ウーピーパイと妖精の配達
ここ数日は大変だった。パティスリー・ザーネでの仕事がかなり忙しくて目が回りそうだったのだ。
なぜなら、12月はスイーツを取り扱うお店が一番の稼ぎ時と言われる大イベントがあるから。
「精霊祭……?」
朝食であるハムと卵のサンドイッチを食べながらレイヤが首を傾げる。
「12月25日に行われる精霊が誕生した日を祝うお祭りだよ。レイヤの村では精霊祭はしてなかった?」
「あー……確かに誕生日を祝うようなことはしたな……ご馳走とか食べて……」
さすがに精霊祭はレイヤの住んでいる村でも行われていたらしい。結構メジャーなお祭りだし、例え辺鄙な村でもちゃんと精霊のお祝いはしているようだ。
でも、精霊祭の言葉自体は知らなさそうなところを見ると詳しいことはわからないかもしれない。
……一体、彼はどんな生活を強いられてたんだろう。村に帰りたくなさそうだし、やっぱり監禁紛いの扱いを受けていたのかもしれない。
だったら私がしっかり説明しないと!
「精霊祭はね、四大精霊であるサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームがその日に生まれた、またはこの地に降りてきた日とも言われてるの。彼らのおかげでこの地に火が灯り、水が湧き、風が吹き、草木が芽生えたので精霊がこの地に恵みを与えてくれたことを感謝する祭りだね」
レイヤも言っていた通りご馳走やお菓子などを食べてお祝いをするので洋菓子店などは大忙しの時期。
貴族達や裕福な家庭はケーキを食べて、平民はクッキーやプリンなどを食べている所がほとんどである。
しかし、最近は牛のミルクから作られる生クリームの味の改良に成功したおかげで、レスペクトのミルクから作るものよりも随分とお手頃な価格で生クリームを入手することが可能となった今、平民でも生クリームを使った生菓子を気軽に食べられるようになった。
そのため、精霊祭では牛のミルクを使用した生クリームケーキの予約が殺到しているのだ。
ケーキの予約が多くて、通常の業務にプラス予約対応なのでそれにかかりっきりになるくらいここ最近お店は忙しいのだった。
ザーネさんによれば「まだまだ予約は途切れないと思う」と語っていたのでまだ終わりではないそうだ……。
「町ではね23日~25日は精霊祭に向けての露店なんかが沢山出店するんだよ。ちゃんと手続きさえすれば町の人も露店が出せるから祭りの中では一番大きくて活気があるの」
「へぇ。それは楽しそうだな」
『楽しそー! そー! 僕も行きたい! い!』
「もちろん、プニーも一緒に行こうね」
『わーい! わーい!』
今年はレイヤとプニーも一緒に精霊祭を楽しめると思うと今からとても楽しみだ。
……レスペクトだけは大型な魔物ゆえに町の出入りが厳しいため参加出来ないのが寂しいけど、本人は人の多い場は好きじゃないからどちらにせよ行かないと言うのが目に見える。
「それにしても、精霊……って見たことないけど本当にいるのか?」
「うん、いるよ。基本的に精霊は人間に姿を現すことが少ないの。でも、エルフとは仲が良くて協力し合っているから彼らにとっては身近な存在かも」
「そうか……どんな感じなんだろうな、精霊って」
「私も詳しくは知らないけど、妖精なら手のひらに乗るような小さな姿だったよ」
「……イルは妖精なら見たことがあるのか?」
「うん、風の妖精とはね」
そう告げたあとレイヤが「どこで?」と尋ねようとしたのか口を開きかけたそのとき、私の目の前に目視出来る小さな渦巻く風が吹いた。
私にとっては何度か目にしたことのある光景だが、レイヤは初めてなので慌てた様子で声を上げる。
「な、なんだこれ……?」
「ちょうどいいタイミングだよ、レイヤ。風の妖精達が来てくれたみたい」
『妖精だー! だー!』
「え……?」
どういうことだと言いたげなレイヤだったけど、説明するより見てもらった方が早いかな。
そして風の中から小さな三人の妖精達が姿を見せた。
その手には妖精の身体よりも大きな瓶を三人で協力しながら抱えていて、私は彼ら、または彼女達からその瓶を受け取る。
「妖精さん、いつもありがとう。今回の代金と、レスペクトのミルクを用意するね」
小袋に入ったお金と冷蔵庫から予め準備していたレスペクトのミルク入りの大瓶を妖精達の前に差し出し、もうひとつアイテムバッグから数枚のクッキーも取り出した。
「これはいつものお礼ね」
一枚ずつ小さな妖精達に渡すとキャッキャと喜びながら三人はクッキーに齧りつく。
すぐに食べ終えた彼女達に前もって書いておいたメモ用紙を一枚、一人の妖精の身体にリボンと共に結びつけた。
「それじゃあ、村長さんによろしく伝えてね」
こくこくと笑顔で頷いた風の妖精達は差し出したものを協力して持ち上げて、再び風に包まれながら消えていった。
その様子をずっと黙ったまま見ていたレイヤがようやく口を開く。
「あれが妖精なのか? もしかして今受け取ったやつはエルフからの?」
「うん、エルフ村の村長さんから購入した抹茶だよ」
緑色の粉が入った瓶をレイヤに見せながら説明をした。
月に一度、エルフ村の村長さんから風の妖精を遣いに出してもらい、エルフ村にしかない素材を買わせてもらっている。
注文があれば妖精達にメモを渡し、一ヶ月後に届けてくれるシステムだ。
レスペクトのミルクはいつも風の妖精を遣いに出してくれる村長さんにお裾分けとして注文した品と共に届けてもらっている。
