで頑なにイルを疑うのか。当時の魔王と同じ魔法を使っただけでこんなにも猜疑の目を向けられるなんて。

 イルは人を襲ったことなんてないのに。いつだって自分の身を守るためや誰かのために魔法を使って戦っていたんだ。自分にしか出来ないことだと思いながら。

 日に日にレベルは上がるし、強力な魔法だって覚えるけど、そんな急激な成長に身体はついていけても心まで同じとは限らない。

 どんなに強くなろうとイルは普通の女性だ。女神から与えられたものが大きすぎてしなくていい負担まで強いられるようになるし、果たしたら果たしたで強力過ぎる力まで疑われたら彼女はどう生きていけばいいというのか。

 早くイルを休ませたいのに。身体が冷え始めているし、顔色も先ほどより悪くなっている。


「退いてください。イルを早く休ませたいんです」

「坊や。話を聞いていたかしら? またいつさっきの魔法を使うかわからない子を野放しにすることなんて出来ないわ。早く拘束するべきよ」


 俺の中でプツリと糸が切れる様な音がした。その瞬間強い怒りが湧き上がる。


「……イルは一度も人を襲ったことなんてないのにどうしてそんなことが言えるんだよっ! 本当に誰かを襲うのならとっくに手を出してるだろ! 早くそこを退け!!」

「なんて口の悪い子なのかしら。━━討伐隊、カリュブディス討伐の代わりに冒険者イルの捕獲をお願いするわ」


 彼女の言葉に従うように寄せ集めの冒険者達は戦闘態勢に入る。どこまでも邪魔をするつもりのようだ。

 こっちは相手をしている暇はない。なんとかあの数を潜り抜けて逃げるしか手はないだろう。イルを抱えたままで走り抜けるのは心配だけど、こうするしかない。

 すると、ドルックさんが前に出た。


「ミセスミスト。カリュブディスをたった一人で仕留めて魔力切れを起こした功労者に手荒な真似をするのはいかがかと思いますよ」

「ドルック。私はあなたを気に入っているのよ? 次期ギルド総帥に指名するくらいに。これ以上がっかりさせないで」

「アッハッハ! がっかりしたのは僕の方ですよ。必要としてるときにはその座を譲らなかったじゃないですか。だったらもう要らないですよ、そんな椅子」

「ドルック……!」

「これ以上大事なものは失いたくないのでね。だから彼女に触れようとするそこの冒険者達全員僕が相手してあげるよ」


 指に何かを装着したようだが、あれは……メリケンサック、か? なかなかゴツイのを装備したけど、ドルックさんはイルの味方と思っていいのかもしれない。

 リリーフも疑っているが、イルをギルドに縛る人物であることは間違いないだろうけど、彼女を守ろうとしていることはよくわかった。


「━━ただ、今の僕は色々あってかなり鬱憤が溜まっているからね。手加減出来なかったらごめんね?」


 ぞくりと冒険者達が身を震わせていた。それもそのはず声、気迫共に凄みがある。後ろに立っている俺だけでも恐怖を抱くくらいだ。……いや、彼の言う鬱憤は俺を含まれているだろうから俺に向けられていなくもないのか。

 そんな彼を前にして冒険者達は誰も近づこうとしなかった……と思いきや、一人の剣士と思われる冒険者が前に出た。


「元は名のある冒険者ってだけで今は違うだろ。全員でかかればこんなおっさん……っぐ!?」


 話を終える前に腹部に一発、ドルックさんの拳を受けた男は凄い勢いで遠くへと飛ばされてしまった。あまりにも呆気なく、あまりにも早い退場に周りは一瞬だけ静かになるものの、次第にざわつき始める。

 イルが言っていたな。冒険者を卒業したとはいえ、元はランクAの実力を保持していたと。確かにその実力は衰えていないと見た。


「さて、おっさんに全力でかかってくるなら早く頼むよ。こっちは急いでるんだ」


 先ほどより怒りのオーラが増したような気がした。殺る気満々にも見える。

 そのせいなのか男一人が飛ばされたあとは誰も彼に挑もうとする者はいなかった。


「おや? もう終わりかい? 邪魔をしないなら通らせてもらうよ」


 そう言うと彼は歩き出す。冒険者達は喧嘩を売ってはならないと学習したのか、塞いでいた道を開けた。

 俺もイルを抱えたままドルックさんのあとに続くが、例の女性が声を上げる。


「ドルック! あなた自分が何をしているかわかってるの!?」


 ミストと呼ばれていたご婦人が彼の前に立つ。興奮が抑えられずに震えるほど怒り狂っているように思える。

 二人の会話から察するに彼女の方がドルックさんより上の立場だということは理解しているが、ドルックさんは軽蔑するような視線を彼女に向ける。


「それはそっくりそのままあなたに返しますよ。罪も犯していない一人の人間を拘束だの取っ捕まえるだのと。ギルドのトップとして恥ずかしくはないのですか?」

「魔族との関係が少しでもあるかもしれないのに無視出来ないわよ。ギルドのトップとしてなら尚のこと。私達は人を守るための組織でもあるのよ」

「ならばしかるべき手続きを取っていただけませんかね? ただでさえ彼女はあなたの言う人を守るために一人でカリュブディスに立ち向かった勇敢のある人間だ。話を聞くだけならまだしもそのような罪人扱いは彼女に失礼ですよ」

