カンノーロと冒険者ギルド慰労会
本日は冒険者ギルド慰労会の日。以前ドルックさんに招待状を手渡されてからずっと楽しみにしていた日だ。
お昼頃にギルドに集合なのだけど、少し張り切って朝早くに起きてしまったため、まだベッドで眠るプニーをそのまま寝かせて部屋を出た私はキッチンに立つ。
しかし、朝食の支度もあっさりと終わってしまった。それだけでなくパティスリー・ザーネにレスペクトのミルク配達もしてきた。
うーん。まだ支度するには時間があるからスイーツでも作っておこうかな。
レシピブックを手の中に出してページを開く。本当なら帰宅後に作ろうと思って予め材料も用意していたのですぐにでも作れるものだ。
「カンノーロ」
作りたいスイーツの名を口にすると本は自動的にパラパラと捲れてカンノーロのページでその動きは止まった。
カンノーロの材料は軟質小麦粉、リコッタチーズ、フルーツの砂糖漬け、卵、ブランデー、バター、砂糖。
ふるいにかけた軟質小麦粉に砂糖、卵、バター、ブランデーを入れて混ぜ合わせる。
混ぜて捏ねた生地を麺棒で伸ばし、小分けして丸い形に伸ばしていく。
この生地をコルネ棒のような道具で巻きつけるのだが、一度試したいことがあってあえてアッシュさんには作ってもらわないでいた。
「クリエイトストーン」
求めている形を想像し、その魔法を口にする。
ポンッと手のひらに現れたのは小さな筒状の石。コルネ棒の代わりにしようとしてイメージしたもの。
うん。この形状なら問題ないと判断し、あと数個ほど同じ物を生み出してみる。
出来た石棒に生地を巻きつけてから生地の繋ぎ目に卵液を塗り、油の中で揚げて表面が色付いたら一旦石棒から生地を抜き取り、もう一度揚げていく。
内部まで狐色に揚がったら生地を冷ましておいて中のクリーム作りに入る。
リコッタチーズの水気を取るため軽くウォーターアブソープションで吸水。やりすぎると干からびちゃうので要注意。
チェリーやオレンジのような刻んだフルーツの砂糖漬けとリコッタチーズのクリームを混ぜ合わせたら絞り袋に入れて生地の中に詰めていく。
クリームの端に刻んでないフルーツの砂糖漬けを飾れば完成である。
「ん? イル?」
「あ、レイヤおはよう」
ちょうどカンノーロが完成した直後にレイヤが起きて部屋から出てきた。
「おはよう。甘い物を作ってたのか? まだ早い時間なんだし、ゆっくりしたら良かったのに。今日はパーティーなんだろ?」
「うん、そうなんだけど早く起きちゃって。せっかくだから先にスイーツを作っておこうと思って作ってたの。完成してるからレイヤ達も食べたいときに食べてね」
新しい力を得るために出来上がったカンノーロの山からひとつ手に取って、カリッと音を立てて口に入れた。
リコッタチーズクリームはシンプルな甘さで砂糖漬けのフルーツが混ざることによって程よい甘さに仕上がっている。
このクリームだけでも十分に合うのだろうけど、端に飾りづけしたフルーツ達も彩りがあって見た目もいい。
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レベルアップしました。ピュリフィケーションを覚えました。
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知ってる! これは知ってる! 光魔法だ!