初めて渡したあと、村長さんからの手紙でとても美味かったと好評だったので嬉しくて毎度妖精達にお願いをして届けてもらっていた。
クッキーは運んでもらってる妖精達のために事前に作ってるもの。いつも喜んで頬張ってくれるので見ていて癒される。
「そういえばエルフの村から妖精を使って食材を受け渡しさせるって言ってたな。こうやって運んでもらってたのか」
『レイヤ、初めて妖精見たのー? のー?』
「あぁ。プニーは見たことあるのか?」
『うん! 何度かイルと見たことあるよー。よー』
プニーの言う通り、彼も何度か風の妖精による食材配達を見たことがあった。
妖精達もプニーが気に入っているのか、たまにあのぷるぷるしたボディを触っていくのは微笑ましいものである。
朝食を終え、レイヤとプニーは訓練施設に向かった。
そういえばレイヤはラートさんから技を教わったらしく、最近出来るようになったそうだ。
プニーはとうとう私の身長ほどのシールドを張れるようになったらしく、二人ともさらに頼もしくなっている。
なんだかとても誇らしく感じた私はウキウキしながらスイーツ作りを始めようとレシピブックを開いた。
今日は目を閉じながら適当にページを捲って「これだ!」と思った箇所を開いたスイーツを作ることにする。
たまにはこういうルーレット感覚で決めるのも面白いしね。
こうして決まったのはウーピーパイだった。初めて聞くスイーツだと思いながら材料と作り方を確認する。
ウーピーパイの材料は硬質小麦粉、軟質小麦粉、膨らまし粉、ココア、チョコレート、牛乳、バター、砂糖、卵。
初めに粉類はボウルに全て投入して掻き混ぜておく。
チョコレートとバターを湯煎で溶かし、卵を少しずつ加えたのち粉類も入れて混ぜ合わせる。
絞り袋に生地を入れて、耐熱ペーパーシートを乗せた天板の上に絞っていき、とんがった表面を水につけた指で軽く押したあと予熱で温めた石窯オーブンで焼いていく。
その間に生地に挟むクリーム作りだ。卵白を泡立て、角が立つメレンゲが出来たら別のボウルに常温のバターと砂糖を加え滑らかになるまで混ぜる。
あとはメレンゲを少しずつ加え混ぜて最終的にクリームに仕上がったらバタークリームが完成。
最後に絞り袋にバタークリームを詰めて生地の上に絞り、もう一枚の生地と合体すればウーピーパイの出来上がり!
「それじゃあ、いただきます」
早速ぱくりと一口いただく。ココア味の柔らかいクッキーのような、しっとりしたスポンジのような食感とバタークリームは相性が合う。
結構満足度が高くてひとつでも十分だと思えた。
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レベルアップしました。ホワールプールを覚えました。
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またさらっととんでもない魔法を覚えたような気がして、一瞬躊躇ってしまいながらも魔法詳細で確認してみる。
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・ホワールプール
渦潮を作り出すことが出来る。
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う~~ん! 絶対に使いたくないなー! それに渦潮だなんて水辺のある所じゃないと出来なさそうだし、魔法を使ったとしても大事故が起きそうな気がする。危険だ。とてつもなく危ない。
ないと思いたいけど……使用出来る機会があればよろしくお願いします。
ウーピーパイ作りを終えた私はアッシュさんの鍛冶屋へと足を運んだ。
注文していたフィナンシェの型を仕上げてくれたのでその引き取りと新たな製菓道具の依頼をするために。
「今回もありがとうございますー」
フィナンシェ型を受け取り、その出来の良さを確認する……とは言っても目利き出来るわけじゃないし、見ただけでは何もわからないけど、今までの焼き型達の使いやすさを考えれば今回も問題はなさそうである。
アプレイザルを使えばきっと詳しい状態がわかるのだろうけど、アッシュさんのようなプロの職人が作ったものを疑うみたいな行為になるのでやめておいた。
「それで今度はダックワーズ型をお願いしたくて!」
「まぁ、構わんがよ……ダックワーズなんて型がなくても出来るもんなんだからわざわざ型にこだわる必要はねぇだろ?」
アッシュさん用に渡したウーピーパイを早速食べながら話す彼はなんだか呆れ気味な様子で受注してくれた。
「あはは、レシピ通りに作りたいので……」
レシピにも焼き型を使ってるみたいだし、どうせなら綺麗に作りたい。
「それにしてもアッシュさん、ダックワーズの作り方知ってるんですか?」
「そりゃあお前さんが色んな製菓道具を注文するからな。多少は調べとる」
「勉強熱心……!」
「よせやい。そんなんじゃねーっての」
恥ずかしげにしながら少しぶっきらぼうに答えるアッシュさんは最後のウーピーパイを一口で食べた。勉強熱心は褒め言葉なんだし誇ってもいいのに。
「あー、それより聞きたいことがあるんだが」
「はい?」
「……お前さん、生クリームだけじゃなくチョコレート……いや、ココアか? どっちにしろカカオ系統のもんも簡単に入手出来るようになったのか?」
あ……やってしまった。そうだよ、ウーピーパイはチョコレートもココアも使ってるんだった!
