海の見えるパーティー会場と海から飛び出した巨大な魔物
途中で上着を預け、パーティー会場の入口に到着すると、控えていたお手伝いさん達が両開き扉の取っ手を持ち、ゆっくりと左右同時に扉を開いた。
中はとても明るく煌びやかな内装だった。沢山の人、あちこちに香る美味しそうな料理の匂い、大きく綺麗な光を灯すシャンデリア、踏み心地のいい赤い絨毯、縦にも横にも広くて大きな空間。
しかし、そんな広い部屋の中でも一番目を引くのは180度一枚の大きなガラス窓の先にある綺麗な海である。
まるで大きな絵画と思わせるような一面の海はとても穏やかに波打ち、雪も少しばかりちらついていた。
『スタービレ支部の皆様が到着されました! 盛大な拍手をお願いします!』
マイクを持った司会者の人と思わしき言葉により、拍手を受けながら会場内へと進み、邪魔にならないような空いてる場所まで移動して待機する。
どうやら今は各町の冒険者ギルドの人達が固まってパーティーが始まるのを待っているようだ。
「凄い、会場ですね……海が見えるなんて」
王都ルミヴォーレは海沿いにある国最大の広さを誇る町。各町や村の名産物が一気に集まったり、有名職人などが在中するので食材や武具屋などのマーケット通りも常に人で賑わっている。
もちろん料理店などの食事処も人気だ。スイーツ店なんて行列が出来るほどである。高級なお店にしても庶民に馴染みのあるお店にしても。
買い物するのも楽しいし、ウィンドウショッピングをするのも楽しい。
「別邸と言ってもね、普段はこういうパーティー会場にしたり、会議に使用したり、あとはお客さんを泊める用の部屋があるくらいでそんなに使われないんだよね」
「それはそれで逆に勿体ない気も……」
「同感。まぁ、本部で会議するよりかはこっちの方がラグジュアリーで好きだけどね、僕は」
確かにこんな海を見ながら会議をするのはとてもいいかも。
せっかくだし、大窓が近いのでもっと近づいて一面広がる冬の海を眺めてみる。
よく見ると砂浜も見えるのでプライベートビーチなのかもしれない。夏場は泳いだりしてるのかも。
遠くの方ではかすかに渦潮が発生してるのか小さく海水が渦を巻いている。自然現象なのであまり気にもとめなかった。
それにしても、暖かい室内と寒い室外だというのに窓に結露がない。
おそらく窓に防水魔法をかけてるとか、もしく定期的に吸水を発動する目に見えないほどの薄いシートである魔道具が窓全体に貼られてるのかも。
もしかしたら除湿効果のある魔法もかけて結露防止しているのだろう。
結露のせいでこの景色が見れないのはさすがに勿体ないしね。それだけ費用はかかっているのだろうけど。
「さて、そろそろ全支部揃ったようだね」
そういえば司会の人が絶えずに別支部の来場時に紹介を口にしていた。
周りには沢山の人、人、人。スタービレの冒険者ギルドで二十数人くらいはいるんだけど、王都に構えるルミヴォーレ冒険者ギルドの本部らしき人達はうちの倍以上の職員がいるようだ。
人が多くても会場が広いので窮屈に感じることはないし、料理が並ぶテーブルもあちこちあった。立食形式なのだけどあれもこれも美味しそうだ。
『それでは皆様長らくお待たせいたしました。今年も冒険者ギルド職員達の日々の仕事に感謝し、慰労会を始めたいと思います!』
そう告げると会場内は待っていましたと言わんばかりの盛大な歓声を上げた。その勢いに思わずビクッとしてしまう。よほど楽しみだったのかな。
『後ほどギルド総帥であるミスト様からのお話と今年活躍した冒険者授賞式を行います。今しばらくお料理を口にしながらお待ちください』
司会者の話が終わると周り人は各自料理が並ぶテーブルに群がったり、よその支部との会談を始めた。
「イルくんも料理を食べてくるといいよ」
「は、はいっ。行ってきます!」
ドルックさんからオーケーが出たのですぐに近くの料理テーブルから向かうことにした。
どうやらこちらはサラダなどの前菜コーナーだろうか。瑞々しい野菜達を使ったバーニャカウダ、トマトとチーズのカプレーゼ、枝豆のムース、生ハムとフルーツのサラダなどなど。メインじゃないのにどれも美味しそう。
メイン料理のテーブルはさすがというべきか人が多くて、ちらっと見ただけでも大きなローストビーフをシェフの人が一枚一枚カットして提供しているし、ミノタウロスの分厚いステーキやアルミラージのミートパイ、オークのシチューにコカトリスの肉と卵を使ったグラタン、羊のなる植物であるバロメッツ肉とカトブレパスのミルクで作ったクリームパスタなど凄いのなんの!