確認のため食い気味で目の前に現れたステータス画面の魔法詳細を指で何度も押してみる。
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・ピュリフィケーション
汚染されたものを取り除き、状態異常を回復出来る。
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間違いない! 浄化魔法だ! 頻繁に使うかどうかは別として、もしものことがあればかなりありがたい魔法である。
でも、もう少し早く覚えたらリリーフがクイーンキラービーの毒を受けたときに活躍出来たと思うんだよね……。
浄化魔法だからどんなに強い毒も取り除けるし。
「そんなに食い入るようなものだったのか?」
「うん。浄化魔法なの。毒や麻痺、石化とかの状態異常の回復や汚染された水を清めたり出来るんだよ」
「解毒魔法であるデトックスの上位魔法ってところか?」
「そうだね。でも、光魔法だし魔力の消費は激しいの。だから効果があるならデトックスでも十分なんだけどね」
まぁ、消費魔力軽減と魔力回復増幅スキルもあるし、レベルもガンガン上がるから魔力量も増えてるので最近は魔力切れを気にしなくてもいいんだけどね。そもそも普段から連発する機会がない。
「じゃあ、そろそろ私準備してくるよ。朝ご飯も用意してるから食べてね」
「あぁ、ありがとう」
時間を確認して自室に戻るとプニーはうとうとしながらもちょうど起き出したところだった。
おはよう、と声をかけて朝ご飯用意していることを伝えるとプニーはうつらうつらしながらダイニングへと向かっていく。
さて、パーティーに行くのだから普段着はちょっと浮いちゃうかもしれないので少しお洒落をするべきだろう。
そのため先日リリーフに付き合ってもらい、慰労会に着ていく服を購入した。
せっかくのパーティーだからメドゥーサブラッドのネックレスをつけなきゃ勿体ないでしょと言われ、ネックレスに合う服をリリーフに選んでもらった。
落ち着いたシンプルな白のワンピース、靴も色を合わせて白の光沢感あるパンプス。そして外は寒いのでしっかりとベージュのコートを羽織る。
今日は髪も下ろして、念入りに鏡を見ておかしな所がないかもチェック。
よし。ばっちりだ。
そうしているうちに時間は刻々と迫っていたので、母の形見である懐中時計を忘れずにワンピースのポケットに入れて部屋を出た。
「レイヤ、プニー。私、そろそろ行ってくるねっ」
『イルもう行くのー? のー?』
「うん。おやつも用意してるから食べてね」
『うん! 食べるー! るー!』
「……」
「レイヤ? どうかしたの?」
面食らったようなレイヤに声をかけると、彼はすぐにハッとした表情に変わる。
「あ、いや……そんな服あったんだなって……」
「リリーフに選んでもらったの。パーティーならそれらしい格好しなきゃダメだって言われて」
でも最初はギルド主催のパーティーに彼女は反対していたけど、さすがに断ることが出来ないからって説明すると嫌々ながらパーティーに行くことを許してくれた。
リリーフは心配性が過ぎるんじゃないかな……ただの慰労会なのに。
「イル……その……」
「うん?」
「えーと……よく似合ってる……あー……違うな。あ、いや、違わない! 似合ってないっていう意味じゃなくて、また月並みな言葉しか言えてないから違うって言っただけなんだっ」
「わ、わかってる! わかってるよ!」
突然、顔を真っ赤にしながら焦って訂正するレイヤにこちらも慌てて大丈夫だと言い聞かせるように何度も頷いて落ち着かせた。
それにしても普段は落ち着いていることの方が多いレイヤがあそこまで顔を赤くするのは珍しい。そう思ったら今度は申し訳なさそうな顔を見せた。
「……ごめん。褒めたいのに褒める言葉が思いつかないんだ」
「そんなこと気にしないでいいよ。似合ってるってだけで十分褒めてくれてるんだから。でもなんだかちょっと照れくさいけどね」
何にしても褒められるのは嬉しくもあり照れてしまう。