「あなたはあの魔法を見てもその子に害がないと言いきれるの?」

「もちろん。少なくとも僕はイルくんの人となりを知っているのでね。あなたは過去に同じものを見て危機感を抱いているのだろうし、その気持ちはわからなくもないが、もう少し冷静になるべきだ」

「私が冷静を欠いていると?」

「そうでしょう? 彼女が本気で僕達に危害を加えようと言うのならとっくの昔にあの焔は僕達に向けられていただろう。カリュブディス出現時だって彼女が防いだりしなければ今頃多くの人間が奴の腹の中だったはずだ。誰のおかげであなたや職員達の命があるのか今一度考えてもらいたい」

「……」


 ミストさんは返す言葉が見つからないのか悔しげに押し黙る。

 そんな彼女達を残して俺達はイルを宿屋へと運び、部屋を借りてようやく彼女を休ませることが出来た。


「あの、ドルックさん……ありがとうございました」


 イルをベッドで寝かせている間、ドルックさんに先ほどの件について礼を述べた。


「僕はあくまでイルくんのために動いただけだよ」

「わかってます。でも、俺だけではどうしようも出来なかったので……」


 結局、俺は何も出来なかったんだ。助けるどころが助けられるし、無力すぎる。レスペクト達にも何しに行ったんだと言われかねない。


「僕は君のことを信用していないから何もしないでいてもらえた方が助かるけどね。……でも、ミセスミストに食いかかっているのは見ていて面白かったよ。彼女、君のような新米冒険者にあれこれ言われて腸が煮えくり返っていただろうね」


 どこか楽しげな表情で語るドルックさんを見ていると余程あのミストさんに腹を立てていたのだとわかる。


「んん……?」

「イル!」

「イルくん!」


 するとイルが目を覚ました。薄らと開いた目が俺とドルックさんに向けられる。


「あれ……私……」

「大丈夫か、イル?」

「ここは宿屋だ。君は魔力切れを起こして倒れたんだが覚えているかい?」


 ゆっくり身体を起こすイルが記憶を掘り起こしているのか、しばらく黙ったあとハッとした表情をした。


「カ、カリュブディス! カリュブディスはちゃんと倒しましたよねっ?」

「あぁ、君のおかげでね」

「夢じゃなかった……街の人が襲われる前になんとか出来て良かったです」


 ホッと胸を撫で下ろすイルを見れば見るほど先ほどのことが許せなく思う。

 こんなにも他人のことを考えて行動した彼女が疑われるなんて酷すぎる。


「レイヤ? 何かあったの? 表情が強ばってるよ」

「あ、いや……また後で話すよ」


 俺がここに来れた理由を含めさっきの一悶着についても後回しにしよう。ドルックさんがいると出来ない話題でもあるし。


「それより体調はどうだ?」

「うん。少し寝たらもう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「もう少し休んで大丈夫そうなら帰る準備をしよう。パーティーはめちゃくちゃになってしまったし、手強い魔物まで君に任せてしまって申し訳なく思うよ」


 おそらくドルックさんはこの地からイルを早く離そうとしているのだろう。ミストさんがやって来られでもしたらまた面倒なことになるだろうし。


「ドルックさんが気にすることじゃないですよ。それに私が勝手にやったことですし、むしろドルックさんを巻き込んでしまったので……」

「巻き込んだのはこちらの方だ。君は気にしなくていい。ただ……また無茶をしたね。僕を逃がすことを優先するなんて」


 その瞬間、暖かい室内が一気に凍えるように寒くなった。イルがしまったという顔をしながらあたふたと慌てふためく。


「あ、あの、私は無茶したつもりはなくて! ああするのが最善の方法だと思っただけなんです!」


 詳しいことは俺にはわからないが、ドルックさんの話から察するにイルはまた一人でなんとかしようとしたのだろう。


「まぁ、僕が不甲斐ないゆえに君に手助けしてもらうことになってしまったが、それについては礼を言うよ。ありがとう」

「いえ、ドルックさんに怪我がなくて良かったです」

「……しかし、イルくん。時には非情になることも大事だよ。優しいも過ぎると自分の首を絞めることになる。君をレスのようになってほしくないのだからね」

「は、はい」

(レス……?)


 一体誰の話をしているのか俺には理解出来なかったけど、俺が割り込むような話ではないのは確かだった。


 しばらくイルを休めたあと、ドルックさんは部下であるギルド職員達をそのままにしているので彼らと共に帰還するため途中で別れ、俺とイルはドルックさんの計らいによりひとまず先にスタービレへと帰った。


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