お酒なども振る舞われていて、ワインやカクテル、もちろんジュースもある。
「見てるだけで幸せな場所だ……」
こんなに凄いのならデザートも期待出来るのでは!? そう思い、スイーツコーナーのテーブルへと向かうとそこがまたとんでもなかった。
生クリームのショートケーキや出来たてのアップルパイの冷たいアイス乗せ、ティラミスやゼリーのような小さなグラスデザート、フルーツソースがかかったパンナコッタにクッキーやフィナンシェなどの焼き菓子も揃っている。
あ、しかもチョコレート色の噴水なんかもある! 近くのお手伝いさんに尋ねてみるとチョコレートファウンテンというそうだ。
食べ方としてはフォークに刺したフルーツやマシュマロ、焼き菓子をチョコレートの噴水に潜らせて食べるらしくチョコレートフォンデュのようなものらしい。
ただでさえ高価なチョコレートだ。すでに人の行列が出来ていた。私もあとで食べてみよう。
魔界産チョコレートをよく口にしてるけど王都産のチョコレートを口に出来るなんてそうそうないしね。
そういえば、魚介類の料理を全然見かけなかった気がするな……嫌いな人でもいたのかな。でもそれなら食べなきゃいいだけだし。うーん、まぁいいか。
……それにお腹の虫も鳴るし、そろそろ手をつけないと!
あちこちの料理テーブルを覗いては目を輝かせるイルを遠巻きで眺めながらドルックはアルコールの強い辛口のシャンパンを一口飲んだ。
「あの子が例のお気に入りの子なの? ドルック」
そんな彼に声をかけるのはラベンダー色のマーメイドドレスを身に纏う、おしとやかで上品な熟した婦人であった。
彼女こそが冒険者ギルドを仕切る責任者、ギルド総帥のミスト。ドルックの上司ということになる。
ギルドトップの彼女の質問に彼はにっこりと笑って対応した。
「そうですとも、ミセスミスト。冒険者授賞式にノミネートする際の推薦状には目を通していただけましたかな?」
「えぇ、もちろん。例年よりも遥かに長い理由で読むのが大変だったけれど」
「アッハッハ! ご冗談を。あれでも割愛しましたよ」
「冗談なのはどっちだか……」
ふぅ、とひとつ溜め息をこぼす。その姿すら品が良くて絵になるほど。
「どう? そろそろ次期ギルド総帥になる気はないかしら?」
「いやいや、僕には勿体ない役職ですとも。今のままで十分ですので」
ドルックは元ランクAの冒険者。今も劣らぬその実力を買い、ミストは何度も彼に自分の職務を継がせようとしていた。
しかし、誘う度に断られる。そんな能力は持ち合わせていない、身に合わない、と何度も。
「ドルック。理由があるならちゃんと話さないと私も諦めきれないわよ? こちらも準備とか色々したいのだから」
「理由を述べて納得出来るような方なのです?」
「言わなきゃいつまでも口説き続けるわよ」
「うーん。毎度のことながら麗しいマダムを泣く泣く振るのは心を痛めて申し訳なく思うのも事実」
よく言うわよ。そう目で訴えるミストの視線に気づきながらもドルックは総帥職を引き受けない理由を語ることに決めた。
「では、簡潔に述べましょう。あの町はかつて僕の大事な友がいた場所であり、やらなければならないことがあるからです」
「……なるほど。そのやらなければならないことっていうのが彼女なのかしら?」
ミストがちらりとイルの姿を盗み見る。回りくどい言い方をせずとも最初からそう言えばいいのにと思いながら相手の返事を待つ。
「さすがミセスミスト。その通りですとも。僕にはあの子に世界一の幸せを与えなければならないので、総帥になってしまうと町を出なければいけないでしょう?」
子供めいた冗談にも聞こえるその言葉はドルックにとって本気だった。
その目がかつてランクの高い魔物を前にして本気を出した真剣なものと同じだったから。目は本気だというのにその口元は緩やかに弧を描くため、どこか猟奇的にも思える。
他の者が見たらたじろぐようなドルックの表情を見てもミストは動じなかった。むしろ呆れ返っているような態度を露わにする。