私はレイヤがそう思ってくれただけで嬉しいんだけど、どうやらレイヤの中では自分の物言いが気に入らなかったみたいだ。
「レイヤ、ありがとう。それじゃあ行ってきます」
『行ってらっしゃーい! い!』
「あぁ、楽しんでこいよ」
二人に手を振って私は家を出た。レスペクトにも服を見せに行ったんだけど、鼻で笑われてしまったので彼はレイヤみたく褒めることを見習うべきだ。……直接言えなかったけど。
「……」
イルが出発してすぐにレイヤは恥ずかしさのあまりダイニングテーブルに顔を突っ伏した。
『レイヤ、どうしたのー? のー?』
ジャムトーストを頬張りながら彼の不思議な行動に疑問を感じたプニーが尋ねると、レイヤはゆっくりと顔を上げた。まだ顔の赤みは引いていないようだ。
「……俺、イルのこと好きなのかもしれない……」
ぽつりと漏らしてしまった言葉と共にレイヤは肘を立てながら頭を抱えた。
少し前に気づきそうではあったが気のせいだと片付けていた。しかし、どうやら違うのだと思うようになり、それ以上は踏み込まなかった感情をようやく理解し始める。
『僕もイル好きだよー! よー! 一緒だー! だー!』
プニーが飛び跳ねながら喜びを表現する。おそらく好きの意味合いが違うとは思うもののそれを口にすることはなかった。
「あぁ、一緒だな」
『イルのね、スイーツも好き! き! イルの笑った顔も好き! き!』
それは俺も完全同意だと言わんばかりにうんうんと頷くレイヤ。
『あとレイヤもレスペクトも好きだよ! よ!』
「ありがとう。俺もだ」
ぽむぽむと柔らかい頭部を撫でるが、レイヤは肝心なことを思い出した。
(自覚したとはいえイルはクラフトさんが好きなんだよな……)
二人の間を応援していたつもりなのになぜこうなってしまったのか。
今さらどうこうしても気持ちはそう簡単に変えられないが、好きだと気づいても何も出来ないのも事実なのでレイヤは重い溜め息を吐く。
想い人を見るイルの姿を思い浮かべ、あんなにもわかりやすい好意を自分には向けられないことを悔しく感じるも、それはそれで必死で可愛いとも思ってしまった。
『レイヤ疲れたのー? のー?』
「いや、なんでもないんだ……。その、イルって……可愛いんだよな……って」
『そうだよー! よー! イルは可愛いよー! よー!』
自分のことのように嬉しそうにしながら肯定するプニーを見て、レイヤは自分もあれくらい素直に本人の前で言えたら良かったな、と羨ましく感じた。
冒険者ギルドへと向かえばすでにギルド職員達が集まっていた。
みんな小綺麗な服装、またはギルド制服を着ているので、カジュアルな服にしなくて良かったとひとまず安心する。
「こんにちは、イル様」
「あ、フロワさんっ。こんにちは」
受付業務担当のフロワさんはギルド制服のままのようだ。そのことについて話をすると「仕事関係は仕事服の方がいいんです。気持ちが入りますから」と言っていた。
パーティーだからもう少し気楽にしてもいいのではないかと思うが彼は真面目な人なのでオンオフをきっちりしたい人なのかもしれない。
「ギルド長からイル様を招待したと伺っています。授賞式で選ばれるよう祈ってますね」
「あ、ありがとうございます」
こちらとしては目立つので出来れば選ばれないことを祈りたいのだけど。とりあえず笑って誤魔化しておく。
「おっ。イルの嬢ちゃんじゃねぇか」
フロワさんと話していると、買取担当のフォルスさんも姿を見せた。
「フォルスさん! 素敵な装いですねっ」
いつもラフな格好をするフォルスさんはジャケットとパンツスタイルだった。
髪もしっかり整えられているようでバッチリ決まっている。
「小っ恥ずかしいけどありがとよ。毎年うちの嫁がこういうときくらいちゃんとしとけって言うもんでな」
照れながらも話をする彼が言うには髪から服まで奥さんが準備してくれてるのだと。そういえば……と、私は思い出す。
「買取の方達は制服を着てるところあまり見ないですね」