今現在、生クリームよりも希少価値の高いカカオ。ココアにしろチョコレートにしろカカオの加工品はどれも値が張るのだ。
しかも私が手に入れたチョコレートもココアも魔界生産のものだから魔族からいただいたなんて口が裂けても言ってはいけない。
町だけじゃなく国全体が大混乱になるし、絶対に大変なことになる。私の命さえも危うい。
「じ、実は友人からいただきまして……」
「随分と太ぇパイプだな」
「あはは……」
「前にも言ったがカトブレパスの生クリームにしろ、このカカオの加工品にしろ誰彼構わず食わせんなよ。それこそチョコレートがタダで食えるなんて知ったらお前さん取り囲まれるぞ」
想像するとゾッとする光景だった。そうだよね、お金を配り回ってるようなものだもんね。
「すみません、気をつけてはいるんですけどアッシュさんは信用出来る方なのでつい……」
「世辞にしろそのこそばゆい言い方すんなっての!」
「お世辞なんかじゃ」
ない。と言い切ろうとしたらアッシュさんが軽く咳払いをして言葉を遮られたのでこれ以上は言わない方がいいのかもしれないと判断すると、彼は話題を変えた。
「そいや、イル。お前さんは精霊祭の期間は露店を出すのか?」
「えっ? 私がですか?」
「そりゃそうだ。町のもんが出店出来る機会でもあるからな。それにお前さんはスイーツを作るんだからそれくらいやれるだろ」
確かに私でも手続きさえすれば簡単に露店を出すことが出来る。出来るが……。
「いやぁ、私はプロではないので自分で作ったスイーツを売るのはどうかと……」
「素人の店なんて精霊祭じゃよく見かけるじゃねぇか。みんな趣味の延長線で店を出してるんだからよ」
確かに食事系から焼き菓子、絵画、小物やアクセサリーなど趣味で作った物を売り出す人達も多い。
「そうですけど、私のはレシピを見て作っただけなので売り物にするのは烏滸がましいような」
「んなもんいちいち気にしねぇだろうよ。美味けりゃいいんだっての」
「そうだなぁ。俺もそう思うぜ!」
……ん? 私とアッシュさん以外の第三者の声が後ろから聞こえた。
聞き覚えのある……いや、むしろ聞き忘れることのない男らしく頼もしい豪快な声に私は慌てて振り返る。
「クッ! クラフトさん!?」
驚きのあまり声が途中ひっくり返ってしまった。心の準備も何もしていないのに。恥ずかしい。穴があったら入りたい……。
「おぉ、クラフトじゃねぇの。どうした?」
「ちょっと近くまで通りかかったからよ、顔を出しに来ちまった」
「おいおい。ってこたぁよ、仕事中じゃねぇのか?」
「配達は終えたところだからちょっとだけ休憩も兼ねてんだって」
配達仕事を終えたばかりだというのに朗らかな笑顔は変わらずで今日もクラフトさんは格好いい。
「そうそう、話が聞こえたんだが俺はイルが露店を構えるのは賛成だぜ。いつも美味そうな菓子を作ってるんだし、色んな奴に食わせなきゃ勿体ねぇぞ?」
「そ、そうですかね? でも、お客さんなんて来てくれるかどうか……」
クラフトさんの甘い言葉につい乗せられてしまいそうになるが、常に悪い事態を想定しなくてはならない。
運がマイナス値の私が出店だなんてお客さんが一人も来ないとか、露店が壊れるとか絶対何かしら起こるはずだ。
前者なら心が折れること間違いなし。
「なーに言ってんだって! イルのスイーツなら客も間違いなく来るぜ。そもそも俺が客として行くしよ」
「出店しますっ!!」
ちょろい奴。という視線をアッシュさんからいただいてしまったが、これは仕方ない。だってクラフトさんの眩しいくらいにニカッとした笑顔を向けられたらドキドキ死してしまう!
それにクラフトさんが私の露店に来てくれるなんて言われたら出店するしかなくない!? クラフトさんが! 来てくれるんだよ!?
結局、クラフトさんの甘い言葉に乗せられてしまったけど後悔はしてない。クラフトさんがお客さんとして来てくれるのだから。
そういうわけで、すぐさま精霊祭出店届を記入した私は管理をしている商業ギルドへと提出したのだった。