「幸せなんて決めるのは本人よ。あなたじゃないわ」
「結果的には富も名誉も手に入る。誰にでもそれは幸福と言えるでしょう」
「わからず屋だこと。押しつけがましい男は嫌われるわよ」
忠告のつもりで言葉にするミストの目はドルックを睨んでいた。彼は刺さる視線に気にすることなく、パッといつも笑みに戻る。
「これはこれは手厳しいお言葉です。肝に銘じますとも。あぁ、それよりお聞きしたいことがひとつ」
「……何かしら?」
「今回の料理、少し拝見したところ魚料理どころか魚介そのものが見当たらないようですが、何か意味でも?」
「あぁ、それね。実はここ最近、ルミヴォーレは不漁なの。全く取れない日もあるくらいよ」
「おや? 珍しい。王都の漁師は他の港町にも負けないくらい多種多様の海の生き物が捕れるというのに」
王都での漁が期待出来ない今、よその町から捕れた魚介類が頼りになるが、王都民達も購入するので今回のようなブッフェ形式のパーティーのように出せるほど大量購入は出来なかった。
魚が捕れないということは海に何らかの異変があるということ。そしてその大体の原因が魔物関係である。
「一応、調査をすることは決まっているわ。もし、魔物関係なら緊急討伐を出すつもりよ。魚どころか水棲魔物すらかからないのが妙なのよね……嫌な予感しかしないわ」
「あなたの勘はなかなかに鋭いのでその予感も当たるかもしれませんね?」
「もう、他人事だと思って……」
やれやれ、と首を振るミストは呆れる溜め息すらもう出なかった。
三十分が経った頃、料理に舌鼓を打っていた私はあれやこれや食べたのでチョコレートファウンテンに挑戦していた。
フォークに刺した真っ赤なイチゴをチョコレートの噴水に潜らせてくるりと回して取り出すと、溶けたチョコレートの匂いと色に着飾った果実が姿を見せる。
ぱくりと食べてみれば頬が蕩けるほど美味しくてやはりチョコレートは美味しいなと感動さえ覚えた。
もう一回食べようかなと考えたところで頭に金属音が小さく響く。あ、これはテレパシーを受けたときの感覚だ。
(イルー! イルー! 聞こえるー? るー?)
可愛い従魔の声が聞こえた。
(プニー? うん、聞こえるよー)
(やったー。たー)
(どうかしたの?)
(イルはちゃんとパーティーってとこに着いたかなってみんなで話をしたから聞いてみたのー。のー)
(ちゃんと到着したから大丈夫だよ)
プニーと思念伝達で会話しながら無事に到着したことを伝えると、またキィンと頭にテレパシーを繋ぐ音が聞こえた。
(フン。また鈍臭いことをしでかしてないだろうな?)
おっかない従魔の声も聞こえた。
(だ、大丈夫だよっ! 問題ない!)
ドキリとしてしまった。実はさっき料理をちょこっと落としたけどそこはカウントしなくて大丈夫だよね?
そう判断してそのことは言わないでおいた。鈍臭いと言われそうなので。
(お前は変なことばかりに首を突っ込むのだから少しは大人しくしておけ。わかったな?)
(はい……)
こんなときまでレスペクトからのお小言をいただいてしまった。いや、でも私は首を突っ込んでるつもりはないんだよ。ただ運が悪いだけで……。
「あれ? 海が荒れてるのかしら?」
「本当だ……渦潮か?」
ふと、別支部の職員達が不思議そうに窓の傍で海を眺めていたのか会話が聞こえた。
渦潮ならさっき私も見たなぁとぼんやり思い出しながら窓の外へと目を向けると先ほどよりも近い距離で大きな渦潮が出来ていた様子。でも、なんだか妙な感じがする。
不自然、というべきかその渦は段々と大きさを増して海一面がひとつの大きな渦を作り上げていた。
自然の脅威というにはあまりにも激しい。
(何、あれ……)
あんなのに飲まれてしまったらたまったものではないし、なんだろうこの嫌な予感は。
直感なのか、私の中で警鐘を鳴らしているような気がした。
(イルー? どうかしたの? の?)