「まぁ、買取っつっても魔物の解体も請け負ってるからな。だから小綺麗なもん着ても汚れんだよ」
あ、なるほど。確かに魔物を捌いてると制服はすぐに汚れちゃうもんね。それなら汚れても大丈夫な服の方がいいはず。
「みんな楽しそうに話をしてるじゃないか」
すると、ドルックさんが私達の前に現れた。彼はいつものようなスリーピーススーツ姿である。元々がお洒落な感じなのであえて手を加える必要はなさそうに思える。
「おぉ、うちのボスの登場だな」
「お疲れ様です、ギルド長」
「どうもどうも~。フォルスくんは今年も奥さんの手で綺麗にしてもらったみたいだね」
「へへっ。まぁ、恒例行事みたいなもんだぜ」
「フロワくんは……若いんだからもう少しお洒落を楽しまなきゃ損でしょ?」
「いえ……これが私の一張羅ですので」
「勿体ないなぁ。まぁ、僕には関係ないからいいんだけどね」
楽しそうに話をしている様子を見て、みんなの仲が良さそうでどこか安心した。たまにドルックさんの圧が職員達に向けられてることがあるみたいだし……フロワさん曰く。
「さて、そろそろ移動が始まってるみたいだから君達も急ぐんだよ」
「はい」
「あいよ。じゃあ、嬢ちゃんまた向こうでな」
「えっ? あ、はい?」
フロワさんとフォルスさんが先に移動屋の元へ行ってしまった。ギルドの前には職員達が並んでいて、すでにテレポート作業が始まっているようだ。
……あれ? 私も一緒じゃダメなのかな? 私はどうすれば……?
恐る恐るドルックさんへと視線を向ければ彼はニコッと微笑みかける。
「君はうちの冒険者授賞式にノミネートされたゲストだから主役は最後に登場するのがいいだろう?」
「それ……目立ちますか?」
「いやぁ、そうでもないかな?」
あ、それなら大丈夫かな。全冒険者ギルドの人達が集まってるのだからよほどの人数だろうし、変に目立ちたくはないからね。
「それにしても今日の姿はまた一段と綺麗だね。控えめすぎるくらいではあるけど」
「ありがとうございます。でもこのくらいの方が落ち着くんです」
「なるほど。イルくんらしいね。よし、それじゃあ僕達も行こうか」
すでに残ったのが、私とドルックさんであとの職員の人達は先に王都へとテレポートしたあとだった。
しかし、移動魔法をかけられるのは初めてなので少しドキドキする。そんな私の様子に気づいたのか、二人の移動屋さんが笑顔で対応してくれた。
「お待たせしました。お客様方で最後ですね」
「一瞬で目的地に到着しますので何も緊張することはございません」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「では、始めますね」
「「テレポート」」
女性二人の声が綺麗に揃う。と、思った矢先、急に目の前が真っ白になった。
いや、意識はしっかりある。景色が何も見えないのだけど、もしかしてこれがテレポート最中なのかな?
「!」
次の瞬間、風が吹くかのように視界が開けた。
辿り着いたのはどこかのお屋敷なのか、豪邸と思わしきに建物の前に立っていた。テレポートの魔法を受けてから僅か数十秒である。
入口ではスタービレのギルド職員達が招待状を執事やメイドさん達に渡して中に入って行ってるようだ。
「ここは……」
「王都内にある冒険者ギルド本部……から離れた冒険者ギルド総帥の別邸だね」
「別邸」
なんと。パーティーだからそれなりに大きな会場か格式の高いお店の貸切かなと思ってたけど、ギルド総帥の別邸だなんて。
ギルド総帥……各町にいるギルド長をまとめて指揮する冒険者ギルドの一番のお偉いさんだ。
それにしても辺りを見回すと牧場の如く広い庭が続いているので王都にいる実感がない。
「招待状を確認いたします」
「あ、はい。どうぞ」
招待状をメイドさんに提示すると、すぐに確認を終えて「ありがとうございます。イル様、どうぞ」と招待状を返却される。
スタービレ冒険者ギルドのみんなが揃い、屋敷の中へと足を踏み入れた私達は執事の案内を受けてパーティー会場へと向かった。