(……なんだかね、海が荒れてるみたいでちょっと怖いなって)
(地に足さえつけとけば恐れるものではないだろう)
(そ、そうなんだけどね……)
確かにそうなんだけど、不安が胸いっぱいに広がるのもまた事実。
そんな海の異常に他の人達も気づいたのか、野次馬のように窓に張りつき始めた。
そのときだった。大渦の中心から巨大な何かが高く、高く飛び跳ねたのだ。こちらに向かって。
サメやクジラなんて目じゃない。人の存在がちっぽけに思えるほどの巨体で巨大なそれはウツボのような茶色くて長い胴体をした生物だった。
「嘘……あれ、魔物……?」
見たことのないその姿形に魔物だと判断したが、跳ねた勢いのままこちらを狙うように襲いかかってくるのが見えたため、パーティー内は戸惑いと混乱で騒然とし、みんな悲鳴を上げながら窓から離れていく。
「みんな! 出来るだけ避難なさい!」
綺麗なご婦人が声を上げて避難指示を出す。しかし、逃げたところでアレは確実にぶつかってくるし、巻き込まれる人達が出てくるだろう。いや、考えている暇なんてない。
何とかして防ごうと私は両手を前に出して持てる限りの力を使うためな全力で魔法に集中する。
脳内にはレスペクトとプニーの心配する声が聞こえるけど集中するために彼らの思念伝達をブツッと遮断させた。
ガシャーーン!!
大きな一枚ガラスを突き破ってきた謎の魔物。場内はさらなる混乱と恐怖の声で響いていて私も怖くて仕方ない。
見えるのはパーティー会場を飲み込みそうなほどの大きな口だ。むしろ口以外見えないほど。
開けた丸くて大きな口には所狭しと鋭い歯がぐるりと円描くように沢山並んでいた。
しかもその口の中にさらに同じ構造の口がもうひとつあるのだ。何がなんでも獲物を口に入れたら逃がさないつもりなのだろう。
窓ガラスの破片が降り注ぐ前に私は魔法を発動した。
「ウィンドウォール!」
不可視である風の壁で割れたガラスの欠片と巨大な魔物を受け止める。
欠片達は風の吹く壁の力によりすぐに跳ね返るが魔物は押し戻される気配はない。
今はなんとか突撃を免れているが、もしウィンドウォールを突破されたら確実に私は捕食されてしまうだろう。
大きく開いた口が近くにあるだけで恐ろしいし、どことなくグロテスクだし、早く根負けして海に帰ってほしいと願わずにはいられない。
しかし、そんな私の思いも虚しく魔物は少しずつ風の勢いに逆らうようにでかい口を近づけさせる。
「っ……」
どれだけ魔力を込めてもこれ以上風の壁の強度は上がらない。すでに限界値まで達しているのだ。
そうしているうちに魔物の押す力が勝り、ウィンドウォールを突破された。
「!」
これはまずい! 違う魔法で対抗しなければ!
もしかしたら会場がボヤ騒ぎになるかもしれないけれど手加減出来るような相手ではないので最火力の火魔法を使用しようと決めたそのとき、魔物の上空に人の影が見えた。
「ドルックさん!?」
その名を口にした瞬間、ドルックさんは手にナックルダスターを装着した状態で魔物の胴体を強く殴りつけた。
その破壊力は化け物級の体格をした魔物が会場の床に鈍く大きな音と共にめり込むくらい。
「うわぁ……」
たった一撃。それもナックルダスターを着けているとはいえ、腕力でダウンさせるなんてさすが元ランクAの冒険者である。
跳躍力も凄かった。しっかりとした大きな身体を持つ彼があんなに軽々と跳ぶのだからその身のこなしは感嘆の溜め息が出てしまうほど。
「大丈夫かい?」
「あ、はい。あの、あれは……」
一体あの魔物はなんなのか。そう問いかけようとしたら床にめり込んでいた魔物が動き出した。
「!!」
「まだ動けるのかっ」
痛みに悶えているのか巨体が大きく暴れ出して海の方へと引き返していく。
逃がしたくないのか、ドルックさんは魔物を追いかけるが途中、ウツボ型の魔物の尾がシャンデリアに当たり、その衝撃で金具が外れて落下する。私の真上に。
「しまった! イルくん!」
「うわ、わわわわっ!!」
慌ててその場から離れようと縺れそうになる足を動かすが、急かしすぎた結果躓いて転んでしまう。
数秒後、一際大きな轟音が響いた。




